EP 4
善行ポイント稼ぎと「ネット通販」の裏技発動
「さぁ、リアン。ママが綺麗にしてあげたから、これで美味しく食べられるわよ」
マリアの手の中で、ドス黒い紫色の泥……もとい、『アースドラゴンの特上挽き肉、フレッシュ・ベヒーモスミルク煮込み』が、淡い光を帯びていた。
『浄化魔法』によって毒素や余分なアクは消え去ったようだが、根本的な問題は何も解決していない。
色が少しマシな茶色になっただけで、強烈な獣臭と魔力の匂いは健在だ。
(ダメだ。いくら無毒化されても、こんな大味で暴力的な食材、赤ん坊の胃腸が受け付けるはずがない!)
迫りくる木製スプーンを前に、俺は決断した。
自分の身は自分で守る。前世のブラック厨房で学んだ鉄則だ。
俺は脳内で強く念じ、隠しスキルである『善行型ネット通販』のウィンドウを視界に展開した。
半透明のスクリーンが空中に浮かび上がる。
画面右上には、現在の所持ポイントが表示されていた。
【現在の善行ポイント:5pt】
(……少なすぎる!)
おむつ替えの屈辱に耐えて得た5ポイント。
検索窓で「ベビーフード」「調味料」と打ち込んでみるが、一番安い『無添加コンソメスープの素(粉末)』ですら「15pt」、『口どけタマゴボーロ』が「10pt」だった。
足りない。圧倒的に資金不足だ。
(どうする? どうやって今すぐポイントを稼ぐ!?)
ウィンドウの端にある『ヘルプ(?マーク)』を視線でクリックすると、簡素な説明文が表示された。
『善行とは:他者を喜ばせる、助ける、我慢するなどの道徳的行動。対象者の幸福度に応じてポイントが変動します』
(他者を喜ばせる……幸福度……!)
俺の脳内で、三ツ星フレンチ副料理長としてのスイッチがカチリと音を立てて入った。
要するにこれは、**『顧客満足度(CS)』**と同じシステムだ。
目の前にいる『顧客(両親)』に対して、極上のホスピタリティを提供し、満足度をカンストさせればいいだけの話ではないか!
俺はスプーンを構えるマリアに向かって、顔の筋肉を総動員した。
赤ん坊特有の愛くるしさをベースに、三ツ星レストランの入り口でお客様を出迎えるような、洗練された、かつ無垢な『極上の微笑み』を構築する。
「あきゃっ! きゃうー!」(ママー! いつもありがとうー!)
両手をパタパタと振り、満面の笑みでマリアを見つめる。
その瞬間、マリアの動きがピタリと止まった。
「……っ!! ア、アークス! 見て! リアンが、リアンが私に向かって天使みたいに笑ってくれたわ!」
「おおおおっ!? なんだその極上の笑顔は! 俺にも! 父さんにも見せてくれリアン!」
鼻息を荒くして身を乗り出してくるアークス。
むさい髭面にドン引きしそうになるが、俺は『必要経費』と割り切り、アークスの頬に向かって小さな両手を伸ばし、ペチペチと優しく触れた。
「あーう!」(パパもいつもお仕事お疲れ様!)
「うおおおおぉぉぉっ! 俺の息子が世界一可愛い!! リアンのためなら、父さん、魔王でも単身で討伐してくるぞぉぉっ!!」
アークスが感極まって男泣きを始めた。
その瞬間、視界の端でログが猛烈な勢いで流れ始めた。
『ピロリン♪』
【システム:母親に極上の癒やしを提供しました。+15pt】
【システム:父親の承認欲求と父性を限界突破させました。ボーナス発生。+20pt】
【システム:現在の善行ポイント:40pt】
(よっしゃああああっ!! 荒稼ぎ完了!!)
