第55話 残る感触
部屋は静まり返り、床には血の池が広がっていた。
鉄の匂いがまだ消えない。
ジンの手はまだ震えていた。
あの感触が手から離れない・・・。
気づけばジンは二人を強く抱きしめていた。
ロイスはまだ僅かに肩を震わせていた。
フリーシアは深く顔を埋めていて、服越しに熱い何かを感じる。
「ちょ、ジン。苦しいよ。」
ジンは思わず力が入っていたことに気付かず、二人を抱きしめていた。
二人をぱっと離す。
「ご、ごめん。つい、力が入ってしまった。」
「えっち・・・。」
フリーシアは頬を赤く染め、そっぽ向いてボソッと言った。
しかし、それは安心から出て来たテレを隠す為の言葉だった。
そっぽ向いたフリーシアは僅かに目を伏せている。
「え、ええ。僕はそんなつもりじゃないよ!?」
ジンはフリーシアの言葉に慌てていたら、ロイスが顔をずいっと近づけてくる。
「ロ、ロイス?」
何かを確認するロイス。
「瞳の色が両方とも薄い紫色・・・。」
そう呟くとジンから離れる。
「それに口調もいつものジンだ!」
ロイスはその確認を終えると、ジンに微笑みかける。
しかし、その微笑みは何処かぎこちなさを残していた。
「二人共、ちょっと待ってて。」
ジンは二人をベッドに座らせると、カリフィスの子分達から服をはぎ取り、動けない様に手足を縛り付けると、その服をロイスとフリーシアにかける。
そして、倒れているカリフィスに近づき、血まみれになった服をゴソゴソと探ると、魔道具の鍵を見つける。
ジンは立ち上がり、カリフィスの遺体を見つめると、その視界は僅かに揺れていた。
僕たちが殺した・・・。
「─守る為さ。」
─だとしても、ここまでしなくてもよかった。
「─いいや、ここまでしないとまた繰り返す。」
─それでも殺す必要は無かった。
「─この先、そんな中途半端な気持ちじゃ、やっていけないぜ?」
ジンは左手を見つめた。
左手に残る感触が、強く意識に焼き付いている。
そしてカリフィスへと視線を戻すと、目を閉じた。
これは逃げる為じゃない、刻み付ける為に。
そして再び目を開くと、前を向いて歩き出した。
それでも進むしかない・・・!
二人の元へ、迷いなく歩み寄る。
ロイスとフリーシアの魔道具を外し、ようやく二人は解放された。
二人は子分の服で、裂かれた前を隠しながら立ち上がる。
三人はこの部屋を後にし、路地裏へと出て来た。
「ジン、この件は王女とその仲間の拉致監禁罪。そして貴方はそれを助けてくれた仲間。殺したことは正当防衛として、処理するように報告するわ。城へ戻りましょう。」
ジンは頷くと、ロイスに背中を向けてしゃがむ。
「ロイス、おぶさって。」
ロイスは一瞬、戸惑ったがジンの背中におぶさった。
二人は空へ至る魔法を使い、静かに路地から空中へと体を滑らせた。
城に着いた三人は、魔導部隊の隊長を応接室に呼び、フリーシアとロイスは着替えてやって来た。
フリーシアは魔導部隊の隊長に今日起こった出来事を全て話した。
「本来なら公にしないといけないけど、静かに処理して欲しいの。責任は私がとるわ。」
「承知いたしました。この件、裏で処理いたします。」
隊長は立ち上がり、一礼すると応接室から出て行った。
フリーシアは小さく溜息をつく。
「これで、何とかなりそうだわ。」
ジンは小さく頷いた。
「うん・・・。」
応接室に沈黙が訪れた。
フリーシアはジンに何か言いたげではあったものの、言葉が見つからずに口を閉じた。
ロイスも二人の様子を見ながら、少し俯いている。
ジンは二人の様子に気付いているも、何と声をかけていいかが分からず、沈黙を続けた。
少しの間沈黙が続いたが、ジンが口を開く。
「二人共、今日は疲れただろ。ゆっくり休もう。」
ジンの声はいつもより少し低かった。
二人の反応を待たず、ジンは応接室を出て自分の部屋へと戻る。
ジンは自分の部屋に入ると、仰向けで倒れるようにベッドに横になる。
静かに左腕を上げると、ジンはその左手を見つめる。
カリフィスを切った嫌な感覚が気持ち悪く左手に残っている。
初めて人を切った。
止められなかった。
でも二人を守る為だった。
本当にそれだけか?
ジンは左手を強く握り、額に当てる。
目を閉じると、カリフィスの首を切る感触と、頭が飛ぶ光景が何度もフラッシュバックする。
「・・・っ!」
呼吸が上手くできない。
ジンの呼吸は荒く、浅くなる。
二人はどんな気持ちだっただろうか・・・。
泣いていた・・・。
あんなことされて怖かったに違いない。
悔しかったに違いない。
あの光景を二人にも見せてしまった。
二人を守ったと言えるのか?
守ったじゃないか。
断ち切ったじゃないか。
でも、カリフィスを殺したいと一瞬でも思ってしまった。
殺したかったんじゃないのか?
「違う・・・。違うはずだ。」
ジンは小さく呟いた。
しかし、その言葉は何処か頼りなかった。
くそ、いくら考えてもきりがない・・・。
ジンは、ふと気づくと部屋は薄暗くなっていた。
窓に視線を移すと外は既に夕日が落ちて夜を出迎えていた。
「こんなに時間が経っていたのか・・・。」
ジンが起き上がろうとした時、ガチャ・・・。
部屋のドアが静かに開かれた。
ジンは驚いて起き上がり、ドアの方を見ると、ゆっくりとロイスが部屋の中に入って来る。
「ロイス!?」
「ジン・・・。少しだけ、ここにいてもいい?」
ロイスのその声は、僅かに震えていた。
ジンはベッドに腰掛けると、ロイスはその隣に、ジンにぴったりとくっつくように腰掛ける。
少し近いな・・・と思いながらジンはロイスに視線を向けると、ロイスは暗い表情で俯き、足に両手を添えて拳を握っている。
ロイスの体が僅かに震えていることが伝わってくる。
ジンは、どう言葉をかけてあげればいいか分からず、ロイスから視線を逸らす。
しばらく沈黙が続き、部屋に静寂が広がる。
「ジン、助けてくれてありがとう。」
ロイスは小さく呟いた。
「でも、でもね・・・。」
ロイスは静かに涙を流し、続ける。
「触られた感触が・・・。消えないの。」
ロイスは両腕で自分をぎゅうっと、抱きしめた。
「洗っても、拭いても。・・・ずっと残ってるみたいで・・・。」
ジンは言葉は途切れ途切れでも、気持ちを伝えようとするロイスを見つめている。
「それに・・・。」
「それに?」
ジンはロイスの言葉を引き出そうと、助力する。
「・・・あの時のジン、冷たい感じがして、少し・・・怖かった。ボク、あのままジンがどこかへ行ってしまうんじゃないかって思うと・・・。」
「ロイス・・・。」
ロイスは涙を拭きながら話続ける。
「でも、あの時・・・。抱きしめてくれた時に全部なくなったの。だから・・・。」
ロイスはジンに視線を向け、腕を掴む。
その手は震え、悲しみと苦しみに満ちた表情をしていた。
「触られた所、・・・ジンで上書きして!?」
涙をためた瞳でジンを一直線に見つめるロイス。
ジンはロイスの言葉と視線に戸惑いを隠せなかった。
ジ部屋のドアの向こうにはフリーシアがノックしようとしていたところでロイスの声が聞こえ、その手を止めた。




