第39話 記憶を閉じた少女
「うーん・・・。体は正常です。悪い所は見当たりませんね。」
治癒士はそう言うと、ロイスの額に当てていた手を離す。
ロイスはきょとんとした目で治癒士を見ている。
「薬が強かったのかそれとも、何か原因で記憶が抜け落ちてしまったのか・・・。私では原因の特定は難しいですね。」
「お姉様・・・。」
フリーシアは心配そうにロイスを見つめる。
「分かりました。後はこっちで何とかしてみます。ありがとうございます・・・。」
ジンは治癒士に頭を下げてお礼を言った。
「そうだ、残りの素材、お返ししておきますね。」
治癒士はそう言うと、イルジーオの血液の入った瓶をジンに渡した。
「では、私はこれで失礼します。」
治癒士はそう言い残し、静かに部屋を出て行った。
「ロイス、本当に僕たちの事、覚えてないの?」
ロイスはジンとフリーシアの顔を交互に見て、唇の下に人差し指をあてて考える。
しかし、首を横にする。
「お姉様、安心して。私たちは旅をしていてその仲間なの。敵じゃないわ。」
「それは、なんとなく分かる。二人共ボクを心配してくれてるの・・・。」
ロイスはフリーシアに視線を向ける。
「今日はもう遅いし、ロイスも突然のことで疲れただろ、今日はゆっくり休んで。」
ジンはそう言うと、そっとロイスを横にする。
ロイスは目を閉じると、すぐにスースーと寝息を立てて眠りについた。
「ジン、お姉様がボクって言ってたわ?」
フリーシアの声が僅かに震えていた。
「うん、僕も聞いたよ。」
ジンとフリーシアはロイスに視線を向ける。
「お姉様は、そんな事言わなかったわ。」
ジンは顎に手を当て、少し考える。
「フリーシア、明日ロイスを連れて、イルジーオの所に行こうと思う。」
ジンは真剣な表情でフリーシアに提案する。
「そうね、原因も分かるかも知れないわ。」
ジンは大きく頷く。
「フリーシアも、今日は疲れただろうし、ゆっくり休んで。」
「ええ、そうさせて貰うわ。」
フリーシアはロイスを見つめながら答える。
「じゃあ、お休み。」
「ええ、お休み。」
翌朝、ジンはフリーシアとロイスが起きてくるのを待っていた。
ドアがコンッコンッコンッとノックされる。
ドアを開くと、そこにはロイスとフリーシアが立っていた。
三人は一階に降り、朝食を食べることにした。
「改めて、僕はジン。ジン・ウィアトル。ロイス、よろしくね。」
そう言うとロイスに手を差し伸べる。
ロイスはその手を取り、握手をすると、にっこリと笑い返す。
「よろしく・・・。」
「私は、フリーシア・エル・イリシア。お姉様。改めてよろしくね。」
そう言うとフリーシアはロイスの腕にしがみついた。
ロイスはその行動に驚きはしたものの、拒絶はしなかった。
「よろしく、フリーシア。」
ロイスはフリーシアに笑顔を向ける。
「いただきます・・・。」
ロイスも一緒に手を合わせたことにジンは驚く。
「ロイス、これは覚えてるんだ。」
ジンの質問にロイスは少し戸惑ったが、
「なんとなく、こうするのが良いと思ったの。」
と、答えた。三人は食事をしながらロイスの記憶を深掘って行こうとする。
「ロイス、どこまで覚えてる?」
「ん~・・・。分からない。」
ジンは一度、食べる手を止める。
「魔法は使えそう?」
「魔法・・・。」
ロイスはそう呟くと、手のひらを見つめる。
「分からない・・・。」
「そっか・・・。」
三人の食事に沈黙が訪れる。
そのまま、三人は食べ終わり、街の北東にある山を目指す。
山の入り口まで来ると、ジンはロイスに確認をした。
「空へ至る魔法は使えそう?」
その言葉に、ロイスは首を傾げる。
「空を飛ぶ魔法だよ。」
ジンはロイスに優しく説明する。
しかし、ロイスは・・・。
「うーん、空は飛べないかも・・・。」
そう言うと、少し俯いた。
「じゃぁ、僕の背中に乗って。」
