第64話 第5層(フィフスインバース)
カサリスは眉をひそめ、伸びた顎髭に手をやり、そのまま撫で下ろした。
「しかし。そのアルヴォル・クリフォティカ・・・。相当厄介な能力を備えとるの・・・。」
「はい、三人・・・。いえ、四人で何とか撃破してます。」
ジンは少し、気にするようにロイスを見てカサリスに視線を戻す。
「それと気になることがあって・・・。僕の世界にある悪魔の樹、クリフォトを元にしているのであれば、十の数字の内で若い数字ほど上位の階層になるんです。でも、それが先に来ていることが腑に落ちない所です。」
ジンは少し俯いた。
「セカンドインバースのエンティア・・・相当強かったわ。相手の油断と、お姉様が居なければ私達は全員・・・。」
フリーシアはエンティアに貫かれたお腹に手を添え、思い出して言葉を切る。
「エンティアが言っていたわ。目的は幻の実、アルカムプルビトゥを取りに来た。何の為にかは知らないが、取ってこい・・・と。」
カサリスは、顎髭を撫で続けていた。
「ふむ・・・。目的に合わせてのアルヴォル・クリフォティカ・・・と、言うこじゃの・・・。」
ジンとフリーシアは頷いた。
ロイスは恐る恐る、ジンの服を引っ張る。
「この先、きつい戦いになるかもしれん。しかし・・・お主らがやり遂げるのじゃ。」
カサリスは三人を見据えてジン、ロイス、フリーシアに希望を託した。
その言葉が三人に重くのしかかる。
ジンは両手の拳を握り、「はい!」と、答えた。
「さて、本来はロイスの事じゃったの・・・。」
カサリスはジンに隠れているロイスに視線を送ると、軽く笑いかえた。
ロイスはそんなカサリスを見てジンに体を寄せた。
「寂しきかな、わしは怖がられとるようじゃ。」
カサリスは、ほっほっほと笑い、机に置いてある小さな水晶に手を伸ばす。
机の上に置かれた小さな水晶に手を添えると、その水晶が淡く光だす。
「カサリスじゃ。リス先生と、ヤナ・セキアを呼んで欲くれ。」
その小さな水晶は明滅しながら「分かりました。」と、答えると、光は消えていき、普通の水晶に戻る。
「今、ロイスの担当教師とヤナを呼んだ。」
すると、すぐに校内放送が流れた。
「リス先生、ヤナ・セキア。カサリス校長がお呼びです、校長室へ来てください。」
「状況が状況じゃ。近しい者と一緒におった方が良いじゃろ。」
カサリスは再び、三人に笑いかけた。
校内放送からしばらくして、校長室のドアがノックさえた。
「失礼します。」
入って来たのはヤナとリス先生だった。
ヤナの姿がロイスの目に入った時、ジンの服を掴む手に力が入った。
しかし、ジンの服をから手を離し。ジンの影から飛び出す。
「ヤナ・・・。」
小さく名前を呼ぶと、ヤナの胸に飛び込んだ。
「どうしたの?ロイス・・・。」
ロイスは答えず、少し驚いたが、ヤナは優しくロイスの頭を撫でた。
「お呼びでしょうか、カサリス校長。」
リスは丁寧に頭を下げた。
「実はロイスがの・・・。」
カサリスとリスが話している時、ジンの声が頭に響いた。
「──魔人だ。」
その瞬間、校長室の空気が・・・落ちた。
その場に居た全員に重たい圧がのしかかる。
カサリスは咄嗟に立ち上がり、壁の方へ視線を向ける。
目を細め、壁の向こうを観察する様に。
「何じゃ、この魔力は・・・。」
「カサリス校長、クリフォティカです!」
その言葉に、カサリスはジンに視線を移し、すぐにリスへと視線を変える。
「リス、脅威は街の外、すぐに避難放送をするんじゃ!学校だけでなく、街全体にもじゃ!」
「わ、分かりました!」
リスはその言葉を受け取ると、急いで校長室を出て行った。
「わしは迎撃に向かう。ジン、お主も着いて来るんじゃ。」
ジンは頷くと、フリーシアを見た。
「フリーシア、ロイスとヤナを頼む。」
「分かったわ。」
ジンはロイスとフリーシアを任せ、カサリスと共に校長室を出た。
「私達も行きましょう。」
「フリーシア、避難する時は裏庭へ逃げるようになってるの。道は私が先導するわ。」
「お願いするわ。」
「さ、ロイスも行きましょ。」
ヤナはロイスの手を引いて、校長室から駆け出し、裏庭へ向かった。
ジンとカサリスは、外に出るとすぐに空へ至る魔法を使い、クリフォティカの降り立ったと思われる方角へ向かった。
飛び立ってすぐに、街から避難警告の放送が街に響き渡る。
街の人々は驚き、慌てふためき、動揺した。
随分と空を飛び、ジンとカサリスが空へ至る魔法街を抜けた時・・・。
「──バカ!そっちじゃねぇ!」
ジンはゼンの声で空に止まった。
「そんな、まさか・・・!?」
ジンは考える間もなく、カサリスを呼びかけた。
「カサリス校長!」
「こっちはわしが抑える!お主は学校に迎え!」
カサリスはそのままクリフォティカが居るであろう方向をそのまま目指した。
ジンは胸がざわつき、学校の方を見つめた。
ロイス、フリーシア、ヤナの三人は裏庭に出て、生徒たちが避難してくるのを見守っていた。
生徒達は先生の指示に従い、滞ることなく、裏庭へと非難していた。
フリーシアはその様子を見て、そっと胸を撫で下ろす。
生徒達の非難が終わりかけた頃、ふと、生徒達のざわつきが遠のき、静まり返る。
まるで世界がそのものが、呼吸をすることを止めたかの様に・・・。
そして、生徒達は足を止め、皆が同じ空を見上げ、一点の影を見つめる。
それに気づいたフリーシアは、生徒達が見上げる空を見上げた。
「そんな・・・。嘘でしょ?」
空から一つの影が降りて来る。
日の光を反射して魔晶核が鈍く光輝く。
その輝きを目にしたフリーシアは確信した。
「何で、こんな所に・・・?」
フリーシアは思わず、助けを求める様にロイスに視線を移す。
ロイスは不安な表情を浮かべながら、空を見つめていた。
お姉様は魔法を使えない。
ここには私しか・・・いない。
お姉様とヤナを・・・。ま、守らないと・・・。
フリーシアの呼吸は早く、浅くなり、手の先が震え、足が動かなかった。
その姿はやがて影から一つの姿を現す。
まるで大地そのものを纏っているような姿に、大きな鎌を携え、黒いマントがひらつく。
白と黒が斜めに半分ずつの仮面を被り、胸には魔晶核が鈍く光輝いていた。
その場の全員の頭に何重にも重なった不気味な声が響く。
「我はアルヴォル・クリフォティカ、第5層、ウェリタス。魔力の収束域、殲滅する。」
魔人は確かにそこに存在している。
その筈なのに、距離感が掴めない。
誰かが叫んだ。
だが、その声は誰にも届かなかった。




