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第三章 ポポロ村の狂気野菜と、希望のクローバー

恐怖の新顔野菜『折れたス』と、阿鼻叫喚のクラン

 大衆食堂『ポポロ亭』の厨房は、今日も平和な朝を迎えていた。

 開業から数週間。俺たちの店は圧倒的な売上キャッシュを叩き出し、村の赤字を見事に埋め合わせたばかりか、莫大な黒字を計上し続けている。経営は完全に軌道に乗っていた。

「……よし。先月の利益率も申し分ないな」

 俺――リアン・クラインは、カウンターで帳簿(タローマン製の大学ノート)にペンを走らせながら、満足げに頷いた。

 だが、飲食店において『現状維持』は衰退の始まりだ。客を飽きさせないためには、常に新しい季節のメニュー(新商品)を開発し続けなければならない。

「リアン様! 村の畑から、見慣れない新種の野菜が採れたそうですだ!」

 裏口から、顔見知りの農夫が泥だらけの野菜を抱えてやってきた。

 それは、外見こそ普通のレタスによく似ていたが、葉の全体が妙にしんなりとしており、どこか『哀愁』を漂わせているような不思議なオーラを放っていた。

「新種の野菜? へえ、悪くないな。名前は?」

「村の者は、見た目が折れ曲がっているレタスだから『折れたス』と呼んでおりますだ」

「折れたス、ね。分かった、買い取ろう。サラダの新メニューに使えるかもしれないしな」

 農夫に銀貨を渡し、俺は『折れたス』をまな板の上に置いた。

 三ツ星フレンチの副料理長としての血が騒ぐ。どんな未知の食材であっても、的確に処理して極上の皿に仕立て上げるのがプロだ。

「まずは、芯をくり抜いて葉の食感を確かめるか」

 俺は愛用の包丁を構え、レタスの芯に向かってスッと刃を入れた。

 ザクッ。

 その瞬間だった。

 俺の脳内に、直接『無機質で冷酷な女性の音声テレパシー』が鳴り響いたのだ。

『――慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくこととなりました。なお、〇〇様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます』

「…………ッ!?」

 ガタンッ!!

 俺は包丁を落とし、その場に両膝を突いて崩れ落ちた。

 息が、できない。

 目の前が真っ暗になる。

 それは、前世の俺(青田優也)が就職氷河期に何十社もエントリーシートを送り、そして何十回も叩きつけられた、あの『お祈りメール』の絶望そのものだった。

(な、なんだこの野菜は……!? 物理ダメージじゃない……! 食べた者、いや、調理しようとした者のトラウマを直接えぐり取る、精神汚染系の呪い(ギミック)か!?)

 冷や汗が止まらない。胃の奥がギリギリと締め付けられる。

 俺が厨房でうずくまっていると、ホールの開店準備をしていた仲間たちが、慌てた様子で飛び込んできた。

「リアン!? どうした、腹でも痛ぇのか!?」

「リアン君!? 大丈夫!? 誰かに毒を盛られたの!?」

 イグニスとキャルルが、俺の背中をさすりながら叫ぶ。その後ろから、リーザもお賽銭箱型掃除機を放り出して駆け寄ってきた。

「ち、違う……。その野菜……『折れたス』に、触るな……。そいつは、人間の自尊心を破壊する、最悪のバケモノだ……」

 俺が震える指でまな板の上のレタスを指差すと、イグニスが怪訝な顔をした。

「はぁ? ただのしなびた草じゃねぇか。リアンともあろう者が、草ごときにビビってんのか?」

「やめろ、イグニス! それはただの草じゃない……!」

「ガハハハ! なら俺様が毒見してやるぜ! 偉大なる竜人族の胃袋は、どんな毒も――」

 イグニスは俺の制止を振り切り、ちぎれた『折れたス』の一葉(少し水耕栽培っぽい綺麗な個体)を口に放り込んだ。

 パリッ。

『――〇〇さん、先日は紹介してくれてありがとう! 面接官一同、君の友人なら間違いないって本当に期待してたんだけど、ちょっと今回のプロジェクトの毛色とは合わなかったみたいで……。あ、紹介してくれたこと自体は本当に感謝してるから! また飲みに行こう!』

「…………ッ!!」

 イグニスは白目を剥き、その巨体を丸太のように硬直させて後ろにぶっ倒れた。

「お、俺様……紹介されたのに、落ちたのかよぉぉ……っ! ダチに顔向けできねぇ……俺様は、プロジェクトの毛色に合わない、役立たずのトカゲなんじゃぁぁ……っ!!」

 イグニスは床を転げ回り、両手で顔を覆って大号泣し始めた。

 引いたのは【リファラル(紹介)お祈り種】だ。紹介してくれた友人への気まずさと申し訳なさで、大人の自尊心が極限まで削られる最悪の個体である。

「イ、イグニスが泣いてる!? やっぱりこの野菜、とんでもない猛毒が仕込まれてるんじゃ……!」

 キャルルが青ざめながら、イグニスが落とした葉の欠片を見つめる。

 それは、普通の折れたスの中に混ざっていた、少し紫がかった『亜種』の葉だった。

「キャルル、駄目だ! お前はメンタルが不安定なんだから、絶対にそれを口にするな!」

「でも、成分を確かめないと、リアン君を治すための解毒剤が作れないよ……! 私、ちょっとだけ齧ってみるね!」

 キャルルは覚悟を決めたように、その紫の葉(サラダ菜風)をウサギのようにかじった。

 シャクッ。

『――昨日は素敵なレストランに連れて行ってくれて、本当にありがとう! 〇〇くんと一緒にいると、本当に楽しくて、お兄ちゃんみたいに安心できるんだよね。でもごめんね、私、いまは誰かと付き合うとか考えられなくて……。これからも『一番仲の良い友達』でいてくれたら嬉しいな!』

