EP 2
人魚姫の黒い算段〜羽根パチとマネロンの夢、そして強制監査〜
歩くコンプライアンス違反こと、エルフの次期女王候補ルナ・シンフォニアがポポロ亭に転がり込んできてから数日が経過した。
俺は厨房で、明日の仕込みと並行して今月の帳簿の計算に追われていた。ルナがもたらす『善意の市場破壊』を未然に防ぐため、俺の胃薬の消費量と労働時間は右肩上がりを記録している。
そんな中、ポポロ亭の裏庭で、芋ジャージ姿の強欲アイドル・リーザが、純白のドレスに身を包んだルナにすり寄っていくのが窓越しに見えた。
「ルナ様あああ♡」
リーザが、猫撫で声でルナの両手を取る。その瞳には、間違いなく『¥』マークがバチィィンと点灯していた。
「あらなーに? リーザちゃん」
ルナは、絵に描いたような深窓の令嬢の微笑みを浮かべ、小首を傾げた。彼女には悪意という概念が存在しないため、リーザから滲み出ている真っ黒な下心(詐欺師のオーラ)を微塵も感知できていない。
「ちょっと、ルナ様の特殊能力を、私の為に、ゲフンゲフン、、いえ! 世界の為に使ってみません事?」
「まぁ、世界の為に? 分かりましたわ」
即答である。
世界樹の森から出たばかりの温室育ちのエルフは、底辺を這いずり回って生き抜いてきた貧乏神アイドルの話術(というより勢い)にあっさりと丸め込まれてしまった。
(……嫌な予感しかしないな)
俺の経営者としての危機管理センサーが激しく反応した。
包丁を置き、エプロンを外して防刃ジャージのジッパーを上げる。俺は気配を完全に殺す隠密歩法で、二人の後をこっそりと尾行することにした。
ルナミスパーラー 鉄火場に降り立った妖精と泥棒猫
リーザとルナが向かったのは、ポポロ村から少し離れた国境沿いの歓楽街にある、ネオンサインが毒々しく輝く遊技場――『ルナミスパーラー』だった。
ここは、三国の荒くれ者や商人たちが、日銭を稼ぐ(あるいは溶かす)ために集まる鉄火場だ。店内には『羽根パチ』と呼ばれる、銀玉を弾いてピン(釘)の森を抜けさせ、特定のポケットに入れば玉が大量に増えるというギャンブル機がズラリと並んでいる。
タバコの煙と、軍艦マーチのようなやかましいBGM、そして銀玉が弾ける金属音が鼓膜を打つ。
そんな劣悪な環境に、純白のドレスを着たルナが足を踏み入れたものだから、周囲の客たちは「なんだあの場違いな超絶美少女は!?」と目を丸くしていた。
しかし、リーザは周囲の視線など意に介さない。
彼女は店内に入るや否や、息を吸うかのごとく、ごく自然な動作で四つん這いになって、床に落ちている銀玉を拾い始めたのである。
「シュシュシュッ! ここにも一粒! あ、あそこの台の下にも三粒! 塵も積もればマウンテンですわーっ!」
ゴキブリもかくやという圧倒的なスピードと這いずり(匍匐前進)で、客が落とした銀玉を瞬く間に回収していく。
それは、ルナミスデパートの試食コーナーで鍛え上げられた、彼女のサバイバルスキルの真骨頂だった。
「わぁ……リーザちゃん、床のお掃除をしているんですね! えらいです!」
「違いますわルナ様! これは初期投資の調達ですの!」
リーザは床から立ち上がると、拾い集めた数十発の銀玉を両手で大事そうに抱え込み、一台の『羽根パチ』の前にルナを座らせた。
「さぁ、ルナ様。貴女様の神通力で、この玉を、Vの所に入れて下さいまし♡」
リーザが指差した先。台の中央には『V』と書かれた赤いポケットがある。あそこに銀玉が入れば、大当たりとなり、銀玉が滝のように払い出される仕組みだ。
「分かりましたわ。それで世界が救われますのね?」
ルナが純粋無垢な瞳で、天使のような笑顔を向ける。
「ええ!! 世界の中の一部の私が救われますの♡」
リーザは、一切の悪びれもなく、強欲に満ちたガッツポーズを決めた。
――こいつ、本当に一国の親善大使か? とツッコミたくなるほどの清々しいクズっぷりである。
「それじゃあ、いきますね。植物さん、大地の妖精さん、お願い……♪」
ルナが台に向かって、ふわりと両手をかざした。
その瞬間。
チャリーン!
