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EP 2

ロックバイソン・バスの旅と、地雷原の村~お前は斧を置いてスコップを持て~

 ガタゴトと、内臓がシャッフルされるような激しい揺れが全身を襲う。

 帝都ルナミスから南西へ向かって伸びる未舗装の街道を、一台の巨大な『ロックバイソン・バス』が土煙を上げて疾走していた。

 ロックバイソンとは、その名の通り岩のように硬い角と装甲めいた皮膚を持つ牛型の魔獣だ。完全に家畜化されており、その圧倒的なトルク(牽引力)を生かして、十数人が乗れる木造の大型馬車バスを引っ張っている。

 運賃は一人あたり銀貨2枚(約2000円)。俺たち【ホープ・クローバー】のメンバー4人で銀貨8枚。

 交通費(経費)としては許容範囲のローコストだが、サスペンションという概念が存在しないため、乗り心地は最悪の部類だった。

「……リアン様ぁ。わたくし、もう限界ですわ……」

 向かいの席で、リーザが窓枠に額を押し当てながら幽鬼のような声を漏らした。

 乗り物酔いではない。純粋な『飢え』である。

「この座席のクッションに詰められているわら、お湯で煮詰めたら食べられませんこと……?」

「やめろ。公共の器物を破損したら器物損壊罪で賠償金ペナルティが発生する。お前はただでさえ貧乏神なんだから、これ以上負債を増やすな」

 俺が即座にツッコミを入れると、隣に座っていたキャルルがクスッと笑い、ポッケから可愛らしいウサギの包み紙を取り出した。

「はい、リーザちゃん。私の特製、人参ハニーキャンディ。これ舐めて少し我慢してね」

「きゃ、キャルルお姉様ぁぁっ! 女神! あなたこそ真の女神ですわ!」

 リーザは涙を流しながらキャンディを受け取り、小動物のように高速で舐め始めた。

 あのコタツ部屋でタバコを吹かしていた芋ジャージのクソ女神ルチアナに比べれば、確かにキャルルの方がよっぽど女神らしい。

「リアン君は大丈夫? 揺れがひどいなら、私の膝を枕にして休んでもいいよ?」

「いや、俺は大丈夫だ。気遣いサンキューな」

 キャルルが上目遣いで、自分の太ももをポンポンと叩いてくる。

 彼女の申し出は非常に魅力的(物理的にふかふかしていそう)だが、俺は丁重に断った。彼女は恋愛が絡むとヤンデレ気質を発揮するため、安易にパーソナルスペースへ踏み込むと、後々『既成事実』として外堀を埋められかねないのだ。リスク管理は経営の基本である。

「ガハハハハ! 軟弱者どもめ! 馬車ごときの揺れでへばるとはな! 俺様を見ろ、この体幹の強さを!」

 バスの中央で、腕組みをして仁王立ちしているのは、竜人族のイグニスだ。

 揺れる車内でバランスを取る姿は確かに身体能力の高さを証明しているが、他のお客さんの邪魔になっていることに気づいていない。

「おいイグニス。お前、背中の両手斧が揺れるたびに窓ガラスに当たりそうになってんだよ。弁償したくないなら大人しく座ってろ」

「チッ、細かいことを気にする男はモテねぇぞ、リアン。俺様のような豪快な英雄には、これくらいがちょうど――痛ぇっ!?」

 バスが大きな石に乗り上げた瞬間、イグニスは見事に天井に頭をぶつけ、そのまま床に転がった。

 俺は深くため息をつきながら、脳内の地図マップを思い浮かべていた。

(……それにしても、ポポロ村か)

 俺たちが向かっている村は、ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国の三大国家が睨み合う『緩衝地帯』のど真ん中に位置している。

 一歩間違えれば国家間の紛争に巻き込まれる、地政学的リスク(地雷原)の塊のような場所だ。

 そんな村がなぜ存続できているかといえば、各国の暗黙の了解グレーゾーンとして、密輸や裏取引、そして『ポポロ・タバコ』や『ポポロ・コーヒー』といった独自の特産品を生産する経済拠点として重宝されているからである。

(だが、そんなリスキーな場所で、わざわざ100万円もの報酬を出して冒険者を雇うってことは……よっぽど切羽詰まった状況ってことだな)

