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EP 7

ホープ・クローバーの夜〜世界一騒がしくて尊いブラック企業〜

 大衆食堂『ポポロ亭』の2階。

 そこは俺たち【ホープ・クローバー】の従業員メンバーが寝泊まりする、広々としたシェアハウス風の居住スペースだ。

 本日の激務ディナータイムを終え、1階の店舗の明かりが落とされた深夜。

 俺はリビングの大きなテーブルに陣取り、ランタンの灯りの下で、分厚い帳簿(タローマン製ノート)と睨み合っていた。

「……よし。今週の売上高キャッシュインは前週比150%増。食材の廃棄ロスはリーザの胃袋処理により実質ゼロ。人件費は……まぁ、現物支給(賄い)と歩合制(お賽銭)だから格安だな。完璧な黒字経営だ」

 羽ペンを置き、凝り固まった首をポキポキと鳴らす。

 前世のブラック企業時代から染み付いた『帳簿が黒字でピッタリ合った時のエクスタシー』に浸っていると、背後から凄まじい地響きが鼓膜を打った。

「9997……! 9998……! 9999……!! 一万ぁぁっ!!」

 ドスゥゥゥンッ!!

 リビングの隅で、上半身裸の竜人イグニスが、親指一本で逆立ち腕立て伏せを完遂し、床に豪快に倒れ込んだ。

「ガハハハハ! 見たかリアン! 俺様の大胸筋がまた一回りデカくなったぜ! この筋肉パワーがあれば、明日の薪割りは今日の半分の時間で終わらせてやるからな!」

「あぁ、頼もしいぜ。お前のその燃費の悪い筋肉は、我がクランの最高のアセット(固定資産)だからな。プロテイン代わりにゆで卵でも食っとけ」

「おうっ!」

 筋肉を褒められて満足したのか、イグニスはホクホク顔でキッチンへゆで卵を取りに向かった。

「キュッ、キュッ、キュッ……♪ ふふふ、美しいですわ。世界で一番美しい輝きですの……」

 テーブルの反対側では、芋ジャージ姿のリーザが、布切れで『五円玉』と『お賽銭箱』を異常なまでの執念で磨き上げている。

 彼女の磨き方はもはや職人芸の域に達しており、真鍮の五円玉は鏡のようにピカピカに光を反射していた。

「リアン様、見てくださいませ! この五円玉に、わたくしの絶対無敵の笑顔が反射して映っておりますわ! これぞ真のアイドルスマイル!」

「お前、それ毎日磨きすぎて、そのうち削れて穴が大きくなるぞ。貨幣変造は帝国法で罰せられるからな」

「削れる前に、客の財布から新しいのを吸い上げますから問題ありませんの!」

 相変わらずの強欲ストロングスタイルである。

 俺が呆れてため息をついていると、隣からスッと、良い香りのするハーブティーが差し出された。

「お疲れ様、リアン君。帳簿付け、終わった?」

「ああ、サンキュー、キャルル。おかげで助かるよ」

 俺の隣には、可愛らしい部屋着のワンピースを着たキャルルがちょこんと座っていた。

 彼女の膝の上には、裁縫道具と一枚の布が広げられている。休日の昼間はいつも人参の刺繍をしている彼女だが、夜は何やら別のものを作っているらしい。

「何縫ってるんだ? それ、エプロンか?」

「うんっ! リアン君がいつも厨房で着てるエプロン、少し焦げちゃってたから。新しいのを縫ってるの」

「おっ、気が利くじゃないか。どれどれ……」

 俺がキャルルの手元を覗き込むと、そこには真っ黒で実用的なエプロンの胸元に、美しい銀糸で『Rian ♡ Caryll』という文字が、禍々しいほど巨大なハートマークに囲まれて刺繍されていた。

「…………」

「えへへ……。これを着て厨房に立てば、リアン君にちょっかいを出そうとする泥棒猫(客)たちも、リアン君には『心に決めた運命の相手わたし』がいるって一目で分かるでしょ? 絶対に、誰にも渡さないからね……ふふふっ」

