EP 13
轟丸降臨。AI賢者君の恐怖の見積書
深夜。
ルナハン騎士団長邸の2階、俺の部屋には、完全な静寂が降りていた。
両親はすでに寝静まり、有能な暗殺騎士である『影丸』も、万能ゴミ箱の『喰丸』も、今は俺の命によって影の中で待機状態に入っている。
ベビーベッドを卒業し、少し大きめのふかふかのベッド(地球のネット通販で買った最高級マットレス敷き)の上で、俺は一人、天井を見つめていた。
(……眠れない)
昼間にポポロ山で起きた惨劇が、脳裏に焼き付いて離れないのだ。
【召喚(大)】で呼び出した機械竜『空丸』。あいつが放った「出力1%の的当て」は、山の中腹を見事に消し飛ばし、地形を変えるほどのオーバーキルだった。
現在、ルナハン騎士団は「未知のエンシェント・ドラゴンが襲来した」と勘違いし、徹夜で警戒態勢を敷いている。父アークスも屋敷と騎士団本部を慌ただしく行き来している状態だ。
俺の平穏なスローライフは、あのポンコツ芋ジャージ女神がよこした『規格外の召喚獣』たちのせいで、常に薄氷を踏むようなバランスの上に成り立っている。
(『大』であの惨状だ。……なら、その右にあるこのタブはどうなる?)
俺は脳内に『善行型ネット通販』のウィンドウを展開し、視線を一点に集中させた。
【スキル:召喚(極)】
好奇心は猫を殺すというが、料理人という生き物は、見たことのない食材(機能)があれば、どうしても味見をせずにはいられない業を背負っている。
それに、いざという時のために、自分が保有するアセット(資産)の最大値は把握しておくのが経営者の基本だ。
「よし……。万が一、空丸以上のバカでかい兵器が出現して家を吹き飛ばさないように、今回は魔力の出力を極限まで絞り込むぞ。展開先は、空間を隔離した『亜空間』だ」
簿記1級と三ツ星シェフの繊細な感覚を総動員し、俺は魔力を針の穴を通すような精密さで練り上げ、極小の魔法陣を机の上に展開した。
「来い……【召喚(極)】!」
ポゥッ……。
眩い光が迸るかと思いきや、机の上に現れたのは、拍子抜けするほど小さな物体だった。
一片が10センチほどの、洗練された白銀のキューブ(端末)。
それがふわりと宙に浮き上がり、表面から青白い光が部屋の空間に投影された。
ピピピッ。
投影されたホログラムの光が収束し、空中に一人の『人物』を形作る。
オーダーメイドの軍服のようなスーツを完璧に着こなした、理知的で冷徹そうな青年の立体映像だ。目元には銀縁のインテリジェント・グラスが光っている。
『――システム・オンライン。生体認証クリア。主の生還を確認』
青年のホログラムが、俺に向かって深々と、そして完璧な角度(45度)で一礼した。
『初めまして、キャプテン。私は【召喚(極):轟丸】のメインシステムを統括する戦術支援AI。通称【賢者君】です。以後、キャプテンの右腕として、あらゆる戦略的・事務的サポートを担当させていただきます』
「……AI? ホログラム? お前が、最後の召喚獣なのか?」
『厳密には異なります。私はあくまで、轟丸を運用するための”頭脳”に過ぎません。本体は、現在キャプテンの指示通り、上空軌道上の亜空間にてスタンバイしております。ご覧になりますか?』
AI賢者君が指を鳴らすと、空中のホログラムが切り替わり、一つの『巨大な影』を映し出した。
「…………は?」
俺は、ベッドから滑り落ちそうになった。
ホログラムに映し出されていたのは、一匹の巨大な魔獣などではない。
それは、全長数キロメートルにも及ぶであろう、空を飛ぶ巨大な要塞……いや、『戦略空母打撃艦隊』そのものだった。
『ご説明いたします。こちらが【轟丸】本体。圧倒的な防空・対地制圧能力を誇る、空中機動要塞です。
内部には、先日キャプテンが稼働させた【機械竜・空丸】を10機、艦載機としてフル搭載。
さらに、地上制圧用として、現代小火器(アサルトライフル、対物狙撃銃、誘導ミサイル等)を完全装備した【レンジャー型ゴーレム】を20,000体配備しております。
もちろん、最終兵器として戦術核弾頭も――』
「ストォォォォォォップ!!」
俺は両手で顔を覆い、音の出ない絶叫を上げた。
空丸(マッハ3.5で山を消し飛ばすメカドラゴン)が10機!?
