EP 3
農作業と死蟷螂機強襲~お賽銭箱の脅威~
ポポロ村の広大な太陽芋の畑には、平和で牧歌的な風景が広がっていた。
さんさんと降り注ぐ太陽の光、ふかふかに耕された土の匂い。そして、畑のあちこちから聞こえてくる収穫の音。
「うおおおぉぉっ! 俺様は英雄! 英雄は芋掘りも最速なんだぜぇぇっ!!」
ズサササササッ! と土煙を上げながら、竜人族のイグニスが常人離れしたスピードで鍬を振るっている。彼の通った跡には、丸々と太った太陽芋が綺麗に掘り起こされたマウンテン(山)が形成されていく。
「ああっ! イグニス様、そこ、少しスコップの先が掠りましたわ! 傷がつきました! つまりこれはB級品! わたくしの胃袋行き(利益)ですわーっ!!」
その後ろを、泥だらけの芋ジャージを着たリーザが四つん這いになりながら猛追している。彼女はイグニスがほんのミリ単位でも傷をつけた芋を瞬時に『B級品(つまみ食い対象)』として認定し、その場で生かじりしてカロリーに変換していた。
貧乏神の悪運耐性と飢餓感が結びついた、ある意味で最強のエコシステムである。
「よしよし。労働力の稼働率は120%だな。素晴らしい」
俺は麦わら帽子を被り、首にタオルを巻きながら、手元のバインダー(タローマン製)にチェックを入れた。
村人たちも、イグニスたちの圧倒的な作業スピードに感化され、普段の倍以上のペースで収穫を進めている。
これで100万円の報酬が手に入るのだから、やはりフリーランスの一次産業手伝いは割のいいホワイト案件だ。
「リアン君、お茶淹れたよ。冷たくて美味しいよ」
「おっ、サンキュー、キャルル。助かる」
キャルルが水筒から注いでくれた陽薬草の冷茶を受け取り、一息つく。
彼女の笑顔は実に可憐で、ポポロ村ののどかな風景に完璧に溶け込んでいる。だが、彼女の足元にはタローマンで買った特注の安全靴(雷竜石入り・つま先は鋼鉄製)がギラリと光り、腰には愛用のダブルトンファーがマウントされている。いつでも殺れる準備は万全だ。
俺が冷茶を飲み干した、その時だった。
キャルルの頭の上に生えている長く美しいウサギの耳が、ピクリと反応した。
「……リアン君。上空から、金属の羽音。数が……3、いや、5体来る!」
「了解だ。全員、作業を中断! 畑の中央に集まれ!」
俺はバインダーを放り投げ、四次元魔法ポーチから『白雪(日本刀)』の柄に手をかけた。
* * *
その頃。
ポポロ村から遠く離れた、禍々しい瘴気に包まれたダンジョン『天魔窟』の奥深く。
無数のモニターが並ぶ薄暗い部屋で、一人の男がコーラにストローを突き刺して啜っていた。
「くっくっく……。ポポロ村のネズミどもめ、冒険者を雇ったか」
死蟲軍の指揮官、魔人ギアンである。
道化師の仮面を被り、巨大な鎌を傍らに立てかけた彼は、モニターに映る俺たち【ホープ・クローバー】の姿を見て、嘲笑うようにピザの耳を齧った。
「だが、無駄なことだ。絶望の顔に染まるがいい。行け、可愛い操り人形たちよ。まずは手始めに『死蟷螂機』の群れで、奴らの希望を刈り取ってやる」
ギアンが手元で糸を引くようなジェスチャーをした瞬間、モニターの中の空から、巨大な影が舞い降りた。
* * *
「ひゃああああっ! で、出ただあーっ!!」
「逃げろ! 死蟲機だああっ!!」
ポポロ村の農民たちが、クワを放り出して悲鳴を上げた。
上空から急降下してきたのは、体長3メートルを超える、全身が鋼鉄の装甲で覆われたカマキリ型の魔物――『死蟷螂機』の群れだった。
両腕の巨大な鎌は、太陽の光を反射してギラギラと冷たい殺意を放っている。アレに触れれば、人間など一刀両断だろう。
「リアン! 俺様が燃やして――」
「バカ、待て! お前は動くな! 芋が焦げるだろうが!」
俺は前に出ようとしたイグニスの首根っこを掴んで制止した。
死蟷螂機たちが、獲物(農民たち)を定めて畑へと着地しようとする。
だが。俺はただ茶を飲んで休んでいたわけではない。
戦闘は、事前の仕込みが9割だ。
ガキィィィンッ!!
