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EP 9

拒絶の却下リジェクト〜社畜のメンタルと、最強クランの反撃(サービス残業)〜

 漆黒の絶望の胞子が、俺の全身を包み込んでいた。

 脳内に直接流れ込んでくるのは、前世のブラック企業時代に浴びせられた無数の罵倒。

「お前は無能だ」「代わりはいくらでもいる」「お前の作った料理など豚の餌だ」――人間の心を折り、自尊心を根底から破壊するための、純度100%の悪意ストレス

『アハハハハハッ!! 苦シメ! 泣キ喚ケ! 己ノ無価値サヲ悟ッテ、泥水ヲ啜リナガラ狂イ死ネェェッ!!』

 絶望樹のドクロの顔が、魔人ギアンの声を借りて狂喜の笑い声を上げる。

 俺を包む黒い胞子の濃度は、イグニスたちに放たれたものの数十倍。精神が完全に崩壊し、二度と立ち上がれなくなる致死量のトラウマだ。

 ――しかし。

「……ふわぁ。なんだこれ。ちょっと昔の夢を見たせいで、あくびが出たぜ」

『……ハ?』

 俺は首をポキポキと鳴らしながら、ジャージの肩に積もった黒い胞子を、フッと息を吹きかけて払い落とした。

 絶望樹の笑い声が、ピタリと止まる。

『バ、バカナ……!? ナゼ正気ヲ保ッテイル!? 今ノハ、人間ノ精神ヲ確実ニ破壊スル、究極ノ【不採用通知(お祈り)】ダゾ!?』

「究極の絶望? 笑わせるな」

 俺は、呆れ果てたように天を仰ぎ、鼻で笑った。

「こんなお遊びみたいな幻覚テレパシーで、心が折れるかよ。俺を絶望させたきゃ、気温40度の厨房で、月300時間のサービス残業(タダ働き)を数ヶ月連続でやらせてから出直してこい」

『サ、サービス……ザンギョウ……?』

「俺はな、お前みたいな『言葉だけのパワハラ』なんざ、前世で何万回も浴びてきたんだよ。睡眠時間2時間で、胃薬を噛み砕きながら、それでも客のために完璧な皿を出し続けた!

 てめぇの生ぬるい絶望の胞子なんざ……俺の経験してきた【本物のブラック労働】に比べたら、マイナスイオンが出てるアロマディフューザーと変わらねぇんだよ!!」

 俺の丹田から、青白い『闘気』が爆発的に噴き出した。

 それはただの魔力ではない。理不尽な世界に対する【圧倒的な反骨精神】と、社畜として極限まで鍛え上げられた【絶対に折れない鋼のメンタル】の結晶だった。

 俺の闘気が触れた瞬間、周囲の黒い胞子がジュワッと音を立てて蒸発していく。

『ヒィィッ……!? ナ、ナンダコノ男ハ……!? 精神構造ガ、バグッテイル……!!』

「さぁ、害虫駆除(残業)の時間だ。俺のシマで好き勝手やってくれた落とし前、きっちり払ってもらうぞ」

 俺は絶望樹に背を向け、地に伏している仲間たちの元へ歩み寄った。

 まずは、大の字になって泡を吹いているリーザの首元を掴み、強引に引き起こす。

「起きろ、アホ人魚。アカウントBAN(収益化剥奪)されたくらいで絶望してんじゃねぇ。お前のステージ(居場所)は、あんな四角い画面の中なんかじゃないだろうが」

 俺は、ポケットから『一枚の硬貨』を取り出し、リーザの額にピシッと弾き当てた。

 それは、先日俺が森で取り返してきた、彼女の宝物である『五円玉』だ。

「……あ、あ……?」

「俺がお前のプロデューサーでいる限り、お前のステージは絶対に奪わせない。だからさっさと立って、あの木偶の坊からお前のファン(客)を取り返してこい。……今日の歩合ボーナス、特別に二倍にしてやる」

「――ッ!!!」

 その言葉を聞いた瞬間、リーザの瞳に『¥』マークがバチィィン!と点灯した。

 彼女は弾かれたように立ち上がり、お賽銭箱型掃除機を抱え直す。

「ボーナス二倍……! アカウントがBANされても、現金リアル・キャッシュの手渡しなら関係ありませんわ! わたくしは絶対無敵の、リアン様専属アイドルですわーっ!!」

