表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/75

EP 6

男同士の語らいと缶コーヒー〜裏方の英雄に捧ぐ微糖〜

 大衆食堂『ポポロ亭』の裏庭。

 夕暮れ時の空が茜色に染まり、村に涼しい夜風が吹き始める頃、一定のリズムで重い音が響き渡っていた。

 パカーンッ!! パカーンッ!!

 竜人族のイグニスが、上半身裸になり、大粒の汗を流しながら両手斧で薪を割っている。

 彼の圧倒的な腕力と体幹から放たれる一撃は、どんなに太く硬い丸太も、まるで豆腐のように真っ二つに両断していく。ポポロ亭の厨房の火力を支えるのは、間違いなく彼が毎日割ってくれるこの莫大な量の薪だ。

「ふぅ……今日の分はこんなもんか」

 イグニスは額の汗を拭い、切り株の上にどっしりと腰を下ろした。

 そして、自分の荷物から一枚の羊皮紙と羽ペンを取り出し、夕日に照らされながら、真剣な顔で文字を書き始めた。

(……えーと。『母ちゃん、元気か。俺様は今日も、帝都で大暴れしているぜ。この前は魔王軍の幹部を俺様の炎で一人で消し炭にしてやってな、皇帝から直々に褒美をもらったんだ。帝都の広場には、俺様の純金の像が建ってるぜ。今度見せてやるからな……』と)

 羊皮紙に書き連ねられた、嘘八百の武勇伝。

 イグニスは羽ペンを置き、ふぅ、と深く長いため息をついた。

「純金の像、か……」

 彼は自分の分厚い手のひらを見つめた。

 故郷の村で、「俺様は人間の街で絶対一番の英雄になる!」と大見栄を切って飛び出してきた。

 だが、現実は甘くなかった。力が強すぎて加減ができず、魔獣の素材(ドロップ品)を消し炭にしてしまうため、どの冒険者パーティーからも「お前は利益ドロップを減らすだけの厄介者だ」とクビにされた。

 日雇いの工事現場で泥水を進り、リアンに拾われてからも、彼がやっているのは「芋掘り」「店舗の建設(DIY)」「薪割り」「ホールの配膳係」といった、純然たる『肉体労働(裏方)』ばかりだ。

「……俺様、本当はただの、体のデカいトカゲなんじゃねぇのかな……」

 ポツリと漏れた、弱気な独り言。

 魔物をバッサバッサとなぎ倒し、民衆から喝采を浴びる『英雄』。自分が思い描いていた姿と、薪の山に囲まれて汗まみれになっている今の姿のギャップに、イグニスの心は小さく軋んでいた。

