第56話 それでも進む
「ロイス、それは・・・。」
ロイスの真っ直ぐな視線を直視できないジンは視線を横に逸らす。
ジンの腕を掴むロイスの力が少し強くなる。
ジンはロイスに視線を合わさないまま目を瞑り、沈黙した。
ロイスはジンの反応を見て俯き、目を閉じる。
ロイスの瞳に涙が溢れそうになる。
ジンは腕からロイスの手を外し、両手を握り、ロイスに視線を戻して口を開いた。
「ロイス、そんなことをしても消えないと・・・思う。」
その言葉を聞き、ロイスは顔を上げと、その瞳から涙が零れる。
「どうして!どうしてなの・・・?」
ロイスは苦しそうにジンに問いかける。
「ジン、お願い。でないとボク・・・。」
ジンは言葉の途中でロイスを強く抱き寄せた。
突然の出来事に、ロイスは言葉を失い、目を見開く。
ロイスは何か言おうと口を開くが、言葉にならず、ただ震えるだけだった。
「ごめん、ロイス。僕はこれぐらいしかしてあげられない・・・。」
本当はこんなことじゃ足りない。
分かっているのに、他に何も出来ない・・・。
強張って震えていたロイスの体からは力が抜け、全てをジンに預けた。
やっぱり、温かい。
ジンの鼓動が聞こえる・・・。
そっとジンの体に腕を回して抱きしめ返すロイス。
ジンの肩に顔を埋め、ロイスは啜り泣いた。
「ボク、怖がっだ・・・。」
ロイスからの目から溢れる涙が、ジンの肩にじんわりと温もりを帯び、広がっていく。
「もう、大丈夫。」
ジンは一言ロイスに伝えると、強く抱きしめ、優しく頭を撫でる。
ロイスは徐々に声を上げ、子供の様に声を上げて泣いた。
その声はドアの向こうにいるフリーシアにも届く。
「お姉様・・・。」
フリーシアは両手を強く握り締める。
静かな部屋にロイスの鳴き声が響き渡る中、ジンは優しくロイスを包み込んだ。
「大丈夫だよ・・・。」
ロイスは言葉にならない声をあげ、ジンの腕の中で泣き続けた。
ジンはその間、ロイスに安心できる言葉を投げかけ続けた。
その言葉は自分自身にも言い聞かせるように・・・。
次第にロイスの嗚咽が落ち着てき、肩に感じていた震えもやがて静まり、ロイスはそのままスースーと眠ってしまった。
規則正しい寝息が微かに響く。
「寝ちゃったか・・・。」
ジンは小さく呟き、そのまましばらく動かなかった。
その時、静かにジンの部屋のドアが開かれた。
ジンは驚いて視線をそちらに向けると、フリーシアが気まずそうに立っていた。
「フリーシア!?」
フリーシアはドアの前でジト目をしてジンを見る。
「あ、いや。これは・・・。」
「分かってるわ。私も、お姉様のこと気にしてたから。」
フリーシアはすぐにジト目をやめて小さく溜息を吐く。
「よかったわ・・・。」
フリーシアはそう呟くと、ロイスの隣に腰掛ける。
「さ、お姉様・・・。」
そう言うと、ロイスをジンから優しく離し、そっとベッドに寝かせて布団をかける。
その手つきはどこかいつもより丁寧だった。
ジンは二人を見て無意識に左手を握る。
「ねぇ、ジン・・・。」
「ん?」
「私も、怖かったの。あの時、何をされるのかって・・・。」
フリーシアはロイスのお腹をやっさしくポンポンしながらロイスの寝顔を見つめている。
「でも、お姉様はもっと怖かったと思うの。」
フリーシアは少し、目を伏せて続けた。
「あんなことされて、平気なわけないわ。」
フリーシアはジンに視線を向け、さらに続けた。
「私たちを助けてくれてありがとう。ゼンもそう。」
ジンはフリーシアの最後の言葉に、左の握りこぶしにさらに力が入る。
「助けたなんて言えないよ。それに・・・。」
ジンは視線を落とし、強く握りしめていた左手をゆっくりと開く。
掌には、薄っすらと爪の後が残っていた。
そのまま何も言わずにただ、静かに息を吐く。
「あの状態は仕方ないわ。それに、助けてくれたのは事実よ。」
「他にも方法はあったはず・・・。」
フリーシアは静かに首を横に振った。
「貴方がいてくれたから私たちは・・・。」
フリーシアは真っ直ぐにジンを見つめると続けた。
「それに、イルジーオの所から帰る時、私に言ったわよね?お姉様も、私も大切なんだっ・・・て。だから、ジンが本気で怒ってくれてたこと・・・。」
フリーシアは言葉に詰まってしまい、ジンから視線をはずす。
「だから、その・・・。」
少し慌てた様子を見せ、フリーシアの頬が少しだけ赤く染まった。
「わ、私は、嬉しかったわ・・・。」
フリーシアは恥ずかしそうに小さく呟き、少し俯いた。
ジンはフリーシアの様子を見て、思わずふふっと笑ってしまった。
その不器用な言葉が、どこか救いのように感じられて、少しだけ、肩の力が抜けた気がした。
「な、なによ!これでも一生懸命・・・。」
ジンはフリーシアの言葉の途中で頭を優しく撫でた。
「ありがとう、フリーシア。」
ジンの表情に笑顔が戻った瞬間だった。
「バカ・・・。」
フリーシアは頬を染めたまま少し俯くも、ジンを拒絶しなかった。
部屋には、ロイスの規則正しい寝息だけが静かに響いていた。
ロイスとフリーシアの二人を見ると、左手にあの感触がふと、蘇る。
ジンは左手を見つめる。
そこに残る、微かな痛み。
先ほどまで握りしめていたせいか、それとも・・・。
ジンはゆっくりと手を握る。
まるでそれを押し込めるように。
そして顔を上げると、ベッドで眠るロイス、その隣にいるフリーシア。
二人の姿を真っ直ぐ見つめ、心に刻んだ。
僕は人を殺めた。
でも、二人を守る為なら・・・。
もう、迷わない。
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