 数時間の激しい揺れに耐え、ロックバイソン・バスはようやく目的地の『ポポロ村』へと到着した。

     * * *

 バスを降りると、そこにはのどかな田園風景が広がっていた。

 木造の素朴な家々が立ち並び、遠くにはポポロ山がそびえている。(※俺の召喚獣・空丸がプラズマ砲で抉り取ったクレーター部分は、奇跡的に木々が再生して隠れつつあった。自然の回復力に感謝だ)

「ようこそ、ようこそおいで下されましたな!」

 バス停の前で俺たちを出迎えたのは、麦わら帽子を被った小柄な老人だった。

 日焼けした肌に、人懐っこい笑顔。年齢は70歳くらいだろうか。しかし、その足取りは妙に軽く、老人特有の衰えを感じさせないエネルギッシュなオーラを放っている。

「ワシがこのポポロ村の村長、ロップじゃ。冒険者ギルドからの通信石で連絡は受けておるよ。あんたたちが【ホープ・クローバー】の皆さんじゃな?」

「初めまして、ロップ村長。リーダーのリアンです。本日はご指名いただきありがとうございます。微力ながら、全力でサポートさせていただきます」

 俺は即座に三ツ星レストランの副料理長時代に培った『極上の営業スマイル(顧客対応モード)』を起動し、深く頭を下げた。

「おおっ、若いのに礼儀正しいリーダーじゃな! 後ろの皆さんも、実に頼もしそうじゃ」

「ガハハハ! 当然だ! このイグニス様がいれば、どんな依頼も一瞬で終わらせてやるぜ!」

「村長さん、お腹ペコペコですの……カツ丼は、カツ丼はどこですの……?」

 自信満々に胸を張るイグニスと、今にも倒れそうなリーザ。キャルルが苦笑いしながらリーザを支えている。

 俺は咳払いを一つして、本題に入った。

「村長。早速ですが、今回の依頼の詳細を聞かせていただけますか。ギルドのボードには『太陽芋の収穫手伝い』と『死蟲機ネクロバグの撃退』とありましたが」

 ロップ村長はコクリと頷き、村の裏手に広がる広大な畑を指差した。

「うむ。見ての通り、村は今『太陽芋』の収穫期でしてな。この芋は育ちが早く、甘くて栄養満点。庶民の胃袋を支える重要な穀物源じゃし、イモッカ(芋酒)の原料にもなる村の生命線なんじゃ」

「太陽芋……!」

 リーザの瞳がギラッと光り、涎が滝のように流れ始めた。

「じゃが、数日前から山の奥に『死蟲機ネクロバグ』の群れが姿を現すようになってな。奴ら、この太陽芋の豊富な魔力と栄養を狙って畑を荒らしに来るんじゃよ」

(死蟲機……か)

 俺は、ネット通販で取り寄せた歴史書や兵法書から得た知識を脳内で検索した。

 死蟲機。それはかつて『神蟲魔大戦』において、死蟲王サルバロスが生み出した機械と昆虫のハイブリッド魔物。現在は魂だけの存在となったサルバロスを復活させるため、指揮官である魔人ギアンがダンジョン(天魔窟)から放っている厄介な兵器群だ。

 硬い装甲と、機械特有の統率された動き。農民たちが怯えて収穫に出られないのも無理はない。

「なるほど。農作業の遅れは、村の経済キャッシュフローに致命的なダメージを与えますからね。我々が護衛しつつ、収穫を手伝えばいいのですね」

「その通りじゃ! 報酬の金貨100枚(100万円)は、村のヘソクリをはたいて用意してある! どうか、ワシらの村を救ってくだされ!」

 村長が深く頭を下げる。

 その横で、イグニスが背中の両手斧をガシャァッ!と引き抜いた。

「ガハハハハ! 聞いたかリアン! 死蟲機だと!? 機械の虫ケラなんざ、俺様の手にかかれば一瞬だぜ!」

 イグニスの全身から、凄まじい熱量を持った闘気が立ち昇る。

 彼の口の端から、チラチラと紅蓮の炎が漏れ出していた。竜人族特有の大火炎ブレスの予備動作だ。

「俺様の『大火炎』と『イグニス・ブレイク』で、畑に群がる虫ケラどもを、一匹残らず消し炭に――」

 ドゴォッ!!

