EP 10
俺たちの居場所と満月の宴〜最高のブラック企業に乾杯〜
空には、真珠のように白く輝く満月が浮かんでいた。
死蟲機の襲撃から数日が経過し、ポポロ村には完全な平和が戻っていた。
「さぁさぁ皆様! 今宵は無礼講! 飲んで食べて、そしてわたくしにジャンジャン『御縁』を投げ込んでくだされーっ!!」
大衆食堂『ポポロ亭』の前の広場。
みかん箱をひっくり返して作った即席のステージの上で、芋ジャージ姿のリーザが『お賽銭箱型掃除機』をマイク代わりに握りしめ、熱唱していた。
『♪ 銅でもない 銀でもない
狙い打つのは 真鍮のゴールド!
絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ
推しの生活 支えてちょーだい!』
「うおおおおっ! リーザちゃぁぁん!! 俺の給料、全部持ってってくれぇぇっ!!」
「最高だ! 飯も美味いし歌も最高! ポポロ村、万歳!!」
チャリン、チャリーン!
国境警備隊の兵士たちや、村の農民たちが、熱狂的な歓声を上げながら次々と硬貨をお賽銭箱に投げ入れていく。
リーザは投げ込まれた硬貨の音を聞くたびに「ひゃああっ♡」と恍惚とした表情を浮かべ、さらに激しいステップを踏み鳴らした。
もはや、ただの集金システム(強欲)である。だが、彼女の歌声(バフ効果)によって兵士たちの疲労は完全に癒やされており、顧客満足度(ROI)は極めて高い状態にあった。
「ガハハハハ! 見ろよこの頑丈な店の柱を! 全部俺様が、斧一本と己の腕力(筋肉)だけで組み上げたんだぜ!!」
少し離れた焚き火のそばでは、竜人族のイグニスが、樽のような特大ジョッキに注がれた果実水を煽りながら、村の子供たちや商人相手に武勇伝を語っていた。
「凄いやイグニス兄ちゃん! 英雄なのに、大工さんにもなれるんだね!」
「おうよ! 魔物を倒すのも、店を建てるのも、英雄にとっては造作もねぇことだ! 今度お前らの家の屋根も、俺様がタダで(※リアンに怒られない範囲で)直してやるからな! ガハハハ!」
その豪快な笑い声に、周囲からどっと温かい笑いが起こる。
故郷で「英雄扱いされている」と見栄を張り、嘘の手紙を書き続けていた不器用なトカゲ野郎は、今、この辺境の村で本当に『みんなの頼れる英雄』として居場所を見つけていた。
「……やれやれ。どいつもこいつもうるせぇ連中だ」
俺は、喧騒から少し離れたポポロ亭のテラス席で、村の特産品である『イモッカ(芋から作った甘い微炭酸ジュース)』のグラスを傾けながら、呆れ半分に息を吐いた。
ロップ村長の駆け落ち事件による、1000万円の負債。
だが、俺の三ツ星シェフとしての技術と、地球の調味料を駆使した『ポポロ亭』の売上は、わずか数週間でその負債を完全に補填し、さらに村の財政をかつてないほど潤す(大黒字)結果をもたらしていた。
今夜は、その『借金完済&ポポロ亭大繁盛記念』の、村を挙げての大宴会なのだ。
「お疲れ様、リアン君。隣、いいかな?」
ふわりと、シャンプーと陽薬草の優しい香りが鼻をくすぐった。
見上げると、キャルルが二つのグラスを持って微笑んでいた。
今日は動きやすい戦闘用の服装ではなく、村の女衆からもらったという、少し丈の長い可愛らしいワンピースを着ている。月兎族の象徴である銀色の髪が、満月の光を受けてキラキラと輝いていた。
「あぁ。座れよ、村長さん」
「もう、村長って呼ぶのやめてよ。書類のハンコ押し、すごく大変だったんだから」
キャルルは少しだけ唇を尖らせながら、俺の隣にちょこんと腰を下ろした。
コチン、と。彼女が持っていたグラスと、俺のグラスが軽い音を立ててぶつかる。
「……でもね。リアン君が手伝ってくれなかったら、私、本当にどうしていいか分からなかった。借金も、魔物の襲撃も、リアン君が全部……完璧に解決してくれた」
「俺一人でやったわけじゃない。イグニスの建築スピードと、リーザの集客力、そしてお前が国境警備隊を『笑顔で脅して(外交して)』税金を免除させたからこそだ」
「ふふっ。あれはちょっとだけ、お城で習った交渉術を使っただけだよ」
キャルルは照れくさそうに笑い、グラスのイモッカを一口飲んだ。
そして、夜空に浮かぶ満月を見上げて、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「私ね、お城を飛び出した時……自由になりたかったのと同じくらい、『誰の役にも立たない自分』が怖かったんだと思う」
彼女の横顔は、普段のヤンデレ気質な一面からは想像もつかないほど、穏やかで、どこか儚げだった。
「お城にいた頃は、何もしなくてもご飯が出てきて、みんなが私を『お姫様』って呼んでくれた。でも、それは私が『王族』だからで……私自身の力じゃない。籠の中にいれば安全だけど、私がそこにいる意味なんて、本当はどこにもなかった」
キャルルの手首にある、護身用のダブルトンファーのタコ。
