第5話 勇者の系譜と異質な証
──翌朝
「ジン、支度できた?」
ロイスがひょっこりと顔を出す。
「うん、ちょうど今できたよ。」
ジンはそう言いながら立ち上がった、その時──
ピリッ・・・
指先に微かに痛みが走った気がした。
「・・・?」
一瞬だけ意識が引っかかる。
「ジン、どうかしたの?」
ロイスの声に我に返る。
「いや、なんでもない。」
ジンは小さく首を振り、誤魔化すように笑った。
外に出ると朝の光が町を包んでいた。
石畳の道、行きかう人々、遠くから聞こえる活気のある声。
昨日までとは違う景色なのに──
どこか現実味が薄い。
「こっちだよ、ジン。」
ロイスが振り返り、手招きをする。
その後ろを追いながら、ジンはふと自分の手を見る。
──なにも起きていない。
「ジン、楽しみだね!」
ロイスは嬉しそうな顔をし、どこか恥ずかしげな表情をしている。
「そうだね。」
露店の通りに差し掛かった。
ジンは違和感にすぐ気づいた。
店の文字が・・・読めない。
「なんだ?この文字・・・。」
どこかで見たことのある文字なのに、意味だけが消えている。
読もうとした時、頭の中で拒絶された感覚が走った。
ふと、父親が読み聞かせてくれていたあの絵本のことを思い出す。
まさか・・・。
「ジン、ここを抜けるとすぐだからね。」
少し前からロイスの声が聞こえた。
いや、まさかな・・・。
ジンはそう思い、ロイスに追いつくよう、早歩きした。
しばらく歩くと、大きな門が見えてきた。
高くそびえる鉄門。
その奥には広大な敷地と立派な校舎が広がっている。
「ここが・・・。」
思わず声が漏れる。
「うん、私の通ってる学校。」
ロイスは少し誇らし気に微笑んだ。
「魔力の使い方とか、色々教えてくれる場所。」
二人は門をくぐり、学校の敷地内へ入った。
「じゃあ、まず、校長先生の所に案内するね。」
ロイスは歩き出した。
ジンは、この広大な学校にあっけにとられ、辺りをきょろきょろしている。
しばらく校内を歩いていると、大きなドアが二枚の部屋に着いた。
「ここが、校長室ね。校長先生がジンにお話があるって言ってたから。」
そう言うと、ロイスは校長室の扉を三回、ノックした。
中から「入りなさい。」と聞こえたので、ドアを開いた。
中の様子は、とても広く、魔道具のようなものまで並んでいた。
広い机に一人、男性が座っていた。
「おお、ロイス。よく来た。・・・その子が君の言っていた子じゃな?」
「はい。」
ロイスは軽く頭をさげた。
校長は、ジンのことをしばらく見つめ、目を大きく見開いた。
「ロイス、君は下がっていなさい。」
「かしこまりました。」
そう言うと、ロイスは校長室を出た。
校長は、椅子から立ち上がり、ジンのそばまで寄って来る。
「・・・その顔、その目元・・・まさか・・・。」
校長はじっくりとジンの顔を覗き込んでいた。
カサリスは何処か懐かしいものを見るかのように、顔が緩んでいた。
「名前は?」
「ジン・ウィアトルです。」
名前を聞いた校長先生は、再び椅子に座る。
「ウィアトル・・・やはり・・・。」
カサリスはそう呟いた。
そして、ジンに向き直した。
「わしはカサリス。ジンよ、我が校は君を歓迎しよう。」
カサリスの視線が一瞬だけ、机の奥に向いた。
そこには一枚の古い地図。
そのいくつかの場所に、黒く塗りつぶされた印があった。
「また始まってしまうのか・・・。」
誰にも聞こえないほどの声で、カサリスは呟いた。
「しかし・・・。感傷に浸っている訳にもいかんの。」
カサリスは立ち上がった。
「ジンよ、着いてきなさい。」
そう言うと、カサリスは部屋をでる。
外には、ロイスが待っていた。
「ロイス、君も着いて来なさい。」
二人はカサリスの後について行く。
行きついた先は・・・学校の正面玄関だった。
広さは二階分をぶち抜いた高さのある吹き抜け。
中央の壁には白と黒が交じりあった奇妙な紋様の旗が飾られている。
そしてその下には、とても大きな水晶が置かれていた。
階段、廊下に何故か人だかりができている。
新しい生徒が来る。
そんな噂を耳にしていたのであろう
「あれが新しい生徒か?」
「校長が自ら!?」
など、ガヤガヤと話しているのが聞こえた。
「この水晶が、お主の魂に干渉し、魔法属性と魔力量を測定してくれる魔道具じゃ。」
カサリスは水晶の前に立ち、続けた。
「ジンよ、この水晶に触れるのじゃ。」
ジンは水晶に近づき、生唾を呑み込む。
カサリスに一度視線を送ると、カサリスは頷いた。
ジンは恐る恐る水晶に触れようとした。
手が近づき、水晶に触れた時・・・。
──バリッ!