「重い。重すぎる。あとデザインが飲食店として壊滅的にダサい。直ちにその呪いの刺繍をほどけ」

「えーっ!? 一針一針、私の重い愛(ルビ:いのち)を込めたのに!」

 俺が即座に却下リジェクトすると、キャルルは涙目で抗議してきた。

 相変わらずヤンデレ一歩手前の距離感だが、まぁ、殺意が客に向かっていないだけマシとするべきか。

 その時だった。

「おおっ!? わりぃ、手が滑った!!」

 キッチンの方から、ゆで卵を剥いていたイグニスの焦った声が響いた。

 見れば、彼の手が滑り、積み上げられていた陶器の皿の山(数十枚)が、バランスを崩して床に向かって雪崩のように崩れ落ちていくところだった。

 あれが全部割れれば、明日の営業に支障が出るレベルの大赤字(損失)だ。

 だが。

「――月影流、瞬歩」

 俺の隣に座っていたキャルルが、瞬きする間もなく消えた。

 彼女は風のようにキッチンへ滑り込むと、空中で特注安全靴の踵を優しく使い、落ちていく皿をダルマ落としの逆のように、次々と空中で蹴り上げて滞空させる。

「リーザちゃん、お願いっ!」

「愛と御縁(五円)の力ですのーっ!!」

 テーブルにいたリーザが、お賽銭箱型掃除機のノズルを上空へ向けた。

 ブォォォォォォォォッ!!!

 強烈な吸引力が、キャルルが空中に蹴り留めた皿の山を、一枚も割ることなく、綺麗にスポンッ!とお賽銭箱の中(柔らかいクッション機能付き)へと吸い込んでいく。

 そして最後の一枚。

 キャルルとリーザの連携から僅かに漏れ、床に激突しそうになった皿を――キッチンにいたイグニスが、自らの分厚い大胸筋をクッションにして、ボヨンッと見事に受け止めた。

「ガハハハハ! 完璧なリカバリーだぜ!!」

「イグニス、次やったら、お前のゆで卵を全部お賽銭箱で吸い込みますわよ!」

「もう、イグニスったらドジなんだから。はい、お皿は無事だよ、リアン君」

 時間にして、わずか3秒。

 皿の落下というアクシデントに対し、誰一人として焦ることなく、言葉すら交わさずに、それぞれの『特技アセット』を完璧に噛み合わせて損失をゼロに抑え込んだのだ。

 俺は、ハーブティーのカップを持ったまま、その光景をジッと見つめていた。

「……ふぅ。お前ら、本当に見事なチームワーク(業務効率)だな」

「えへへ、そうかな? リアン君がいつも的確な指示を出してくれるから、自然と体が動いちゃうの」

「わたくしたち、ホープ・クローバーですから!」

 キャルルとリーザが誇らしげに胸を張り、イグニスがガハハと笑う。

(……やれやれ。どいつもこいつも、本当に規格外で、騒がしくて……最高の連中だ)

