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EP 4

幻覚迎撃システム『ハッピー・ドリーム』〜悪徳官僚と究極の脱税スキーム〜

 大衆食堂『ポポロ亭』は、今日もランチタイムを終えて莫大な売上キャッシュを叩き出していた。

 三ツ星の料理、圧倒的な手際、そして最強の従業員アセットたちによる完璧なオペレーション。村の経済は潤い、俺の帳簿はどこまでも黒字を更新し続けている。

 だが、利益の匂いというものは、常に『招かれざるハエ』を引き寄せるものだ。

 バンッ!!

 店内に残っていた数人の客がビクッと肩を揺らすほどの乱暴な音を立てて、ポポロ亭の重厚な木製ドアが蹴り開けられた。

「グハハハ! よう貴様らだな? 随分とポポロ村で儲かってるらしいな」

 土足で踏み込んできたのは、上等な絹の服を着て、丸々と太った腹を揺らす中年の男だった。その後ろには、武装した柄の悪い護衛ゴロツキたちが数人、ニヤニヤと笑いながら控えている。

 どう見てもまともな客ではない。

「……なんですか? 貴方達は」

 ホールの片付けをしていたキャルルが、冷ややかな視線を向けて前に出た。

「俺様はルナミス帝国の査察官である! 貴様らのような得体の知れない冒険者が、帝国の監視下にあるこの村で荒稼ぎしていると聞いてな。今すぐに売上を全部差し出して、俺様に酌をしろ!」

 男が傲慢に胸を張り、要求を突きつけてくる。

 典型的な、権力を笠に着た悪徳官僚のみかじめ料(不当要求)だ。

「、、、」

 俺はカウンターの奥から、無言で男を観察した。

 経営者としての脳裏に、いくつものシミュレーションが駆け巡る。ここでこの役人を物理的に排除(殺害)すれば、ルナミス帝国からの完全な敵対行動とみなされ、軍が動く。それはクランの存続に関わる致命的な大赤字ゲームオーバーだ。

 かといって、ここで売上を渡せば、今後も無限にタカリにくる『不良債権』と化す。

「あぁ? 頭イカれてんのか? おっさん?」

 俺が計算を巡らせていると、奥から両手斧を肩に担いだイグニスがぬっと姿を現した。その圧倒的な巨体と筋肉から放たれる威圧感に、護衛のゴロツキたちが一歩後ずさる。

「だ、黙れトカゲ風情が! ルナミス帝国に歯向かうつもりか!?」

 男は少し顔を引きつらせながらも、帝国の威光を盾にして喚き散らした。

 バチッ……バチバチッ……!

 その言葉を聞いた瞬間、キャルルが無言で特注安全靴の『雷竜石』をスパークさせた。

 彼女の瞳からハイライトが消え、絶対零度の殺意が店内に充満する。リアン(の店)を脅かす害虫は、たとえ帝国の役人だろうとミンチにする。ヤンデレ兎の沸点はとうに突破していた。

(……マズい。キャルルが暴走すれば外交問題になる。穏便に、かつ一円も払わずに追い払う交渉術カードは……)

 俺がエプロンを外し、前に出ようとした、まさにその時だった。

「まぁまぁ♡ お役人様♡ 遠路遥々お越しに下さって」

 二階から、純白のフリフリなドレスに身を包んだエルフの美少女――歩くコンプライアンス違反こと、ルナ・シンフォニアが、ふわりと階段を降りてきた。

「おう? 綺麗所が来たな。さぁ、俺様に酌をしろ!」

 ルナの超絶的な美貌を見た男は、だらしなく鼻の下を伸ばし、尊大に椅子にふんぞり返った。

「はい♡ お役人様♡」

 ルナは、極上の天然スマイルを浮かべたまま、男の背後へと回り込んだ。

 ――そして。

「……え?」

 俺の視界の端で、ルナの足元の床板から、見たこともない悍ましい『植物』が急成長を遂げた。

 紫色の毒々しい花弁。食虫植物のような牙。そして、先端からヨダレのような怪しい粘液を滴らせる、無数の『触手』。

 ルナは、有無も言わさず、その『ハッピー・ドリーム』と呼ばれる幻覚催眠植物の極太の触手を、役人の首筋(延髄)にブッ刺した。

 ズチュッ!!

