第四章 歩くコンプ違反(エルフ姫)と、ポポロ亭の危機管理
善意のテロリスト入社!~市場介入はコンプライアンス違反です~
満月の輝く、穏やかなポポロ村の夜。
絶望の魔樹を討伐し、俺とイグニスが男同士の祝杯を上げ、静かな時間を過ごそうとしたその矢先――俺たちのクラン【ホープ・クローバー】の平穏は、突如として飛来した一人のエルフの少女によって、文字通り木端微塵に粉砕された。
「えへへ、皆さん喜んでくれて嬉しいです! さっき、村の井戸水を全部『超高純度のエリクサー(完全回復薬)』に変えておきました! あと、道端の石コロも3日間だけ純金になるように魔法をかけておきましたよ!」
ふわりと舞う金糸の髪。高級なフリフリのお嬢様ドレス。
絶対中立国家『世界樹の森』の次期女王候補にして、歩くコンプライアンス違反――ルナ・シンフォニアは、満面の天然スマイルでそう言い放った。
「…………は?」
俺の脳内で、簿記1級の知識と三ツ星シェフとしての経営感覚が、けたたましい非常警報を鳴らし始めた。
「井戸水が、全部エリクサー……?」
エリクサーと言えば、一滴で重傷を治し、一本あれば王族の命すら救える超希少ポーションだ。市場価格は金貨数百枚を下らない。
それが、村の共有インフラである井戸から無限に湧き出る?
――ダメだ。そんなものが市場に出回れば、近隣国家のポーション相場は一瞬で崩壊する。回復術師や薬師の仕事は消滅し、医療ギルドは倒産。超弩級の価格破壊が起きる。
「石コロが、3日間だけ純金……?」
さらにヤバいのはこっちだ。
見た目は純金だが、3日後にはただの石コロに戻る偽造通貨。
村人たちがその『偽金』で隣町や商人と取引を行えばどうなる? 3日後に金が石に変わった瞬間、ポポロ村の信用は完全に地に落ちる。詐欺罪で村ごと帝国軍に討伐されても文句は言えない。一時的なハイパーインフレの後に訪れるのは、完全な経済的信用失墜だ。
「おい……キャルル、リーザ」
「ひぃぃっ! 私じゃないよ! 私、何もしてないよぉぉ!」
「わたくし、純金と聞いて少し心が揺れましたけど、まだ一円も拾ってませんわ!」
俺は、冷や汗を滝のように流しながら、即座に大声で怒鳴った。
「非常事態だ!! 全従業員、直ちに危機管理オペレーションに移行しろ!!」
「「「イエス、ボス!!」」」
俺の切羽詰まった声に、イグニスたちのアホな仲間たちも一瞬で顔つきを変えた。
「イグニス! お前は今すぐ村の井戸へ向かえ! お前の筋力で井戸に巨大な岩で蓋をして、完全封鎖しろ! 一滴たりとも水を持ち出させるな!」
「ガハハハ! 任せとけ! 井戸ごと岩で押しつぶしてやるぜ!」
「つぶすな! 封鎖するだけだ!」
「キャルル! お前は村長権限で、すでに井戸の水を汲んでしまった村人の家を回れ! 『衛生上の問題(水質汚染)』を理由に、全量回収してこい!」
「うんっ! もしゴネる人がいたら、この安全靴でちょっとだけ『お願い』してくるね!」
「怪我人は出すなよ! 穏便にな!」
「リーザ! お前は『お賽銭箱型掃除機』の出力を最大にして、村中の道端に落ちてる『純金に化けた石コロ』を一粒残らず吸い尽くせ! 万が一、村人が拾って使おうとしたら……」
「アイドルの笑顔で懐に入り込み、合法的に没収してやりますわーっ!! 偽金とはいえ、キラキラ光るものを吸い込むのは快感ですの!! ブォォォォォォッ!!」
号令を受けた三人は、一瞬の躊躇もなく夜の村へと散っていった。
俺の経営者としての完璧な初動対応。
これでなんとか、最悪の経済崩壊とコンプライアンス違反は未然に防げるはずだ。
「ふぅ……」
俺は額の汗を拭い、大きく息を吐き出した。
そして、その場にぽつんと取り残され、「あれぇ?」と小首を傾げている元凶――ルナ・シンフォニアをジロッと睨みつけた。
「あ、あのぅ……リアンさん? どうして皆さん、急に慌てて行っちゃったんですか? 私、村のみんなをハッピーにしたくて、いっぱいプレゼントを用意したのに……」
ルナが、上目遣いでウルウルと瞳を潤ませる。
その顔には、一切の悪意がない。本当に、心の底から『善意』だけで、国家を揺るがす経済テロを引き起こしたのだ。
……これが一番タチが悪い。
「いいか、ルナ。よく聞け」
俺は、ルナの前にしゃがみ込み、まるで新入社員にコンプライアンス研修を行う人事部長のような、極めて真剣な表情で語りかけた。
「お前のやったことは、善意なんかじゃない。市場経済を根底から破壊する『不当廉売』と『通貨偽造』だ」
