EP 3
ヤンデレ兎vs天然エルフ〜正妻戦争と極上オムライス〜
昼のピークタイムという名の戦場(ランチ営業)を終え、大衆食堂『ポポロ亭』はつかの間のアイドルタイム(休憩時間)に入っていた。
ホールでは、激務を終えたキャルルとリーザがまかないを心待ちにしながら、ぐったりとテーブルに突っ伏している。イグニスは裏庭で薪割りの追加作業だ。
俺は厨房に立ち、ディナーに向けた仕込みと並行して、従業員たちに食わせる『まかない』のメニューを考えていた。
労働基準法など存在しないこの異世界において、従業員のモチベーションを高く保つ唯一にして最強の福利厚生……それが、三ツ星シェフである俺の作る料理だ。
そんな静かな厨房に、ふわりと甘い花の香りが漂ってきた。
「リアン様〜」
振り返ると、純白のフリフリなドレスに身を包んだ、歩くコンプライアンス違反――ルナ・シンフォニアが、厨房の入り口からひょっこりと顔を出していた。
「あ? なんだ? ルナか」
「もう、お腹がペコペコですの」
ルナが両手でお腹を押さえながら、上目遣いで俺を見つめてくる。
世界樹の森から家出同然でポポロ村にやってきたこの天然エルフは、ここ数日、ポポロ亭の二階のシェアハウスに(リーザを買収して)まんまと転がり込んでいた。
「腹が減ってんのか。……俺は料理人だ。腹を空かしてるのを見過ごすのは、ポリシーじゃねぇ」
俺は持っていた仕込み用の包丁を置き、フライパンを手に取った。
経営者としての冷徹なコスト計算の前に、俺の中の『料理人としての本能』が勝る。美味いものを食わせて、相手の度肝を抜く。それが俺のアイデンティティだ。
「待ってろ。今、オムライスを作ってやる」
「まぁ♡ オムライス?」
「腰を抜かすなよ?」
俺がニヤリと笑うと、ルナは「わぁっ! 楽しみですっ!」と花が咲いたような極上の笑顔を見せ、カウンターの丸椅子にちょこんと腰掛けた。
さぁ、調理開始だ。
四次元魔法ポーチの『善行型ネット通販』から、地球の極上ケチャップと高級発酵バターを取り出す。
フライパンにバターを熱し、細かく刻んだタマネギと鶏肉(コカトリスの胸肉)を炒める。そこにケチャップを投入し、酸味を飛ばすようにしっかりと火を入れる。ケチャップは炒めることで、甘みとコクが爆発的に増すのだ。
そこへ硬めに炊いたライスを投入し、ムラなく炒め合わせて極上のチキンライスを完成させる。
ここからが本番だ。
ボウルに卵を三つ割り入れ、少量の生クリームを加えて手早く溶く。
強火で熱したフライパンにバターを落とし、溶き卵を一気に流し込む。菜箸でかき混ぜながら、半熟のトロトロ状態になった瞬間にチキンライスを乗せ、フライパンのカーブを利用して、手首のトントンというスナップだけで卵を木の葉型に巻き上げていく。
三ツ星の技術が冴え渡る。所要時間はわずか三分。
美しい黄金色に輝く、一切の焦げ目もない完璧な『オムライス』が皿の上に滑り落ちた。
「お待たせしました、特製オムライスだ。真ん中からナイフを入れてみろ」
「はいっ!」
俺が特製のデミグラスソースを添えてカウンターに差し出すと、ルナは目を輝かせながらナイフを手にした。
オムライスの中心にスッと刃を入れる。
その瞬間。
パカァッ……。
自重に耐えきれなくなった黄金の卵が、まるで花が開くように左右に割れ、中からトロットロの半熟卵が滝のようにチキンライスを覆い尽くした。
「ふぁぁっ……!? 卵が、とろとろの海みたいになりましたわ!」
「熱いうちに食え」
ルナはスプーンで、デミグラスソースとトロトロの卵、そしてチキンライスを一緒に掬い上げ、小さな口に運んだ。
「〜〜〜〜〜ッ!!♡」
ルナの瞳孔が限界まで見開き、エルフの尖った耳がピクピクと跳ねた。
あまりの美味さに言葉を失い、両頬を押さえてポロポロと感動の涙を流し始める。
「お、おいひぃぃぃ……! 卵がふわふわで、お口の中でお肉と甘いご飯が溶け合って……! 私、お城でこんなに美味しいもの、食べたことありませんの!」
「世界樹のロイヤルゼリーもいいが、人間の作る『手間暇』も悪くないだろ?」
俺が満足げに腕を組んで笑った、その時だった。
* * *
――バチッ……バチバチッ!!
厨房の奥、ホールの入り口付近から、急激な気温の低下と、空気が焦げるような危険な音が聞こえてきた。
タローマン製の特注安全靴の踵が、床をギリッと削る音。
「……」
暗がりの中から、キャルルが幽鬼のような足取りで姿を現した。
彼女の銀色の髪の隙間から覗く瞳からは、光が完全に消失している。
安全靴に仕込まれた『雷竜石』から紫電が漏れ出し、彼女の周囲だけ重力が歪んでいるかのような、圧倒的なヤンデレのオーラが渦巻いていた。
(ぐぎぎぎ……ッ。あの泥棒猫……! いつの間にリアン君の懐に入り込んで……!)