自動小銃を持ったゴーレムが2万体!?
おまけに戦術核!?
「バカッ! バカバカッ! どこが召喚獣だ! これただの超未来的な『軍隊』じゃないか!! なんで剣と魔法のファンタジー世界に、単独で世界を滅ぼせるレベルの近代兵器群がパッケージングされてるんだよ!!」
『キャプテン。兵力は力(資本)です。圧倒的な資本なくして、この野蛮な異世界での絶対的な平穏は約束されません。芋ジャージを着た最高責任者も、「とりあえず一番デカくてヤバいやつ詰め込んどいたわ」と供述しておりました』
あのクソ女神ぃぃぃぃぃぃっ!!
偽装工作が雑すぎる! 召喚術師の枠をトリプルスコアでぶち抜いているぞ!
だが、俺の三ツ星シェフとしてのプライドと、簿記1級の冷徹な脳細胞は、この『轟丸』という異常な戦力の前でも、一つの残酷な真実を正確に弾き出していた。
(待てよ。これだけの巨大要塞、しかもメカドラゴン10機に、2万体のゴーレム部隊。それらを稼働させ、維持するためには……)
俺の顔から、スゥッと血の気が引いていく。
AI賢者君は、銀縁メガネを中指でクイッと押し上げながら、にっこりと完璧な営業スマイルを浮かべた。
『流石はキャプテン。既に当艦隊の”課題”にお気づきのようですね。それでは、本題に入らせていただきます』
賢者君が空中で手をスワイプすると、俺の目の前に一枚の巨大な『デジタル請求書(見積書)』が展開された。
『こちらが、轟丸および空丸を運用するための、今月の【維持・運用費用のお見積り】となります』
俺は震える目で、その項目と数字を追った。
・空母轟丸:反重力機関アイドリング維持費
・空丸10機:プラズマジェネレーター冷却液および魔力充填費
・レンジャーゴーレム2万体:関節駆動オイル交換および弾薬補充費
・AI賢者君:クラウドサーバー通信維持費
そして、その一番下、太字で書かれた『月額合計金額』。
「…………ッ!!?」
声が出なかった。
ゼロの数が多すぎる。あまりにも桁が違いすぎる。
金貨換算で提示されたその金額は、俺が前世の知識で知っている『アメリカ軍・第7艦隊』の年間維持費すらも遥かに凌駕する、国家予算レベルの天文学的な数値だった。
「は、はぁぁぁぁっ!? な、なんだこのふざけた金額は! ぼったくりバーでもこんな請求書出さねぇぞ!」
『適正価格です、キャプテン。これでも初月無料キャンペーンと、法人割引を適用しております』
「割引されてこれかよ! 払えるわけないだろ! 俺は5歳だぞ! 全財産はお小遣いの銅貨数枚と、善行ポイント【710pt】だけだ!」
飲食店経営において、固定費(家賃や人件費)の高騰は即倒産を意味する。
こんな維持費が毎月かかっていては、スローライフどころか、俺は異世界に転生してわずか5年で、前代未聞の『自己破産(しかも超巨額の負債)』を抱えることになってしまう!
利益(平穏)を生み出さない過剰な設備投資(オーバースペック軍隊)など、不良債権以外の何物でもない!!
「クーリングオフだ! 今すぐこの艦隊を返品しろ! もしくは稼働を永久凍結だ!」
俺が叫ぶと、AI賢者君は少し困ったように眉を下げたが、すぐに優秀なコンサルタント特有の、あの『悪魔の微笑み』を浮かべた。
『キャプテン、ご安心ください。当機は既にキャプテンの生体認証と紐付いており、返品はシステム上不可能です。しかし……優秀な私(AI)は、この莫大な運用費用を確保するための、極めて合理的かつ迅速な【ビジネスプラン】を既に策定しております』
「……ビジネス、プラン?」
嫌な予感しかしない。
賢者君の背後のホログラムに、ファンタジー世界の大陸地図が広がり、一つの巨大な国が赤くハイライトされた。
近代的な軍事力を持つ隣国、『ルナミス帝国』だ。
『はい。手っ取り早く費用を確保するために、ルナミス帝国を侵略し、国家予算を丸ごと強奪する【家族割りベーシックプラン】を推奨いたします。今なら、レンジャー型ゴーレムの制圧作戦オプションが無料で付属しておりますが、いかがなさいますか?』
深夜の子供部屋に、AIの狂気に満ちたプレゼンテーションが響き渡る。
俺は、震える手で自身のこめかみを強く押さえながら、腹の底から絞り出すように叫んだのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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