EP 8
絶望の収穫祭〜心折る魔樹と、地に伏す英雄たち〜
ポポロ村は、年に一度の『太陽芋の収穫祭』を迎えていた。
広場には無数の出店が並び、村人たちや国境を越えてやってきた商人、兵士たちが入り乱れ、かつてないほどの熱気と喧騒に包まれている。
「リアン様! ポポロ亭特製『太陽芋のホクホク肉巻きドッグ』、追加で100本オーダー入りましたわーっ! 皆様、お金(御縁)の準備はよろしいですの!?」
「ガハハハ! どんどん焼けリアン! 俺様が全部一瞬で運んでやるぜ!」
「リアン君、ドリンクの補充もお願いっ!」
特設された野外厨房で、俺は千手観音のような速度で肉を焼き、ソースを塗り、パンに挟むという作業を繰り返していた。
村の収穫祭という最大の書き入れ時。この日のための完璧な動線設計と、仲間の圧倒的な身体能力が噛み合い、売上は秒単位で爆発的に積み上がっていく。
「(……完璧だ。この調子なら、今日の利益だけで村の年間予算を軽く超えるぞ)」
俺は流れる汗を拭い、確かな手応えに口角を上げた。
この数週間、俺たち【ホープ・クローバー】は本当に休む間もなく働いた。その集大成とも言えるこの収穫祭の活気こそが、俺たちの築き上げた『成果』だった。
――だが。
平和で幸福な『お祭り』の空気は、前触れもなく、文字通り根底から覆された。
ズドドドドドドドドッ……!!!
突如として、ポポロ村の大地が激しく揺れ始めた。
悲鳴が上がり、積み上げられていた木箱が崩れ落ちる。ただの地震ではない。地脈から、どす黒く禍々しい『瘴気』が間欠泉のように噴き出し始めたのだ。
「な、なんだ!? 地震か!?」
「リアン君、見て! 村の裏の畑から……っ!」
キャルルが指差した先。
そこは数日前、俺たちが『折れたス(お祈りレタス)』を発見した、村の裏手の農地だった。
その農地の中心が、まるで火山が爆発したかのように吹き飛び、中から『巨大な黒い根』が無数に這い出してきたのだ。
『アァァァァァァ……ッ……!!』
地鳴りのような、何万もの人間の嘆きを重ね合わせたような、悍ましい産声。
ズズンッ! と大地を割って姿を現したのは、体長20メートルを超える、異形の巨大樹だった。
幹は、シュレッダーにかけられた不採用通知(紙屑)が寄り合わさったような不気味な白灰色。
枝葉は全て、禍々しい赤紫色に染まった巨大な『折れたス』の葉で構成されている。
そして木の幹の中央には、虚ろな目と裂けた口を持つ、巨大なドクロの顔が浮かび上がっていた。
「ひぃぃぃっ!! な、なんだあのバケモノはぁぁっ!?」
「空が……空が真っ黒に……!」
魔人ギアンが天魔窟の瘴気を注ぎ込み、現代社会のトラウマを極限まで培養して生み出した最悪の章ボス。
その名も、【絶望樹・オイノリ・レギオン】。
『――ポポロ村ノ愚カ者ドモ。貴様ラノ存在ヲ、全否定シテヤロウ……』
絶望樹のドクロの口から、無機質で冷酷な、あの『お祈りメール』の音声が重低音となって村中に響き渡った。
「チッ、またあのふざけた野菜の親玉か! 営業妨害にも程があるぞ!」
俺は即座にフライパンを放り投げ、四次元魔法ポーチから『白雪(日本刀)』を引き抜いた。
前回の『折れたス』は単なるギャグ野菜だったが、目の前のバケモノが放つ魔力量は、死蟲将軍機の比ではない。間違いなく、単体で国家を滅ぼせる【災害級】の魔物だ。
「みんな、気をつけろ! あいつの攻撃は物理じゃない、精神を直接削ってくるタイプだ!」
俺の警告と同時。
絶望樹が巨大な枝をバサァッ!と振り乱すと、空から無数の『赤紫色の胞子(レタスの破片)』が、雪のように村中へ降り注いだ。
その胞子に触れた瞬間。
「あ……ああ……。ワシの太陽芋の納入契約が……『他社様の品質が上回ったため』、打ち切りに……」
「俺の……村の復興資金の融資審査が……『総合的な判断により』、見送りに……」
