EP 11
三ツ星シェフの恩返し~極上フルコースと、親バカの到達点~
現在、俺の保有する『善行ポイント』は【390pt】。
5歳児の小遣い(内部留保)としては、破格の莫大な資産である。
今日という日は、クライン家において非常に重要な意味を持つ日だった。
父アークスと母マリアの『結婚記念日』である。
例年であれば、アークスが街で一番高いレストランを予約してマリアをエスコートするのだが、今年は違った。
俺は数日前から、この日に向けて綿密な『事業計画』を練っていたのだ。
(これまでの俺のミス……魔法や剣術における『オーバースペックの露呈』は、両親に「将来は偉大な魔闘剣士」という過剰な期待を抱かせてしまった)
このままでは、将来的に魔王討伐だのダンジョン探索だのといった、超絶ブラックでハイリスクな労働環境に叩き込まれてしまう。スローライフ崩壊の危機だ。
この流れを断ち切るための起死回生の一手。
それが、『圧倒的な料理の才能を見せつけ、キャリアパスを料理人へと強制的にピボット(方向転換)させる』という作戦だった。
「料理人になれば、前線で命を懸ける必要はない。しかも、三ツ星レベルの腕前を見せつければ、両親も『この才能を戦場で散らすのはもったいない』と判断するはずだ……!」
完璧な論理である。
俺は両親が記念日の贈り物(魔導具のペアリングらしい)を買いに街へ出ている隙に、屋敷の厨房へと足を踏み入れた。
「さぁ、厨房(戦場)の時間だ。出勤しろ、俺の右腕たち」
パチンと指を鳴らす。
足元の影から漆黒の暗殺騎士『影丸(中)』が音もなくせり上がり、同時にポンッという気の抜けた音と共に万能ゴミ箱の『喰丸(小)』が現れた。
『……ご命令を、我が主。今日はどの標的の首を刎ねますか?』
「首を刎ねるのは、この『ロックバイソン(牛型魔獣)』のサーロイン肉だ。影丸、お前は今日から暗殺者ではない。三ツ星レストランの副料理長だ。俺の指示にコンマ1秒の遅れもなく従え」
『……イエス、シェフ!』
影丸が、殺気ではなく料理人としての凄まじいオーラ(熱気)を放ちながら、まな板の前にスタンバイした。
俺は脳内の『善行型ネット通販』のウィンドウを開き、惜しげもなく溜め込んだポイント(資本)を投下した。
・『地球産:最高級・特選丸大豆醤油』……50pt
・『地球産:三ツ星レストラン御用達・発酵無塩バター』……80pt
・『地球産:ヒマラヤ岩塩&粗挽きブラックペッパー』……30pt
・『地球産:熟成バルサミコ酢』……40pt
計200ptの莫大な設備投資(CAPEX)である。
だが、この投資が生み出す未来の平穏を考えれば安いものだ。
虚空から次々と現れる地球の高級調味料を調理台に並べ、俺は腕まくりをした(5歳児の短い腕だが)。
「よし、影丸! まずは前菜だ。『ピラダイ(鯛に似た凶暴な肉食魚)』のカルパッチョ。身を極限まで薄く、透き通るようにスライスしろ! 刃の入れ方は細胞を潰さないように引き切りだ!」
『シャァァァッ!』
影丸のシャドウクロウが閃き、空中でピラダイの身が芸術的な薄造りとなって大皿に舞い降りる。
「次はスープ! 『トライバード(三徳鳥)』のガラから取ったブイヨンに、俺の魔力で極限まで火入れをしてアクを飛ばす。喰丸! 出たアクと脂は全部吸い込め!」
「きゅぽっ!」
俺が指先から放つ青い炎(ロスゼロの超絶温度管理)で鍋を煮立たせ、浮いてきたアクを喰丸が一滴残らず吸引していく。
そして、メインディッシュ。
分厚いロックバイソンのサーロイン肉。
この世界の肉は旨味は強いが、総じて筋繊維が硬い。
「影丸、肉の表面に1ミリ間隔で隠し包丁を入れろ! その後、俺が地球産の岩塩とペッパーでマリネする!」
『ハッ!』
厨房の中は、まさに完璧なオペレーションで回っていた。
前世、数え切れないほどの修羅場を潜り抜けてきた俺の指揮と、文句一つ言わずに完璧な作業をこなす影丸の包丁捌き。
これこそが、俺の思い描いていた究極の厨房だ。
* * *
夕刻。
ご機嫌な様子で帰宅したアークスとマリアは、ダイニングに足を踏み入れた瞬間、その場に釘付けになった。
「な、なんだこの……信じられないほど芳醇な香りは……!?」
「アークス、見て。テーブルの上が……!」
そこには、純白のテーブルクロスが敷かれ、銀の燭台に火が灯り、見たこともないほど美しく盛り付けられた料理の数々が並んでいた。
そして、そのテーブルの傍らには、子供用の踏み台に乗って蝶ネクタイを締めた俺が、恭しく一礼して立っている。
「パパ、ママ。結婚記念日、おめでとう。ぼくからのお祝いのディナーだよ」
極上の笑顔(+10pt)と、完璧なギャルソンのお辞儀。
「リ、リアン……お前が、これを全部一人で作ったというのか……!?」
「こんなに小さな手で……私たちのために……っ」
すでに両親の目は涙で潤んでいる。
よし、掴み(顧客の期待値コントロール)は完璧だ。
「さぁ、冷めないうちに食べて。まずは前菜、『ピラダイのカルパッチョ、熟成バルサミコと醤油のソース』だよ」