ちょろい。愛に溢れた親バカを喜ばせるなど、客の好みに合わせて塩加減を調整するより百倍簡単だ。
俺は即座にウィンドウを操作し、カートに商品を放り込んだ。
・『地球産:無添加ベビー野菜コンソメ(粉末スティック)』……15pt
・『地球産:北海道ミルクの口どけボーロ(小袋)』……10pt
【購入を確定しますか? Y / N 】
(イエスッ!)
購入ボタンを押した瞬間、俺の掛けているベビーケットの下で、かすかに空間が歪む気配がした。
モゾモゾと手を動かすと、小さな粉末スティックと、ボーロの袋が確かに握られている。
どうやら、商品は直接手元(あるいは指定した空間)に転送されるシステムらしい。包装のビニールは既に開けやすい状態になっていた。親切設計だ。
「よし、リアン。今度こそ食べてくれるか? ママがフーフーしてあげるからね」
マリアが再び、ドラゴンの挽き肉シチューをすくい上げる。
俺はベビーケットの下で、コンソメの粉末スティックを指で挟み込んだ。
生後半年とは思えない指先の力は、マリアが毎日注ぎ込んでくれた『回復魔法』の賜物だ。
(いくぞ……!)
マリアがスプーンを俺の口元へ運んでくる。
アークスは「食え! 食うんだリアン!」と横で祈るように見つめている。
俺は、スプーンが口に届く直前の、ほんのコンマ数秒の隙を突いた。
前世、祖父から叩き込まれた『天極流』の理合。無駄な予備動作を一切省き、最短距離で対象に到達する『抜き』の歩法を、腕の動きに応用する。
シュッ!
赤ん坊の短い腕が、両親の動体視力の死角を突き、スプーンの上空を掠めた。
その一瞬で、指先に挟んだコンソメ粉末を、スプーンの中のシチューへとパラリと投下する。
見事な隠し味の投下。
地球の食品メーカーが莫大な研究費をかけて開発した、旨味成分(アミノ酸)の結晶。
それが、ドラゴンの粗暴な肉汁と混ざり合った瞬間――奇跡が起きた。
ふわり、と。
あの強烈な獣臭が嘘のように消え去り、代わりに食欲をそそる芳醇な野菜とビーフ(ドラゴンだが)の香りが漂い始めたのだ。
「……あら? なんだか、急にすごくいい匂いになったわね?」
「俺の愛情が、食材の旨味を引き出したに違いない!」
勘違いして胸を張るアークスは放っておいて、俺は口元まで来たスプーンにパクッと食いついた。
(……うん! いける!)
コンソメの圧倒的な旨味と塩気が、ドラゴンの肉のクセを完全に上書きし、むしろ高級なジビエシチューのような深いコクに昇華させている。
これなら、俺の胃腸もストライキを起こさずに消化してくれそうだ。
「ああ、食べた! リアンが父さんの特製離乳食を食べたぞ!!」
「本当に美味しいみたいね。良かったわね、リアン」
大喜びする両親の前で、俺は美味しそうにシチューを飲み込んだ。
だが、当然これだけで腹を満たすつもりはない。
俺はベビーケットの下に隠した左手で、こっそりと『口どけボーロ』をつまみ、シチューを食べる合間に自分の口の中へと放り込んだ。
(あぁぁ……これだよこれ……!)
舌の上でホロリと溶ける優しい甘さ。北海道ミルクの濃厚な風味。
地球の、しかも安全で優しいベビーフードの味に、前世で疲れ切っていた俺の心までがじんわりと癒やされていく。
(……完璧なオペレーションだ)
両親の自己満足(ドラゴン離乳食)を満たしつつ、コンソメで味を調整し、裏ではボーロで本当の栄養と精神の安定を得る。
この『善行型ネット通販』、使い方によってはとんでもないチートになるぞ。
ただの道徳的システムを装った、完全なる『ペイ・トゥ・ウィン(課金すれば勝てる)』のシステムだ。
俺は心の中でガッツポーズを取りながら、明日からも極上の笑顔で両親からポイントを荒稼ぎすることを、固く、固く決意したのだった。
すべては、俺の完璧で快適なスローライフのために!
読んでいただきありがとうございます。
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