EP 5
英雄とインフラ破壊ゴーレム〜肉体労働の美学〜
ポポロ村の朝は早い。
大衆食堂『ポポロ亭』の仕込みが本格化する前、俺は買い出しの荷馬車を手配するため、店の外へと出ていた。
村のメインストリートは、最近のポポロ亭の爆発的な売上(集客力)のおかげで、他国からの商人や冒険者の馬車が頻繁に行き交うようになっていた。
その結果、土と石畳でできた街道には深い轍ができ、所々にゴミや泥が散乱し始めている。
「(……交通量の増加によるインフラの劣化か。そろそろ村の予算で街道の舗装工事を提案しないとな)」
経営者としての脳内で、費用対効果(ROI)の計算式を組み立てていた、その時だった。
「あら。道が随分と汚れてしまっていますわね」
ふわりと、朝の空気に似合わない高級なお嬢様ドレスを着たエルフ――ルナ・シンフォニアが、俺の隣に立っていた。彼女の背後には、いつの間にか寝起きのリーザが、パンの耳をかじりながら付き従っている。
「みんなが歩く道は、綺麗じゃないといけませんわ。リアン社長、ここは私の『善意』にお任せくださいな!」
「あ? ルナ、お前また何か変な魔法を……」
俺が制止するより早く、ルナは両手を天に掲げた。
「大地の精霊さん、お掃除のお手伝いをお願いします! 『グランド・タイタン・サモン』!」
――ズズンッ……!!
突如として、ポポロ村のメインストリートのド真ん中で、大地が爆発したかのように隆起した。
土と岩塊が寄り集まり、瞬く間に体長10メートルを超える、超重量級の巨大な岩石ゴーレムが姿を現したのだ。
「えへへ、お掃除用ゴーレムの『コロちゃん』です! さぁコロちゃん、道に落ちてるゴミを拾って、轍を平らに踏み固めてくださいね!」
『ゴォォォォォ……ッ』
ルナの無邪気な命令に従い、巨大ゴーレムがゆっくりと足を踏み出した。
ズドォォォォォンッ!!!
「…………ッ!?」
ゴーレムが一歩を踏み出した瞬間、地震のような激しい揺れが村中を襲った。
数万トンはあろうかという規格外の重量。
その足が地面に触れた途端、石畳は粉々に砕け散り、街道の地盤が数メートルにわたって完全に『陥没』したのだ。
ブシュゥゥゥゥッ!!
さらに最悪なことに、地下に埋設されていた村の水道管(木製のパイプ)が重圧で破裂し、泥水が間欠泉のように噴き出し始めた。
「なっ……!?」
「あわわ!? コロちゃん、ダメですよ! そんなに強く踏んだら……」
慌てたルナが指示を出すが、ゴーレムが方向転換のために足を動かすたびに、周囲の地盤が次々と崩落し、村のメインストリートが文字通りの『クレーター(完全破壊)』へと変貌していく。
「ぎゃあああっ! 街道が! わたくしのポイ活ルートが消滅しましたわーっ!!」
リーザが頭を抱えて絶叫する。
「ル、ルナ! 今すぐそのインフラ破壊兵器を消せ!!」
「は、はいぃぃっ! コロちゃん、お仕事おしまいです! 帰還!!」
ルナが泣きそうになりながら魔法を解除すると、巨大ゴーレムはただの土塊となって崩れ落ちた。
……しかし、後に残されたのは、完全に陥没し、泥水で水没した村のメインストリート(交通の要所)だった。
「…………」
「…………」
俺とルナは、無惨に破壊されたインフラを前に、言葉を失っていた。
村人たちが騒ぎを聞きつけて集まってくる。「道が!」「馬車が通れねぇぞ!」「これじゃ商売あがったりだ!」と悲鳴が上がる。
「うぅ……私、ただ、みんなのために道を綺麗にしようと思っただけで……」
ルナが、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。
彼女の善意100%の行動が、結果的に村の経済活動を物理的に完全停止させてしまったのだ。
「泣いても道は直らねぇぞ、ルナ」
俺がため息をつき、魔法で土を埋め戻すための魔力計算を始めようとした、その時だった。
「ガハハハハ! 朝っぱらから随分と派手にやらかしたなぁ、お姫様!」
豪快な笑い声と共に、上半身裸で、両手斧を肩に担いだ巨漢――イグニスが、群衆をかき分けてズンズンと前に出てきた。
その赤銅色の筋肉には、朝の薪割りの汗が美しく光っている。
「イ、イグニスさん……ごめんなさい、私が魔法で……」
「気にするな! 魔法の扱いを間違えただけだろ! だがな、ルナ」
イグニスは、泣いているルナの頭を、分厚い大きな手でポンと撫でた。
「お前は、何でもかんでも魔法で解決しようとしすぎだ。魔法ってのは確かに便利だが、それで全部済ませちまったら、俺たち人間の『手と足』の価値がなくなっちまうだろうが」
「手と、足の価値……?」
「おうよ! 街作りってのはな、そこに住む奴らが自分の汗と筋肉を使って、一つ一つの石を積み上げていくからこそ、『価値(愛着)』が生まれるんだぜ!」
イグニスはそう言い放つと、両手斧を地面に突き立てた。
そして、陥没したクレーターの中へと飛び込んだ。
