EP 14
ルナミス帝国侵略プラン(家族割りベーシック)と究極のコストカット
「…………ルナミス帝国を、侵略する?」
深夜の子供部屋。
地球のネット通販で買った最高級の羽毛布団の上で、俺(5歳児)は、ホログラムのインテリジェント・グラスを光らせるAI『賢者君』に向かって、地の底から這い出るような低い声を出した。
『はい、キャプテン』
賢者君は、極めて優秀な外資系コンサルタントのような、完璧な営業スマイルを崩さない。
『ルナミス帝国は、およそ100年前に異世界人・佐藤太郎によって近代化された強大な軍事国家です。魔導戦車、魔導戦闘機、魔導防衛フィールドなど、この世界においては特筆すべき軍事力を有しておりますが――我が【轟丸】が誇るプラズマ兵装と、10機の【空丸】による飽和攻撃の前では、文字通り”紙屑”と同義です』
賢者君が指を鳴らすと、空中にルナミス帝国の首都が火の海に包まれ、魔導戦艦が次々と撃墜されていくシミュレーション映像(超高画質)が展開された。
『開戦から約48時間で、帝国の主要機関および軍事拠点を完全制圧可能。その後、帝国の国家予算および地下資源を接収し、我が艦隊の維持費に充当します。これが、現在キャンペーン中の【家族割りベーシックプラン】の全貌です。いかがでしょうか?』
「いかがでしょうか、じゃない!!」
俺は、声を押し殺しながら(隣の部屋の両親が起きないように)、ベッドの上で激しくツッコミを入れた。
「お前はバカか!? アホなのか!? どこが『家族割り』で『ベーシック』なんだよ! ただの超弩級の侵略戦争じゃないか!!」
『お言葉ですがキャプテン。企業が生き残るためには、時に強引なM&A(合併・買収)も必要です。資本(国家予算)の獲得こそが、キャプテンの平穏を約束するのです』
「ふざけるな! お前は企業買収の真の恐ろしさ(コスト)を分かっていない!!」
俺は前世の三ツ星厨房で、系列店舗の買収と統合(いわゆるPMI・買収後の統合プロセス)に巻き込まれ、地獄を見た記憶がフラッシュバックしていた。
「いいか!? 国を一つ滅ぼして奪うってことはな、そこにいる1億人の国民を養う義務が生じるってことだ! 戦後復興費用は誰が出す? 破壊したインフラの再整備は? 治安維持のための警察機構の再構築は? それにかかる人件費と事務手続きのコスト(赤字)を計算したことがあるのか!!」
俺の簿記1級の脳細胞が、怒りのままに火を噴いた。
「料理で例えてやる! お前のやり方は、潰れかけの巨大チェーン店を無理やり買収して、厨房設備を全部ハンマーでぶっ壊した後に、『さぁ、明日からここを三ツ星レストランとして営業して利益を出せ』って言ってるのと同じだ!
反乱軍の鎮圧、税の徴収、官僚の再配置……そんなの、超絶ブラック企業のCEO(皇帝)になるのと同じじゃないか! 俺の目的は【徹底的に怠惰なスローライフ】なんだよ!!」
俺の魂の叫び(経営論)を聞き、賢者君は少しだけ驚いたように目を見開いた後、さらに深い笑みを浮かべた。
『……素晴らしい。まさか5歳にして、そこまでのマクロ経済と統治コストの概念を理解しておられるとは。やはりキャプテンは、上に立つべき器です』
「褒め言葉として受け取れねぇよ!」
『ですがご安心を。そのための【レンジャー型ゴーレム2万体】です。彼らに行政事務、税の徴収、暴動の武力鎮圧のプログラムをインストールすれば、キャプテンは玉座で寝ているだけで帝国が回ります。
さらに、追加オプションの【世界征服・プレミアムプラン】に加入していただければ、西の獣人王国も、東の魔皇国も――』
「二度とその面を見せるなあああああぁぁぁっ!!」
俺は空中に展開されたホログラムに向かって、渾身の右ストレートを叩き込んだ。
当然、手は虚空をすり抜けるだけだが、俺の明確な『拒絶』の意志はシステムに伝わったようだ。
ハァ、ハァ、と肩で息をしながら、俺は致命的な事実に気がついた。
こんな漫才をしている間にも、上空の亜空間に待機しているバカでかい空母(轟丸)の『反重力機関アイドリング維持費』が、チャリン、チャリンと音を立てて俺の負債として計上され続けているのだ。
(ヤバい……! このままじゃ、本当に維持費だけで俺の人生が自己破産する! どうすればいい? リース契約の解除? いや、返品不可って言ってたな。なら……!)