 よし、一人復活。

 次に俺は、頭を抱えてガタガタと震えているキャルルの前にしゃがみ込んだ。

「私は要らない子……鳥籠の……」

「キャルル。俺の目を見ろ」

 俺が両手で彼女の頬を包み込み、強引に顔を上げさせる。

 濁っていた彼女の瞳に、俺の姿が映り込んだ。

「誰がお前をガラクタだと言った? 少なくとも俺は、お前がいないとホールの回転率が落ちて大赤字になるから、めちゃくちゃ困るんだよ。

 お前は鳥籠のお姫様じゃない。俺の大切な、かけがえのない『パートナー(従業員)』だ。お前の価値は、俺が一番よく分かってる」

 休日のテラスで、俺に見せてくれたあの純粋な笑顔。

 お城の窮屈な生活から抜け出し、泥まみれになりながらも、ここで自分の居場所を見つけた彼女の強さを、俺は知っている。

「……リアン、君……」

「俺のそばにいたいなら、そんな幻覚(嘘っぱち)の言葉なんかに負けるな。お前の居場所は、俺の隣だろ」

 ドクン、と。

 キャルルの瞳の奥に、ハイライト(そして少しばかり強すぎる独占欲の光)が戻った。

 彼女のウサギの耳がピンと立ち、安全靴からバチバチと紫電が溢れ出す。

「……うんっ。そうだよね。私がリアン君を守るんだから。リアン君の隣は、絶対に、絶対に誰にも譲らない……! 私たちのお店を壊そうとする害虫は、一匹残らず駆除おそうじしなくちゃね……っ♡」

 ちょっと殺意の方向性が怖いが、まぁ復活したなら良しとしよう。

 最後に俺は、両手斧を落として膝をついているイグニスの背中を、ブーツのつま先でガンッ!と蹴り飛ばした。

「痛ぇっ!? な、何すんだリアン!」

「ただのトカゲが、いっちょ前に絶望してんじゃねぇ。お前の筋肉インフラがなきゃ、誰が明日からの薪を割るんだ。誰が店の屋台骨を支えるんだ」

 俺は、先日一緒に飲んだ微糖の缶コーヒーの空き缶を、彼の手のひらに押し付けた。

「書類選考ごときで弾かれた過去がなんだ。お前は今、このポポロ亭の立派な大英雄だ。俺がその実力バリューを保証してやる。

 ……立て、イグニス。俺たち自慢の『前衛物理部門・最高責任者』の力、あのバケモノに見せつけてやれ」

「リアン……!!」

 イグニスが空き缶を強く握りしめ、地面に落ちていた両手斧をガシィッと掴み取った。

 彼の全身から、これまでにないほど強烈で、巨大な黄金の炎(闘気)が天に向かって立ち昇る。

 コンプレックスを乗り越え、己の役割(居場所)を確信した男の、揺るぎないオーラだ。

「ガハハハハッ!! そうだ、俺様が屋台骨(大英雄)だ! 紙切れ(書類)で俺様を測ろうなんざ、百年早いぜ!!」

 たった数分。

 言葉の毒によって地に伏していたホープ・クローバーの面々は、俺の的確な『再プロデュース(バフ)』によって、以前よりも遥かに強力な闘気を纏って完全復活を果たした。

『バ、バカナ……!? ナゼ、絶望シナイ!? ナゼ立チ上ガル!? オ前ラハ、社会カラ拒絶サレタ、役立タズノ集マリダロウガ!!』

「社会がどうであれ、俺の店ではこいつらが【最高の人材】なんだよ。……全員、配置につけ! 業務バトル再開だ!!」

「「「イエス、ボス(シェフ)!!」」」

 俺の号令と共に、三人が弾丸のように飛び出した。

『クソッ! 寄ルナ、黒ノ胞子ヨ、ヤツラヲ包ミ込メェェッ!!』

 絶望樹がパニックに陥り、狂ったように濃密な絶望の胞子を全方位に噴射する。

「させませんわーっ! 愛とボーナスの力、見せてやりますのーっ!!」

 リーザが最前線に飛び出し、『お賽銭箱型掃除機』の出力を限界突破(リミッター解除)させた。

 ブォォォォォォォォォォッ!!!