「…………」

 ピタ、と。

 キャルルの動きが完全に停止した。

 彼女の頭の上にあるウサギの耳が、ダラァッと力なく垂れ下がる。

「……お友達……?」

「キャルル……?」

「リアン君にとって、私……ただのお友達……? 安心できるけど、付き合うとか考えられない、便利な……お兄ちゃんみたいな、お友達……?」

 ゾワァァァァァッ……。

 キャルルの瞳の奥から、ハイライトが完全に消失した。

 彼女の背後から、氷のように冷たく、どす黒い【ヤンデレ】のオーラがドロドロと溢れ出し、厨房の気温が一気に数度下がった。

「違う、違うよ……。私、お友達なんかになりたくて、こんなに傍にいるんじゃないのに……。そっか。リアン君の周りにいる『他の女の子』を全部消せば、私が『ただ一人』になれるよね……? ふふっ……あははははっ……!」

「待て待て待てェェッ!! キャルル、それは野菜が見せている幻聴だ! 俺の言葉じゃないから! 落ち着け!!」

 俺は必死に土下座の姿勢のまま叫んだ。

 彼女が食べたのは、就活生以外をターゲットにした【お友達から種(失恋ナス遺伝子混入)】だ。恋愛感情の強いキャルルにとっては、特効クリティカルの劇毒である。

 厨房はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 俺は企業トラウマで立ち上がれず、イグニスは床で嗚咽を漏らし、キャルルは虚無の瞳でダブルトンファーを握りしめている。

 この恐るべき精神汚染野菜によって、無敵を誇った【ホープ・クローバー】は、いとも容易く全滅――。

「あら? 皆様、どうされましたの?」

 そんな地獄の中、ただ一人。

 芋ジャージ姿のリーザだけが、キョトンとした顔で立っていた。

「リアン様。このレタス、少ししなびてますけれど、とっても美味しそうですわね! いただきまーす!」

「バカッ! リーザ、やめろ! お前が手に取ってるのは一番色が濃い(ヤバい)やつだ!」

 俺の制止も虚しく、リーザは一番大きく育った『折れたス』の葉を、むんずと掴んで口に放り込んだ。

『――大変甲乙つけがたい優秀な成績ではございましたが、採用枠の兼ね合いから、誠に遺憾ながら……』

 最も期待を持たせておいて地獄に叩き落とす、【最終面接お祈り種(激レア)】。

 これを聞けば、いかなる強者もその日一日は虚無に囚われるはずだ。

 しかし。

「……むしゃむしゃ。あら? ちょっと青臭いですけれど、シャキシャキしてて美味しいですわ! マヨネーズをかければ、無限に食べられますわーっ!!」

「は……?」

「わたくし、最近カツ丼ばかりで野菜不足でしたから、ちょうど良かったですの! むしゃむしゃ! おかわりありますの!?」

 リーザは、何事もなかったかのように『折れたス』を貪り食い始めたのだ。

 脳内に響く絶望のテレパシーなど、彼女の強靭すぎる食い意地の前には、BGM程度の効果も果たしていないらしい。

「お前……メンタル最強かよ……っ!!」

 俺は、思わず完璧なタイミングでツッコミを入れてしまった。

 よく考えれば、リーザはユニークスキル【貧乏神】の持ち主であり、『悪運耐性MAX』というチート特性を持っている。お祈りメールの不運や絶望など、彼女の貧乏神スキルによって完全に無効化(あるいはカロリーに変換)されてしまうのだ。

「リアン様も食べます? 無料タダの野菜は最高に美味しいですわよ!」

「食わねぇよ! 二度と俺の目の前にそれを持ってくるな!!」

 俺は気力を振り絞って立ち上がり、キャルルのトンファーを取り上げて宥めながら、深々とため息をついた。

(……それにしても、どうしてこんな『現代日本の悪意ブラックジョーク』みたいな野菜が、ファンタジー世界に生えてるんだ?)

 これは、ただの偶然(突然変異)ではない気がする。

 何か、俺たちの平穏な日常を脅かそうとする、悪意ある何者かの介入の気配がした。

「……まぁいい。今日のところは、この『折れたス』の生食は禁止だ。リーザ、残りは全部お前が食うか、喰丸(ゴミ箱召喚獣)に食わせろ」

「やったー! わたくしのおやつですわーっ!」

 大喜びでレタスを貪る人魚姫と、まだ床で「紹介だったのに……」と泣いている竜人、そして「お友達……お友達……」とブツブツ呟いているウサギ。

 本当に、どいつもこいつも手のかかる連中だ。

 だが、この馬鹿馬鹿しくも騒がしい光景を見ていたら、俺の脳内にこびりついていた『お祈りメール』のトラウマも、いつの間にかどこかへ吹き飛んでしまっていたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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