第37話 アルヴォル・クリフォティカの気配
「フリーシアよ、近くに来い。」
フリーシアは浮かない顔で首を傾げたが、イルジーオの言う通り、側まで寄っていた。
イルジーオは爪をフリーシアにかざし、何やら呪文の様なものを唱えると、爪の先が淡く光だす。
唱え終わると、フリーシアの体が光り出した。
体の光と共に、フリーシアの傷が回復し、ボロボロになっていた服は新品同様、綺麗になった。
「ありがとう!イルジーオ。」
フリーシアはご機嫌そうにイルジーオに礼をいう。
「ところで、イルジーオはどうしてここで暮らしてるの?」
ジンは調査以来のことを思い出し、イルジーオに問いかける。
「そうだの・・・。わしは昔、境界付近の山脈に住んでおった。だが、ある時を境に、山脈の向こうから嫌な気配を感じてな。気持ちが悪くてここに住み着くことにしたんだ。」
「そういうことがあったのか・・・。」
ジンは顎に手を置き、考える。
「この近くの街で、竜の目撃情報があって、街のみんなが貴方に怯えてるの。」
フリーシアが一歩前に出て、街の人たちの心境を話す。
「わしが人の街を襲うと?カッハッハ!それはせんから安心せい。」
「でも、本で見たわ?竜は凶悪で街を1夜にして滅ぼす程の脅威で、皆恐れてるわ?」
イルジーオはそれを聞き、遠くを見るような目をしていた。
「竜種の中でも凶悪な、邪竜のみよ。それ以外は知恵もあり、人と言葉を交わせる。ほれ、血液だ。」
イルジーオは瓶いっぱいになった血液をフリーシアに渡した。
フリーシアはすぐに瓶の蓋を閉め、亜空間バックへとしまう。
「ねぇ、イルジーオ。境界線の向こうの嫌な気配って、こっちにも同じようなのが居るの?」
ずっと考えていたジンがイルジーオに質問を投げかける。
イルジーオは首を上げて目を細めて遠くを観察した。
「こっちには、そうだな・・・。8つあるな。禍々しい奴らよ。」
イルジーオはジンに視線を戻し、言葉を続ける。
「そう言えば、ここ数日で2つ、反応が消えたのぉ。」
「イルジーオは正体分かる?」
イルジーオは目を細め、しばし沈黙した。
「わし程長く生きていても、あれがなんだかは分からぬ・・・。」
「消えたのが二つ・・・。」
ジンの声は、僅かに低くなる。
偶然ではない。
この数字は予想していたアルヴォル・クリフォティカの総数と同じ。
そして消えた2つの気配はまさしく・・・。
ジンは拳を握りしめていた。
「じゃあ、イルジーオは街を襲ったりするつもりは無いんだね?」
「さっきから何回もそう言っておるではないか。」
イルジーオは首を持ち上げて同じ質問にそっぽ向く。
「調査なんだ、仕方ないよ。」
ジンとフリーシアはその光景に苦笑いをしている。
「それじゃ、僕たちはそろそろ行くね。」
「また何かあった時はいつでも尋ねるがいい。」
ジンとフリーシアはイルジーオに手を振る。
「じゃぁ、またね。」
そう言い残すと2人は空へ至る魔法で静かに空へと飛び去って行く。
イルジーオはその二人の姿が消えて見えなくなるまで見送った。
「しかし、人に畏れられるだけの存在になってしまったか・・・。」
イルジーオは少し悲しそうにそう呟くと、住処である、洞窟の中へと姿を消していった。
「フリーシア、魔力は大丈夫?」
ジンがフリーシアの速度に合わせ、隣に来る。
「ええ、まだ大丈夫よ。」
フリーシアは相変わらず強がりを言っているが、朝の飛行速度より少し遅くなっていることにジンは気づき、フリーシアを心配している。
息もわずかだが上がっていた。
「いや、さっき休憩したところで休憩しよう。」
そう言うと、ジンは先ほど休憩していた渓谷の岩場に降りて行った。
フリーシアもジンの後を追うように、降下する。
フリーシアが降り立つと、ジンはフリーシアに、
「ちょっと待ってて。」
そう伝えると、またどこかに飛び去って行った。
フリーシアは先ほどまで腰掛けていたところに座り、靴を脱ぎ、足を投げ出すように伸ばしてくつろいだ。
「まだ大丈夫なのにな・・・。」
フリーシアは小さく呟いた。
「まぁ、ぼろぼろになった服も、イルジーオが直してくれたし、いいか・・・。」
フリーシアは足を交互にパタパタとさせ、ジンの帰りを待つ。