ジンはロイスに背中を向けて、しゃがむ。
ロイスは戸惑った。
「大丈夫だよ。」
ジンはロイスにそう伝えると、ロイスは頷き、ジンにおぶさる。
「しっかり捕まっててね。」
そう言うとジンはふわりと地面から浮き上がり、空を駆ける。
フリーシアもジンの後に続いて空へと飛びあがる。
ロイスはジンにおぶさりながら、なぜだか懐かしさが込み上げてくる。
大きい背中・・・・。
何でだろ?前にも一度どこかで・・・。
ロイスは無意識に、ジンの背中に軽く顔を埋める。
何だか、懐かしい匂い。
気持ちが、安心するような、そんな匂い。
ロイスは何処か嬉しそうに表情が緩む。
しばらく山々を飛び、渓谷が見えた。
「ロイス、もう少しだからね。」
ジンはロイスに伝える。
「うん。」
ロイスはジンの言葉に答える。
三人はイルジーオが住んでいる岩壁の大きな穴の開いた洞窟の前に降り立つ。
「イルジーオ!居るか!?」
ジンは外から洞窟の中に向けて叫んだ。
「何だ、またお主らか・・・。」
洞窟の奥から重く、低い。
大地そのものが話しているような声が響く。
一歩一歩と外へ向かってくるたびに、地面が揺れる。
「くああぁぁ」
と、あくびをしながら現れたのは幻聖竜─イルジーオだった。
イルジーオの、その姿を見て、ロイスが体を震わせ。ジンの背後に隠れた。
「ロイス、大丈夫。君の魔力行使疲れを治す為に、血を分けてくれた竜だ。」
ジンはイルジーオに視線を向ける。
「昨日はありがとう。今日は・・・。ロイスを見て欲しいんだ。」
「ほう・・・。」
イルジーオはジンの視線まで頭を下げる。
「ふむ、見てない顔だな。」
「昨日、薬を飲んで魔力行使疲れは治ったの。でも・・・記憶をなくしてしまってて・・・。一人称まで変わってるんだ。」
イルジーオは話しているフリーシアに顔を向け、それからロイスに顔を近づける。
ロイスは依然と怯えている様子だ。
「なるほど、この娘の魔力、数日前に暴走しかけとった娘だな・・・。なるほど。わしの血液が強すぎたかも知れんな。どれ・・・。」
イルジーオはそっと手を差し出し、ロイスの頭に爪をそっと当てる。
ぴちょん・・・。水が一滴落ちるような音が静けさの中に響き渡った。
「己を守るために閉じたか・・・。」
小さく呟くと、ロイスの頭から手を外してイルジーオは答えた。
「うむ、異常は見つけられんの。この娘は自ら記憶を閉じとる。」
イルジーオは鼻から息を吐く。
「自らが記憶を閉じとる以上、わしには何もできん。すまんな。」
ジンとフリーシアはイルジーオの言葉に俯いた。
二人の落ち込みを見て、イルジーオは鼻から息を吐くと続けた。
「しかし、記憶を戻す方法はある。それは・・・。」
「それは?」
二人はその言葉に顔を上げ、イルジーオに視線を向ける。
「追体験させることだ。同じ経験をさせることで思い出すこともある。わしから言えるのはそれぐらいだ。」
「追体験・・・か。」
ジンはイルジーオに深く頭を下げる。
「イルジーオ、ロイスを診てくれてありがとう。どうするべきかも決めたよ。」
「力になれず、すまんかったの・・・。」
ジンはその言葉に首を横に振る。
「フリーシア、行こう。イルジーオ、またね。今度はお土産でも持ってくるよ。」
「おお!それは楽しみだの!!」
ジンとフリーシアはイルジーオに手を振り、三人はフラトスの街に戻る為、再び空へと駆ける。
「ジン、どうするの?」
帰り際にフリーシアが今後の話を持ち出した。
「一旦ギルドに調査報告をして、グルナーレに戻ろうと思う。」
「グルナーレに!?」
フリーシアは少し驚いていた。
「うん、ロイスが育った町だ。」
ジンのその言葉で、フリーシアは納得した。
「グル・・・ナーレ・・・?」
ロイスはその言葉に胸がざわついた。
でもそれがなぜなのか、彼女にも分からなかった。




