EP 12
山のピクニックと、空丸の「戦略的」オーバキル
「おーい、リアン! こっちの川の水は冷たくて気持ちいいぞ! ほら、飛び込んでみろ!」
「アークス、ダメよ! リアンのような神に愛された魔導料理人の体に、もしものことがあったらどうするの! リアンはママと日陰でピクニック・バスケットの準備をしましょうね」
前回の『結婚記念日・極上フルコース事件』から数日後。
俺たちクライン一家は、ルナハン街の郊外にある小高い山――ポポロ山の中腹へとピクニックに訪れていた。
俺の目論見であった「料理人になって厨房に引きこもる(スローライフ)」という計画は、料理のバフ効果が強すぎたせいで「騎士団特任料理長として最前線へ帯同」という超絶ブラックなキャリアパスへと変貌しかけていた。
だが、さすがに5歳の幼児を今すぐ戦場へ連れて行くわけにもいかず、現在は「将来の国家最高戦力(兼・給食のおばちゃん)」として、異常なまでの過保護環境下に置かれている。
(……やれやれ。親バカが加速しすぎて、外で遊ぶのすら監視付きか)
俺はレジャーシートの上で、マリアが切り分けたサンドイッチ(もちろん俺が地球の調味料でこっそり味を調えたものだ)をかじりながら、周囲の地形を観察した。
今日は休日。親の監視から逃れ、あの忌まわしい芋ジャージ女神から押し付けられたスキルの『未検証項目』をテストするには絶好の機会だ。
「ママ、ぼく、お花摘んでくる!」
「あら、一人で大丈夫? 迷子にならないようにね。パパはそこで川遊びしてなさい!」
俺は極上の無邪気スマイル(+10pt)でマリアの警戒心を解き、アークスが川で水浴びをしている隙を突いて、森の奥深くへと足を踏み入れた。
* * *
両親の声が聞こえない、鬱蒼とした木々に囲まれた開けた場所。
俺は周囲に魔物や人がいないことを完璧に確認し、深く息を吐いた。
俺の『善行型ネット通販』の偽装カバーとして機能している【召喚】スキル。
(小)のワームである『喰丸』は、生ゴミや証拠隠滅に特化した最強の清掃業者。
(中)の暗殺騎士である『影丸』は、料理の仕込みからDIYまでこなす有能な副料理長。
どちらも、俺の自堕落なスローライフと黒字経営を支える、極めて優秀な労働力である。
(となれば、当然期待してしまうのが【召喚(大)】だ)
『中』が人間サイズの騎士なのだから、『大』はおそらく熊や巨大な狼、あるいは輸送用のゴーレムといったところだろう。
もし輸送用の魔物が呼び出せれば、俺が歩かずとも移動できる「完全無料の自家用車」が手に入る。移動コストとカロリー消費の削減だ。最高じゃないか。
「よし、来い。俺の新たな労働力(足)……!」
俺は『中』の時よりも、さらに多めに魔力(資金)を練り上げ、前方の中空に向かって放出(投資)した。
バチィッ!!
その瞬間、空気が焦げるような音が弾けた。
地面に描かれた魔法陣……ではない。空中に、幾何学的な光のラインが展開され、空の空間をバキバキとガラスのように割って『それ』が現れた。
ズズゥゥゥン……ッ!!
着地と共に、大地が重く震える。
俺は、目の前に現れたソレを見上げて、完全に絶句した。
(……は?)
全長およそ10メートル。
太陽の光を鈍く反射する、継ぎ目のない流線型の『白銀の装甲』。
背中には鋭角的なフォルムの『巨大な可変翼』が備わり、関節部からは青白い光が明滅している。
鋭い顎と、紅く発光するセンサーカメラのような瞳。
どう見ても、ファンタジー世界に生息するドラゴンではない。
完全なるSF、超未来的な『機械竜』であった。
『――システム・オンライン。動力炉、正常。主の生体魔力波長を認証。個体名【空丸】、稼働を開始します』
機械竜の口が開き、そこからスピーカーを通したような無機質で女性的な合成音声が響き渡った。
(ちょっと待てちょっと待て! なんでファンタジー世界にメカがいるんだよ! 世界観のコンプライアンスはどうなってるんだあのクソ女神!!)
俺は頭を抱えた。
万能ゴミ箱、暗殺騎士と来て、なぜ次がメカ・ドラゴンなのか。ジャンルが迷子すぎる。
だが、呼び出してしまったものは仕方がない。俺は三ツ星厨房で培った「どんなトンデモ食材でもとりあえず味見はする」という精神で、空丸に向き合った。
「ええと、空丸。お前は空を飛べるのか?」
『肯定。大気圏内での最高巡航速度はマッハ3.5。光学迷彩による完全ステルス飛行も可能です。主の移動用プラットフォームとして運用できます』
(マッハ3.5!? オルウェル内務官の魔導列車より速いじゃないか! しかも光学迷彩付き! これなら親にバレずに世界中どこへでもタダで旅行できるぞ!)