「……ッ!?」

 男の体が、ビクゥッ!と跳ね上がった。

「あへぇ……♡ ふへへ、酒だあ、女だあ……えへへへ……♡」

 次の瞬間、男は完全に白目を剥き、口からだらしなくヨダレを垂らしながら、虚空に向かって手を伸ばし始めた。

 触手から注入された強烈な催眠成分(非合法ドラッグ)により、彼の脳内では今『極上の美女に囲まれ、美味い酒を飲み、莫大な金を巻き上げている』という、完璧な疑似体験(VR)が展開されているのだ。

「「「、、、」」」

 俺、イグニス、キャルル。そして護衛のゴロツキたち。

 店内にいた全員が、そのあまりにもサイコパスすぎる光景に絶句し、凍りついた。

 笑顔で役人に薬物(ヤバい植物)をキメさせるエルフ。完全に一線を越えた、国家反逆レベルのコンプライアンス違反である。

「お見事ですわよ〜、ルナ様♡ 後は私にお任せ下さい!」

 その沈黙を破ったのは、厨房から飛び出してきた芋ジャージ姿のリーザだった。

 彼女の瞳には、一切の恐怖も戸惑いもない。ただひたすらに、獲物を前にした詐欺師の『¥』マークが輝いている。

 リーザは、ヨダレを垂らして笑っている役人の懐から、強引にバインダーと羊皮紙の書類を抜き取った。

「さぁさぁ、お役人様。ご満足いただけたところで、この書類に『ポポロ村の税は全て滞りなく納められた』との署名を」

「お、おう……納めた、納めたぞぉ……ぐへへ……」

 男は、完全に焦点の合わない目で、リーザから渡された羽ペンを握り、ふらふらとした手つきで公文書にサイン(決裁)をした。

 俺の経営者としての脳裏に、「公文書偽造」「脅迫による同意」といった恐ろしい法的リスクが点滅するが、リーザの追撃は止まらない。

「お帰りになる時に、荷物があってはいけませんからね。お高そうな服を脱いで、財布も置いておきましょうね♡」

「わ、分かったあ……荷物は、重いからなぁ……えへへ……」

 役人は、言われるがままにルナミス帝国の高級な官給品のローブを脱ぎ捨て、さらにズボンまで脱ぎ始め、あっという間に『白鳥の刺繍が入ったパンツ一丁』の姿になった。

 そして、パンパンに膨れ上がった革の財布を、自らリーザの手に押し付けたのである。

「はい♡ ではお帰り下さい!」

「おお……いい店だったぁ……また、来るぞぉ……へへへ……」

 パンツ一丁になった帝国の査察官は、虚空の美女の腰を抱くようなポーズのまま、スキップ混じりのご機嫌な足取りでポポロ亭を出て行った。

 残された護衛のゴロツキたちは、「ひ、ひぃぃぃッ!? なんだこの店はぁぁッ!?」と悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。

「…………」

 静まり返った店内。

 床には、帝国の高級な服と、金貨がたっぷり詰まった財布。

 そして、完璧な合法(?)手続きで署名された非課税証明書。

「リアン様! 本日の臨時ボーナス(売上)ですわーっ!」

 リーザが、満面の笑みで俺に財布と書類を差し出してくる。

 ルナも、「えへへ、争いにならなくて良かったです!」と花を飛ばしている。

「……お前らなぁ」

 俺は、激しい頭痛に襲われながらこめかみを押さえた。

 麻薬植物による暴行、幻覚下での公文書偽造、そして恐喝を伴わない強盗(身ぐるみ剥がし)。帝国法に照らし合わせれば、死刑判決が三回は出るレベルの大犯罪だ。

 だが。

「……まぁ、書類上は『本人の意志で税の完納を認め、服と財布をチップとして置いていった』という形になるな。法的にグレーなら、それはビジネスにおいては【白】だ」

 俺は、前世のブラック企業で培った『黒に近いグレーを白と言い張る』悪魔の合理主義を発動させ、書類と財布を受け取った。

「リーザ、この服は隣町の闇市で売り払って資金キャッシュに換えろ。財布の中身は全額、店の設備投資に回す」

「イエス、ボス!! 錬金術の極みですわーっ!」

「ルナ。……次からは、そういうの(違法植物)を出す前に、一応俺に許可(稟議)を取れ。後処理が面倒だからな」

「はいっ! リアン社長の指示に従います!」

「リアン君……あの泥棒猫たちの言うこと、聞いちゃうの……?」

「キャルル、お前は安全靴の電源を落とせ。床が焦げるだろうが」

「ガハハハ! 痛快だな! 帝国の役人がパンツ一丁で帰っていくたぁ、傑作だぜ!」

 大爆笑するイグニスと、戦利品を数えるリーザ、ニコニコしているルナ、そして俺の袖を引っ張るキャルル。

 俺は、カウンターの奥から帳簿を取り出し、『雑収入:帝国からの寄付金』という項目を書き加えながら、深く息を吐き出した。

 歩くコンプライアンス違反ルナと、生粋の詐欺師リーザが手を組んだ時、このポポロ亭の防衛力(脱税スキーム)は、帝国軍すら恐れぬ無敵の布陣と化す。

 俺の目指した『真っ当なスローライフ』は、今日も音を立てて崩れ去り、悪徳経営の道へと転がり落ちていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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