第二章 腹ペコパーティーと100万円の依頼! 緩衝地帯ポポロ村へ
エリート街道からの華麗なるバックレと、腹ペコ勇者たちのクラン結成
ルナミス帝国の帝都に位置する、巨大な冒険者ギルド本部。
剣と魔法、そして佐藤太郎が持ち込んだ近代的な建築様式が入り交じる広大なホールには、今日も一攫千金を夢見る荒くれ者たちの熱気と喧騒が渦巻いていた。
そのホールの片隅にある円卓で、俺――リアン・クライン(16歳)は、運ばれてきたアイスコーヒーのストローを気怠げに咥えていた。
服装は、帝国のホームセンター『タローマン』で特売されていた黒のジャージ上下。ただし、布地にはドワーフ特製の防刃繊維が編み込まれており、心臓や首筋といった急所にはミスリル製の極小プレートを仕込んでいる。
傍から見れば「休日にパチンコ屋へ向かうダサい若者」だが、これは俺なりの『都市ゲリラ戦特化型・超実用主義装備』である。重い鎧など、クリーニング代(維持費)と疲労(カロリー消費)が嵩むだけの不良債権だ。
(……それにしても、まさか本当に冒険者になるとはな)
氷をカラカラと鳴らしながら、俺はここ数ヶ月の怒涛の展開を思い返していた。
6歳で親元を離れ、帝国最高学府である『ルナミス学園』に入学した俺は、徹底的に「目立たないモブ」としてスローライフを送る……はずだった。
しかし、前世(三ツ星フレンチ副料理長)で培われた完璧主義と、簿記1級の論理的思考、そして祖父直伝の『天極流』の癖が抜けきらず、実技も座学も無意識にパーフェクトを叩き出し続けてしまったのだ。
結果として、俺は全校生徒のトップ、堂々の『首席』で学園を卒業してしまった。
卒業と同時に、帝国の軍部から舞い込んだのは『士官学校特別枠・将来の将軍候補コース』という、超絶エリートへの招待状だった。
普通の学生なら泣いて喜ぶだろう。だが、前世で過労死を経験している俺の目は誤魔化せない。
『若いうちからの圧倒的な裁量権!』
『国を背負う、やりがいのある職場!』
『24時間、帝国の平和のために尽くせる熱い環境!』
――バカ野郎、そんなものは言葉を飾っただけの『超絶ブラック企業(社畜コース)』の募集要項じゃないか!!
将軍候補? ふざけるな。それは無限のサービス残業と、部下の不祥事のケツ拭きと、重すぎる責任を約束されたデスロードだ。二度と過労死なんてしてたまるか。
だから俺は、卒業式当日に荷物をまとめて華麗にバックレた。
帝国軍のスカウトから逃れ、自由な勤務体系と己の腕一つで稼ぐ『冒険者』の道を選んだのである。フリーランス最高。定時退社バンザイだ。
そして現在。俺は、自分で立ち上げたクラン【ホープ・クローバー】のリーダーとして、ギルドの円卓に座っているのだが。
「……リアン様ぁ。わたくし、もうお腹と背中がくっつきそうですわ……」
円卓に突っ伏し、幽鬼のような声を出しているのは、俺のクランメンバーの一人、リーザ・シーラン・リヴァイアサン(16歳)だった。
海中国家シーランの親善大使であり、本来なら絶世の美少女であるはずの人魚姫。だが今の彼女は、ルナミスデパートの特売で買った色褪せた芋ジャージを身に纏い、足元にはイボイボの健康サンダルを履いている。
「昨日、公園で野良犬とタローソンの廃棄弁当を巡って死闘を繰り広げたせいで、カロリーを使い果たしましたの……。パンの耳じゃ、もう限界ですわ……」
「お前は一国の姫様なんだから、もう少しプライドを持てよ。なんで鼻の穴に5円玉詰めて野良犬に発射してんだよ」
俺が呆れ半分にツッコミを入れると、リーザの向かいに座っていた巨漢が、ガハハハ!と豪快に笑い飛ばした。
「情けねぇなリーザ! 腹が減ったくらいでピーピー喚くんじゃねぇ! 偉大なる竜人族の戦士である俺様を見ろ! どんな飢えにも屈しない、この堂々たる――」
グギュルルルルルルゥゥゥゥッ!!