「ギチィィッ!?」
着地した瞬間、先頭の死蟷螂機が奇妙な金属音を上げて大きく体勢を崩した。
その足元には、俺が事前に畑の周囲にびっしりとばら撒いておいた、対装甲用の『強化撒菱』が深く突き刺さっていた。
さらに、死蟷螂機の関節部に、木々の間から張り巡らせていた極細の『鋼線ワイヤー』が絡みつき、その機動力を完全に奪い去る。
「敵の足(機動力)は止まった! キャルル、やれ!」
「任せてリアン君! ――月影流、行くよっ!」
俺の指示と同時、キャルルが弾かれたように飛び出した。
100mを5秒台で走る月兎族の圧倒的な俊敏性。彼女は空中で身を翻し、両手のダブルトンファーで死蟷螂機の鋼鉄の鎌をガィィンッ!と弾き飛ばした。
敵のガードがガラ空きになった瞬間、キャルルは空中で体を捻り、タローマン製の特注安全靴に莫大な闘気を込めた。
「月影流――『乱れ鐘打ち』っ!!」
ダダダダダダダダダンッ!!!
それは、芸術的なまでに美しく、そして容赦のない『蹴りの雨』だった。
鋼鉄のつま先が、死蟷螂機の装甲の継ぎ目、関節、センサー部分といった『急所』を次々と、かつ正確に打ち砕いていく。
鈍い金属の破壊音が畑に響き渡り、頑強な死蟷螂機が、まるでブリキのおもちゃのようにボロボロに崩れ落ちた。
「ギチィィッ……!!」
背後にいた残りの死蟷螂機が、仲間の破壊に反応し、空へ逃れようと羽を広げる。
空を飛ばれれば厄介だ。だが、俺はすでにショートボウの弦を引き絞っていた。
「上空(逃げ道)も、俺の射程内(管理下)だ。決めるぜ」
番えられた矢に、俺は体内から練り上げた『炎の魔力』と『闘気』を緻密な計算式で融合させる。
炎の温度、酸素の供給量、そして対象のみを焼き尽くすための『爆発範囲の限定設定』。
狙うは、空中に逃げた死蟲機のコアのみ。下の太陽芋(利益)には、火の粉一つ落としてはならない。
「燃え尽きろ――『フェニックス・シュート』!!」
ビュッ!!
放たれた矢は、空中で紅蓮の火の鳥へと形を変え、一直線に死蟷螂機たちの中心へと吸い込まれた。
ドゴォォォォォォンッ!!!
上空で、計算し尽くされた極小かつ超高熱の爆発が起きる。
死蟷螂機たちは悲鳴を上げる間もなく、その鋼鉄の装甲ごとドロドロに溶け、コアを完全に破壊されてバラバラのスクラップとなって墜落した。
炎の余波は、俺の魔力皮膜による『温度管理』によって空中で完全に相殺され、太陽芋の畑には一切の被害を出さなかった。
「ふぅ。完璧なオペレーションだ。損害ゼロ」
俺が弓を下ろすと、背後から物凄い勢いで土煙が接近してきた。
芋ジャージ姿のリーザである。
「倒した残骸は、わたくしにお任せ下さいっ!!」
彼女が抱えているのは、どこからどう見ても神社にあるような『木製のお賽銭箱』に、掃除機のノズルを取り付けた謎の魔導具【お賽銭箱型掃除機】だった。
「愛と御縁(五円)の力ですの! Love & Money!!」
ブォォォォォォォォッ!!!
リーザがお賽銭箱のスイッチを入れた瞬間、凄まじい吸引力が発生した。
地面に転がった死蟷螂機の装甲の破片、そして高く売れる『魔石』や『動力回路』といったドロップ品が、まるで見えないブラックホールに吸い込まれるように、次々とお賽銭箱の中へと消えていく。
「ふふふふっ、これでまた村長さんから追加の報酬がもらえるかもしれませんわ! チリも積もればカツ丼ですわ!」
満面の笑みで残骸を一つ残らず綺麗に(文字通り更地に)するリーザ。
彼女のユニークスキル【貧乏神】の力も相まって、死蟲機から溢れ出ていた微弱な瘴気すらも、完全に没収されて浄化されていた。後片付けのコストまでゼロにしてくれるとは、貧乏神スキルも使いようによっては超有能な清掃業者である。
そして、全てが終わった畑の中央で、イグニスが両手斧を肩に担ぎ、ドヤ顔で太陽を背にポーズを決めた。
「ガハハハハ!! 造作もないな! 俺様の圧倒的な覇気の前に、虫ケラどもは戦意を喪失したようだな!!」
「……お前、芋掘ってただけで戦闘には1ミリも参加してないだろ。さっさと鍬を持て。休憩時間は終わりだ」
俺の冷酷なツッコミに、イグニスは「えっ、俺様、英雄なのに……」と再び涙目で畑へと戻っていった。
村人たちが、安全になった畑を見て歓声を上げている。
第一波の死蟲機部隊は、こうして俺たち【ホープ・クローバー】の悪知恵とチームワーク、そして何より『畑の損害を絶対に出さないという強い意志(コスト意識)』によって、完璧に撃退されたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




