EP 7
キャルル村長爆誕と、リアンの責任感〜赤字村再建計画〜
ロップ村長による前代未聞の『駆け落ちラビリンス(資金1000万円持ち逃げ事件)』から数時間後。
ポポロ村の集会所には、村の長老や農民の代表者たち、そして俺たち【ホープ・クローバー】の面々が円卓を囲み、お通夜のように重苦しい空気を漂わせていた。
「……現状の確認をするぞ」
俺は集会所の壁に掛けられた黒板の前に立ち、チョークでカツカツと文字を書き殴った。
前世の三ツ星厨房で、新人たちに地獄の仕込みスケジュールを叩き込んでいた時の、あの冷徹な『鬼の副料理長モード』が完全にオンになっている。
「村の金庫にあった共有財産、およそ金貨1000枚(1000万円)はゼロ。しかし、来月末には『ルナミス帝国』と『レオンハート獣人王国』の国境警備隊に対する『みかじめ料(税金)』の支払い期限が迫っている。……このままだと、完全に【債務不履行】だ」
黒板に書かれた絶望的な数字を見て、村人たちが一斉に頭を抱えて呻き声を上げた。
「おしまいだぁ……! 帝国軍に村を差し押さえられて、ワシらは一生強制労働の奴隷にされるんじゃ……!」
「あのアホ村長め! 何が愛と情熱じゃ! 村の命を道連れにしおって!」
「静かに。パニックを起こしても一円の利益にもならない」
俺が低く通る声(天極流の丹田の呼吸)で一喝すると、集会所は水を打ったように静まり返った。
泣こうが喚こうが、今月の請求書は待ってくれない。これが資本主義(現実)の冷酷さだ。
「問題は資金だけじゃない。トップが不在のままでは、対外的な交渉も、村内の意思決定も機能しない。まずは、逃げたクソジジイに代わる『新しい村長』を、今この場ですぐに決める必要がある」
俺の言葉に、村の長老が重々しく口を開いた。
「リアン様の仰る通りじゃ。……じゃが、この村は三国に挟まれた火薬庫。ただの農民がトップに立っても、各国の軍隊や商人に舐められて搾取されるだけじゃ。
必要なのは、周辺国家に対して『政治的な発言力』を持ち、いざという時には無法者を実力でねじ伏せる『絶対的な武力』を持ったお方……」
長老の言葉に、村人たちの視線が一斉に、ある一点に集中した。
「……え?」
円卓の端で、俺が淹れたポポロ・コーヒーを飲んでいたキャルルが、キョトンと首を傾げた。
「緊急会合を開き、ワシらで話し合った結果……」
長老が、キャルルに向かって深く、深く頭を下げた。
「元・レオンハート獣人王国の姫君にして、近衛騎士隊長候補でもあられた、キャルル様! 貴女様こそが、新しいポポロ村の村長に相応しい! これは、村人全員の【全会一致】の意見でございます!!」
「「「どうか、どうかワシらの村を救ってくだされぇぇっ!!」」」
村人たちが一斉に土下座した。
その瞬間、キャルルの頭の上にあるウサギの耳が、ピンッ!と限界まで直立した。
「い、いやだあああああぁぁぁっ!!」
キャルルは椅子をガタッと蹴立てて立ち上がり、悲鳴を上げた。
普段は温厚でしっかり者の彼女だが、今ばかりは顔を青ざめさせ、激しく首を横に振っている。
「む、無理だよ! 政治とか書類仕事とか、そういう堅苦しいのが嫌で、自由になりたくてお城を飛び出してきたのに! なんで冒険者になった私が、こんな田舎の村でトップの椅子に縛り付けられなきゃいけないの!?」
完全なるモラトリアムの否定。
自由を愛するフリーランスにとって、「責任ある管理職への強制就任」ほど恐ろしいホラーはない。その気持ちは、エリート軍人をバックレた俺には痛いほどよく分かった。
だからこそ、俺は極上の笑顔(営業スマイル)を浮かべて、彼女の肩をポンッと叩いた。
「良いじゃねぇか、キャルル。お前なら立派な村長になれるさ」
「……え?」
「俺たちはそろそろ、別の依頼を探しに帝都に戻るよ。達者でな。ポポロ村の村長として、激務と赤字再建を頑張ってな」
俺が背を向けて集会所の出口へ歩き出した、その瞬間だった。
ゾワァッ……。
背後から、氷のように冷たく、底知れぬ重さを持った『何か』が膨れ上がるのを感じた。
殺気ではない。それは、月兎族の特性と彼女のパーソナリティが融合した、極めて粘度の高い【執着】のオーラだった。
「…………リアン君、私を、置いていくの……?」
振り返ると、キャルルの瞳の奥から、先ほどまでの光が完全に消失していた。
彼女は両手のダブルトンファーをギリッと握りしめ、まるで獲物を逃さない肉食獣のような、いや、それ以上に昏い瞳で俺をジッと見つめている。
「私だけここに縛り付けて、リアン君は別の女の子たちと帝都に帰るんだ……。そっか。ふふっ……それならいっそ、リアン君の足を……」
「やだやだやだやだ!! リアン君、嘘だよ! 置いてかないで!!」