男の腹の底から、ドラゴンが咆哮するような凄まじい腹の虫が鳴り響いた。
両手斧を背負った竜人族の少年、イグニス・ドラグーン(16歳)。
故郷で「俺様は人間の街で英雄になる!」と大見栄を切って飛び出してきたものの、実力がありすぎて魔獣の素材(ドロップ品)を消し炭にしてしまうため、どのパーティーもクビになり、最近まで工事現場で日雇い労働をしていた見栄っ張りなトカゲ野郎だ。
「……おいイグニス。お前、今朝の炊き出し(豚汁)、何杯おかわりした?」
「う、うるせぇ! 俺様は英雄だから燃費が悪いんだよ! 早く依頼を受けて、美味い肉を食わせろリアン!」
「誰が奢る前提なんだよ。クランの経費は俺のポケットマネー(善行ポイントの換金)なんだぞ」
俺が額を押さえてため息をついていると、横からスッと、冷たいおしぼりと水が差し出された。
「お疲れ様、リアン君。はい、これ。それからリーザちゃんとイグニスにも、飴玉あげる」
「お、おお……すまない、キャルル」
俺の隣で優しく微笑んでいるのは、月兎族の少女、キャルル・ムーンハート(16歳)。
動きやすい現代風のラフな服装に、足元はタローマン特注の安全靴(雷竜石入り)。
彼女は元・レオンハート獣人王国の第三姫君であり、近衛騎士隊長候補でもあった超エリートだが、王族の籠の鳥生活を嫌って帝国へ亡命してきた強者だ。
普段は優しく、政治力も高い常識人なのだが。
「ふふっ。リアン君のクランに入れて、私、毎日すっごく幸せだよ。リアン君がどこへ行くとしても、私……地の果てまで、たとえ何が起きても、ずぅぅーっと一緒についていくからね? ふふふっ……」
「…………あ、ああ。頼もしいな」
俺は少しだけ椅子の位置をズラした。
キャルルは良い奴なのだが、恋愛的なベクトルになると、少しばかり瞳の奥にハイライトが消える瞬間がある。俺の心音から嘘を見抜く種族特性を持っているため、下手な言い訳も通用しない、一歩間違えればヤンデレ化しそうな危うさを秘めているのだ。
(強欲貧乏アイドル人魚に、見栄っ張り日雇いトカゲに、ヤンデレ予備軍の武闘派ウサギ。……どうして俺のクランは、こんなに問題児(不良債権)ばかり集まってしまったんだ?)
嘆いていても腹は膨れない。
俺は「よっこいしょ」と立ち上がり、ギルドの壁に貼り出されている依頼ボードへと向かった。
「よし、分かった。さっさと依頼を受けて、稼ぎに行くぞ。今の俺たちの台所事情は火の車だからな」
ボードを素早くスキャンし、報酬額とリスクの損益分岐点を脳内で計算していく。
俺の視線が、ある一枚の羊皮紙でピタリと止まった。
「……おっ。これなんてどうだ?」
「どれどれ? リアン君が選んだのなら、間違いないね」
キャルルが隣から覗き込む。その後ろから、リーザとイグニスも這うようにして近づいてきた。
「えーと、『ポポロ村・地域起こし応援隊』。依頼主はポポロ村の村長。内容は太陽芋の収穫手伝いと、周辺に出没する魔物の駆除……報酬は、なんと金貨100枚(100万円相当)だぞ」
「「「ひゃ、100万円!?」」」
三人の声が見事にハモった。
「100万円ですと……!? リアン様、それ、カツ丼が幾ら食べれますの!?」
「山ほどだ。毎食カツ丼にしても、一ヶ月は余裕で溺れられるぞ」
「カ、カツ丼の海……! 素敵ですわぁぁっ!!」
リーザの瞳が、完全に『¥』のマークに変わっている。彼女のユニークスキル【貧乏神】の悪運耐性が、今にも暴走しそうだ。
「ガハハハハ! 100万円か! さすがリアン、目の付け所がちげぇ! 芋掘りなんざ俺様の専門じゃねぇが、魔物の駆除なら任せろ! 俺様の両手斧で、雑魚どもを一瞬で消し炭にしてやるぜ!」