 まるでブラックホールのような吸引力が、村中にばら撒かれようとしていた絶望の胞子を、一粒残らずお賽銭箱の奥底へと吸い込んでいく。精神攻撃は、完全に無力化された。

胞子デバフがなけりゃ、ただのデカい木偶の坊だぜ! 道は俺様が切り開く!!」

 イグニスが、筋肉を極限まで膨張させ、両手斧に太陽のような超高温の炎を圧縮させた。

 狙うは、絶望樹の足元を覆う無数の防御触手(根っこ)。

「燃え尽きろ! 英雄の全力――『イグニス・フレア・ストーム』ッ!!」

 横薙ぎに放たれた炎の斬撃が、巨大な炎の竜巻となって絶望樹の触手を一瞬にして消し炭に変える。

 強固な防壁セキュリティが、物理的に完全破壊された。

「――月影流、雷華」

 防壁が消え去った一瞬の隙を突き、キャルルが紫電の尾を引いて空高く跳躍した。

 彼女の目標は、絶望樹の幹の中央にあるドクロのメインコア

「私からリアン君を奪おうとする害虫は……死ねっ!!」

 ズドゴォォォォォォォォンッ!!!

 一億ボルトの雷光を纏った踵落としが、ドクロの顔面を真正面から粉砕した。

 凄まじい衝撃波が走り、絶望樹の巨体が大きく後ろにのけぞる。防御力も姿勢制御も、完全に崩壊した。

『ギ、ギャアアアアアァァァァッ……!?』

「完璧なアシストだ。あとは、俺が『決裁フィニッシュ』を下すだけだ」

 俺は四次元魔法ポーチからショートボウを引き抜き、三本の矢を同時に番えた。

 前回の死蟲将軍機を消し飛ばした『カクテル・エンド(バグ技)』。だが、今回は相手が『不採用通知(紙)』の集合体だ。それならば、最も効果的で残酷な処理方法(魔法)がある。

 風魔法による『極薄の不可視の刃』を数千枚生成し。

 炎魔法による『局地的な超高温』を内包させ。

 土魔法による『圧殺の万力』で、対象を逃がさない。

「てめぇらの理不尽なお祈りメール(不採用通知)の末路を教えてやる。

 ウチの会社クランではな……そういうゴミは、こうやって処理するんだよ」

 俺は弦を限界まで引き絞り、静かに、だが絶対的な威圧を込めて言い放った。

「決裁完了。――『カクテル・エンド:クロス・シュレッダー』!!」

 ヒュンッ!!

 放たれた三本の矢は、空中で巨大な『目に見えない竜巻(裁断機)』へと変貌し、絶望樹の巨体をすっぽりと包み込んだ。

『ガ……!? アァァァァァァァァァァァァッ!!??』

 次の瞬間。

 シュバババババババババッ!!! という、恐ろしい裁断音が響き渡った。

 20メートルを超える絶望樹の巨体が、数千の風の刃によって、文字通り『数ミリ単位の紙屑』へと高速で切り刻まれていく。

 さらに、切り刻まれた端から内包された炎の魔法が発火し、空中で鮮やかな火の粉となって完全消滅(焼却処理)されていく。

 抵抗することも、再生することも許されない。

 現代のトラウマを具現化した最悪の魔樹は、俺の『シュレッダー魔法』の前に、わずか数秒で一切の痕跡を残さず、ただの灰となって夜空に散っていった。

『ヒィィィィィッ!? ボ、僕ノ……僕ノ絶望樹ガ……ただの紙屑みたいにィィッ!?』

 上空の監視ドローンから、魔人ギアンの絶望に満ちた悲鳴が聞こえた。

「おい、聞いてるかクソ魔人。次また俺の店に営業妨害を仕掛けてきたら……今度はお前のその脳天を、直接シュレッダーにかけてやるからな。覚えとけ」

『ヒィッ!? ご、ゴメンナサイィィィッ!!』

 俺が弓を構え直してドローンを睨みつけると、監視ドローンはパニックを起こして自爆し、完全に通信が途絶えた。

「……ふぅ。これで残業ミッションコンプリートだ」

 俺が弓を下ろすと、絶望の胞子の効果が消え、倒れていた村人たちが次々と目を覚まし始めた。

「リアン様ぁーっ!!」

「リアン君っ!!」

「ガハハハ! 見たかリアン! 俺様の炎!」

 三人が、満面の笑顔で俺の元へ駆け寄ってくる。

 泥だらけで、息を切らしているが、その瞳には何の迷いもない。

 俺は、向かってくるポンコツで最強の仲間たちに向かって、少しだけ……本当に少しだけ、嬉しそうに口角を上げて笑った。

「よくやった、お前ら。……さぁ、お祭り(営業)の再開だ。遅れを取り戻すぞ!」

読んでいただきありがとうございます。

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