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EP 7

休日のお買い物と無限臓器売買の危機〜ブラック企業のコンプライアンス〜

 大衆食堂『ポポロ亭』は、週に一度の定休日を迎えていた。

 だが、飲食店において「店の休日」イコール「従業員の休日」とは限らない。俺たち【ホープ・クローバー】の面々は、ポポロ村から馬車で一時間ほどの距離にある、国境沿いの大きな商業街へと『買い出し(仕入れ)』に訪れていた。

「ガハハハ! どけぇっ! 前衛物理部門・最高責任者のお通りだぜ!」

 先頭を歩くイグニスが、豪快に笑いながら道を切り開く。

 彼の両腕と背中には、小麦粉の大袋、大量の野菜が入った木箱、そして巨大なロックバイソンのブロック肉など、優に数百キロを超える荷物が山のように積まれている。

 だが、彼の赤銅色の筋肉インフラはピクリともブレず、むしろ「俺様の筋肉を見ろ!」とばかりにドヤ顔で闊歩していた。

「リアン君っ♡ あっちのお店、すっごく可愛いお洋服が売ってるよ! 見ていこ?」

「おいキャルル、歩きにくいから腕にへばりつくな。今は食材の仕入れが最優先だ」

 俺の左腕には、私服姿のキャルルがピタリと抱き着き、周囲の女性客に対して「リアン君は私のなんだからね」という無言の牽制(ヤンデレの覇気)を放っている。

「モグモグモグ……! おばちゃん、このソーセージの試食、もう一欠片いただけますこと!? あとこっちのチーズも! 塵も積もればマウンテン、無料タダのカロリーは命の綱ですわーっ!」

 少し離れた市場の屋台では、芋ジャージ姿のリーザが、試食コーナーをイナゴの大群のような速度で荒らし回っていた。店のおばちゃんが引きつった顔でソーセージを差し出している。

「わぁ……! 人間の街って、とっても賑やかで素敵ですね!」

 そして俺の右側を歩いているのが、純白のお嬢様ドレスに身を包んだエルフ――ルナ・シンフォニアだ。

 彼女は見るもの全てが珍しいらしく、目をキラキラと輝かせながら周囲を見渡している。その圧倒的な美貌と、背中からこぼれ落ちる精霊の光の粒子のせいで、すれ違う通行人が次々と振り返っていた。

(……やれやれ。目立ちすぎるアセット(従業員)を抱えるのも考えものだな)

 俺はため息をつきながら、手元の仕入れリスト(帳簿)にチェックを入れていく。

 個性豊かで騒がしいが、これが俺たちのクランの日常だ。

 必要な食材は粗方揃ったし、そろそろキャルルやルナのウィンドウショッピングに付き合ってやるか。そう思って顔を上げた、その時だった。

「――お願いだ! もう少し、もう少しだけ待ってくれ!」

 路地裏の暗がりから、男の悲痛な叫び声が聞こえた。

 足を止め、視線を向ける。

 そこでは、身なりは質素だが人の良さそうな村人(ポポロ村で見かけたことのある農夫だ)が、柄の悪い数人の男たちに取り囲まれ、土下座をさせられていた。

「待てねぇな。返済期日は昨日だぜ? 金貨五十枚、耳を揃えて返せねぇなら……てめぇの『内臓』でも売って金に換えるしかねぇなぁ、ゲヘヘ!」

 借金取りのゴロツキが、農夫の胸ぐらを掴んで凄んでいる。

 どうやら、悪質な高利貸しに引っかかってしまったらしい。ポポロ村の住人が困っているなら、村長であるキャルルや、俺たちが見過ごすわけにはいかない。

「おい、てめぇら」

 俺が路地裏に踏み込み、声をかけようとした――その瞬間だった。

「まぁ! お金に困っていらっしゃるんですか?」

 俺より一足早く。

 ルナ・シンフォニアが、ふわりと路地裏に舞い降り、天使のような極上の天然スマイルを浮かべて、借金取りと農夫の間に割って入ったのだ。

「な、なんだこの女!?」

「すっげぇ美人……エルフか?」

 ゴロツキたちが、突然現れたルナの美貌に目を丸くする。

 ルナは、借金取りの言葉を『文字通り』に受け取り、両手を胸の前で合わせて、素晴らしい解決策アイデアを思いついたように花を飛ばした。

「お金がないなら、ちょうどいいですわ! じゃあ、貴方の『腎臓』を売りましょう!」

「……は?」

 農夫と借金取りが、同時にポカンと口を開けた。

「腎臓は高値で売れるって、さっきお兄さんたちも言っていましたものね! 大丈夫です、痛いのは最初だけですから!

