第62話 違う温もり
その日の夜、ジンは懐かしいベッドで横になった。
ヤナは一度帰り、ロイスの家に泊まることの許可を親からもらって、戻って来た。
ロイスの部屋から笑い声が聞こえる。
三人は楽しく話しているみたいだ。
「フリーシアとヤナ、仲良くなれたみたいで良かった・・・。」
ジンは三人の笑い声を聞きながら、安心して眠りについた。
「ジン・・・。」
暗い闇の中、上下も左右も分からない空間で、繰り返し、繰り返し名前を呼ばれる。
「ジン・・・。」
この声、覚えてる。
いや、忘れるはずがない。
「ジン・・・。」
ジンは後ろを振り向いた。
そこに立っていたのは・・・。
カリフィスだ。
ジンは目を細めてカリフィスを見るが、顔がぼやけてはっきりしない。
「なん・・・で。」
右に、左に、ゆらゆら揺れながらゆっくりと近づいて来る。
ジンは後ずさりしようとしても、足が動かない。
「この異端児め・・・。」
どんどん迫って来るカリフィスだが、後ろに壁が存在するかのようにジンは下がれない。
「お前は・・・。お前は・・・。」
ずっと一定の低い声、温度の感じられない声がジンの頭の中に響く。
カリフィスは俯いたままジンの目の前で立ち止まる。
「俺を殺した。」
言葉を言い終わると同時にカリフィスは顔を上げる。
その顔は、空洞で暗闇を吸い込みそうな目をして、血の涙を流しながら笑っていた。
「うわぁぁ!」
ジンは咄嗟に左手で押して跳ねのけると、カリフィスの右腕が宙を舞い、切断面から大量の血が噴き出す。
カリフィスは苦痛に叫びながらよろめいた。
ジンはそれを見て、目を見開き苦痛の表情を浮かべる。
カリフィスが大勢を立て直したと同時に、カリフィスの首が宙を舞い、足元にゴトリと落ちた。
カリフィスの体は糸が切れた操り人形のように倒れ込むと、その重みで流れ出た血液をビチャッと跳ねさせる。
首が転がり、カリフィスの顔が見える所で止まり、暗闇を吸い込みそうな目がジンを見つめる。
「やめろ!やめてくれ・・・。」
ジンは足がすくみ、体が震える。
「やめろ、聞きたくない!」
ジンは耳を塞ぎ、座り込んだ。
耳を塞いでいても頭に響くカリフィスの声
「お前が・・・。殺したんだ。」
「やめろぉぉ!」
ジンは勢いよく起き上がった。
「はぁっ!はぁっ!」
呼吸は荒く、はちきれんとばかりに早く鼓動が鳴り響く。
ジンは自分の左手を見つめると、その手は震えていた。
そのまま左手を顔に添え、呼吸を整える。
そして、無意識にドアに視線を向た。
誰かが来てくれるのを待つかの様に。
昔なら、すぐにドアが開いたはずだった。
ジンはドアが開かないことを理解すると、目を閉じる。
「僕は・・・。二人を守る為に・・・。」
「──ほんとにそうか?」
ゼンの声が頭に響く。
「ゼン・・・。君は・・・。」
「──結果的に守れなかったじゃないか。」
「決めたんだ!守るって・・・。」
「──そんな覚悟じゃ、誰も守れないぜ。」
「くっ!」
体の震えはいつの間にか消えていた。
ジンは力なく左手を落とした。
「はぁー・・・。」
ジンは再び呼吸を整える為、大きく深呼吸をした。
次第に早鐘の様になっていた鼓動も落ち着きを取り戻していた。
ジンはもう一度、ドアに視線を送り、左手を伸ばした。
何もない空を掴み、拳を引き寄せる。
ドアから左手の握り拳に目線を移し、眉を寄せ、歯を食いしばって目を閉じる。
「ロイス・・・。」
ジンの目じりから一筋の涙が零れ落ちた。
窓からは朝の陽ざしが柔らかく部屋に広がり、淡く照らす。
ふと、部屋のドアがノックされる。
「ジン、起きてる?」
ドアの向こうからヤナの声が聞こえた。
ジンは不意に涙を拭き「起きてるよ・・・。」と、力なく答えた。
その声に違和感を感じたヤナは、ドアを開けようかとドアノブを回そうとしたが、その手が止まる。
小さく頷くと、思い切ってドアノブを回した。
「ジン?」
「おはよう、ヤナ。」
ジンは少し無理をして笑顔を作った。
その頬に涙の痕が残っていることに気付いたヤナは目を少し大きく開け、すぐにジンのベッドに腰掛ける。
「ジン、何かあったの?」
「ううん、なんでもないよ。」
ジンは再びヤナに無理をした笑顔を向ける。
ヤナは眉間に眉をよせ、口をへの字にして怒った。
「何でもないなんて、そんなことないでしょ!そんな顔して・・・。そんな苦しそうな顔して・・・。」
「ヤナ・・・。」
ヤナの表情がすぐに心配そうな表情に変わった。
「何にもないのに、泣いたりしないでしょ・・・。」
ジンはその言葉を聞き、俯いた。
「ヤナは何でもお見通しだね。」
ジンはヤナに困り笑顔を向けた。
「ヤナにはまだ話して無いことがあるんだ。」
ジンはヤナに王都での出来事をヤナに話した。
カリフィスに会ったこと、そのカリフィスが拘束されたジンの目の前でロイスやフリーシアの体を弄ぼうとしたことを包み隠さず。
ヤナはそのことを口を覆うように手を添えて聞いていた。
その頃、ロイスとフリーシアはキッチンんで朝食の準備に取り掛かっていた。
「カリフィスが・・・。そんな・・・。」
ジンは目を伏せた。
「僕は、二人を守ろうと必死で・・・。カリフィスを・・この手で殺したんだ。」
ジンは自分の左手を見つめる
ヤナはきゅっと胸が締め付けられ、大きく目を見開いた。
「ジン・・・。」
ヤナはそう呟くと、ベッドの淵から、ジンに寄りかけ、膝立ちをしてジンを抱き込んだ。
ジンの顔が、ヤナの胸に深く埋まる。
「ずっと、抱え込んでたんだね・・・。」
ヤナは優しくジンの頭を撫でた。
ジンは目を見開き、驚いたが、目を閉じた。
「あの感触がまだ手に残ってるんだ・・・。」
「うん。」
「ずっと言えなかった。僕も苦しいんだって・・・。」
「うん。」
「本当に守れたのかって・・・。」
「うん。」
「嫌な夢を見た時、いつもロイスが駆けつけて来てくれてたんだ・・・。」
ロイスの名前を聞き、ヤナの撫でるては戸惑いを見せ、少し止まった。
しかし、ヤナは俯きながらもジンを撫で続けた。
「ずっと、苦しかったね。寂しかったね。約束・・・守ってくれたんだね。」
ジンは体を震わせ、静かに涙を零した。
ヤナの胸に温かい涙が広がっていく。
ジンの頭に顔を添えるヤナは、優しく頭を撫で続けた。