 前世の俺がいたブラック企業は、誰かがミスをすれば全員で責任を押し付け合い、罵倒が飛び交う地獄のような職場だった。

 だが、この【ホープ・クローバー】はどうだ。

 一人がミスをすれば、残りの全員がノータイムで全力のフォローに走る。そこには打算も嫌悪もなく、ただ純粋な『仲間への信頼』だけがある。

 俺は、無意識のうちに緩んでいた口角を隠すように、コホンと一つ咳払いをした。

「よし。今週の帳簿も綺麗に片付いたし、お前らの見事な連携プレイ(損害防止)に免じて……今日は特別に『夜食』を振る舞ってやる」

「「「夜食メシ!!!」」」

 三人の目が、一瞬でハイビームのように発光した。

「リアン君の夜食! 嬉しいっ!!」

「ガハハハ! 筋トレの後のリアンの飯は、筋肉の細胞が歓喜の歌を歌うぜ!」

「わたくし、お賽銭箱の準備はできておりますのーっ!」

 俺は立ち上がり、エプロン(※呪いの刺繍がないやつ)を身につけてキッチンに立った。

 夜更けに食べるべき料理。

 それは、健康的でオーガニックなサラダなどではない。労働の疲れを脳髄から吹き飛ばすような、圧倒的で暴力的な『背徳のジャンク』だ。

「地球のネット通販の出番だな」

 俺は四次元魔法ポーチから、地球産の『冷凍讃岐うどん』『最高級のバター』『特選にんにく醤油』を取り出した。

 フライパンに魔力で火を入れ、ベーコンとニンニクの薄切りをカリカリになるまで炒める。そこに、サッと湯通しした冷凍うどんを投入。

 強火で一気に煽りながら、特選にんにく醤油と、たっぷりのバターを絡める。

 ジュワァァァァァァッ……!!

 深夜のシェアハウスに、焦がし醤油とバター、そしてニンニクの、理性を破壊するような凶悪な香りが充満した。

「うおおおおっ!? な、なんだこの暴力的な匂いは! 腹の虫が暴動を起こしそうだぜ!」

「はわわ……リアン様、匂いだけでカロリーを感じますわ……!」

「完成だ。名付けて『悪魔のガーリック・バター醤油うどん』。冷めないうちに食え」

 俺が四つの皿をテーブルに並べると、三人は「いただきます!」と声を揃え、猛烈な勢いでうどんを啜り始めた。

「ズズズッ……!! うっ、うめええええぇぇっ!!」

「麺がもっちもちで、バターのコクとお醤油の香ばしさが最高だよぉ……っ!」

「わたくし、このうどんの汁で明日も生きていけますわーっ!!」

 あっという間に皿を空にしていく三人を見ながら、俺も自分の分のうどんを啜る。

 うん、美味い。やはり深夜の炭水化物とニンニクは、資本主義社会が生み出した最高の合法ドラッグだ。

『ピロリン♪』

【システム:従業員の精神的充足度がMAXに達しました。最高のチームワークにボーナス+800pt】

【現在の善行ポイント:3310pt】

 脳内で鳴り響くファンファーレ。

 俺は、うどんの汁を最後の一滴まで飲み干して至福の表情を浮かべるイグニスと、食後の麦茶を飲んでホッとしているキャルル、そして空になった皿を名残惜しそうに舐めているリーザを見渡した。

「(……俺は、本当にこの異世界で『怠惰なスローライフ』を送りたかったんだろうか?)」

 ふと、そんな疑問が脳裏をよぎる。

 毎日、朝から晩まで料理を作り、トラブルに巻き込まれ、アホな仲間たちのツッコミに追われる日々。

 どう考えても、スローライフとは対極にある『ブラック労働』だ。

 ――だけど。

 俺は、この騒がしくて、温かくて、底抜けに明るい『俺たちの居場所(ポポロ亭)』を。

 この最高に愛おしい仲間たちとの毎日を。

「……何よりも、手放したくないと思ってるんだな」

「ん? リアン君、何か言った?」

 キャルルが小首を傾げて聞いてくる。

「いや、何でもない。食い終わったらさっさと皿を洗って寝ろ。明日も早朝から、お前らを馬車馬のようにこき使って利益キャッシュを叩き出すからな」

「はいっ! リアン君のためなら、私、地の果てまで働くからね!」

「ガハハハ! 英雄の力、明日も存分に見せつけてやるぜ!」

「わたくし、明日はお賽銭箱を二つ用意しますわーっ!」

 深夜のポポロ亭に、明るい笑い声が響き渡る。

 外には、魔人ギアンが仕掛けた最悪の『絶望の種』が静かに芽吹いていることなど、この時の俺たちは知る由もなかった。

 だが、どんな理不尽な悪意トラブルが襲ってこようと。

 この最強で最高の仲間チームがいる限り、俺たちのクラン【ホープ・クローバー】が折れることなど、絶対にあり得ないのだ。

 笑い声の絶えない、尊くて騒がしいポポロ亭の夜は、穏やかに更けていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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