EP 6
事件発生! 恐怖の『駆け落ちラビリンス』と消えた村の資金
死蟲将軍機の襲撃事件から、数週間の月日が流れた。
俺たち【ホープ・クローバー】のメンバーは、すっかりポポロ村での生活に馴染み、絵に描いたような穏やかな日々――いわゆるスローライフを満喫していた。
「……うむ。魔力の温度管理を85度に固定。抽出時間は3分。完璧なドリップだ」
ポポロ村が俺たちに提供してくれた空き家(木造の平屋)の縁側で、俺は『ポポロ・コーヒー』の芳醇な香りを堪能していた。
村の特産品である上質なコーヒー豆を、影丸(アサシン兼スーシェフ)にミリ単位で均一に挽かせ、俺のロスゼロの魔力制御で完璧な温度のお湯を注ぐ。
酸味と苦味の絶妙なバランス。地球の高級カフェにも引けを取らない一杯だ。
「リアン君、おはよう。コーヒー、すごくいい匂い」
「おはよう、キャルル。飲むか?」
「うんっ、いただくね」
隣にちょこんと座ったキャルルが、マイカップを差し出してくる。
彼女の膝の上には、可愛らしい『人参柄の刺繍』が施されたハンカチが置かれていた。最近の彼女は、暇さえあれば縁側で俺の隣に陣取り、お茶を飲みながら刺繍を楽しんでいる。
元・獣人王国の姫君とは思えないほど、すっかり庶民的で平和な光景だ。
庭の奥に目をやると、イグニスが朝のトレーニングと称して、村の薪割りを一手に引き受けていた。
「フンッ! ハッ! 俺様のイグニス・チョップの前に、断てない丸太はねぇぜ!」
「いいぞイグニス。その調子で冬用の薪を全部割っといてくれ。労働力の適切な再分配(タダ働き)は経営の基本だからな」
そして、庭の隅っこでは、リーザが何やら地面を這いつくばっていた。
「絶対無敵のスパチャアイドル! 五円が積もれば山となる……♪ あっ、こんなところに食べられそうなタンポポが! いただきですわーっ!」
……あいつだけは、相変わらずサバイバルレベルが異常に高い。
村から十分な食料の差し入れをもらっているはずなのだが、ユニークスキル【貧乏神】の悪運耐性と染み付いた貧乏性のせいで、『無料でカロリーを摂取できるチャンス』を絶対に見逃さないのだ。
(まぁ、賑やかで手はかかるが……悪くない)
俺はコーヒーを啜りながら、ポカポカとした朝の太陽を浴びて目を閉じた。
危険な魔物との戦いもなく、理不尽な上司(ルナミス帝国軍)からの命令もない。
美味しい特産品に囲まれ、自分のペースで働き、自分のペースで休む。
これぞ、俺が前世から夢見ていた『究極のフリーランス生活』である。
――そんな俺の完璧な平穏が、足元から音を立てて崩れ去ったのは、その数分後のことだった。
「た、大変だあああああぁぁぁっ!!!」
村の広場の方から、鼓膜を破るような農民の悲鳴が響き渡った。
のどかな朝の空気が、一瞬にして張り詰めた緊張感に変わる。
「……ッ!」
縁側でニコニコしていたキャルルの瞳からスッと光が消え、腰のダブルトンファーに手が伸びた。
薪割りをしていたイグニスも両手斧を掴み、雑草を囓っていたリーザもお賽銭箱型掃除機を構える。
「魔物の襲撃か!?」
「リアン君、急ごう!」
俺たちは即座に臨戦態勢に入り(オンとオフの切り替えはプロの絶対条件だ)、悲鳴の上がった村の広場へと全速力で駆けつけた。
* * *
広場に到着すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
血を流して倒れている村人……は、いない。
魔物の姿も、燃え上がる家屋もない。
ただ、村の大人たちが数十人、広場の中央に集まって頭を抱え、文字通り『この世の終わり』のような顔をして泣き叫んでいたのだ。
「おしまいだあぁっ! ワシらの村は、もうおしまいだあぁぁっ!」
「どうしてこんなことに……これから冬を越さなきゃならないってのに!」
村中がパニックに陥り、ざわざわと騒然としている。
俺は状況が読めず、顔見知りの農夫の肩を掴んだ。
「おい、どうした! 一体何があったんだ? 死蟲機がまた出たのか? それとも、三国(帝国・獣人王国・魔皇国)の軍隊が国境を越えてきたのか!?」
俺の問いかけに、農夫は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「リ、リアン様ぁ……! 違うんです、魔物でも軍隊でもねぇんです……!