村人たちや商人たちが、次々とその場に膝をつき、白目を剥いてバタバタと倒れ始めた。
胞子が触れた者の脳内に、その人間が最も恐れる『拒絶(お祈り)』のテレパシーを強制的に再生させているのだ。広範囲の精神汚染攻撃。
「ガハハハッ! くだらねぇ! そんな幻覚、俺様の圧倒的な闘気で吹き飛ばしてやるぜ!」
イグニスが両手斧を構え、絶望樹に向かって真っ直ぐに跳躍した。
燃え盛る紅蓮の炎を斧に纏わせ、一撃で幹を両断しようとする。
だが、絶望樹はイグニスに向かって、特別に濃密な『黒い胞子』を噴射した。
バシュッ!!
「うおおおっ!? ――ッ!!?」
黒い胞子を全身に浴びた瞬間。
イグニスの脳内に、彼が故郷を出てから冒険者ギルドで味わってきた、無数の【書類選考お祈り(門前払い)】の記憶が、100倍のノイズとなって響き渡った。
『――厳正なる書類選考の結果、イグニス様の魔法適性が著しく欠如しているため、当パーティーへの加入は見送らせていただきます』
『――貴殿の力は利益を損なうだけです。今後のご健勝をお祈り申し上げます』
『――トカゲは前衛の壁にしかならないからいらないです』
「あ……ああ……っ」
イグニスの両手から力が抜け、巨大な両手斧がガランッ!と地面に落ちた。
彼はそのままズシンと両膝をつき、うつろな目で自分の手のひらを見つめた。
「俺様は……英雄じゃない……。ただの、使えねぇ、トカゲ……」
「イグニスッ!!」
俺の叫びも虚しく、イグニスは完全に心を折られ、地面に突っ伏して動かなくなってしまった。
「イグニスの仇……私が、絶対に許さないっ!!」
キャルルが安全靴の雷竜石を起動させ、紫電を纏って絶望樹の背後へと回り込む。
マッハの速度で放たれる、月影流の蹴り。
だが、絶望樹の幹から伸びた無数の『触手』が、キャルルの軌道を先読みしたように絡みつき、彼女の動きを空中でピタリと止めた。
『――大変優秀なご経歴ではございますが、当王宮が求めている【大人しく従順な姫君】の要件と、致命的なミスマッチがございました』
「え……っ?」
『――あなたは、誰の役にも立たない。鳥籠の中で、ただ飾られているだけの存在。不合格です』
「ちがっ……私は、私はリアン君の……ホープ・クローバーの……っ!」
トラウマ(籠の鳥時代)をピンポイントで抉り出す【中途採用・お祈り種】の直撃。
キャルルの瞳からスッとハイライトが消え、全身の闘気が霧散する。
ツルから解放された彼女は、糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ち、頭を抱えてガタガタと震え始めた。
「だめ、だめだめだめ……私は、要らない子じゃない……誰か、私を……」
「キャルル!!」
たった数十秒。
物理攻撃を一切通さず、ただ『言葉(拒絶)』という毒だけで、俺の誇る最強のアセット(仲間)たちが次々と無力化されていく。
「こんな……こんなのズルいですわーっ!! わたくしの、わたくしのファンたちを返してくださいませっ!!」
最後に残ったリーザが、芋ジャージを振り乱し、『お賽銭箱型掃除機』のスイッチを全開にして絶望樹へと突っ込んだ。
「絶望の胞子なんて、わたくしのお賽銭箱で一円残らず吸い尽くしてやりますわ! ブォォォォォォッ!!」
貧乏神の悪運耐性を持つリーザなら、この精神攻撃を無効化できるかもしれない。
俺がそう希望を抱いた瞬間。
絶望樹のドクロの顔が、ニタリと歪んだ。
『――ご利用のチャンネルは、コミュニティガイドラインに対する重大な違反(強欲・スパチャの過剰要求)が確認されたため、アカウントを永久に停止(BAN)いたしました。なお、未収益分の残高(御縁)は全て没収となります』
「………………は?」
ピタッ、とお賽銭箱の吸引音が止まった。
リーザの顔から、一瞬にして全ての血の気が引いた。
「アカウント、停止……? 残高、没収……?
