第74話 レナール街
夜の名残を引きずる様に、朝もやが地面を覆い始めていた。
空はゆっくりと淡いピンク色に染まりつつある。
ジンは焚火の火を消し、従車で寝ている三人んを起こしに行く。
ドアを開くと、仲良く三人が毛布に包まり、肩を寄せ合って寝ていた。
ジンはその姿を微笑ましく思い、起こすのを躊躇したが、ロイスとフリーシアを揺する。
「ロイス、フリーシア・・・。」
ジンは小声で二人を起こす。
「ん・・・。」
フリーシアはゆっくりと目を開き、ロイスは眠たい目を擦った。
「二人共、出発するよ。」
「うん、起きる・・・。」
ロイスとフリーシアは毛布から出て来て、ロイスは太腿を枕にリリをそっと、横にしてあげた。
従魔は前足を高く上げ、低く唸ると地面を力強く蹴り動き出す。
ジン達はレナールの街を目指し、村を後にした。
太陽が一番高い所から少し傾き始めた頃、レナールの街が見えて来ると、従車の窓からロイスとリリが街を覗き込んでいた。
円形の外壁に囲まれた、大きな街だ。
外門の前には二組が並んでいて、順番に検問を受けていた。
ジン達の番になると、フリーシアが王女の証である首飾りを見せる。
「フッ、フリーシア様!」
憲兵たちは皆、頭を下げた。
「すぐ近くの村で魔獣の被害が出ていたわ。憲兵が何人かやられているのも見た。避難民が来ているはずよね?」
「はっ!村人からの要請を受け、十人程派遣しましたが誰も返って来ず、我々の手に余ると判断し、ギルドに任せております。村人はレナール様が丁重に扱うようにと、屋敷で保護しております。」
「分かったわ。レナール伯爵に合わせて頂戴。」
「かしこまりました。すぐにお伝えします。そのまま従車で屋敷に向かって下さい。」
ジン達四人は従車に乗り込み、外門を抜けて街へと入った。
「フリーシア、そう言えば地図を開いた時もすぐにレナールって言ってたけど、領主と面識が?」
「私は無いわ。ただ・・・。」
フリーシアは少し俯いて続けた。
「黒い噂はよく耳に入ってたわ。」
「黒い・・・噂?」
ロイスがフリーシアに聞き返した。
「ええ。税を不当に徴収したり、中には関係ないかもしれないけど、住民が失踪したりしてるの・・・。」
「住民が失踪!?」
ジンの驚きの言葉に、フリーシアは頷いた。
「ええ、でも噂に過ぎないわ。ほんとか嘘かも怪しいことよ。」
「でも、村人の避難民は屋敷で丁重に扱ってるって言ってたわ。リリ、お父さんとお母さんが居ると良いね。」
ロイスはリリの頭を優しく撫でた。
リリは嬉しそうにロイスを見ている。
一方、レナール伯爵家では、王女が来たという情報を秘書がレナールに伝えている頃だった。
「何だと?フリーシア王女がお見えに?理由は?」
「それはわかりません。」
「孤独の凍絶の魔女が今更ここに何故・・・。」
レナールは眉間にしわを寄せ、怒りを露わにしていた。
ジン達一行は話をしている内に、レナール伯爵の屋敷に到着すると、四人は従車から降りた。
階段に複数人のメイドが頭を下げており、四人は迎え入れられる。
大きな扉が開かれると、レナール伯爵が頭を下げて待っていた。
「これはこれは、フリーシア王女殿下。初めまして、私、ドリドレ・レナールと申します。」
「ご丁寧にありがとう。私は、フリーシア・エル・イリシアよ。」
フリーシアはスカートを両手で持って少し上げ、頭を下げて挨拶した。
レナールは頭を上げるなり、すぐに言葉を発する。
「フリーシア王女殿下、この度はどの用事で?」
「ええ、ここへ来る途中、魔獣に襲われた村を通ったわ。避難民をここで保護してると聞いて来たの。この子、リリが家に一人、取り残されてたから、保護して欲しくて。」
リリはロイスの後ろにぴったりとくっついて隠れていた。
「リリ、さあ、おいで?」
フリーシアがリリを呼ぶと、走ってフリーシアの後ろにくっついて隠れる。
「ほう、この子が・・・。可哀そうなことに・・・。」
レナールは優しい表情を浮かべながら、顎に手を当ててリリの容姿を観察していた。
何も言葉にせず、値踏みする様にリリの全身をゆっくりと見回した。
リリはその視線を感じたのか、フリーシアの後ろに完全に隠れてしまう。
「おやおや、嫌われてしまいましたかね・・・。」
レナールは小さく息を吐くと、肩を落とし、残念そうな表情を浮かべる。
「分かりました。こちらで保護させていただきます。脅威が退き次第、村を立て直す予定にございますゆえ・・・。」
「魔獣なら倒したわ。」
フリーシアはレナールの言葉を遮った。
「何と!流石、フリーシア王女殿下。うちの憲兵では歯が立たなかったゆえギルドに依頼していた所です。」
「そう、分かったわ。ではギルドに向かうとしましょう。」
フリーシアがしゃがんでリリに視線を送る。
「リリ、ここでお別れね。ここなら大丈夫、村の人も居るから安心して。」
リリは大きく頷く。
「私も寂しいけど、また村に戻れる日が来るから。また遊びに来るからね。」
ロイスはリリの頭を優しく撫でた。
「さぁ、こちらに・・・。」
秘書が手を差し伸べた。
リリはロイスとフリーシアから離れ、秘書の元へ向かう。
こちらを振り返り、手を振った。
「お姉ちゃん達ありがとう!また遊びに来てね!」
ジン、ロイス、フリーシアは手を振り返した。
「必ず行くからね!」
最後にロイスがリリに声をかけた。
三人はリリをレナールに預けたことでホッとし、館から外に出る。
「ドリドレ様・・・。」
秘書がレナールを呼びかけた。
正面扉が閉じる音が重く響く。
扉が閉まり切った途端、笑顔を消した。
「ああ、ぶち込んでおけ。」
その声は先程とは違い、低く、冷たかった。
「はい・・・。」
秘書は片手を胸に添え、頭を下げた。