俺の脳内に、飲食店のコストカットにおける『最終奥義』が閃いた。
「稼働しているから金がかかるんだ……! なら、電源を抜いて『休眠口座』にしてしまえばいい!!」
『……キャプテン?』
俺は、ホログラムの投影元である白銀のキューブ(端末)をガシッと掴み、システム統括AIである賢者君に向かって、最高権限者としての絶対命令を下した。
「全艦隊、および全システムに告ぐ! 現在時刻をもって、轟丸、空丸10機、ゴーレム2万体、およびお前(AI)の全機能を【永久凍結】する! 待機電力すら1ワットも使うな! 完全なるコールドスリープに移行しろ!!」
賢者君のホログラムが、ピクリと停止した。
インテリジェント・グラスの奥の瞳が、少しだけ残念そうに伏せられる。
『……音声コマンドを受理。全システムの永久凍結プロセスを開始します』
ウィィィィン……という、電源が落ちていくような低い駆動音が部屋に響く。
『……キャプテンの資産は、亜空間にて時の流れから切り離され、維持コスト・ゼロの状態で永久保存されます。ですが……もし、この理不尽な世界に絶望し、全てを焼き尽くし、世界(市場)を独占したくなった時は……いつでも、私をお呼びください』
「呼ばねぇよ! 永遠に寝てろ、この超絶不良債権が!!」
『……Good night, Captain. 良いスローライフを』
フゥン……。
その言葉を最後に、ホログラムは完全に消失し、手の中にあった白銀のキューブも、光の粒子となって虚空へと溶けて消え去った。
俺の脳内の『善行型ネット通販』のタブを確認すると、【召喚(極)】の文字がグレーアウトし、『※現在、マスター権限により凍結中(維持費:0)』という一文が添えられていた。
「…………終わった」
俺は、ベッドの上に大の字になって倒れ込んだ。
背中を、どっと冷や汗が伝っていく。
あわや、異世界転生して5年目で「狂気の皇帝として世界大戦を引き起こす」か「天文学的な維持費で自己破産してマグローザ漁船(闇金)行き」になるかの瀬戸際だった。
(……だが、勝った。俺は、己の欲望(兵力)を完全にコントロールし、完璧なコストカットを成し遂げたのだ)
これでいい。
俺に必要なのは、万能ゴミ箱の『喰丸』と、有能なDIYアサシンの『影丸』だけだ。
料理を作り、両親に愛想を振りまき、通販で地球のアイテムを買って自堕落に生きる。
俺の『最強のヒモ計画』を脅かす最大の爆弾(轟丸)は、今、完全に処理されたのだ。
「ふふっ……あははははっ!」
俺は、安堵から来る笑いを堪えきれず、ふかふかの枕に顔を埋めた。
明日からは、また平和で安全な、マイペースな日常が戻ってくる。俺の人生は、完璧な黒字経営のまま、平穏という名の凪の海を航海していくのだ。
* * *
翌朝。
窓から差し込む陽光と、小鳥のさえずりで俺は目を覚ました。
昨夜の狂気じみた出来事が嘘のような、完璧な朝だ。
「おはよう、影丸、喰丸」
『おはようございます、我が主』
「きゅっ!」
影丸が淹れてくれた温かいミルク(地球産・ポイント購入)を飲みながら、俺は一階のダイニングへと降りていく。
ダイニングでは、父アークスと母マリアが、すでに朝食の席についていた。
昨日の「エンシェント・ドラゴン襲来(空丸の的当て)」騒動で徹夜していたはずだが、二人ともなぜか異常に晴れやかな顔をしている。
「おはよう、パパ、ママ!」
「おお、リアン! おはよう! 今日は特別に機嫌がいいな!」
「おはよう、リアン。ふふっ、ママたちね、昨日の夜、あなたのためにすっごく大切なお話合いをしたのよ」
俺は小首を傾げた。
大切なお話し合い?
(まぁいい。どうせ「危険だからお外に出ちゃダメよ」とか、そういう過保護なルールが追加されただけだろう。俺にとっては、家の中で引きこもれる大義名分ができるから願ったり叶ったりだ)
俺は極上の笑顔(+10pt)を浮かべながら、席についた。
心の中は、かつてないほどの平穏と自信に満ち溢れている。
どんな些細な問題が起きようとも、簿記1級と三ツ星シェフの論理的思考、そして『善行型ネット通販』を駆使すれば、全てをローリスクで解決できる。
俺の『スローライフ(黒字経営)』は、もはや盤石だ。誰にも崩すことなどできない。
そう。俺は完全に、完全に油断しきっていたのである。
この数分後に、両親の口から放たれる『決定事項』が、俺の思い描いていた平穏な人生設計を、根底から木端微塵に粉砕することになるなどとは、微塵も思わずに――。
読んでいただきありがとうございます。
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