あ、あ、あああああああぁぁぁぁっ!! わたくしの御縁がぁぁぁっ!! 収益化剥奪だけは嫌ですわぁぁぁっ!!」
バタンッ!!
アイドルにとって最大の絶望(BAN通知)を食らったリーザは、白目を剥いて泡を吹き、その場に完全な大の字になって気絶してしまった。
「…………」
ポポロ村は、静寂に包まれた。
誰一人として立っている者はいない。
英雄を夢見た竜人も。愛を求めたウサギの姫も。不屈のアイドル人魚も。
全員が、自らの最も弱い部分を抉られ、絶望の海に沈んでしまった。
『クックック……。アハハハハハッ!! 傑作ダ! 最高ノ絶望ダ!!』
絶望樹のドクロが、魔人ギアンの声を借りて狂喜の笑い声を上げる。
上空の監視ドローンを通じて、ギアンが俺を見下ろしているのが分かった。
『オイオイ、どうシタんだいリアン・クライン? 経営者サンよォ! 誇りの従業員サマたちが、全員ポンコツになっちマッタぞ?』
絶望樹の触手が、四方八方から俺を取り囲む。
逃げ場はない。
そして、絶望樹のドクロの口から、俺に向けて最も濃密で、最もどす黒い【究極のお祈りメール(ブラック企業からの解雇通知)】の胞子が放たれた。
『サァ、オ前モ心ヲ折ッテ這イツクバレ! 己ノ無力サヲ嘆キ、絶望シテ死ネ!!』
俺の全身を、漆黒の胞子が包み込む。
脳内に、前世の俺が過労死した日の記憶と、無数の「お前は無能だ」「代わりはいくらでもいる」という罵倒のシャワーが流れ込んでくる。
それは、並の人間なら1秒で発狂し、精神を破壊されるほどの、圧倒的な【絶望】の奔流だった。
…………。
「…………なめんなよ」
低い、地を這うような俺の声が、静まり返った村に響いた。
『ハ……?』
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
絶望? 恐怖? 心が折れる?
そんなものは、俺の瞳の中には1ミリたりとも存在していなかった。
あるのはただ、沸点を超えて冷え切った、底知れぬ【激怒(殺意)】だけだ。
「おい、クソバケモノ。……誰の許可を得て、俺の店で、俺の大切な従業員に手を出してるんだ?」
俺の全身から、青白い『闘気』が爆発的に噴き出した。
それは絶望の胞子をチリ一つ残さず焼き尽くし、絶望樹の巨体をビリビリと震わせるほどの、圧倒的なプレッシャー(威圧)。
「俺たちを拒絶(お祈り)するだと? 笑わせるな。
――てめぇの不採用通知は、俺が今ここ(シュレッダー)で粉々に裁断してやる」
一人立ち上がる俺の前に、絶望の樹が怯んだように後ずさる。
元・ブラック企業の最前線で過労死するまで戦い抜いた男の『メンタル』を、甘く見るなよ。
ホープ・クローバーの反撃(サービス残業)が、今、始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