「だ、だんぴんぐ……?」
「そうだ。例えば、俺がポポロ亭で死ぬ気で美味い料理を作って、適正な価格で売っているとする。そこに、お前が『かわいそうだから』って、タダで高級食材を村中にばらまいたらどうなる? 俺の店には誰も来なくなり、店は潰れる。従業員は路頭に迷うんだ」
「あ……」
「井戸のエリクサーも同じだ。無償で価値のあるものをばらまけば、それを作って生計を立てている奴らの生活を殺すことになる。経済ってのはな、適正な対価を払って回すからこそ、みんなが幸せになれるシステムなんだよ」
俺の理詰めのお説教に、ルナは目を丸くして聞き入っていた。
世界樹の森という、全てが無料で供給される特異な環境(過保護な鳥籠)で育った彼女には、『市場経済』や『労働の対価』という概念がすっぽりと抜け落ちているのだ。
「それから、3日で石に戻る純金。……あれは立派な『詐欺』だ。相手を騙して物を奪うのと変わらない。信用ってのは、築くのには何年もかかるが、失う時は一瞬だ。そんな小手先の魔法で、村の信用を毀損するな」
俺がビシッと指を突きつけて言い切ると。
ルナは、ハッと息を呑み、その両手で顔を覆った。
「わ、私……そんな恐ろしいことを……。みんなを笑顔にしたかっただけなのに、結果的に、泥棒さんや悪い人と同じことを……!」
「分かればいい。お前は能力が高すぎるんだ。それを無自覚に振り回せば、周りが大火傷する。次からは、何か行動を起こす前に、必ず俺に『稟議書(相談)』を通せ。いいな?」
俺が念を押し、ポンと彼女の肩を叩いた、その瞬間だった。
「……リアン、さん……」
ルナが顔を上げ、俺を見つめた。
その瞳は、なぜかキラキラと、宝石のように輝きを放っていた。
「リアンさん……すごいです!! 私、お城にいた頃、こんな風に『それがどうしてダメなのか』を、ちゃんと説明して怒ってくれた人、誰もいませんでした!」
「……え?」
「みんな、『ルナ様のお心のままに』って言うだけで……私の魔法が暴走しても、誰も私を叱ってくれなくて……。でも、リアンさんは違う! 私のダメなところを、こんなに分かりやすくて、かっこいい言葉(ビジネス用語)で教えてくれるなんて……!!」
ルナは、俺の手を両手でギュッと握りしめ、頬を薔薇色に染めた。
「私、リアン社長のこと、尊敬しちゃいました! 私も、リアン社長の立派な部下になれるように、一生懸命お勉強しますねっ♡」
「……はぁ?」
俺が呆気に取られていると。
村の回収作業から爆速で帰還したキャルルが、その光景をバッチリと目撃してしまった。
「……あ。ルナ……? リアン君の手を、握ってる……?」
ゴゴゴゴゴゴゴッ……。
キャルルの背後から、底知れぬヤンデレのオーラが立ち昇る。
彼女の特注安全靴から、バチバチと危険な紫電が漏れ出し始めた。
「抜け駆けはギルティって、さっきリーザちゃんも言ってたよね……? ルナ……私のお店(居場所)に土足で踏み込んで、リアン君まで奪おうっていうなら……ここで、丸焦げの兎肉じゃなくて、黒焦げのエルフにしてあげる……っ!」
「キャ、キャルルちゃん!? なんだか目が怖いですぅっ!」
その後ろから、お賽銭箱をパンパンに膨らませたリーザも帰還した。
彼女は、ドロドロの修羅場になりつつある現場を見るなり、目を『¥』マークにして叫んだ。
「ちょっと! ルナ様もキャルルお姉様も、わたくしのプロデューサーを取り合わないでくださいませ! リアン様は、わたくしのアイドル活動を支援する大事なスポンサーなんですのよ!」
「ちげーよ! 俺はただの飲食店経営者だ!」
俺は、雷光を纏ってジリジリと距離を詰めるウサギと、天然で首を傾げるエルフ、そして強欲に俺の袖を引っ張る人魚を前に、天を仰いだ。
「ガハハハ! リーダー、井戸は完璧に塞いできたぜ! ……っておお、なんだか女の戦いが始まってるな!」
遅れて戻ってきたイグニスが、空気を読まずに豪快に笑う。
「笑い事じゃねぇよ……。俺はただ、平穏で黒字なスローライフを送りたいだけなのに……」
頭を抱える俺の傍らで。
ルナミス帝国からやってきた『歩くコンプライアンス違反』ことルナ・シンフォニアの入社(加入)により、ポポロ亭の騒がしさは、ついに限界突破を起こしてしまったのだった。
俺の胃薬の消費量が、明日から激増することは間違いない。
波乱とツッコミに満ちた第四章は、こうして盛大に幕を開けた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




