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EP 5

休日のシェフと極上アフタヌーンティー〜不器用な男の甘い特別手当ボーナス

 大衆食堂『ポポロ亭』は、週に一度の定休日を迎えていた。

 木造の重厚な扉には『CLOSED(本日休業)』の札が掛けられ、いつもなら国境警備隊や冒険者たちの怒号と歓声が飛び交う店内は、嘘のように静まり返っている。

 イグニスは「休日は筋肉も休ませるのが超一流だぜ!」と言って、村の温泉施設へと出かけていった。

 そして、ホールの2階にある従業員用の居住スペース(シェアハウス)では、二人の少女が泥のように眠っていた。

「……むにゃむにゃ。リアン様、もうカツ丼は食べられませんわ……」

「……リアン君……ふふっ、逃がさないよぉ……」

 ベッドの上で大の字になっている芋ジャージ姿のリーザと、人参の抱き枕に凄まじい力でしがみついているキャルル。

 連日の超絶ブラックな労働環境(ピークタイムのホール業務)により、二人の疲労はピークに達していた。

 特に、この二人は『客を物理的に捌く』『お賽銭箱で集金する』という肉体労働の最前線を担っている。いくら俺の料理でステータスバフをかけているとはいえ、精神的な摩耗は隠せないだろう。

(……まぁ、よくやってくれてるよ、あいつらは)

 俺は一人、静かな厨房に立っていた。

 普段なら仕込みのための『作業着(防刃ジャージ)』を着ているところだが、今日はラフなシャツに、清潔な白いエプロンだけを身につけている。

 今日の料理は、ビジネス(利益)のためではない。

 客の胃袋を支配するための暴力的な味付けも、過剰なバフ効果も必要ない。

 ただ純粋に、不器用で手のかかる、だが誰よりも愛おしい『従業員なかまたち』を労うためだけに、三ツ星の腕を振るう時間だ。

「……よし。ポイントの出し惜しみはなしだ」

 俺は虚空に『善行型ネット通販』のウィンドウを展開し、これまでに貯め込んだポイントを惜しげもなく投下した。

・『地球産:最高級ダージリン茶葉(マスカテルフレーバー・秋摘み)』

・『地球産:英国デヴォンシャー産 本物のクロテッドクリーム』

・『地球産:特選薄力粉&純生クリーム』

・『地球産:最高級ブランドあまおう

 次々と厨房の調理台に転送されてくる、異世界では絶対に手に入らない極上の食材たち。

 俺は影丸アサシンを召喚することもなく、全ての工程を己の手だけで進めていった。

 小麦粉とバターを、魔力で温度を完璧に保ちながら指先で擦り合わせるように混ぜ、スコーンの生地を練り上げる。

 オーブン(魔導コンロ)の温度を正確に200度に設定し、生地が黄金色に膨らんでいくのをじっと見守る。

 その間に、苺をふんだんに使ったショートケーキと、フルーツタルト、そしてキュウリとローストビーフの薄切りサンドイッチを手際よく仕上げていく。

 戦闘における悪知恵も、経営における冷酷な計算も、今の俺の頭にはない。

 ただ、「あいつらが食べたら、どんな顔をして喜ぶだろうか」という、料理人としての純粋な喜びだけが胸を満たしていた。

     * * *

 数時間後。

 ポポロ亭の裏手にある、日当たりの良いテラス席。

 白いテーブルクロスの中心に、それは鎮座していた。

「な……ななな、何ですの、これは……っ!?」

 寝起きの目を擦りながらテラスにやってきたリーザが、芋ジャージの膝をガクガクと震わせ、絶叫した。

 隣にいるキャルルも、信じられないものを見るように両手で口を覆い、言葉を失っている。

「起きたか。まぁ座れよ。寝起きの白湯さゆの代わりにしては、少しカロリーが高いがな」

 俺が用意したもの。

 それは、銀色の三段スタンドに美しく盛り付けられた、地球の貴族文化の結晶――【極上のアフタヌーンティー・セット】だった。

 下段には、マスタードの効いた一口サイズのサンドイッチ。

 中段には、外はサクッと、中はフワフワに焼き上がった熱々のスコーン。その脇には、濃厚なクロテッドクリームと太陽トマトの特製ジャムが添えられている。

 そして上段には、宝石のように輝く苺のショートケーキと、色鮮やかなマカロンの山。

「休日の『特別手当ボーナス』だ。毎日馬車馬のように働かせてるお詫びと、労いだよ」

 俺はティーポットから、琥珀色に輝く最高級のダージリンティーを二人のティーカップに注いだ。

 マスカットのような、気高くも甘い香りがテラスに広がる。

「リ、リアン様……わたくし、こんなにキラキラした食べ物、見たことありませんわ……! 試食コーナーにも、タローソンの廃棄弁当にも、こんなもの入っていませんでしたの……っ!」

「当たり前だ。いいから冷めないうちに食え。まずはスコーンに、その白いクリームとジャムをたっぷり塗るんだ」

 リーザは震える手でスコーンを二つに割り、言われた通りにクリームとジャムを山盛りに乗せて、大きな口でパクリと囓った。

「~~~~~ッ!!」

 リーザの瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。

 鳩と争うこともなく、泥水もすすることもなく、ただ座っているだけで提供された、絶対的な『無償の愛(美味しさ)』。

「サクサクなのに、お口の中でクリームがとろけて……! ジャムの甘酸っぱさが、脳髄をビリビリ刺激しますわ! それにこのお紅茶、渋みが全くなくて、お花畑にいるみたい……!