 貴方が腎臓をえぐり出したら、私がすぐに超高純度の『エリクサー魔法』で回復して、新しい腎臓を再生してあげます!」

 ルナの笑顔は、一点の曇りもない『100%の善意』に満ちていた。

「それを百回くらい繰り返せば、金貨五十枚なんてあっという間に稼げますわ! さぁ、無限の臓器売買で、借金を完済しましょう!」

 ――ピシリ。

 路地裏の空気が、完全に凍りついた。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

「な、なんだこのサイコパスエルフはぁぁぁっ!?」

 農夫だけでなく、脅していたはずのゴロツキたちまでもが、顔面を蒼白にして後ずさった。

 笑顔で内臓の摘出と再生の無限ループを提案してくる狂気。倫理観が完全にバグっている。

「ストォォォォォォップ!!!」

 俺は、マッハの速度でルナの背後に回り込み、その口を両手でガシィィッと物理的に塞いだ。

「むぐぐっ!? り、りあんしゃちょう!?」

「バカヤロウ! てめぇのその提案は、異世界だろうと何だろうと完全なコンプライアンス違反アウトだ! 倫理委員会にアカウントごとBANされるわ!!」

「コンプライアンス違反です! BAN対象です! 世界が終わる倫理観だぁぁっ!」

 ゴロツキたちまでが、俺のツッコミに同調して悲鳴を上げている。

 俺はルナを後ろに引きずり下げ、冷や汗を拭いながら借金取りの男たちに向き直った。

「……すまん。ウチの新入社員が、ちょっと『善意の方向性』を間違えた。ここは俺が話を引き取ろう」

 俺は、ゴロツキのリーダー格が持っている借用書パーチメントを横目で素早くスキャンした。

 簿記一級の計算能力と、法律の知識が脳内でリンクする。

「金貨五十枚って言ったな。元本はいくらだ?」

「あ、あぁ!? 元本は金貨五枚だ! だが、トイチ(十日で一割)の利息が重なって、今は五十枚になってんだよ! 文句あるか!」

 ゴロツキが、気を取り直して凄んでくる。

「文句しかないな」

 俺は鼻で笑い、ビシッと借用書を指差した。

「ルナミス帝国の商業法第三十二条の規定によれば、無許可の金融業者が月利三割を超える利息を取ることは『違法高金利(暴利行為)』に該当し、契約そのものが無効になる。

 さらに、お前ら、ギルドの認可印が押されてねぇな? つまり、ただの違法な闇金モグリだ。法的な返済義務は一円たりとも存在しない」

「なっ……!? てめぇ、なんでそんな法律に詳しいんだよ!」

 図星を突かれたゴロツキが、狼狽しながらナイフを抜いた。

 法で勝てないと見るや、暴力(物理)に訴える。底辺のクズの典型的なパターンだ。

「チッ、ゴタゴタうるせぇガキだ! 法律がどうであれ、俺たちの暴力の前には関係ねぇんだよ! 痛い目見なきゃ分からねぇようだな!」

「……暴力、ね」

 俺はため息をつき、パチン、と指を鳴らした。

「――イグニス。キャルル」

「おう。荷物持ちだけじゃ退屈してたところだぜ!」

「リアン君に刃物を向ける害虫は、お掃除しないとね……っ!」

 ズドンッ!! と、地響きを立てて、荷物を置いたイグニスが路地裏の入り口を塞いだ。

 同時に、特注安全靴の『雷竜石』から紫電をバチバチと放ちながら、瞳からハイライトを消したキャルルがゴロツキたちの背後に回り込む。

「ひっ!?」

「なんだこのプレッシャーは……! 竜人に、雷を纏うウサギ……!?」

 完全に逃げ場を失い、ナイフを持つ手が震え出すゴロツキたち。

 俺は、ジャージのポケットに両手を突っ込み、極めて冷酷な、元社畜の冷たい目で彼らを見下ろした。

「俺の愛読書である『都市ゲリラ教本』によれば、お前らみたいな違法業者をこの場でミンチにして、魔物の森に不法投棄するコストは【ゼロ円】だ。

 コンプライアンス(法律)を守れないクズには、俺たちなりの『物理的な監査』を入れてやるが……どうする?」

「ひぃぃぃぃぃッ!! ご、ごめんなさぁぁい!! 借金はチャラでいいですぅぅッ!!」

 ゴロツキたちは借用書を放り投げ、イグニスの股下を這いつくばるようにして、路地裏からクモの子を散らすように逃げ出していった。

「……ふぅ。無駄なカロリーを使わせやがって」

 俺は、落ちた借用書を拾い上げ、炎魔法でチリチリと燃やして証拠隠滅(処理)した。

「あ、ありがとうございます……! ポポロ亭のリアンさん……!」

 へたり込んでいた農夫が、涙を流して俺に拝み倒してくる。

 俺は「村に戻ったら、キャルル村長に事情を説明して、ちゃんとした融資先を紹介してもらえ」とだけ言い、農夫を立たせた。

 そして。

 その一連の解決劇(交渉術)を見ていたルナが、両手を胸の前で組み、瞳をキラキラと輝かせて俺にすり寄ってきた。

「リアン社長……! すごいです! 私の倫理観がバグった提案を止めてくれて、さらに法律というルールでおじさんを助けるなんて……! やっぱり、リアン社長は理想の上司リーダーですわっ!」

「お前はまず、倫理コンプライアンスの基礎から学び直せ。臓器を無限に売らせるなんて、悪魔の所業だぞ」

「はいっ! 私、リアン社長の背中を見て、真っ当な社会人になります!」

 ルナがえへへと笑い、俺の右腕にギュッと抱き着いてくる。

「ちょっ、ルナ! リアン君の右腕に触らないで! 泥棒猫っ!」

「わたくしはおやつ(パンの耳)を買ってくれれば誰の腕でもよろしくてよーっ!」

 キャルルが左腕から抗議し、リーザが試食のソーセージを頬張りながら合流してくる。

 買い出しの荷物を再び担ぎ直したイグニスが、「ガハハハ! 全く、お前はどこに行ってもモテモテだなぁ、リーダー!」と豪快に笑った。

 騒がしいヒロインたちと、脳筋の相棒。

 市場の喧騒の中、俺たちの平和(?)な休日の買い出しは、こうしてドタバタと終わろうとしていた。

 だが。

 俺たちが笑い合いながらポポロ村への帰路についていた、まさにその頃。

 ――ポポロ村の村長宅の地下室。

 ルナが毎月『世界樹からの年金』として受け取り、インフレ防止のために俺が極秘裏に塩漬け(封印)している【純金100kg】の保管庫。

 そこに、魔人ギアンの放った『強欲の魔種』が、密かに根を下ろしていたことなど。

 俺たちはまだ、知る由もなかったのである。

読んでいただきありがとうございます。

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