第70話 鎖の音と歌声
「はぁっ・・・!はぁっ・・・!」
狭い石畳の引かれた裏路地を、一人の少女が走っていた。
両足には足枷がつけられ、ぺちぺちと走る足音に続いて、鎖の音が路地に反響する。
「おら!待ちやがれガキ!!」
その少女をガタイのいい男が走って追いかけている。
少女は逃げながら口角を上げ、鼻歌を歌っていた。
その鼻歌は追われているとは思えない程、透き通った旋律だった──
ジン、ロイス、フリーシアは校長室に訪れていた。
「カサリス校長。今日、旅立とうと思います。」
「おお、そうか。」
カサリスは三人の顔を順番に見ると、「無事、帰って来るんじゃ。」と声をかけた。
三人は校長室を後にすると、正門の前に止めた従車へ向かう。
「ロイス、本当にいいんだね?」
ロイスは大きく頷く。
「うん!もう決めてることだから。」
三人は正門を抜け、従車に乗り込もうとした時、風が優しくロイスを撫でる。
従車に乗り込もうとしたロイスの足が止まり、空を仰いだ。
「お姉様?」
ロイスはフリーシアの顔を見る。
「なんか・・・歌声、聞こえなかった?」
フリーシアは首を傾げた。
「何も聞こえなかったわ?」
ロイスは不思議そうな表情をし、従車に乗り込んだ。
凄く綺麗な歌声が聞こえた気がしたんだけどな・・・。
ロイスはそう思いながら従車に乗り込む。
従魔は低く唸り声をあげ、力強く石畳の道を蹴った。
三人は来た道とはまた違う街の出口から出て、新たな道を選んで北へと向かう。
ジンは従車の中で地図を広げた。
ロイスとフリーシアは上からその地図を覗く。
「この道を行くと、五日ぐらいで街に着く。」
「レナールの街ね。」
ジンは頷く。
「その手前に村があるみたいだから、そこで一泊して街に向かおう。」
ロイスとフリーシアは頷いた。
日が暮れ、橙色に揺らめく空に夜が滲んでいた頃、ジン達はまだ森を抜けることが出来なかった。
「これじゃ野営できないね・・・。」
ロイスは従車の窓から外を覗く。
「夜の内に森を抜けたい。少し従魔を休憩させよう。」
ジンは従車を道の縁に止めた。
従車から降りたジンは、従魔に水を与えた。
従魔はその水を飲み干すと、道端に生えている草を食べ始めた。
ジンは従魔の体を撫でていた。
その時、森の奥から複数の刺さる視線を感じる。
森に視線を向けると、複数の火の玉がぼやりと浮かんだ。
従車を挟む様に、反対の森にも火の玉が複数浮かぶ。
ザッ、ザッ・・・。
と、人が歩く足音が聞こえて来て、森の暗闇から姿を現した。
その数、十二人程。
全員が軽微な武装をしている盗賊だった。
「にぃちゃん一人かい?」
「ロイス!フリーシア!」
全員が剣を取り、その内の一人がジンに襲い掛かる。
ジンは咄嗟に魔力武器化で剣を作り出し、一人目の太刀を防ぐ。
鉄と鉄がぶつかり、弾ける鈍い音が響く。
ジンは盗賊の剣を伝わせ、電撃を流し込む。
「がぁぁ!」
更に三人がジンに襲い掛かる。
ジンはしゃがみ、三人同時に切り伏せる。
「どうしたの!?」
ロイスとフリーシアが従車のドアを開くと、既に数人が従車を囲んでいた。
「何だ、こんなに可愛い子がいたのか・・・。」
「盗賊・・・ね。」
フリーシアはゆっくりと従車から降り、地に足がついた途端、激しい冷気を放ち、正面五人を腰まで凍らせる。
「な、なんだこいつら!」
「甘く見ないで!」
ロイスは反対の窓を開け、残りの五人に炎の球をぶつけ、後方に弾き飛ばす。
ジンは二人を見てホッと、小さく息を吐く。
「この人達、どうする?」
ロイスも従車から降りて来た。
「そうだな・・・。」
ジンは盗賊の武器を全て没収し、縄で足と手をくくって動けない様にして道の端に並べた。
「連れて行くのが一番いいけど・・・。誰かが通った時、見つけてくれるさ。」
ジンは手を二回、パン!パン!と、払った。
「お前ら、こんなことして、ボスが黙っちゃいねえぞ!」
ジンは立ち上がると、体に電気を走らせる。
バリバリという乾いた音と、紫電の閃光が瞬く。
「お前らこそ、こんな悪事を働いて、これから先普通に生きて行けると思うなよ・・・。」
魔力で圧を出し、盗賊たちをにらみつける。
その瞳は、暗闇に光る閃光で鮮やかな薄紫色に光っていた。
「ひいぃぃ!」
フリーシアは後ろで腕を組み、小さく息を吐いた。
「ロイス、炎の球を空に打ち上げて破裂させることはできる?」
「え?うん。」
「じゃ、派手にお願い。」
ロイスは頷くと、サッカーボール程の炎の球を作り出し、空へ打ち上げた。
「さ、僕達も先を急ごう。」
三人は従車に乗り込み、旅路に付いた。
「あのままで大丈夫かな?」
ロイスは窓越しに盗賊たちが残された方向を伺っていた。
「大丈夫だよ。戻ろうにもこの従車じゃ乗せきれないし、置いていくしかない。一応、ロイスの放った炎がグルナーレの誰かに見られてたらきっと来てくれるさ。」
「うん・・・。」
ロイスは少しだけ、不満な表情を浮かべ、窓を覗くことを止めた。
「さて、没収した武器、売ったらいくらになるかな?」
ジンは盗賊から没収した武器達を見て、目を輝かせていた。
「これじゃどっちが盗賊か分からないわね。」
フリーシアはロイスを見ながら肩を落とす。
ロイスは口に手を当てて、ふふっと笑った。
夕日は消え、宵闇に呑まれた頃、空の上には赤く、鈍く光照らす月が一行を見下ろしていった。




