EP 4
悪知恵Sの都市ゲリラ戦法 vs 死蟲将軍機
第一波の死蟷螂機部隊を無傷で(そして畑の損害ゼロで)退け、農作業が再び軌道に乗り始めた頃。
突如として、ポポロ村の空を覆うほどの巨大な暗雲が立ち込めた。いや、雲ではない。それは強烈な瘴気と排気ガスが混ざり合った、禍々しい黒煙だった。
『ギゴゴゴゴゴ……ッ!!』
大地を揺るがす重低音と共に、黒煙の中から一つの巨大な影がドスンッと畑の端の空き地に降り立った。
体長はおよそ5メートル。全身を死甲虫機の分厚い重装甲で覆い、両腕には死蟷螂機の巨大な鎌、背中には死蜂機の推進バーニアを備えた、悪夢のようなキメラ・ロボット。
「ひぃぃぃっ! し、死蟲将軍機だぁぁっ!!」
農民の一人が絶望の叫びを上げてへたり込んだ。
死蟲将軍機。それは下級の死蟲機たちを統率する、単体で小国を滅ぼせるほどの火力を誇るボスクラスの魔物だ。
その肩部には、死放屁虫機の可燃ガスを圧縮した長距離カノン砲まで搭載されている。
「ガハハハハ! 待ってたぜ、デカブツ!!」
それを見た瞬間、芋掘りに飽き飽きしていたイグニスが鍬を放り捨て、背中の両手斧を抜き放った。
「俺様の『大火炎』で、あんな鉄クズ、ドロドロに溶かして――」
「待て、ステイだトカゲ野郎!!」
俺は即座にイグニスの襟首を掴んで引き戻した。
「よく見ろ! あいつの肩の砲身、エネルギー充填中だぞ! あんなものをこの畑のど真ん中で撃たせたら、太陽芋が全滅して大赤字(倒産)になるだろうが!」
「じゃ、じゃあどうすんだよ! このままじゃ村が吹っ飛ぶぞ!」
「正面からバカ正直に殴り合うから被害が拡大するんだ。俺たちはフリーランスだぞ。戦闘において最も重要なのは、いかにローリスク・ハイリターンで敵を『処理』するかだ」
俺はバインダーを仕舞い、四次元魔法ポーチから弓を引き抜いた。
そして、己の体内に眠る莫大な魔力を、足元の土壌へと一気に流し込む。
俺の得意分野である『自然魔法』の応用。対象は、敵の足元周辺の地形そのものだ。
「まずは、敵の機動力を完全に奪う。――『マッド・スワンプ(泥濘の沼)』!」
ボコンッ!!
死蟲将軍機が次の一歩を踏み出そうとした瞬間、その足元の固い地面が、突如として底なしの泥沼へと変貌した。
それだけではない。俺が事前に周辺に仕掛けておいた『強化撒菱』と『鋼線ワイヤー』が、泥の中に生えた強靭な魔力性のツタと絡み合い、将軍機の関節部に複雑に絡みつく。
『ギガガガッ!? エラー、エラー! 駆動系ニ異常発生!』
重量級の装甲が仇となり、死蟲将軍機は泥沼の中に腰までズブズブと沈み込み、完全に身動きが取れなくなった。
戦車を泥濘地に誘い込んで機動力を殺す。ゲリラ戦術の基本中の基本だ。
「よし、敵の足は完全に止まった! キャルル、あいつの視覚と武装を無力化しろ!」
「任せてリアン君! ――流星脚ッ!!」
キャルルがクラウチングスタートの姿勢から、弾丸のように飛び出した。
マッハを超えるスピードは出さないまでも、その跳躍力は20メートルに達する。彼女は泥沼を飛び越え、動けない死蟲将軍機の頭上へと一気に舞い上がった。
『迎撃、迎撃!!』
将軍機が両腕の鎌を振り回し、肩のカノン砲をキャルルに向けようとする。
だが、空中での彼女の動きは、機械の演算速度を遥かに凌駕していた。
キャルルはダブルトンファーでカノン砲の砲身を激しく殴りつけ、その反動を利用して空中で鋭く体を捻る。
「月影流――『破衝撃』ッ!」
闘気を極限まで乗せた特注安全靴の踵落としが、将軍機の頭部センサー群を粉砕した。
ガラスと電子部品が砕け散り、将軍機は完全に視界を奪われて盲滅法に腕を振り回すだけの案山子と化した。
「よし、完璧なデバフ(下準備)だ。……イグニス! 出番だ! 今ならどれだけ火力を出しても構わん!」
「待ってましたァァァッ!!」
俺の許可が出た瞬間、イグニスの全身から黄金の闘気と、紅蓮の炎が爆発的に噴き出した。
彼は両手斧にその全ての熱量とパワーを圧縮し、泥沼に沈む将軍機の正面へと跳躍する。
「俺様の力、とくと見やがれぇぇっ!! 必殺――『イグニス・ブレイク』ッ!!」
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
竜人族の全力を乗せた炎の斧が、将軍機の極厚の胸部装甲に直撃した。
凄まじい衝撃波と超高温の炎が将軍機を包み込む。
だが、死蟲王サルバロスが生み出した最高傑作の装甲は伊達ではない。ドロドロに赤熱化しながらも、ギリギリのところで斧の刃を弾き返そうとしていた。
「ガハハハ! 硬ぇなコイツ! だが、これで装甲は限界まで熱されたぜ!」
「上出来だ、イグニス! 下がれ!」
イグニスが後方に跳躍したと同時。
俺はすでに、ショートボウに一本の矢を番え、弦を限界まで引き絞っていた。
料理の科学の知識において、極限まで加熱された物体に絶対的な破壊をもたらす現象がある。
それは『熱膨張』と『急冷却』が引き起こす、分子構造の完全な崩壊――すなわち【熱衝撃】である。
「赤熱化した装甲に、これを叩き込めばどうなるか……教えてやるよ。――『ブリザード・シュート』!!」
ビュンッ!!