5分もかからないうちにジンが戻って来た。
「お待たせ。」
ジンの腕の中には薪が抱えられていた。
その薪を組み上げ、火をつけようとする。
フリーシアは何かしているジンをきょとんと見つめている。
「上手くいくかな・・・。」
木の枝を人差し指と親指の間に入れ、少し魔力を込める。
バチッという小さな音と共に、電撃で木の枝に火が宿る。
「できた・・・!」
ジンはその種火をすぐに組んだ薪の中に入れる。
やがてその種火は、パチパチと音を立てながら大きくなる。
「そろそろかな・・・。」
ジンは焚火の火を見て、亜空間バックからコンセルリーフと肉の塊を二つ取り出す。
フリーシアはジンが何をしているのか気になり、近くに立って、僅かに上半身を傾けるようにして覗き込んだ。
「確かこうだったかな・・・。」
ジンは肉の塊にスパイスをかけ、コンセルリーフに包み込んだ。
「よし、こんな感じだ。」
ジンは包みを二つ、焚火の中に入れる。
「食事作ってるの?」
何を作っているのか分かったフリーシアが口を開いた。
「うん。フリーシアも座って。」
ジンはそう言うと、手を伸ばし、ポンポン、と隣を軽く叩いた。
「ええ。」
フリーシアはジンに促せれるまま、焚火の前に腰掛ける。
二人の間に沈黙が訪れる。
パチパチと鳴る焚火の音が渓谷に響き渡る。
「ジン、さっきは庇ってくれてありがとう。」
フリーシアは焚火を見つめながら言葉を作る。
「ううん、体が勝手に動いたんだ。それよりもフリーシアの魔法の方が驚いたよ!あんな攻撃を受けきるなんて。」
ジンはフリーシアに視線を向ける。
フリーシアは目を閉じて説明する。
「あの魔法は、自分の時間を凍結させる魔法で、一切の攻撃を10秒の間だけ無効に出来るの。1日1回しか使えないけどね・・・。」
「それでも凄い魔法だよ!」
フリーシアは首を横に振る。
フリーシアは三角座りをし、足を強く抱え込んだ。
「さっきの攻撃・・・。もう少し続いてたらと思うと、体が震えるの。」
フリーシアの体を見ると、僅かだが体が震えていた。
いつものように、強がって弱さを見せない様にしていたのだ。
「フリーシア・・・。」
ジンはフリーシアの頭に手を伸ばそうとするが、戸惑ったようにその手が止まる。
ジンはそのままフリーシアの背中を優しく撫でた。
フリーシアの体がビクッと驚いたが、何も言わず、そのまま身を預けた。
フリーシアは目を閉じた。
「もう、大丈夫。」
「ええ・・・。」
フリーシアの足を抱え込んだ腕の力が強くなった。
会話をしているうちに、コンセルリーフの包みに火が通り、隙間からシューシューと湯気が勢いよく抜ける音が鳴りだした。
肉の焼ける良い匂いが立ち込める。
「そろそろだ。昨日からろくに食べてないから、お腹すいてるだろうと思って。」
ジンはフリーシアに笑いかける。
「そんなに空いてないわよ?」
そう言うと同時にフリーシアのお腹の虫がキューッっと鳴りだす。
フリーシアの顔は一気に赤くなり、恥ずかしいかったのか、抱えた足に顔を埋める。
ジンはそれを見てふふっと笑い、コンセルリーフを焚火から取り出す。
「できたよ。コンセルリーフの包み焼だ。」
コンセルリーフの包みをフリーシアに渡す。
包みを広げると、そこから一気に肉の油の豊潤な香りに、スパイスとコンセルリーフの爽やかな香りが混ざった、食欲をそそるいい香りが二人を包んだ。
フリーシアはジンから貰ったフォークで肉を刺すと、ホロっと肉が解ける。
一口食べると、肉汁が口いっぱいに溢れ、スパイスとコンセルリーフの爽やかな香りが鼻を抜ける。
「おいしい!」
フリーシアは思わずジンに視線を向ける。
「良かった。」
ジンはフリーシアに微笑み、自分も食べだした。
「ジンも料理できるのね!誰から教わったの?」
「ロイスが作ってたのを真似て作ったんだ。」
ジンは少し難しそうな笑顔を作った。
「お姉様が・・・。」
フリーシアは急いでコンセルリーフの包み焼を食べ始める。
「早く帰らなきゃね・・・。」
パチパチと薪が弾ける音が渓谷に響いていた。
フリーシアは火を見つめながら、隣にいるジンの存在に僅かな安心感を感じていた。
その温もりに、ほんの少しだけ身を委ねながら。