「しけたツラしてんな。お前の取り柄は、その暑苦しいまでのバカみたいな自信だろうが」

「……っ!?」

 不意に背後から声をかけられ、イグニスは慌てて羊皮紙(嘘の手紙)を背中に隠した。

 振り返ると、そこには防刃ジャージ姿のリアンが立っていた。手には、見たこともない『小さな鉄の筒』を二つ持っている。

「リ、リアン……! お、俺様は別にしけたツラなんか……」

「嘘をつけ。丸太と一緒に、自分のメンタルまで真っ二つに割ったような顔をしてたぞ。ほらよ、休憩だ」

 リアンは、持っていた鉄の筒の一つを、イグニスに向かって放り投げた。

 受け取ると、その筒は冷たい地下水で冷やされたように、ひんやりと心地よい冷気を放っていた。

「なんだこれ? 薬の水薬ポーションか?」

「『缶コーヒー』だ。地球……俺の故郷の、労働者のための飲み物だよ。こうやって開ける」

 カシュッ。

 リアンが鉄の筒の上部プルタブを指で弾き開けると、今までに嗅いだことのない、深く焙煎された香ばしい匂いが漂ってきた。

 イグニスも見様見真似でプルタブを開け、中の黒い液体を恐る恐る口に運ぶ。

「……にがっ! な、なんだこれ! ポポロ・コーヒーより全然苦ぇぞ!? でも……後からほんのり甘みが……」

「『微糖』だからな。ただ甘いだけじゃない、苦労(苦味)を知ってる大人の男の味だ。疲れた筋肉と脳みそに染み渡るだろ?」

 リアンは切り株の隣に腰を下ろし、缶コーヒーを一口飲んで夜空を見上げた。

「……見栄を張るのも、楽じゃないな」

 リアンのその一言に、イグニスの肩がピクリと跳ねた。

「読んだわけじゃない。だが、お前が故郷に仕送り(金貨)と一緒に送ってる手紙、大方『俺様は世界一の英雄だ』みたいな嘘八百が書いてあるんだろ?」

「……うるせぇ。笑いたきゃ笑えよ」

 イグニスは缶コーヒーを両手で包み込み、うつむいた。

「笑われても仕方ねぇよ。俺様は、炎の魔法のコントロールもできねぇ。悪知恵も回らねぇ。キャルルみたいな素早さも、リーザみたいな客を呼ぶ歌も歌えねぇ。

 リアン、お前はすげぇよ。頭が良くて、飯が作れて、誰よりも強い。……お前に比べたら、俺様なんて、ただ薪を割って、皿を運ぶだけの『肉体労働のトカゲ』だ」

 イグニスが絞り出すように吐露した、本音のコンプレックス。

 それは、彼が虚勢(ガハハという笑い)の下にずっと隠し続けてきた、切実な焦りだった。

 しかし。

 リアンはイグニスの言葉を鼻で笑うこともなく、ただ静かに、缶コーヒーの冷たい表面を指でなぞりながら口を開いた。

「……お前、俺がいた『ブラック企業』の話、したことあったか?」

「えっ? お前がいた会社? 帝国の軍隊のことか?」

「いや、もっと前の話だ」

 リアンは、遠くの茜空を見つめながら語り始めた。

「俺は昔、とんでもなく忙しい厨房(戦場)で働いてた。朝から晩まで仕込みをして、怒鳴り声が飛び交う中で何百皿も料理を作る。そこで俺は、全てを完璧にこなそうとした。味付けも、温度管理も、原価計算も、全部俺一人で背負い込んだんだ。

 ……結果、どうなったと思う?」

「大成功して、世界一のシェフになったんだろ?」

 イグニスの問いに、リアンは自嘲気味に笑って首を振った。

「倒れたんだよ。過労でな。完全にキャパシティ(限界)を超えて、文字通りブッ倒れた。

 その時、俺は痛感したんだ。どれだけ優れた技術スキルがあっても、どれだけ頭が良くても、『一人でできることには限界がある』ってな」

 リアンは顔を向け、イグニスの真っ直ぐな瞳を正面から見据えた。

「イグニス。経営者リーダーの視点から言わせてもらうぞ。

 お前は『ただの肉体労働』だと言ったな? ふざけるな。お前のその『圧倒的な筋肉インフラ』がなきゃ、このポポロ亭はたった一日で崩壊するんだよ」

「……えっ?」

「毎日、誰よりも早く起きて、何百本もの薪を完璧なサイズに割ってくれる。そのおかげで、俺は火力を気にせず最高の料理が作れる。

 ホールで暴れる荒くれ者たちを、お前がその巨体と腕力で制圧してくれるから、キャルルもリーザも安心して接客ビジネスができる。

 ……お前のその、馬鹿みたいにまっすぐで頑丈な『力』が、俺たちのクランの【屋台骨】なんだよ」

 リアンの言葉は、静かだが、炎よりも熱い熱量を帯びていた。

 前世で全てを背負い込んで壊れた男が、今世でようやく見つけた『背中を預けられる強固な柱』に対する、心からの信頼の言葉。

「英雄っていうのはな、何も剣を振るって魔王を倒す奴だけじゃない。

 誰も見ていないところで泥にまみれ、汗を流して、仲間の帰る場所(居場所)を支え続ける。俺から言わせれば、そっちの方がよっぽど価値のある『本物の英雄』だ」

「リアン……」

「故郷の純金の像なんて、ただの成金趣味クソダサいだろ。

 お前はもう、このポポロ村の、そして俺たち【ホープ・クローバー】の立派な大英雄だ。もっと自分のやってる仕事(役割)に、胸を張れ」

 リアンがそう言って、持っていた缶コーヒーを突き出す。

 イグニスの大きな目から、ボロボロと、大粒の涙が溢れ出した。

 故郷を飛び出して以来、ずっと抱えていた孤独。誰にも認められず、自分を偽り続けてきた見栄の鎧が、不器用な相棒の温かい言葉によって、完全に溶かされていく。

「う、うおおおぉぉんっ……!! リ、リアン……ッ!! 俺様……俺様は……っ!!」

 イグニスは両手で顔を覆い、子供のように声を上げて男泣きした。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながらも、その顔には、かつてないほどの晴れやかな『誇り』が満ちていた。

「ガハハハッ……! そうだな! 俺様が屋台骨なんだ! 俺様の筋肉がなきゃ、お前ら一日も生きていけねぇもんな!」

「調子に乗るな。明日からも今まで通り、馬車馬のように働いてもらうからな。給料メシの分はきっちり回収するぞ」

「おうよ! 任せとけ! 薪でも岩でも、魔王の首でも、俺様が全部真っ二つに割ってやるぜ!!」

 カチンッ。

 夕焼け空の下、男同士の小さな祝杯。

 微糖の缶コーヒーがぶつかり合う、小気味良い音が裏庭に響いた。

「(……しかし、こんなに単純で扱いやすいアセット(仲間)、他にいないな)」

 リアンは心の中で悪態をつきながらも、缶コーヒーのほろ苦い甘さを口いっぱいに広げた。

 ヤンデレのウサギに、強欲な人魚、そして見栄っ張りで単純なトカゲ。

 どいつもこいつも手がかかるが、だからこそ、俺がプロデュース(指揮)してやる甲斐があるというものだ。

 完全に日が沈み、ポポロ亭の厨房から美味そうなシチューの匂いが漂ってくる。

 二人の男は並んで立ち上がり、笑い合いながら、騒がしくも温かい『自分たちの居場所』へと戻っていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