リーザが弾き出した一発の銀玉が、物理法則を完全に無視した動きを見せた。
釘にぶつかって落ちるはずの銀玉が、まるで意思を持った意思のように空中でピタッと止まり、そのまま直角に曲がって、一直線に『V』ポケットへと吸い込まれていったのだ。
『キュインキュインキュイーーーーン!!! 大当たりィィィッ!!』
けたたましい確定音と共に、台から大量の銀玉がジャラジャラと吐き出され始めた。
「キ、キタァァァァァァッ!! ルナ様、最高ですわ! もっと! もっとVに入れてくださいませーっ!!」
「はいっ! どんどん救済しますね!」
ルナがニコニコしながら指を振るたびに、銀玉はホーミングミサイルのように次々とVポケットへ飛び込んでいく。
あっという間に、足元には銀玉の入った箱(ドル箱)が山のように積み上げられていった。
「あははははっ! 濡れ手で粟! 錬金術の極みですわーっ! これだけあれば、パンの耳生活から脱却して、毎食カツ丼と苺パフェが食べられますの! あぁ、わたくしのアイドル衣装も新調して……!」
リーザがドル箱の山に抱きつき、ヨダレを垂らしながら黒い算段を語り始めた、まさにその時だった。
⚖️ 強制監査執行
「――なるほど。随分と景気のいい事業計画だな、ウチの看板娘」
「……ひぇっ!?」
リーザの肩を、背後から万力のような力でガシィッと掴む手があった。
振り返ると、そこには防刃ジャージ姿の俺が、夜叉のような――いや、横領を見つけた国税庁の査察官のような、底冷えする笑顔で立っていた。
「リ、リアン様!? ど、どうしてここに……っ!」
「あ、リアン社長! 見てください、私とリーザちゃんで世界を救っているんです!」
天然で手を振るルナと、ガタガタと震え出すリーザ。
俺は、リーザの首根っこを掴んでズルズルと引きずり上げ、彼女の耳元で低い声で囁いた。
「てめぇ……ウチの純真な新入社員に、『違法賭博』と『マネーロンダリング』を仕込んでんじゃねぇよ!!」
「い、違法だなんて人聞きの悪い! わたくしはただ、ルナ様の力で少しだけ確率を収束させただけで……っ!」
「釘の配置を無視して空中で玉を曲げるのが確率の収束か! それは業界用語で『ゴト行為』って言うんだよ! 立派な犯罪(コンプライアンス違反)だ!!」
俺はリーザの頭にチョップを落とした。
「いいか!? もし店側にこのイカサマがバレてみろ。ポポロ亭の従業員がゴト師として捕まったなんて噂が広まれば、店のブランドイメージは地に落ちる! 客足は遠のき、売上は激減、俺たちは路頭に迷う大赤字(倒産)ルート一直線だぞ!!」
俺の烈火の如き説教(経営リスクの説明)に、リーザは涙目で「ごめんなさぁぁい!」と土下座の姿勢に入った。
「リアン社長……? リーザちゃん、どうして怒られているんですか? 私たち、世界を救うために……」
「ルナ。お前もだ」
俺は、キョトンとしているルナの方に向き直り、ビシッと指を突きつけた。
「お前のやったことは、世界を救うどころか、ただの『窃盗の幇助』だ。ギャンブルってのはな、客が負ける確率があるからこそ、店側が商売として成り立ってるんだ。
それを魔法で強制的にブチ抜くのは、経済のルールを物理で破壊する反則行為だ。そんな金で食う飯は、泥より不味いぞ」
「泥より、不味い……。私、またダメなことを……」
ルナが、シュンと肩を落とし、ドレスの裾をギュッと握りしめる。
本当に悪気がないだけに、怒るに怒りきれないのがこのエルフの厄介なところだ。
「……まぁいい。まだ換金する前だったのが救いだな」
俺はため息をつき、店員を呼んだ。
「すまん。ウチの身内が、ちょっと『魔力暴走』で台をバグらせちまったみたいだ。この玉は全部無効(没収)で構わないから、台の点検をしてやってくれ。迷惑料として、これは受け取ってくれ」
俺は店員に銀貨を数枚握らせ、穏便に事態を収拾(示談)した。
積み上げられたドル箱が店員に回収されていくのを見て、リーザは「あぁぁっ! わたくしのカツ丼がぁぁっ! 苺パフェがぁぁっ!!」と血の涙を流しながら絶叫していた。
帰還、そして罰則
ポポロ亭の裏口。
俺は、二人の首根っこを掴んで店へと帰還した。
「リーザ。お前には罰として、三日間の『おやつ(パンの耳)没収』、およびホールの床磨き刑を命ずる」
「そんなぁぁっ! パンの耳がないと、わたくし飢え死にしてしまいますわーっ!!」
「自業自得だ。反省しろ」
泣き喚くリーザを放置し、俺はしょんぼりとしているルナの方を向いた。
「ルナ。お前は能力の使い所を間違えてるだけだ。悪知恵に利用されやすいから、次からリーザに美味い話を持ちかけられても、絶対に『承認』を押すな。必ず俺に相談しろ」
「はい……ごめんなさい、リアン社長。私、もっと社会のルール(コンプライアンス)をお勉強します……!」
ルナがウルウルと涙目で俺を見上げてくる。
その素直さと、絶望的な世間知らずっぷりに、俺は再び深いため息をついた。
(……ヤンデレ兎に、見栄っ張りトカゲに、強欲人魚。そこに極めつけの『善意のテロリスト』が加わったか)
俺の求める「定時退社で怠惰なスローライフ」は、もはや銀河の彼方へと飛び去ってしまったようだ。
俺は、今夜も胃薬を水で流し込みながら、ブラック企業と化した我がクランの明日の営業に向けて、帳簿を開き直すのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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