 あぁっ、わたくし、こんなに贅沢をして、明日バチが当たって死んでしまうんじゃありませんの!?」

「安心しろ。お前の貧乏神スキルで悪運は相殺される。遠慮せず全部食え」

 俺が鼻で笑うと、リーザは「ひゃあああっ、リアン様は神様ですわーっ!」と泣きながら、猛烈な勢いでケーキとスコーンを胃袋に収め始めた。

 一方。

 キャルルは、上段にある苺のショートケーキをフォークで小さく切り取り、ゆっくりと口に運んでいた。

「……美味しい」

 彼女のウサギの耳が、幸福感でふわりと揺れる。

 だが、その表情はただ美味しいものを食べたというだけでなく、どこか懐かしむような、そして少しだけ寂しそうな響きを帯びていた。

「どうした、キャルル。口に合わなかったか?」

 俺が尋ねると、キャルルは静かに首を振り、ティーカップを両手で包み込むようにして微笑んだ。

「ううん。すっごく美味しいよ。……お城にいた頃ね、毎日午後になると、王宮の庭園でこういう『お茶会』があったの。お菓子は綺麗だったけど、周りはいつも見ず知らずの貴族のおじ様たちばかりで、政治の話や、私をどうやって利用するかっていう腹の探り合いばかりで……」

 キャルルは、紅茶の水面に映る自分の顔をじっと見つめた。

「お城のお茶会は、全然味がしなかった。息が詰まって、籠の中に閉じ込められてるみたいで、大嫌いだったんだ」

「……」

「でも。リアン君が作ってくれたこのお茶会は……全然違う」

 キャルルは顔を上げ、俺に向かって、花が咲くような、とびきり甘くて無防備な笑顔を向けた。

「温かくて、優しくて……。私とリーザちゃんのため『だけ』に、リアン君が心を込めて作ってくれたのが、味からすごく伝わってくるの。

 リアン君、ありがとう。私……生まれてから今日までで、今が一番幸せな時間だよ」

 その混じりっけのない純粋な笑顔と、真っ直ぐな好意の言葉に、俺は思わず言葉に詰まった。

 元社畜の汚れた心に、彼女たちの無垢な感謝が、思いのほか深く、鋭く突き刺さる。

「……勘違いするなよ。経営者として、貴重な人的資産アセットであるお前らが過労で倒れられたら困るから、先行投資としてメンタルケアをしてるだけだ。

 明日からは、また鬼のように働いてもらうからな」

 俺は照れ隠しにそっぽを向き、わざと冷たい言葉(ビジネス用語)を並べ立てた。

 だが、キャルルはクスッと笑って、俺の袖をチョンチョンと引っ張った。

「リアン君。私、相手の心音で『嘘』が分かる月兎族だよ?」

「……っ」

「今のリアン君の心音……ドクン、ドクンって、すごく優しくて、少しだけ照れてて……全然『経営者』の音なんかじゃないよ」

 キャルルが、悪戯っぽく、けれどどこまでも熱を帯びた瞳で俺を覗き込んでくる。

 ヤバい。完全に外堀を埋められている。これ以上踏み込まれると、俺の『ただのビジネスパートナーだ』という防衛線(言い訳)が完全に決壊してしまう。

「リアン様ぁっ! わたくしもですわ!」

 ショートケーキを平らげ、口の周りにクリームをべったりとつけたリーザが、俺のもう片方の腕にギュッと抱き着いてきた。

「わたくし、リアン様がリーダーで本当に良かったですの! こんなに優しくて、美味しいものをくれるプロデューサー、世界中探してもリアン様だけですわ! 一生、わたくしを養って(プロデュースして)くださいませーっ!」

「……お前はただ飯が食いたいだけだろうが」

 右腕には、少しだけヤンデレの気配を潜ませた、重い愛情を向けてくるウサギ姫。

 左腕には、満面の笑みで俺にすり寄ってくる、強欲で食い意地の張ったアイドル人魚。

「あー……もう、お前らなぁ……」

 休日のテラスで、二人の美少女に腕を抱え込まれながら、俺は天を仰いで深いため息をついた。

 前世で俺が死ぬほど働いていたブラック企業では、部下を思いやる余裕なんて一切なかったし、上司からこんな風に労ってもらったことも一度たりともなかった。

 だからこそ、俺はこの異世界で、絶対に過労死しない、自分だけの平穏なスローライフを築き上げたかったのだ。

 ……なのに。

 こんなに手のかかる、放っておけない連中を背負い込んでしまって、スローライフなんて夢のまた夢である。

「(……まぁ、でも)」

 俺の両腕から伝わってくる、確かな体温と、嬉しそうな二人の笑い声。

 俺は紅茶を一口飲み、少しだけ――本当に少しだけ、口角を上げた。

「(こういう『ブラック企業クラン』なら、骨を埋めるのも……悪くないかもしれないな)」

 休日のポポロ亭。

 不器用なシェフと二人のヒロインの、甘くて騒がしいティータイムは、穏やかな日差しの中でゆっくりと過ぎていくのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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