放たれた矢は、空中で絶対零度に近い超低温の吹雪を纏い、赤く焼けただれた将軍機の胸部装甲へと突き刺さった。
ピキッ……。
数千度に熱されていた分厚い鋼鉄の装甲が、一瞬でマイナス数十度まで冷却される。
その急激な温度変化(収縮)に、いかなる強固な金属も耐えられるはずがなかった。
パキィィィィンッ!!!!
まるで薄いガラスが割れるような甲高い音と共に、死蟲将軍機の無敵を誇った胸部重装甲が、粉々に砕け散った。
装甲の奥に隠されていた、脈動する赤い『メインコア』が完全にむき出しになる。
「チェックメイトだ」
俺が指をパチンと鳴らすと、影の中から俺の副料理長(有能アサシン)である『影丸』が音もなく飛び出した。
影丸のシャドウクロウが、無防備なメインコアを美しく十文字に切り裂く。
『オオォォォ……ッ!? ソンナ、バカ、ナ……!』
コアを破壊された死蟲将軍機は、断末魔の電子音を漏らしながら、完全に機能を停止し、ただの巨大な鉄クズとなって泥沼に沈んでいった。
「ふぅ……。一切の無駄がない、完璧な連携だったな」
俺が弓を下ろして満足げに頷いていると、いつの間にか背後で待機していた芋ジャージの少女が、目を血走らせながらお賽銭箱型掃除機を構えて飛び出してきた。
「将軍機……つまり、ボスドロップ! 高レア素材の匂いがしますわぁぁぁっ!!」
ブォォォォォォォォッ!!!
リーザの狂気に満ちた掃除機の吸引力が、砕け散った超硬度装甲の破片から、レアメタル、高純度魔石に至るまで、文字通り『一ミリのチリも残さず』に吸い尽くしていく。
「お賽銭箱に、チャリィィィン! あぁっ、この重み! これで今夜はカツ丼……いえ、特上ステーキが食べられますわーっ!!」
「ガハハハ! どうだリアン! 俺様のイグニス・ブレイクが決め手だっただろう!」
「うんうん、みんな凄かったね! リアン君の作戦が完璧だったおかげだよ!」
わちゃわちゃと喜ぶ仲間たちを見つめながら、俺はバインダーに『被害額ゼロ・利益特大』とメモを書き込んだ。
悪知恵とチームワーク、そして的確なコスト管理。
これこそが、俺のクラン【ホープ・クローバー】が誇る、無敗のゲリラ戦法である。
* * *
その頃。
ダンジョン『天魔窟』の奥深く、モニタールーム。
「…………は?」
魔人ギアンは、モニターに映し出されていた映像がプツンと途切れ、砂嵐に変わったのを見て、完全にフリーズしていた。
自分が手塩にかけて造り上げた最高傑作、死蟲将軍機。
それが、単なる泥沼に足を取られ、目潰しを食らい、加熱と冷却の理科の実験のようなコンボで装甲を割られ、最後は芋ジャージを着た小娘の掃除機にゴミのように吸い込まれて消滅したのだ。
「ア……アハハ。何かの冗談かな? 僕の将軍機が、こんな、冒険者ギルドに登録したてみたいな小童どもに……?」
数秒後。
ギアンの脳内で、何かの糸(理性のタガ)がブチッと切れた。
「ふざけんなァァァァァァァッ!!!」
ドゴォォォォンッ!!
ギアンは被っていた道化師の仮面をかなぐり捨て、操作コンソール(机)に渾身の台パンを食らわせた。
バキバキとひび割れるモニター。散乱するコーラとピザの空き箱。
「クソッ、クソクソクソォォォッ!! 僕の最高傑作が! 絶望の顔どころか、ただの金ヅル(ドロップアイテム)扱いされて終わったじゃないか!! あんなの戦いじゃない! いじめだ! クソゲーだ!!」
ギアンは床を転げ回り、手足をバタバタとさせて幼児のように泣き喚き始めた。
「コンテニューだ! コンテニュー!! 畜生、もっと強い機体を出す!
ママァ! サルバロスママァァッ!! お願い、ガチャ回すからもう一枚銅貨ちょうだいよォォォッ!!」
冷徹な策士を気取っていた魔人のプライドは、俺たちの徹底的に合理的な『都市ゲリラ戦法』の前に、完全に木端微塵に粉砕されていたのだった。
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