EP 2
貧乏神アイドルの村歩きと、錬金術師の原価ゼロ円クレープ
大衆食堂『ポポロ亭』の定休日の朝。
俺たち【ホープ・クローバー】の面々は、日々の激務(ブラック労働)による疲労を回復させるため、思い思いの休日を過ごしていた。
俺はといえば、休日の静けさを満喫する……というわけにはいかず、ポポロ村の市場へと『仕入れ』に出向いていた。
飲食店において、仕入れは生命線だ。いかに良質な食材を、いかに安く(低コストで)手に入れるかが、利益率を大きく左右する。
「ああっ! そこの鳩! それはわたくしのパンの耳ですわーっ!! ぽっぽーっ! 威嚇のぽっぽーっ!!」
俺の隣では、ルナミスデパートの特売で買った芋ジャージ姿の美少女――リーザ・シーラン・リヴァイアサン(16歳・人魚族)が、村の広場で鳩と本気の死闘を繰り広げていた。
「…………」
俺は額を押さえ、深く長いため息を吐いた。
平和な村の広場。ベンチに座る人の良さそうなお爺さんが、鳩に向かって硬くなったパンの耳を千切って投げている。
そのパンの耳が地面に落ちるよりも早く、リーザがスライディングで飛び込み、鳩の群れからパンの耳を奪い取って口に放り込んでいるのだ。
「お前なぁ……一国の親善大使で、しかもウチの看板娘だろうが。なんで鳩と本気でエサを奪い合ってんだよ。クランの品位が下がるからやめろ」
「むぐむぐ……リアン様、甘いですわ! 無料で手に入るカロリーを見逃すなど、サバイバルの風上にも置けませんの! わたくしは今、ポイ活のルート巡回中なのですわ!」
リーザは健康サンダルを鳴らして立ち上がり、得意げに胸を張った。
彼女のユニークスキル【貧乏神】は、他人の運気や財産を奪う代わりに、彼女自身の悪運耐性をMAXにし、さらに『究極の貧乏性』を心に刻み込んでいる。
彼女の休日は、この村の『無料でアイテムをもらえるスポット』を巡回する【ポイ活(タダ飯)ルート】の消化に費やされているらしい。
「ほら、次に行きますわよリアン様! 次は八百屋さんで、廃棄する野菜の葉っぱを『ペットが食べるんですの』と言ってタダでもらうミッションですわ!」
俺は半ば引きずられるようにして、村の市場にある八百屋へと連行された。
「おや、ポポロ亭のリアンさんと、看板娘のリーザちゃんじゃないか! いつも村を盛り上げてくれてありがとな!」
「こんにちは、八百屋のおじさま! 今日も元気そうですわね! ところで……あの、その隅っこにある萎びた野菜のクズ、わたくしの飼っている可愛いペット(※自分の胃袋)のために、少し分けていただけませんこと……?」
リーザが上目遣いで、あざとく両手を合わせる。
八百屋の親父さんは「ああ、いいとも! どうせ捨てるゴミだからな」と笑って、クズ野菜の入った木箱を差し出した。
リーザが「わぁい!」と飛びつこうとした、その時だ。
「待て」
俺はリーザのジャージの襟首を掴んで引き戻し、木箱の中身と、八百屋の店先に並んでいる商品を鋭い目でスキャンした。
三ツ星フレンチ副料理長としての、食材のポテンシャルを見抜く『選球眼』である。
「親父さん。このクズ野菜をもらう代わりに、あそこにある『太陽トマト』の傷モノをタダで譲ってくれないか?」
「ん? ああ、あのひび割れて熟しすぎたトマトか。あれはもう売り物にならないから捨てる予定だったが……リアンさんがいいなら、持っていってくれ」
「ありがとうございます。……それと、あっちにある『ロックバイソンのスジ肉』と『骨』も、売れ残ってるなら引き取りたい。もちろん、タダでとは言わない」
俺はニヤリと、悪党のような……いや、有能なビジネスマンの笑みを浮かべた。
「親父さん、最近、野菜の端材の処分に困ってないか? 俺が『原価ゼロ』で、親父さんの店の廃棄野菜を美味いスープにして、明日の朝から店先で売れるレシピ(ノウハウ)を教えてやる。その代わり、ウチの店には常に質のいい端材を優先的に回してほしい。完璧なウィン・ウィン(Win-Win)の取引だ」
「えっ!? あの大行列を作ってるポポロ亭のシェフ直伝のレシピを、タダで教えてくれるのか!? そりゃあありがてぇ! もちろん取引成立だ!」
俺はその場で、八百屋の親父さんに『くず野菜と塩だけで作る、極上ベジブロス(野菜出汁)スープ』の作り方を的確に伝授した。
結果として、俺の四次元魔法ポーチの中には、極上に熟した太陽トマト、ロックバイソンのスジ肉と骨(煮込めば最高の出汁になる)、そして大量の新鮮なハーブ類が『タダ同然』で収まることになった。
「…………し、信じられませんわ」
八百屋から離れた後、リーザが口をパクパクさせながら俺を見上げていた。
「わたくしが鳩と喧嘩してパンの耳を手に入れている間に、リアン様は言葉一つで、あんなに大量の高級食材(端材)を無料で手に入れるなんて……! リアン様、もはやお金を生み出す錬金術師ですわ!!」
「錬金術じゃない、ただの『ビジネス交渉(BtoB)』だ。相手の困りごと(廃棄コスト)を解決してやり、こちらの利益(食材)を引き出す。経営の基本だろうが」
「かっこいい……! さすがわたくしたちのリーダーですわ! 一生ついていきますの!」
リーザが目を『¥』マークにして俺のジャージの袖に擦り寄ってくる。