キャルルは、怒りで歯をギリギリと軋ませていた。
自分が疲れてホールで休んでいる間に、新入りの天然エルフがリアンに甘え、あろうことか『自分専用の特別メニュー』を作らせて、笑顔でイチャイチャ(※キャルル主観)している。
正妻(自称)のプライドが、臨界点を突破しようとしていた。
「……ねぇ、ルナ」
キャルルが、絶対零度の声でルナの背後に立ち、その肩にスッと手を置いた。
「リアン君が作ったオムライス、美味しい?
でもね、リアン君は『私のお店』のリーダーなの。あんまりリアン君の手を煩わせるようなら……その可愛いお顔、私の踵落としで、二度とオムライスが食べられないように形を変えてあげようか……? ふふっ……」
極上の殺気。
並の冒険者なら、そのプレッシャーだけで泡を吹いて気絶するレベルの、純度100%の殺意だ。
――しかし。
「あ、キャルルちゃん! お疲れ様です!」
ルナは、キャルルの放つ凄まじい殺気を【全く】感知することなく、極上の天然スマイルで振り返った。
「リアン様のオムライス、とっても美味しいですよ!
キャルルちゃんも、リアン様の有能な部下として毎日頑張っててえらいですね! 私も、早くキャルルちゃんみたいに、リアン様のお役に立てる立派な社会人になれるように頑張りますわ!」
「……えっ?」
ルナの、一切の嫌味も悪意もない、純度100%の「あなたを尊敬しています、一緒に頑張りましょう」という真っ直ぐな称賛。
キャルルのヤンデレレーダーは、『敵意』や『恋敵の計算』には極めて敏感だが、こういう『完全な善意と天然』の前では、完全にエラーを起こして使い物にならなくなるのだ。
「あ、あの……違うの、私はリアン君の部下じゃなくて、その、もっと特別な……パートナーっていうか……」
「わかります! 私もリアン社長の経営理念に心酔してますの! これから一緒に、ポポロ亭の利益のために働きましょうね!」
ルナがキャルルの手を両手で握りしめ、キラキラとした瞳でブンブンと上下に振る。
キャルルの纏っていた紫電が、ぷすんっ……と音を立てて消滅し、ウサギの耳が困惑でシナァと垂れ下がった。
(な、何なのこの子……!? 暖簾に腕押しっていうか、私の殺気が全然通じない……! 逆に私が心の狭い嫌な女みたいになってるぅぅっ!)
キャルルが天然エルフのペースに完全に巻き込まれ、敗北感に打ちひしがれていると。
「ダァァァァァァッ!! ずるいですわーっ!!」
厨房の入り口から、もう一つの騒がしい影が猛スピードで飛び込んできた。
芋ジャージ姿のリーザである。
「リアン様ぁ!! わたくしだってお腹ペコペコですのよおお!! どうしてルナ様だけ、そんなキラキラした黄金の食べ物を食べてるんですの!? わたくしのパンの耳と待遇が違いすぎますわ!!」
リーザがカウンターにすがりつき、ルナの食べているオムライスをヨダレを垂らしながら凝視する。
「……」
殺意を空回りさせてしゃがみ込むヤンデレ兎。
オムライスを頬張りながら「美味しいですわー♡」と花を飛ばす天然エルフ。
そして、空腹のあまりお賽銭箱型掃除機でオムライスを吸い込もうと構え始める強欲人魚。
「あー……もう。分かった、分かったから暴れるな!」
俺は深いため息をつき、再びフライパンを火にかけた。
「今からお前らの分も作ってやる。キャルル、お前はケチャップ多めが好きだったな。リーザ、お前はご飯を大盛りにしてやるから、お賽銭箱の電源を切れ」
「「本当っ!?」」
俺の言葉に、キャルルとリーザの表情が一瞬にしてパァァッと明るくなった。
「リアン君っ! ありがとぉっ! やっぱりリアン君は私のことが一番――」
「リアン様は神様ですわーっ! 一生ついていきますのーっ!!」
「……言っておくが、これは給料から天引きのまかないだからな。食ったら夜の営業に向けて、馬車馬のように働いてもらうぞ」
俺が冷徹な経営者の顔を作って釘を刺しても、彼女たちは全く気にする素振りも見せず、カウンターに並んで座り、スプーンを持って目を輝かせている。
「えへへ、みんなで食べるオムライス、楽しみですね!」
「ルナ様、わたくしのオムライスを少しお賽銭(上納)していただいてもよろしくてよ?」
「リーザちゃん、それはダメ。リアン君の料理は一人一皿が鉄則なんだから」
三人娘がカウンターでキャッキャと騒いでいる。
少し前までは、ここにイグニスを含めたむさ苦しい(?)四人しかいなかったというのに、ルナという爆弾が加わったことで、ポポロ亭の騒がしさは完全にキャパシティを超えようとしていた。
(……やれやれ。どいつもこいつも、本当に手のかかる連中だ)
だが。
卵を溶きながら、俺の口角は自然と上がっていた。
前世の殺伐としたブラック企業の厨房では、こんな風に部下たちのために腕を振るう余裕なんて、1ミリもなかった。
俺の作った料理を、美味い美味いと笑顔で食べてくれる、最高にポンコツで愛おしい仲間たち。
「ほら、出来たぞ。熱いうちに食え」
「「いただきまーすっ!!」」
木漏れ日が差し込むポポロ亭の厨房。
黄金色のオムライスを前にして、正妻戦争も、コンプライアンス違反の危機も、今は一旦休戦だ。
俺たちの最強のブラック企業の賑やかな昼下がりは、極上のデミグラスソースの香りと共に、今日も騒がしく過ぎていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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