それは、彼女が「ただの飾られたお姫様」になることを拒絶し、血の滲むような努力で強さを手に入れた証だった。
「でもね。リアン君が『ホープ・クローバー』に私を誘ってくれて。一緒にご飯を食べて、一緒に戦って……そして、このポポロ村の人たちが、私のことを『村長さん、ありがとう』って、心から笑ってくれたの」
「……」
「私、ここが……この騒がしくて、ちょっと大変な『ポポロ亭』が、大好き。イグニスも、リーザちゃんも、村のみんなも……そして」
キャルルは俺の方に向き直り、満月の光の下で、ほんのりと頬を赤く染めた。
その瞳の奥には、濁りのない、純粋なまでの信頼と愛情が灯っている。
「リアン君。私に『居場所』をくれて、本当にありがとう」
彼女の心からの感謝の言葉に、俺は柄にもなく胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(……やれやれ。俺はただ、過労死したくなくて、定時退社できる気楽なスローライフを求めてただけなんだけどな)
俺は心の中で、前世の自分自身に向かって自嘲気味に笑った。
ポポロ亭での労働環境は、控えめに言って『超絶ブラック』だった。
朝から晩まで仕込みに追われ、次々とやってくる客のオーダーを捌き、時には店に押し寄せる魔物の軍勢を魔法と罠で殲滅する。
休日もろくになく、責任は全て俺にのしかかってくる。
前世の三ツ星フレンチ厨房の社畜時代と、労働時間だけで言えば大差ないかもしれない。
――だが、決定的に違うことがある。
俺が作った料理を食べて、限界突破した笑顔を見せる仲間がいる。
俺の出した指示に文句を言いながらも、全力で応えてくれるポンコツな部下たちがいる。
そして、俺が守ったものに対して、こうして心からの『ありがとう』を伝えてくれる人がいる。
「……勘違いするなよ、キャルル。俺はお人好しじゃない。ただの合理主義の塊だ」
俺は照れ隠しにそっぽを向きながら、グラスの氷をカラカラと鳴らした。
「お前らが俺の料理を美味そうに食って、俺のために必死に働いてくれるから、俺もそれに見合うだけの対価(環境)を用意してやってるだけだ。これはビジネスだよ。見返りのない労働なんて、三流のやることだからな」
「うんっ! 分かってるよ、リアン君。リアン君は、口では冷たいこと言うけど……誰よりも優しくて、私たちのことを一番に考えてくれてるんだもんね」
キャルルは俺のツンデレな言い訳(防衛線)をあっさりと見透かし、嬉しそうに俺の腕にギュッと抱き着いてきた。
「ちょっと! 腕に引っ付くな、飲み物がこぼれるだろうが!」
「えへへー。だめ、離さないもん。私、ずぅぅーっと、リアン君のそばにいるって決めたんだから。リアン君がどこに行っても、絶対に逃がさないからね♡」
おっと。一瞬だけ、彼女の瞳の奥に『ヤンデレ特有のハイライト消失現象』が見えた気がしたが、今日は宴会だし、まぁ見なかったことにしておこう。
『ピロリン♪』
【システム:仲間たちに確かな『居場所』を提供し、魂の絆を深めました。極上の福利厚生ボーナス+1000pt】
【現在の善行ポイント:2510pt】
脳内に鳴り響いた無慈悲なファンファーレと、かつてないほどの莫大なポイント獲得通知。
俺は、天極流の極限の歩法でも、自然魔法の罠でも、この厄介で愛おしい仲間たちとの絆からは、もはや一生逃げられないのだと悟った。
「おーい! リアン! キャルル! 何しっぽり二人で飲んでんだ! お前らもこっち来て肉食え!!」
「リアン様ぁっ! おかわり! 太陽芋のポタージュのおかわりを要求しますわーっ!! 早くしないとお賽銭箱で吸い込みますわよ!!」
広場から、イグニスの野太い声と、リーザの食い意地の張った声が響いてくる。
俺はキャルルの頭をポンと撫でて立ち上がった。
「ほら、お呼びだぞ村長さん。行くか」
「うんっ!」
喧騒の中へ歩き出しながら、俺は夜空の満月を見上げた。
軍部エリートという安全で退屈な道を蹴り飛ばし、フリーランスとして飛び込んだ冒険者の世界。
想定していた『怠惰なヒモ生活』には程遠い。むしろ、前世よりも遥かに忙しく、予測不可能なトラブル(赤字・魔物・村の再建)の連続だ。
だが、この【ホープ・クローバー】という最高に騒がしくて、最強にアホなブラック企業は――俺にとって、悪くない……いや、最高の『職場』だった。
「おら、並べお前ら! 今夜は俺のポケットマネー(善行ポイント)で、地球の極上スイーツを出してやる! 食って食って、明日からも馬車馬のように働けよ!!」
「「「うおおおおおおおおっ!! 一生ついていきます、シェフ!!」」」
夜空に響き渡る仲間たちの歓声。
有能すぎる元・社畜料理人と、規格外の仲間たちの、波乱とツッコミに満ちた冒険者生活。
俺たちの利益と幸せ(クローバー)を求める旅は、まだ始まったばかりである。
読んでいただきありがとうございます。
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