第73話 2つの意志
ゼンの手で真っ二つにした魔獣は力なく倒れ、切り口から黒い塵となり、消えて行く。
残った二体の魔獣は、低く唸ると、ゼンを見据える。
ゼンはゆっくりと歩きを進め魔獣との距離を詰める。
距離を縮めるにつれ、じりじりと魔獣は後ずさった。
「水神の刃閃」
ゼンは腕を右下から上に振り上げる。
音が遅れて響き、地面に細い線が走る。
瞬時に魔獣を、真っ二つにすると、その奥にあった家まで切り裂いた。
二体目の魔獣が霧散していく中、ゼンは魔力武器化で剣を作り出す。
魔獣はゼンに向かって走り、飛び掛かる。
「見えてるさ。」
ゼンはそれを待っていたかの様に剣を持ち上げると、魔獣の胸に突き立てる。
そのまましゃがんで魔獣を避けると、その魔獣は着地せずに勢いよく地面を滑った。
三体目の魔獣もそのまま黒い塵となり、魔晶石だけを残して消え去った。
「ゼン!」
ロイスとフリーシアがゼンの元へと駆け寄って来た。
「怪我は無いの?ゼン。」
フリーシアはさっき魔獣にやられた傷の心配をしていた。
「ああ、入れ替わった時に回復した。バキバキだったから時間は掛かっちまったがな。」
ゼンは右手に視線を落とし、、手を握って開いてを繰り返した。
「でも、何でゼンが?」
ロイスはゼンを見て首を傾げた。
「ああ、あいつが気を失ったからな。」
「そうだったんだ・・・。」
ロイスは道にできた線と切られた家を見て、ふと、ジンを森で助けた時のことを思い出した。
「同じ切り口・・・。」
ロイスは小さく呟く。
「お姉様?」
フリーシアはロイスに視線を移す。
ロイスは切り口からゼンに視線を戻した。
「あの時、私が初めて森でジンを見つけた時、助けてくれたのって、ゼンだったのね。」
ロイスはゼンに笑顔を向けた。
ゼンはロイスの笑顔を見て視線を逸らす。
「あー、やめてくれ。言ったろ、ジンが死ぬと俺も死ぬんだ。好きで助けたわけじゃねぇ。」
ロイスは首を横に振った。
「でも、助けてくれてありがとう。」
「ロイス、お前もあいつみたいなこと言うんだな・・・。」
ゼンは肩を落とした。
「でも、まぁ・・・。記憶が戻ってよかったな。」
ロイスは大きく頷いた。
「じゃあ、俺は戻る。」
ゼンはそう言うと、フリーシアにも視線を向ける。
フリーシアは少しだけ、寂しそうな表情を浮かべていた。
ゼンは目を閉じる。
──ロイスも、フリーシアも、俺が守る。
「──なんだ、ヤナとの約束、聞いてたんだ。」
──ああ、だから・・・。
「──いや、違うよ。僕達で・・・だ。」
──ふっ、良く言えたもんだぜ。
ゼンの口角が上がった。
目を開くと、深い青色だった瞳が薄い鮮やかな紫色に変わっていた。
「二人共、心配かけた。」
「何言ってるのよ。水臭いわね。」
フリーシアは腕を組んでそっぽ向いた。
ロイスはふふっと、柔らかく笑った。
ジンは困り笑顔を浮かべ、頬を軽くかいた。
「魔獣も倒せえたし、もう安全だろ・・・。」
三人は魔晶石を拾うと、従車に戻った。
従車の中では、リリが座って眠り込んでいた。
ロイスは毛布をそっと掛けてあげると、リリが目を覚ます。
「ごめん、起こしちゃったかな?」
リリは眠たそうな顔で首を横に振る。
「魔獣、やっつけた?」
「うん、やっつけたよ。」
ロイスはそう伝えると、フリーシアと顔を合わせ、笑顔を送りあった。
「二人は寝てて。外は僕が見てるから。」
従車の入り口から顔だけを覗かせ、二人に伝える。
「うん、分かった。」
ロイスの返事を受け取ると、ジンは頷き、ドアを閉める。
ジンはそのまま焚火の前に腰掛け、薪をくべる。
「ねぇ、ゼン。まだ起きてる?」
ジンは自分の中に居るゼンに声をかける。
「─何だ?」
「いや、さっきは助かったよ。ありがとう。」
「─そんな話か。俺は寝るぞ。」
ジンは苦笑いを浮かべる。
「ゼンは、何で僕の中に産まれたのか、その原因は分からない・・・んだよね?」
「─ああ、それか・・・。それは俺にも分からん。」
「こうやって、ずっと一緒に冒険して、助けてくれて、僕思ったんだ。」
ジンは夜空を見上げ、続けた。
「正直、最初は怖かった。でも・・・。ゼンが言ってることは理屈っぽいけど正しいことで、僕が受け入れることを拒んでた。」
「─ああ、本当のことしか言ってないぜ?」
「今になって考えると、僕が挫けそうになった時、いつも声をかけてくれてたなって。」
ゼンからの返答は無かった。
「もしかして、励ましてくれてた?」
ゼンはそのことに対して沈黙を貫いた。
ジンは一人で笑った。
「こうしてゆっくり話すことも無かったから、不思議な感覚だ・・・。いつか、何で僕の内だったのか、分かると良いね。」
ゼンからの返答は、やはり無かった。
ジンは遠くを見るような目をし、ふと、ヤナの笑顔を思い出す。
「でも、僕達二人でいても、それでも守れないこともある。手の届かない所は救えない・・・。」
「─ああ。」
ジンは星空に手を伸ばし、空を掴むと腕を下ろしてその拳を見つめる。
「こんなこと言うと綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど・・・。手が届くところは必ず守りたいと思ってる。」
「─その為には、お前自身が強くなんないとな。」
「分かってる。ゼンはいつも冷静だし、強い。だから、僕もすぐに追いつくよ。」
「─ああ、楽しみに待ってる。だが・・・守れなかった時はどうする?」
ゼンのその問いに、ジンは即答できなかった。
ジンは焚火を見つめ、考え込む。
「・・・分からない。」
ジンは小さく呟いた。
「でも、ヤナと約束したんだ。ロイスを守るって。それに、ロイスだけじゃない。フリーシアも守るって自分自身に誓ったんだ。」
「─意志だけじゃ守り切れない時が必ず来る。ヤナの時みたいに・・・。」
ジンは目を閉じ、両手を強く握り締める。
「守れなかった時はきっと後悔する。だから、次は守れる様に強くなるよ。」
開いたジンの瞳に、揺らめく焚火が映し出される。
その炎は、勢いよく燃え盛り煌々と光を発していた。