現金な奴だが、その素直さは嫌いじゃない。
「ほら、歩き回って疲れただろ。そこの広場のベンチで少し休むぞ」
俺たちは、村の広場にある木陰のベンチに腰を下ろした。
ぽかぽかとした陽気が心地よい。休日ののどかな村の風景を眺めながら、俺はふと、隣で5円玉(お賽銭)をピカピカに磨いているリーザに問いかけた。
「お前さ、本当は一国の親善大使なんだろ? こんなジャージ着て、泥水すすってポイ活するような生活、嫌にならないのか? 国に帰れば、美味い飯が腹一杯食えるだろうに」
俺の言葉に、リーザは5円玉を磨く手を止め、クスッと笑った。
「嫌じゃありませんわ。だって、わたくしは『絶対無敵のスパチャアイドル』になるんですもの」
「……アイドル、ね」
リーザは空にかざした5円玉の穴の向こうを覗き込むようにして、真剣な瞳で口を開いた。
「リアン様。わたくしがステージで歌うと、村の皆さんも、兵士の皆さんも、すごく嬉しそうな顔をして、わたくしにお金(時間)をくれますの。
みんな、毎日すごく疲れていて、辛いことや嫌なことがたくさんあるはずなのに……わたくしが歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、キラキラした顔で笑ってくれるんですわ」
それは、ただの強欲な集金システムとして振る舞っている普段の彼女からは想像もつかない、どこまでも純粋で、そして狂気じみた『覚悟』の言葉だった。
「だから、わたくしは……ファン達の『世界』そのものになりたいんですの。彼らの視線も、お金も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんですわ。それが、わたくしのアイドルとしてのプライドですの!」
リーザの瞳の奥で、確かな信念の炎が揺らめいていた。
等価交換。客から金と時間を奪う代わりに、圧倒的な価値(幸せ)を提供する。
それは奇しくも、俺が料理人として目指している『極上のサービス』の精神と、根底で完全に一致していた。
(……やれやれ。ただの食い意地の張ったアホかと思ってたが、一丁前にプロ意識を持ってやがる)
俺は少しだけ口角を上げ、立ち上がった。
「ちょっとここで待ってろ」
「へ? リアン様、どこに行かれますの?」
リーザをベンチに残し、俺は広場の死角になる路地裏へと入った。
四次元魔法ポーチを展開し、『善行型ネット通販』で地球の極上小麦粉とバターを少額ポイントで購入。
先ほど八百屋で手に入れた『熟しすぎた太陽トマト』を、俺の炎魔法で一瞬にして煮詰め、ネット通販の砂糖と合わせて『極上のトマト・コンフィチュール(甘いジャム)』に仕立て上げる。
そして、魔法の熱でサッとクレープ生地を焼き上げ、コンフィチュールと、ポーチの中に常備している特製生クリームをたっぷりと包み込んだ。
所要時間、わずか3分。
三ツ星フレンチの副料理長が本気で作った、原価ほぼゼロ円の『太陽トマトの極上クレープ』の完成だ。
「ほら、食え」
ベンチに戻り、俺は出来立てのクレープをリーザの顔の前に突き出した。
「ふぁっ!? な、何ですのこれ!? 甘くて、少し酸味のある、ものすごく良い匂いがしますわ!!」
「今日の仕入れ交渉で、お前が『愛嬌』を見せてくれたおかげで場が和んだからな。その出演料の現物支給だ。……キャルルたちには内緒だぞ」
リーザは震える両手でクレープを受け取ると、大きな口を開けてガブリと噛み付いた。
「~~~~~ッ!!??」
リーザの瞳孔が限界まで見開き、その目からボロボロと滝のような涙が溢れ出した。
「お、おいひぃぃぃぃぃぃっ!! もちもちの生地に、濃厚なクリーム……! そしてこの赤いジャム、トマトなのにフルーツみたいに甘くて、でも爽やかで……! リアン様、これ、世界で一番美味しいですわぁぁっ!!」
「大げさだな。端材と安い粉で作った、ただの賄い(おやつ)だ」
俺がそっぽを向いて鼻で笑うと、リーザはクレープを両手で大事そうに抱えながら、満面の、それこそ太陽のように眩しい笑顔を俺に向けた。
「リアン様。わたくし、リアン様がリーダーで本当に良かったですわ。いつか、わたくしの故郷のシーラン(海中国家)のみんなにも、リアン様のこの美味しくて優しいご飯を、絶対に食べさせてあげたいですの……!」
鼻にクリームをつけながら、幸せそうに笑う人魚姫。
俺は「はいはい、そのうちな」と適当に相槌を打ちながら、首に巻いたタオルの端で彼女の鼻の頭を乱暴に拭ってやった。
徹底的に怠惰なスローライフを求めていたはずなのに、俺は休日の朝からこうして部下のご機嫌を取り、タダ働きでスイーツを作っている。
完全にブラック企業の社畜ムーブだ。
だが。
目の前で最高に嬉しそうにクレープを頬張るこのポンコツ看板娘の笑顔を見ていると――まぁ、たまにはこういう休日(投資)も、悪くない。
「さぁ、食ったら帰るぞ。明日の営業の仕込みが待ってるからな」
「はいですの! リアン様、大好きですわーっ!」
俺たちは、平和なポポロ村の広場を後にし、騒がしい仲間たちの待つ『ポポロ亭』へと歩き出したのだった。
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