「よっしゃあ! 見てな、お前ら! 俺様の大胸筋と上腕二頭筋のファンファーレをな!!」
イグニスは、ゴーレムが残した巨大な岩塊(数トンクラス)に素手で組み付いた。
「うおおおおぉぉぉぉッ!!」
全身の血管を浮き立たせ、凄まじい咆哮と共に、岩塊を軽々と持ち上げてみせた。そして、それを陥没した穴の底へと正確に投げ込み、地盤の基礎(土台)を作り直していく。
「お、おいイグニス! 一人でやる気か!?」
「ガハハ! 俺様を誰だと思ってやがるリアン! 俺様は【ホープ・クローバー】の屋台骨、前衛物理部門の最高責任者だぜ!! こんな穴ぼこ、俺様の筋肉一つで昼までに完璧に修復してやるよ!」
イグニスは、泥水にまみれることも厭わず、次々と岩を運び、丸太を担ぎ、破裂した水道管を怪力で真っ直ぐに繋ぎ合わせていく。
その背中からは、魔法のような派手な光や音は出ない。
あるのはただ、むさ苦しい男の汗と、土の匂い、そして肉体が軋む音だけだ。
「…………」
ルナは、その泥まみれになりながら村のために働くイグニスの背中を、言葉を失って見つめていた。
世界樹の森では、欲しいものは全て世界樹が魔法で与えてくれた。手を汚す必要も、汗を流す必要もなかった。
それが『当たり前』だと思っていた彼女の価値観が、イグニスの圧倒的な『肉体労働の美学』の前に、音を立てて崩れていく。
「……すごい」
ルナの口から、無意識に感嘆の声が漏れた。
「イグニスさん……泥だらけなのに、全然汚く見えない。すごく……キラキラしてて、かっこいい……!」
「おう、分かったかルナ。あれが、ウチの自慢の『裏方の英雄』だ」
俺が腕を組んでニヤリと笑うと、ルナは両手を胸の前で組み、瞳をウルウルと輝かせた。
「はい……! 世界樹の魔法でも、お金でも買えない……自分の汗で誰かのために頑張れる人。これが、本物の英雄なんですね……!」
ルナの中で、イグニスに対する好感度がストップ高を記録した瞬間だった。
「おーい、リアン! 岩の隙間を埋めるための砂利が足りねぇ! 少し手伝ってくれ!」
「人使いの荒いトカゲだ。仕方ない、土魔法で砂利を生成してやる」
俺が土魔法を発動しようとした時、ルナが「私もお手伝いします!」と前に出た。
「ダメだ、お前はまた規格外の魔法を使うから引っ込んでろ」
「違います! 魔法は使いません!」
ルナは、高級なお嬢様ドレスの裾を思い切り引き裂き(数百万Gの価値が飛んだ)、太ももを露わにして動きやすい姿になった。
そして、泥だらけの穴の中へと躊躇なく飛び込み、小さな両手で一生懸命に小石を拾い集め、イグニスに渡し始めたのだ。
「イグニスさん! 砂利、これを使ってください!」
「おおっ、気が利くじゃねぇかお姫様! だが、ドレスがドロドロだぞ?」
「平気です! 私も、自分の手と足で……みんなのために汗を流したいんです!」
泥だらけになりながら、最高の笑顔を見せるエルフの姫君。
イグニスは「ガハハハ! いい根性だ!」と笑い、二人は泥まみれになって街道の修復作業を続けた。
「……あーあ。わたくしも手伝った方がよろしいのかしら? でも、タダ働きはポリシーに反しますし……」
一人安全圏(道端)にいたリーザが、パンの耳をかじりながら葛藤している。
「お前はそこで食ってろ。邪魔だ」
俺はリーザをあしらいつつ、泥まみれになって笑い合うイグニスとルナの姿を見つめた。
(……やれやれ。コンプライアンス違反の世間知らずエルフも、少しは『働くことの価値』を学んだみたいだな)
お昼前には、イグニスの圧倒的な筋力とルナの健気なアシストにより、ポポロ村のメインストリートは元よりも遥かに頑丈な石畳として完璧に復旧した。
村人たちからは拍手と歓声が沸き起こり、イグニスは「ガハハハ!」と得意げに胸を張っている。ルナも、泥だらけの顔で嬉しそうに笑っていた。
「よし、お疲れ様。よくやったな、二人とも」
俺は、冷たい水を張った木桶を持って二人に近づいた。
「ありがとうございます、リアン社長! 私、労働の尊さを学びました!」
「ガハハ! 俺様の筋肉の価値、とくと分かったかリーダー!」
「ああ、お前らの汗と努力は高く評価する。……だが」
俺は、ニコニコしている二人の前に、一枚の羊皮紙(請求書)をピラリと突きつけた。
「ルナ。お前が引き起こした『インフラ破壊の損害賠償』と『イグニスの特別人件費』、合わせて金貨500枚だ。お前の小遣い(塩漬けしてる純金)からきっちり天引き(相殺)しておくからな」
「……えっ?」
「『働くことの価値』を学んだんだろ? だったら、自分の起こしたミスの責任を自分の資産で支払うのも、立派な社会人のルールだ」
「そ、そんなぁぁぁぁっ!?」
ルナの悲鳴が、青空に響き渡った。
良い話で終わらせないのが、俺たちブラック企業の掟である。
俺は「さぁ、帰って昼の営業の準備だ」と笑いながら、泥だらけの二人を引き連れて、騒がしいポポロ亭へと戻っていくのだった。