イグニスが鼻息を荒くして両手斧を構える。お前が燃やすと太陽芋まで消し炭になるから、お前は絶対にスコップを持たせて農作業要員にしてやる。
「みんな、すごく嬉しそう。リアン君、これ、受けようか?」
「あぁ。収穫の手伝いで100万なら、割のいい仕事(ホワイト案件)だ。早速受付に――」
俺は依頼書を剥がしかけ、そして、その下部に小さく書かれた『特記事項(対象地域の詳細)』に目を通した瞬間、ピタリと動きを止めた。
「……待て待て待て」
「どうしたの、リアン君?」
俺は、依頼書の地図と説明文を指差した。
俺の優秀な頭脳(地理の成績も学園トップだ)が、その村の『異常性』に警鐘を鳴らしている。
「え~と。ポポロ村の所在地。……『ルナミス帝国』、『レオンハート獣人王国』、そして『アバロン魔皇国』。この三大国家の国境線が交わる、完全なる**『緩衝地帯(ど真ん中)』**って書いてあるぞ」
俺の言葉に、キャルルが少しだけ首を傾げた。
「緩衝地帯……?」
「何を考えて、そんな地雷原のど真ん中に村を作りやがったんだよ!!」
俺はギルドのボードに向かって、渾身のツッコミを入れた。
「いいか!? 三つの大国の軍隊がいつ小競り合いを始めてもおかしくない、地政学的リスクの塊みたいな場所だぞ! しかも、この世界を管理してる神々の予算(PV)稼ぎのために、意図的にイレギュラーな魔物が湧きやすいスポットに指定されてる可能性すらある!
そんなところで太陽芋育ててる場合じゃないだろ! 不発弾の横でバーベキューするようなもんだぞ!」
高報酬には、必ずそれに見合うだけの裏がある。
フリーランスとして最も警戒すべきは、こういう「一見すると簡単そうに見える地雷案件」なのだ。
俺はすぐさま依頼書をボードに戻そうとした。
「やめだやめだ! 俺は徹底的にローリスクでマイペースなスローライフを――」
「り、リアン様ぁ……」
「リアン……」
俺のジャージの裾を、両側からリーザとイグニスが縋り付くように掴んでいた。
リーザの口からは一筋のよだれが垂れ、イグニスの腹からは再び雷鳴のような音が鳴り響いている。
そして正面では、キャルルが俺を信じ切った、混じりっけのない純粋な瞳で見つめていた。
「リアン君なら、どんな危険な場所でも絶対に大丈夫だって、私、信じてるよ」
「…………」
俺は、天を仰いだ。
前世でもそうだった。部下たちに「シェフならなんとかしてくれますよね!」と期待の目を向けられると、面倒くさいと心の中で毒づきながらも、結局は完璧な下ごしらえをして厨房を回してしまうのだ。
これが、責任感が強すぎる人間の悲しい性である。
「……ハァ。しょうがねぇな」
俺は頭をガシガシと掻き毟り、依頼書を乱暴に剥がし取った。
「準備しろ、お前ら! 四次元魔法ポーチの中にキャンプ用品と爆薬は山ほど積んである! どんなヤバい魔物が出ようが、俺が悪知恵と戦術で全員ノー傷で生還させてやる!
100万稼いで、今夜はカツ丼の海にダイブするぞ!」
「「「おおおおおぉぉぉっ!!!」」」
歓喜の声を上げるポンコツ三人組を引き連れ、俺はギルドの受付へと歩き出した。
ブラックなエリート軍人を辞めて、自由なフリーランスになったはずなのに。
どうして俺は、前世よりも重い「オカン的ポジション」で、ヤバすぎる地雷原へ向かう羽目になっているのだろうか。
クラン【ホープ・クローバー】。
俺たちの波乱とツッコミに満ちた、大赤字ギリギリの冒険者生活は、こうして幕を開けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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