キャルルは1秒で瞳に光を取り戻すと、今度はポロポロと大粒の涙を流しながら、俺のジャージの裾に全力で縋り付いてきた。
「皆も手伝ってよ! ポポロ村の事を! 私を!! お願いだから、私を一人で責任者にしないでぇぇっ!!」
大泣きしながら俺の腰に抱き着く元・姫君。
傍から見れば、恋人に捨てられそうになっている悲劇のヒロインだが、原因は『村の赤字再建計画』という極めて現実的な問題である。
(……やれやれ)
俺は、天を仰いで深く長いため息を吐いた。
ブラック企業の社畜から抜け出した俺が、他人の尻拭いのために過酷な労働環境に飛び込むなど、本来なら絶対にあり得ない選択肢だ。
だが……。
「うおおおっ! リアン、どうするんだ!? 村長がいないなら、俺様が力で帝国軍を追い払ってやるぞ!」
「リアン様ぁ……。この村が潰れたら、タダで貰える太陽芋の配給が止まってしまいますわ……! わたくしの、わたくしの命の綱がぁぁっ!」
脳筋の見栄っ張りトカゲに、芋ジャージで泣き喚く貧乏神アイドル。
そして、俺のジャージを涙で濡らしながら必死に縋り付いてくる、不器用でヤンデレ気質なウサギ。
どうしようもなくポンコツで、手のかかる連中だ。
だが、コイツらは俺が選んだ『ホープ・クローバー』の仲間であり、この村の農民たちも、昨日あれだけ俺のフライドポテトを美味そうに食べてくれた『客』である。
それを、無責任なトップの横領のせいで見捨てるなんてことは――三ツ星シェフのプライドと、男の意地が許さなかった。
「……ハァ。ジョークだ、ジョーク。冗談に決まってるだろ」
俺はキャルルの頭にポンと手を置き、クシャリと銀糸の髪を撫でた。
「え……?」
「泣くのはやめろ。お前はただ座って、村長としてハンコを押してニコニコ笑ってればいい。帝国軍や魔皇国との面倒な折衝は、お前の『姫君』の肩書きを最大限に利用(悪用)させてもらうがな」
俺の言葉に、キャルルがパァッと顔を輝かせた。
「ほ、本当!? リアン君、一緒にやってくれるの!?」
「当たり前だ。俺はフリーランスだが、受けた仕事と、俺を頼った仲間を見捨てるような三流の真似はしねぇよ」
俺は再び黒板の前に立ち、チョークを握り直した。
先ほどまでの絶望的な空気が一変し、村人たちと仲間たちの視線に『希望』の光が宿るのを感じる。
「いいか、村の資金がゼロなら、外から稼いでくるしかない。幸い、このポポロ村は三大国家の国境。つまり、各国の商人、冒険者、軍人が必ず立ち寄る『交通の要衝』だ」
「で、ですがリアン様! 彼らからどうやってお金を……?」
「俺は料理人だ。料理が作れればそれでいい」
俺は黒板の『1000万円の赤字』という文字の上に、大きくバツ印を書き込み、新たなプロジェクト名をデカデカと書き殴った。
「ここに、全ての旅人の胃袋を掴み、外貨を強引に毟り取る『最強の大衆食堂』をオープンさせる。
名付けて――大衆食堂『ポポロ亭』だ!」
「「「ポポロ亭!!」」」
「そうだ。太陽芋、ポポロ・コーヒー、ポポロ・タバコ。村の特産品と俺の『三ツ星の技術』、そして地球の調味料(ネット通販)を掛け合わせれば、どんな食通でも一発で依存症にさせる極上メニューが作れる。
イグニス! お前には店舗の建設(DIY)と肉体労働をやってもらう!
リーザ! お前は看板娘兼、お賽銭箱を使った強引なチップ回収係だ!
キャルル! お前は村長として、周辺国家との『ポポロ亭への関税免除』の交渉に行け!」
俺の淀みない指示に、三人が弾かれたように立ち上がった。
「ガハハハ! 任せろ! 俺様の腕力で、今日中に店を建ててやるぜ!」
「わたくし、歌って踊って、客の財布の紐を物理的に吸い尽くしてご覧に入れますわ!!」
「うんっ! 私、リアン君のためなら……ううん、村のために、外交でも何でもやってみせる!」
完璧な役割分担だ。
俺はバインダーを閉じ、ニヤリと悪党のような笑みを浮かべた。
「よし、落ち込んでる暇はねぇぞ! クソジジイが持ち逃げした1000万なんて、俺たちのビジネスでたったの一ヶ月で稼ぎ直してやる。
全従業員、直ちに持ち場につけ! 厨房(戦場)の準備だ!!」
「「「おおおおおおおぉぉぉぉっ!!!」」」
集会所を揺るがすような、熱狂的な怒号が響き渡る。
俺の『責任感』と『悪知恵』、そして仲間たちの規格外のポテンシャル。
ポポロ村の赤字を埋めるための、超絶ブラックでハイテンションな『村おこしプロジェクト』が、今、ここに産声を上げたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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