EP 3
魔人ギアンの暗躍と次なる絶望の種〜メンタルブレイク大作戦〜
ポポロ村が、リアンの作った原価ゼロ円の極上クレープと、のどかな休日の空気に包まれていた頃。
そこから遠く離れた、禍々しい瘴気に包まれたダンジョン『天魔窟』の奥深くでは、一人の魔人がガタガタと震えながら毛布にくるまっていた。
「ひぃぃっ……! こ、来ないで! 炎と氷と雷が混ざった、あの理不尽な矢(バグ技)を僕に向けないでぇぇっ!!」
無数のモニターが並ぶ薄暗い司令室。
死蟲軍の指揮官である魔人ギアンは、モニターの隅に映るリアン・クラインの姿を見るたびに、フラッシュバックする恐怖に怯えていた。
前回の戦い。
ギアンが手塩にかけて造り上げた最高傑作の『合成死蟲将軍機』と、数百に及ぶ死蟲機の群れ。
それが、あのジャージ姿のふざけた冒険者の放った一本の矢――【カクテル・エンド】によって、爆発すら許されず、空間ごと素粒子レベルで消し飛ばされたのだ。
「物理装甲なんて無意味だ……。あんなチート野郎に、僕の可愛い機械たちをぶつけたって、全部素材(ドロップ品)としてあのお賽銭箱に吸い込まれるだけじゃないか……!」
ギアンは毛布を頭から被り、ストローでコーラを啜りながらギリッと歯を軋ませた。
彼は、ポポロ村の様子を監視ドローン(小型の死蝿機)のカメラ越しにジッと睨みつける。
ポポロ亭は連日大繁盛。村人たちは笑顔で働き、村の経済はかつてないほどの潤い(超黒字)を見せている。
死蟲王サルバロス復活のために『人々の絶望の魂』を集めなければならないギアンにとって、この村の異常なまでの活気は、絶対に許容できない大赤字だった。
「どうすればいい……? 物理攻撃(武力)じゃ、あのバケモノ集団には絶対に勝てない。だったら……」
ギアンが爪を噛みながらモニターを切り替えていた、その時だ。
ふと、村の裏手にある農地の一角を映した映像に、彼の視線が釘付けになった。
「……ん? なんだ、あのしなびた野菜は?」
それは、数日前にリアンたちが厨房でパニックを引き起こした原因――新種の野菜『折れたス』の群生地だった。
監視ドローンのマイクが、その野菜から発せられる『微弱な精神波』を拾い上げ、ギアンの脳内に直接再生する。
『――慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら……』
『――今回のプロジェクトの毛色とは合わなかったみたいで……』
「……ッ!? な、なんだこの気味の悪い音声は!? 僕の心が……僕の『魔人としてのプライド』が、無性にチクチクとえぐられるような感覚……!!」
魔人であるギアンでさえ、一瞬胃が痛くなるような、強烈な【拒絶】のオーラ。
それこそが、『折れたス』が内包する『お祈りメール(現代社会のトラウマ)』という名の精神汚染だった。
ギアンは、ハッと顔を上げた。その道化師の仮面の下で、邪悪な笑みが三日月のように吊り上がる。
「くっくっく……あははははっ! これだ! これだよ!!