雷が走ったような感覚。
水晶が紫に染まり、辺りを呑み込む程の眩い光を発した。
その光を見たロイスはふと呟いた。
「燃えてる・・・。」
ロイスの視界が揺らぐ。
「雷属性・・・。」
カサリスが言い切るより早く、水晶の奥が揺れた。
──ドクン。
何かが、奥から押し上げてくる感覚。
「・・・何だ?この感じは・・・。」
突然、水晶が明滅し始める。
水晶の色が鮮やかな紫色から深い青色へと変色する。
「馬鹿な・・・。二属性持ちじゃと!?」
カサリスが一歩下がる。
「ジン!手を放して!!」
ロイスが叫ぶ。
ロイスの声は届いていている・・・。
しかし、ジンは動けない。
頭の奥で声がする。
「──お前だけじゃない。」
ゼンだ。
ジンの視界が黒く霞む・・・。
その途端、水晶は深い青色から黒が滲みだす。
ミシッ──
鈍い音と共に、水晶に小さな亀裂が走る。
だが、それは力に耐えきれなかったというより
何かを拒絶しているような割れ方だった。
先ほどまで輝かしく光っていた水晶はそこで唐突に途切れた。
一瞬、全ての雑音が止まった。
しかし、すぐに周囲がどよめき始めた。
その中で、ロイスが駆け寄ってくる。
「ジン、大丈夫?」
ジンがどこか知らない世界へ行ってしまいそう。
そんな不安そうな表情をしているロイス。
「あ、ああ・・・。うん大丈夫。」
ジンは何が起こったのかも理解できないままの状態だった。
「カサリス校長、これは・・・?」
「ふむ・・・。ついて来なさい。ロイスもじゃ。」
そう言うと、カサリスは騒がしい広間を後にし、校長室まで戻って来た。
「さ、座りなさい。」
カサリスは二つ、椅子を用意してくれた。
「どこから話してよいのやら・・・。」
カサリスは小さくため息をつく。
「まずはジン。お主は雷の魔法属性を持っているようじゃの。」
雷の属性・・・。
暴走した時に電撃を纏っていたから、なんとなくそんな気がしていた。
「そして・・・。」
次のカサリスの言葉がその場の空気を重くした。
「君は・・・聖魔人じゃ。」
ジンはその言葉に耳を疑う程、目を見開いた。
「ド・・・リュラ?」
──それはただの物語の中の言葉のはずだった。
絵本の話に出てくる勇者一行の物語・・・。
その単語が、目の前のカサリスの口から出てきたのだ。
ロイスも生まれるより昔に異世界から渡って来た人がこの世界を救った話があると言っていたことを思いだす。
そして、露店での読めなかった文字に違和感を感じていたことが、核心へと変わる。
カサリス校長の懐かしむようなあの顔・・・。
ジンは、カサリスにゆっくりと質問した。
「カサリス校長、もしかして・・・。父を、知っていますか?」
ジンは両手の拳を強く握りしめた。
カサリスは少しの沈黙の後、口を開いた。
「・・・ああ、知っているとも。」
そう言うとカサリスは両肘を机に着け、両手に顎を置き、ゆっくりと続けた。
「昔・・・。世界が魔人との戦いに疲れ切り、闇に飲まれる寸前。現界と呼ばれる世界から、一人の聖魔人が渡ってきた。」
カサリスは一度言葉を切り、思い出すかのように目を閉じて続ける。
「・・・それが、君の父親だ。わしもこう見えて聖魔人での、その仲間に加わり、5人で撃退した。のちに聖魔大戦と呼ばれるようになった。」
カサリスは普通の体勢に戻り、こう付け加えた。
「しかし、今回はまさかその息子が来ようとは、わしも思わなんだ。」
カサリスは何処か嬉しそうにふぉっふぉっふぉっと笑った。
ジンはロイスの視線を感じた。不安そうで、どこか寂し気な顔をしていた。
「ロイス?」
分かってた。でも・・・違うって、思いたかったのに。
───水晶の煌々たる光が頭に残る。
ジンは・・・私と同じじゃないって・・・。
「ロイス、どうした?」
ロイスはすぐに笑う。
「ううん。なんでもないよ。」
でもその笑顔は少しだけ無理をしていた。
いつもと少し様子が違う?
そんな違和感を感じ、ジンはロイスに言葉をかけようとした時、
「ジンよ、聖魔人はな・・・。希望にも災厄にもなる力じゃ。それだけは覚えておけ。」
カサリスの真剣な眼差しに、より一層拳に力を込め、強く頷いた。
「・・・はい!」
希望にも、厄災にもなる力・・・
その言葉の意味を、この時のジンは知らなかった。
聖魔人が何を救い、何を壊すものなのかを。
静かに、運命だけが動き始めた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
ついに、絵本とジンの父親の正体が明かされましたね!
これからも物語は動いていきますので続きが気になると思って頂けたら
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