「あべしっ!?」

 俺は、一切の予備動作を消した天極流の歩法(摺り足)でイグニスの背後に回り込み、その強固なトカゲの頭頂部に、渾身のチョップを振り下ろした。

 ドサリと崩れ落ちるイグニス。

「な、何すんだリアン! 俺様はやる気を見せて……!」

「バカ野郎が!! 脳みそまで筋肉でできてるのかお前は!!」

 俺は倒れたイグニスの胸ぐらを掴み、激しく揺さぶった。

「いいか!? 今ここは『乾燥した太陽芋の畑』だぞ! 収穫前の作物が密集してる場所に、お前のそのアホみたいな高火力の炎や爆発属性の技をぶち込んだらどうなる!?

 死蟲機と一緒に、村の生命線である太陽芋まで全部丸焦げの灰(消し炭)になるだろうが!!」

「あっ……」

「報酬100万どころか、村のインフラ破壊と収益機会の損失で、俺たちが莫大な損害賠償ペナルティを請求されることになるんだよ! 完全なる大赤字(倒産)だ!」

 俺の冷徹なコスト管理に基づくマジギレに、イグニスは「た、確かに……」と冷や汗を流して斧を引っ込めた。

 RPGの勇者のように、村の中で他人の家の壺を割ったり、畑で魔法をぶっ放したりする行為は、現実の経営(クラン運営)においては絶対に許されないコンプライアンス違反なのだ。

「じゃあ、俺様はどうすればいいんだよ……俺様のアイデンティティは圧倒的な火力だぞ……」

 しょんぼりとするイグニスに対し、俺は四次元魔法ポーチから『ある道具』を取り出し、彼の手へと力強く握らせた。

「お前には、竜人族の『強靭な肉体パワー』という最高の資産があるじゃないか」

「おおっ! まさか、この武器は伝説の……って、おいリアン」

 イグニスが握らされたもの。

 それは、タローマン製の頑丈な『鉄のスコップ』と『くわ』だった。

「お前の任務は、その無駄に有り余ったパワーを使った【太陽芋の超高速ピッキング(芋掘り)】だ。敵が来たら俺とキャルルで足止めするから、お前はひたすら芋を掘れ。一つでも芋を傷つけたら、給料から天引きするからな」

「俺様、英雄なのに農作業要員(日雇いバイト)かよぉぉぉっ!?」

 絶望して天を仰ぐイグニスを放置し、俺はキャルルとリーザに向き直った。

「キャルルは俺と一緒に、畑の周囲で死蟲機の迎撃と索敵レーダーを頼む。お前の聴覚と嗅覚が頼りだ」

「うんっ! 任せてリアン君! リアン君の背中は、私が絶対に守るからね!」

「……頼もしいぜ。リーザ」

「はいですの!」

 俺は、よだれを拭うリーザにスコップを渡した。

「お前も芋掘り部隊だ。イグニスと一緒に掘れ。……いいか? 収穫中に『敵の攻撃でちょっとだけ傷がついてしまった、売り物にならないB級品の芋』が出たら、それはお前の胃袋に入れていい許可(つまみ食い)を村長からもらっておく」

「――ッ!!!」

 リーザの瞳孔がカッと見開き、彼女の背後に阿修羅のごときオーラが発現した。

「掘りますわ! わたくし、この畑の芋を一つ残らず掘り尽くしますわ!! B級品は全てわたくしのものですわーっ!!」

「よし、最高のモチベーション管理インセンティブだ」

 俺は満足げに頷くと、四次元魔法ポーチから『ワイヤー』や『撒菱まきびし』、『爆薬の仕掛け線』といったゲリラ戦用のトラップ用具を次々と取り出し始めた。

戦闘ビジネスは、事前の準備(仕込み)が9割だ。敵が来る前に、畑の周囲を完璧な防衛陣地キルゾーンに作り変えるぞ」

 飢餓に駆られて光の速さでスコップを振るう人魚。

 涙目で「俺様は英雄なのに……」とボヤきながらも、持ち前の怪力でガンガン芋を掘り返す竜人。

 そして、鼻歌を歌いながら俺の罠張りを嬉しそうに手伝う月兎族の元姫君。

 俺は、土にまみれながら働く仲間たちを見て、ふと口角を上げた。

(……まぁ、ブラック企業の理不尽な命令に従うよりは、こういう汗水流す泥臭い労働フリーランスの方が、性に合ってるかもな)

 防刃ジャージの袖をまくり上げながら、俺は村長から指定された畑の防衛ラインに、致死性のトラップを嬉々として仕掛け始めたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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