第75話 奴隷の歌姫
リリをレナールに預けて、ジン達は従車に乗り込んでいた。
ロイスは乗り込む足を止め、レナールの屋敷の入り口を見つめる。
その顔には、不安な表情を浮かべていた。
「ロイス、出るよ。」
「うん・・・。」
ロイスは返事はするものの、屋敷から視線を外さなかった。
「お姉様、どうかしたの?」
フリーシアが席から立ち上がり、ロイスの側に行こうとした時、「ううん、なんでもない。」そう言うと、従車に乗り込んだ。
「まずは従車宿に行こう。それからギルドだ。」
「そうね。」
従車はレナールの屋敷を出発し、従車宿を目指す。
その間、ロイスは少し俯き、浮かない表情をしていた。
「リリ、大丈夫かな・・・。」
ロイスはぽつりと呟いた。
「お姉様・・・。」
フリーシアはロイスの背中にそっと手を添える。
「きっと大丈夫よ。」
「でも、レナール伯爵のあの目、なんだか嫌な感じがしたの。」
「私もよ・・・。」
フリーシアはジンに視線を向ける。
ジンは小さく頷いた。
すると、すぐにロイスに視線を戻して続けた。
「もし、何かあったら私達で何とかしましょ。」
フリーシアはロイスに笑いかけた。
「フリーシア・・・。」
「不安があるならまた屋敷に行けばいいさ。」
ジンもロイスに笑顔を向ける。
「そうだね、私も考え過ぎかも知れないもんね。」
ロイスは顔を上げ、二人に笑顔を送った。
ジン達は従車宿の場所を聞きながら街を走る。
暫く街の大通りを走ると、そこに従車宿があった。
従車を預け、店主にギルドの場所を訪ね、ジン達三人は徒歩でギルドへと向かう。
大通りは大きな円を描く様にゆったりとカーブしている。
道沿いには様々な店が佇み、道は人々が行き交い、従車も引っ切り無しに走っていた。
歩きながら、ロイスはふと、思い起こす。
あれ?
こういう時、いつもならフリーシアが腕にくっついて歩きたがるのに、今日は無いな・・・。
ロイスの日常になっていたフリーシアがくっついて来ることが無くなったことに気付き、少しだけ寂しい気持ちになった。
「ロイス?」
ロイスが浮かない顔をしていることに気付いたジンがロイスに声をかける。
「えっ!?」
「なんかまだ浮かない顔してたから、リリが心配なのかと思って。」
「う、ううんん!大丈夫、別に何もないよ!」
ロイスは慌ててジンに笑顔を向ける。
「そっか、ならいいんだけど。」
やだ、私、顔に出てたのかな!?
ロイスは首を振ると、改めて街の景色に視線を移す。
ジン達三人はあちこち見回しながら歩いていた。
暫く歩いて行くと、突然ロイスの歩みが止まった。
「歌が聞こえる・・・。」
「歌?」
ジンとフリーシアも立ち止まり、そっと耳を澄ます。
微かだが、誰かが歌っている声が聞こえた。
「聞こえた!」
「ええ、聞こえたわ。」
「行ってみよう。」
三人は歌声のする方へ歩みを進めた。
暫く歩くと、カーブの先から人だかりが見えて来た。
ジン達は人だかりの後ろから中心を覗く。
「さぁさぁ皆さん!歌姫の大舞台だよ!今宵も歌声が街に響き渡る!ご静聴願いますよぉ!!」
ガタイのいい男が人々に語りかけ、バケツを前に置く。
その後ろには、とても大きな何かをでかい布が覆っている。
ガタイのいい男が、その布を勢いよく引っ張ると、中から出て来たのは檻の荷車だった。
その檻の中に一人の少女が座っていた。腰より長い、風に揺れる翡翠の髪に、モフっと柔らかそうな猫の様な耳が覗いており尻尾がゆらゆらと揺れている。
手首と足首には枷がつけられ、鎖で繋がれていた。
少女は胸の前で手を組み、目を閉じて俯いており、ガヤが落ち着くと、顔を上げて目を開く。
その瞳はまるで引き込まれる様な澄んだ翠玉の輝きをしていた。
「奴隷ね・・・。」
フリーシアはその姿を見てぽつりと呟いた。
少女はゆっくりと息を吸い込み、遠くを見て声を出す。
その旋律は透き通る様に風に乗り、美しい旋律が静まり返った通りの人々を通り抜ける。
胸の奥に直接触れる様な、そんな不思議な感覚が広がる。
気が付けば周囲のざわめきは完全に消え、誰もがその場に立ち尽くし、聞き入っていた。
「この歌って・・・。」
ロイスはその歌声に、思わず一歩前に出る。
「ロイス?」
ロイスは振り返ってジンを見る。
「この歌、グルナーレを出る時に聞こえた歌なの・・・。」
ジンはその言葉に少しの驚きを見せた。
「そんな、でも・・・。」
「魔獣と戦ってる時にも聞こえたの。」
それを聞いたフリーシアが思い出す。
「確かに、グルナーレで従車に乗り込む時、お姉様がそんなこと言ってたわ・・・。」
「うん、なんだか不思議・・・。」
三人は不思議そうにその少女を見つめる。
ジンはふと、周囲を見渡す。
誰もが興味深そうに少女を見つめていた。
まるで、それが当たり前かの様に・・・。
ジンがふと、フリーシアに視線を向けると、その瞳から涙が溢れ、頬を伝っていた。
「フリーシア?」
その歌声は、不思議とフリーシアの胸の奥に響き、ずっと閉じ込めていた何かを揺さぶっていた。
フリーシアはジンの呼びかけに我に返った。
「あれ?何で私泣いてるの・・・?」
フリーシアは慌てて涙を拭き、見られない様にしようとする。
しかし、その意志とは無関係に涙は止まらなかった。
ジンは戸惑いを隠せず、慌てて声を掛けようか背中を摩ろうか悩んでいた。
「ジン、大丈夫だから。なんでもないから。」
ジンはフリーシアの言葉を半分鵜呑みにし、半分気にしながら歌を聞いた。
そしてその少女は檻の中から、歌いながら人々を見渡す。
その目に止まったのは、白い髪をした薄紫色の瞳をした少年だった。
少女は歌い終わると、頭を下げた。
観客たちは声を上げ、頭の上で手を叩いて拍手する。
観客達はお金をバケツに投げ入れた。
「さぁさぁ!まだまだ歌うよ!しっかり聞いて行って下さいよぉ!」
少女は歌い終わり、胸に手を当てて小さく息を吐くと、僅かに肩の力が抜ける。
「ロイス、フリーシア、ギルドに向かおう。」
ジンは二人の肩を叩いて現実に戻した。
「そうだった!」
ジン達三人はその場を後にし、ギルドへ向かう。
少女はジンがここを離れて行くことに気付き、目で後を追い、小さな右手をジンの背中に伸ばす。
それはまるで縋るかの様に・・・。
しかし、その手はジンに届くことは無く、少女は力なくその手を下ろした。