二人が震える手でフォークを取り、薄造りの魚を口に運ぶ。
その瞬間。
「「…………っ!!??」」
アークスとマリアの動きが、完全にフリーズした。
無理もない。この世界には存在しない地球の『熟成バルサミコ酢』の芳醇な酸味と甘み、そして『特選醤油』の圧倒的なアミノ酸(旨味)が、ピラダイの淡白な身のポテンシャルを限界突破させているのだ。
「な、なんだこれは……! 舌の上で魚が泳いでいる! いや、それ以上に、この黒いソース(醤油)の深く、それでいて包み込むような旨味はなんだ!?」
「美味しい……! 噛むほどに旨味が弾けて、お花畑にいるみたい……!」
前菜だけで二人は号泣し始めた。
俺は間髪入れずに、熱々のスープを提供する。
「『トライバードの黄金コンソメスープ』だよ」
「……ッ!! 透き通っているのに、鳥の命そのものを飲んでいるかのような重厚なコク! しかも、一切の雑味がない!」
そして、いよいよメインディッシュだ。
「『ロックバイソンのステーキ、特製ガーリック・バター醤油仕立て』です」
俺が青い炎(魔力)を使って完璧なミディアム・レアに火入れした分厚い肉。
その上に、地球の『発酵無塩バター』と『特選醤油』、そしてニンニクを煮詰めた暴力的なまでに食欲をそそるソースがジュワァッと音を立てて絡んでいる。
アークスがナイフを入れる。
影丸の完璧な隠し包丁と、俺の絶妙な火入れのおかげで、あの硬いロックバイソンの肉が、まるでプリンのようにスッと切れた。
パクリ。
肉を咀嚼した瞬間、アークスの全身から、ドバァァァッ!!と凄まじい黄金の闘気が立ち昇った。
「う、うおおおおおおおおっ!!??」
「アークス!? ちょっと、家の中で闘気を全開に……きゃあっ!?」
マリアも肉を口にした瞬間、彼女の周囲に魔力の竜巻が発生した。
「マ、マリア! 俺の闘気が……湧き上がってくる! この肉、いや、この『黄金の脂』と『漆黒の雫(醤油)』の組み合わせ……! 食べた傍から、筋肉の繊維一つ一つに力が爆発的に充満していくぞ!!」
「信じられないわ……! 魔力の通り道が、一気に押し広げられたみたい! これ、ただの料理じゃないわ! 伝説のエリクサーに匹敵する『奇跡の霊薬』よ!!」
(……は?)
ダイニングの隅で、俺は呆然と立ち尽くした。
いや、ただのバターと醤油だ。
確かに俺の魔力で火入れはしたし、影丸のシャドウクロウで細胞は切ったが、霊薬なんて一滴も入れていない。
ただ単に、『異世界の強靭な魔獣の肉』と『地球の洗練された極上調味料』、そして『三ツ星シェフの完璧な調理技術』が奇跡的な化学反応を起こし、彼らの肉体のポテンシャルを限界突破させてしまっただけだ。
だが、興奮状態の二人は、もはや俺の想定の遥か斜め上を飛翔していた。
「リアン! お前……こんな凄まじい才能を隠していたのか!!」
アークスが、ガタッ!と椅子を蹴立てて立ち上がり、俺の両肩をガシッと掴んだ。
「父さんは間違っていた! お前を前線で剣を振るうただの騎士になど、してはいけなかったんだ!」
(おおっ!?)
俺の心の中で、歓喜のファンファーレが鳴りかけた。
そうだ、その通りだ! 俺に危険な仕事などさせず、安全な厨房を与えてくれ!
「この圧倒的な回復力と、バフ効果を持った料理……! お前は、伝説の『神宮魔導料理人』の生まれ変わりだ!!」
「えっ」
「決めたぞ! この料理の力があれば、ルナハン騎士団は無敗の軍団となる! リアン、お前は明日から騎士団の特任料理長として、全軍の強化メシを作るんだ!! もちろん、遠征にも帯同してもらうぞ!! 最前線でこの肉を食えば、魔王軍など恐るるに足らん!!」
「そうね! 将来は王宮の筆頭宮廷料理長として、国を揺るがす権力を手にするのも夢じゃないわ!!」
「…………」
俺の目の前が、真っ暗になった。
(ち、ちが……)
俺が望んでいたのは!
「料理の才能があるから、おうちで安全に、趣味でご飯を作ってていいよ」という、ぬるま湯のようなスローライフだったはずだ!!
それがなんだ! 『特任料理長』? 『遠征に帯同』? 『国を揺るがす権力』!?
前世の三ツ星厨房よりも、遥かにスケールのでかい過酷な労働環境(しかも戦場)へのキャリアパスが、今、完全に確定してしまったのである!
『ピロリン♪』
【システム:両親に前世の全てを懸けた『三ツ星の味』を提供し、魂レベルの感動と肉体強化をもたらしました。超特大ボーナス+500pt】
【現在の善行ポイント:690pt】
脳内に鳴り響く、過去最大のポイント獲得を知らせる無慈悲な電子音。
俺は、完璧に焼き上がったロックバイソンのステーキを見つめながら、己の『料理人としての業の深さ(一切の手抜きができない性質)』を、ただただ呪うしかなかった。
優秀すぎる男の悲哀は、異世界においても決して拭い去ることはできないらしい。
読んでいただきありがとうございます。
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