俺の脳内ソロバンが、莫大な交通費削減の試算を弾き出し、歓喜の音を立てた。
素晴らしい。空丸は俺の求める『究極の自家用車』としてのスペックを完全に満たしている。
「よし、移動能力は完璧だ。ついでだ、念のためお前の『出力』も確認しておきたい。もし襲われた時の護身用として使えるか見たいからな」
俺は、森の奥にそびえ立つ、直径5メートルほどある巨大な岩山を指差した。
「あの岩に、軽く的当てでもしてみろ。威力が知りたい。そうだな……『卵の殻をパリッと割る』くらいの出力で頼む」
『命令を受理。出力テストを開始します』
空丸の紅いセンサー・アイが、鋭く光った。
『――索敵システム起動。ターゲットを確認。……マルチロックオン・システム展開』
ウィィィィン、という駆動音が響き、空丸の両翼と肩部から、無数の銃口のようなものが展開された。
空中に、俺の目にもはっきりと見える、無数の赤い照準が浮かび上がる。
その数、ざっと100。
ターゲットである岩山だけでなく、その周囲の地面、生えている大樹、さらには山の中腹の斜面一帯にまで、赤いマーカーがびっしりと貼り付いた。
(……え? マルチロックオン? 卵の殻を割るって言ったよね?)
俺の嫌な予感が、最高潮に達した。
『――対地殲滅プラズマ砲、出力1%。ファイア』
「ストォォォォォップ!!」
俺の絶叫は、轟音にかき消された。
カッ……!!
空丸の全身から、太陽を直接持ち込んだかのような、目も眩むような白光が放たれた。
100の銃口から射出されたのは、炎でもレーザーでもなく、純粋な『プラズマエネルギーの奔流』であった。
ズガァァァァァァァァァァァンッ!!!!
耳をつんざく爆音。
森の木々が吹き飛ぶのではない。プラズマの超高温に触れた瞬間、水分が瞬時に蒸発し、炭化する暇すらなく『素粒子レベルで消滅』したのだ。
俺が的として指定した直径5メートルの岩山は、バターのように溶けて蒸発し、その背後にあった山の中腹が、文字通り『スプーンでえぐり取られた』ように、綺麗に半円形に消え去っていた。
「…………」
静寂。
パラパラと、プラズマの余波でガラス化した土の破片が降ってくる。
目の前には、ファンタジー世界には絶対にあってはならない、見事なクレーター(更地)が広がっていた。
『テスト終了。主よ、出力1%での軽度な的当て(卵割り)を完了しました。評価をお願いします』
「…………」
俺は、白目を剥きかけた。
(山が……ハゲた……?)
脳内ソロバンが、凄まじい勢いでエラー音を吐き出している。
山林の不法伐採。自然破壊。器物損壊。地形変化による生態系への悪影響。
もしこれが日本の法律なら、俺は間違いなく数億円単位の損害賠償と懲役刑を食らうレベルの大犯罪者である。
「バカッ! どこが卵割りだ! オーバーキルにも程があるだろ!! こんなの護身用じゃない、ただの戦略兵器だ!!」
『疑問。我が主。卵とは、星(惑星)の地殻の比喩ではないのですか?』
「どんなスケールで料理してんだお前は!!」
ズズズズズ……ッ。
遅れて、山全体が先ほどの衝撃を処理しきれずに、大きな地震のような揺れを起こし始めた。
(ヤバいヤバいヤバい!! 親が来る! この惨状を見られたら、「やっぱり魔王が攻めてきたんだ! リアンを王宮に保護させろ!」って絶対になる!)
「空丸! 即時撤退(送還)! 二度と俺の許可なく火器管制を開くな!!」
『御意。スタンバイ・モードに移行します』
空丸の巨体が光の粒子となって虚空に消えた瞬間、俺は全速力で(幼児の足なりに)来た道を駆け戻った。
背後で、ガラス化したクレーターからモクモクと煙が上がっているのが見えたが、見なかったことにする。企業の不祥事は、隠蔽できるうちは全力で隠蔽するのが鉄則だ。
「ママーッ! パパーッ!」
俺がレジャーシートの場所まで戻ると、アークスとマリアは完全に臨戦態勢に入っていた。
アークスは大剣を抜き放ち、マリアは杖を構えて山の中腹の煙を睨みつけている。
「リアン! 無事か! よかった……!」
「パパ、今の地震、おっきな音、なにぃ!? 怖かったよぉ!」
「案ずるな! 父さんがついている! だが……今の熱量と破壊の跡。まさか、伝説のエンシェント・ドラゴン級の魔獣がこの山に……!?」
「アークス、すぐに騎士団に警戒態勢を敷かせるわ! リアンは絶対に私たちが守り抜いてみせる!」
両親は、震える俺を強く抱きしめながら、山の更地を険しい顔で睨みつけている。
俺はマリアの胸の中で、必死に作り笑いを浮かべながら、背筋に冷たい汗を流していた。
『ピロリン♪』
【システム:戦略兵器の脅威から家族のもとへ無事生還し、親の保護欲求を満たしました。+20pt】
【現在の善行ポイント:710pt】
(……嬉しくない)
【召喚(大)】であのレベルの大量破壊兵器だ。
ならば、あのタブの一番右端にある【召喚(極)】を開いたら、一体何が出てくるというのか。
俺は己のスキルの抱える『負債』のデカさに震えながら、とりあえず今夜の夕食は、ストレス発散のためにポイントで高い地球のスイーツを買おうと固く心に決めるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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