ろ、ロップ村長が……村長がぁっ!!」
「村長? あれ、そういえばロップ村長の姿が見えないな。怪我でもしたのか!?」
俺が周囲を見渡すも、あの人懐っこい麦わら帽子の老人の姿はない。
農夫は震える手で、一枚の羊皮紙(手紙)を俺に差し出した。
「実は……数日前から、ロップ村長は隣町で開催された『第3回・三国親善ゲートボール大会』に、村の代表として参加しに行ってたんですだ。で、先ほど、一緒に参加してたメンバーだけが村に帰ってきまして……これを」
「手紙? 嫌な予感がするな……」
俺は手紙を受け取り、目を通した。
そこに書かれていたのは、あまりにも予想外で、あまりにも個人的な、狂気に満ちた『事後報告』だった。
『ポポロ村のみんなへ。
すまん! ワシ、ゲートボール大会で出会ったアバロン魔皇国から来た貴婦人(未亡人・68歳)と、運命的な恋に落ちてしもうた!
この歳になって、こんなに胸がキュンキュンするとは思わんかった! 彼女のゲートボールのスティック捌き、まさに天使じゃった!
というわけで、ワシは彼女と一緒に、愛の逃避行に出ることにした!
名付けて、愛と情熱の【駆け落ちラビリンス】じゃ! もう二度とワシを探さないでくれ!
あ、追伸。当面の愛の巣の資金(活動費)として、村の金庫にあった「共有財産(1000万円相当)」はワシが持っていく! あとのことは適当に頼んだ! アディオス!
――元村長・ロップより』
「…………」
俺の思考が、完全に停止した。
隣で手紙を覗き込んでいたキャルルが、信じられないというように両手で口を覆う。
「え、えええええええっ!? ポポロ村は!? 責任ある村のトップが、女の人とバックレたの!?」
「だぁぁぁっ! ふざけんなジジィィィィィィッ!!!」
俺は、羊皮紙を地面に叩きつけて、腹の底から絶叫した。
「駆け落ちラビリンスだと!? 70歳になって何が『胸がキュンキュンした』だ! どんだけフリーダムなんだよあのクソジジイ!!
っていうか、村の共有財産を持ち逃げした!? それ、ただの【業務上横領】と【特別背任罪】だろうが!!」
俺の簿記1級の脳細胞が、怒りとパニックで焼き切れそうになっていた。
企業で言えば、CEO(最高経営責任者)が会社の運転資金と内部留保を全額トランクに詰めて、愛人と一緒に海外逃亡(高飛び)したのと全く同じ状況である。
そんなことをされれば、会社(村)は文字通り『即死』だ。
「し、資金を持ち逃げ……!?」
事態を把握したリーザが、白目を剥いて地面に崩れ落ちた。
「村のお金がなくなったということは、わたくしへの追加の報酬(カツ丼代)も、炊き出しの費用も……全部ゼロ!? いやあああああっ! わたくしの御縁がぁぁぁっ!!」
「おいおい、何が起きてるんだ? 敵はどこだ! 誰を殴ればいいんだ!?」
一人だけ状況が理解できていないイグニスが斧を振り回しているが、今回ばかりは物理(暴力)で解決できる問題ではない。
「リアン君……これ、すごくヤバい状況なんじゃないの?」
キャルルが、青ざめた顔で俺の袖を引いた。
「あぁ、ヤバいなんてもんじゃない。超特大の『倒産危機』だ」
俺は額に浮いた冷や汗を拭いながら、最悪のシミュレーションを弾き出した。
ポポロ村は、三大国家の緩衝地帯に位置している。この村が独立を保てているのは、三国に対して定期的に莫大な『みかじめ料(税金)』を納め、特産品を卸しているからだ。
もし、金庫が空っぽで次回の税金が払えなくなれば――。
「帝国か、獣人王国か、魔皇国の軍隊が『税の滞納』を理由に介入してくる。最悪の場合、村は解体されて三分割され、農民たちは奴隷か難民の身分に落とされるぞ……!」
「そ、そんな……! 私たちの平和な村が……!」
農夫たちが、わあっと声を上げて泣き崩れた。
つい昨日まで、太陽芋の収穫に喜んでいた村人たちの笑顔が、絶望のどん底に叩き落とされている。
魔物の襲撃という『外部からの暴力』には、俺たちの武力と戦術で対抗できた。
だが、トップの横領と逃亡という『内部崩壊(ガバナンスの欠如)』は、いくら剣を振るっても、いくら魔法を放っても解決できない。
(……クソッ。俺の完璧なスローライフの拠点が、こんなアホみたいな理由で崩壊するなんて、絶対に認めねぇぞ!)
俺はギリッと奥歯を噛み締めた。
無責任なトップの尻拭い(残務処理)で、現場の人間が地獄を見る。それは俺が前世のブラック企業で最も憎んでいた『理不尽』そのものだった。
「泣いてる場合じゃない! いますぐ村の幹部(リーダー層)を集めて、緊急会議を開くぞ!」
俺の号令に、絶望していた村人たちがハッと顔を上げた。
トップが逃げた今、この村の命運(キャッシュフローの立て直し)は、どうやら俺たち【ホープ・クローバー】の肩に重くのしかかってしまったようである。
読んでいただきありがとうございます。
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