物理装甲(外側)がどれだけ硬くても、奴らには『心(内側)』がある! この理不尽な拒絶の念波を増幅させてぶつければ、あの生意気な冒険者どもの精神を完全にブレイクできるはずだ!!」
最高に悪辣なアイデアを思いつき、ギアンが狂喜乱舞した、まさにその瞬間。
――ピィィィッ。
突如として、司令室のメインモニターが強制的に切り替わり、真っ黒な画面の中央に『ルナミス帝国の国章』が浮かび上がった。
『――ご機嫌いかがかな、魔人ギアン殿』
スピーカーから響いてきたのは、傲慢で、ひどく冷酷な響きを持った人間の男の声だった。
その声を聞いた瞬間、ギアンは舌打ちを飲み込み、大急ぎで毛布を放り投げて姿勢を正した。
「こ、これはこれは……! 帝国の『閣下』ではありませんか。わざわざ天魔窟に魔導通信を繋いでこられるとは」
『挨拶はいい。状況の報告を聞こう。ポポロ村の制圧と、あの村を通る【三国間の物流ルートの破壊】は、どこまで進んでいる?』
通信の向こう側にいる『閣下』と呼ばれる男。
彼こそが、ギアンに対して裏から資金(兵器開発用のレアメタルなど)を援助し、ポポロ村を襲わせている真の黒幕だった。
ルナミス帝国の軍部、あるいは貴族層に属するその男の目的は、緩衝地帯であるポポロ村の経済を崩壊させ、三国間の貿易の主導権を帝国の特定派閥(自分たち)で独占すること。
ギアンの『魂を集める』という目的と、男の『ポポロ村を潰す』という目的が合致したため、彼らは水面下で業務提携を結んでいたのである。
「そ、それがですね……。予定外のイレギュラーな冒険者集団が村に居座りまして。奴らが【ポポロ亭】なんていう大衆食堂を始めたせいで、村の経済は崩壊するどころか、かつてないほどの活気を見せておりまして……」
『……馬鹿な。たかが大衆食堂一つで、我が帝国軍の兵士たちまでが国境警備をサボって飯を食いに行っているというのか? その冒険者集団、名は何という?』
「【ホープ・クローバー】と名乗っています。リーダーは……リアン・クラインという、黒いジャージを着た生意気な小童です」
『リアン・クライン……だと?』
通信の向こう側の男の声が、微かに、しかし確かな【怒り】と【執着】を含んで低くなった。
『……そうか。ルナミス学園を歴史上最高の成績で卒業し、我が帝国軍の士官特別コースへの推薦を蹴り飛ばして、卒業式当日に逃亡した、あの生意気な天才少年か』
「ご存知なので?」
『ええ、よく知っているとも。我が派閥の顔に泥を塗った、大罪人だからな。……ギアン殿。目標を変更する。ポポロ村の崩壊はもちろんのこと、そのリアンという少年……奴の心を徹底的にへし折り、二度と立ち上がれない這い虫にしてから、私の元へ引きずり出してこい』
「くっくっく、承知いたしました。ちょうど今、奴らの心をへし折るための『極上の兵器』を見つけたところですので。ご期待ください、閣下」
通信が切れ、モニターが再び監視カメラの映像に戻る。
ギアンは忌々しそうに、モニターに向かって中指を立てた。
「ふんっ。人間の分際で、偉そうに指示を出しやがって。まぁいい……資金援助の機嫌を損ねるのは得策じゃないからな。仕事はきっちりこなしてやるよ」
ギアンは操作コンソールに向かい、天魔窟の地下深くで生成されている『最悪の瘴気』をコントロールするレバーを握った。
そして、その瘴気のパイプラインを、ポポロ村の裏手に広がる『折れたス』の群生地へと直結させる。
「さぁ、たっぷりとお吸い。僕の瘴気と、この世界の悪意を。
ただの『お祈りメール(拒絶)』じゃない。心を抉り、魂を枯らし、過去のトラウマを全て引きずり出す……最悪の絶望の樹に育つんだ」
ゴボゴボゴボッ……!!
ギアンがレバーを引くと、濃密な黒い瘴気が地下水脈を通じて、ポポロ村の畑へと注ぎ込まれていく。
モニター越しに見える『折れたス』の葉が、瘴気を吸い上げて禍々しい赤紫の色へと変色し、まるで脈打つように蠢き始めた。
それはもはや野菜ではなく、人々の心に巣食うトラウマを養分にして成長する、恐るべき魔物【絶望樹・オイノリ・レギオン】の胎動であった。
「あははははっ! 育て、育てぇっ!
物理攻撃が通じない無敵の冒険者たちよ。君たちのその生意気な自信が、無価値なゴミとして完全に否定(お祈り)された時、一体どんな絶望の顔を見せてくれるのかな!? あはははははっ!!」
魔人の狂気じみた高笑いが、薄暗い司令室に響き渡る。
帝国の暗部で蠢く、リアンへの執着を持った『黒幕(次章への影)』。
そして、ポポロ村の足元で静かに、だが確実に成長を始めた『精神崩壊の罠』。
俺たち【ホープ・クローバー】の平穏な大衆食堂の足元に、かつてないほどの理不尽で凶悪な『ブラックな悪意』が迫りつつあることを――休日のクレープを満喫していた俺たちは、まだ知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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