第36話 幻聖竜─イルジーオ
「ほう、わしの圧に耐えるか。」
竜は次第に魔力を抑え、二人を観察する。
幾重にも光が滲んでいた鱗はやがて白く光を反射する。
ジンとフリーシアは圧が消えてなお、荒い呼吸をしていた。
竜は目を細めて問かける。
「この魔力・・・お主ら、聖魔人だな?」
「そう・・・だ。」
ジンは荒い呼吸の中、竜の問に答える。
竜は二人をじっと見つめている。
「久しいの・・・人と言葉を交わすのは。」
竜は目を閉じ、記憶を辿る。
白き鱗が魔力により幾重もの色が揺らめく。
その姿に人々は息をのみ、やがて・・・歓声をあげた。
「幻聖竜様・・・!」
誰かがそう呼んだ。
いつからか、それが己の名前となっていた。
人は恐れなかった。
ただ、畏れ、そして近くにあった。
幻聖竜は目を開け、再び2人に視線を戻す。
目の前にいる人間はどうだ?
恐れてはいるが、覚悟を持って相対している。
「お主ら、名を聞こう。」
「名前・・・?僕はジン・ウィアトル。」
「私は、フリーシア・エル・イリシア。」
2人の呼吸は落ち着きを取り戻し、フリーシアは立ち上がっていた。
「ほう、エルか・・・王族だな。そして・・・。ジン・・・。」
幻聖竜は目を細め、ジンを見据える。
「ジンよ、お主はこの世界の者ではないな?それに、魂を2つ持っておる・・・。」
「なっ!」
幻聖竜の言葉を聞き、ジンは無意識に一歩後ずさる。
「なるほどの・・・。ジンが呼ばれたのは、あの魔人達が原因か。忌みなる存在よ。」
幻聖竜は鼻で小さく息を吐く。
「わしの名は、幻聖竜─イルジーオ。お主ら、何用でこの領域に足を踏み入れた。」
「お姉様を救う為よ!」
フリーシアの声はか細く、しかし決意のある声をしていた。
「ほう、仲間を救う為と・・・。」
「魔力行使疲れで高熱を出して寝込んでいる。魔力の暴走もしかけたんだ。」
イルジーオは頭を少し下げ、2人を見据える。
「なるほど、竜種の血液が目的か・・・。わしを・・・。」
イルジーオの魔力が一気に膨らむ。
「倒せるとでも思うたか!!」
首を大きく上に突き上げ、羽を最大限まで広げる。
魔力は周囲に広がり、空気や木、葉っぱなどを押しのけて肥大する。
白い鱗は幾重もの色を滲ませる。その姿は・・・まさに幻聖竜。
二人はイルジーオの圧に、踏みとどまることしかできなかった。
イルジーオは二人をにらみつけ、右手を大きく振り上げられた。
その瞬間、空気が凍りついた。
「フリーシア!!」
ジンは耐えられない程の圧の中、自分よりもフリーシアを庇う。
フリーシアはジンに体を押され、地面に倒れ込んでしまうが、ジンは体を大の字に広げ、フリーシアを守ろうとした。
イルジーオの振り上げられたその腕は、勢いよくジンに振りかざされる。
「ジン!!」
攻撃は耐えられない・・・。
ジンは覚悟をし、イルジーオの爪が当たる瞬間、目を閉じた。
長い、長い暗闇。
一瞬のはずなのに体感ではずっと長く暗闇が続いている。
静かすぎる・・・。
これが・・・死か
皆悲しんでしまうかな
ロイスやフリーシア、これまでに出会った人たちの顔が浮かんでくる。
父さん、母さん・・・。
──ジン!
フリーシアの・・・声!?
遅れて世界が戻って来る。
ジンはゆっくりと閉じた目を開く。
光が差し込むその視界に映ったのは、イルジーオの爪が僅か届かないギリギリのところで止まっている光景だった。
「はっ、はっ!」
ジンは呼吸を荒げ、一歩後ずさり、腰を抜かせて地面に座り込む。
「ジン・・・。」
フリーシアはジンの隣にしゃがみ、服を掴む。
「よくぞ庇った・・・。」
イルジーオはゆっくりと腕を下ろす。
先ほどまでのイルジーオの魔力の圧は消えていた。
「ジンよ、お主の覚悟、見届けた。」
イルジーオはジンと同じ視線になる所まで頭を下げた。
「竜の血を求めて来たと思えば、随分とらしくない行動をとるものだ。」
イルジーオはジンとフリーシアの二人をまじまじと見つめる。
フリーシアは心配そうな表情を浮かべながら、立ち上がろうとするジンを支える。
「話が通じるなら。交渉もできるかもって思って・・・。」
ジンのその言葉を聞き、イルジーオは首を大きく持ち上げ、高らかに笑った。
「カッハッハッハッ!わしと交渉するつもりだったか!」
イルジーオはジンに視線を戻し、ジンに告げた。
「良かろう。」
イルジーオは僅かに目を細めるて続ける。
「わしの一撃、耐えて見せよ。それが叶えば・・・交渉に応じてやろう。」
「一撃耐えるだって!?そんな無茶な・・・!」
「私が受けるわ。」
先ほどまでずっと浮かない表情だったフリーシアが名乗り出た。
「フリーシア、無茶だ!」
「いいえ、無茶でもやるのよ。」
フリーシアの言葉には迷いがなく、その瞳には力が籠っていた。
「でも・・・。」
この無茶な交渉に、フリーシアを失いたくないという気持ちが勝っているが、ジンの言葉では止めることは出来なかった。
「ジン、私を信じて。」
フリーシアはそう言うと、ジンに笑顔を向けた。
「・・・っ!」
その言葉と笑顔を見た時、ジンは言葉を詰まらせ、これ以上何も言えなかった。
「ほう、お主が受けるか、フリーシアよ。」
「ええ、覚悟を決める時間は沢山あったわ。もう、逃げない。」
フリーシアの表情は真剣そのもので、イルジーオを見る瞳には鋭い意志の光が宿っていた。
「フリーシア、お主の覚悟、見届けたぞ・・・。」
そう言うとイルジーオは魔力を開放した。
イルジーオの魔力が虹色となって可視化できるほど、大きく、そして濃密な魔力。
先ほどまであった圧は無く、どこか優しく、温かく包まれるような感覚に陥る。
イルジーオが首を持ち上げ、口を大きく開けると、周囲に放った魔力が口元に集中していく。
やがてその魔力は球体を作り、激しく暴れ、光を放つ。
集中するのよ・・・。
フリーシアは目を閉じ、魔力を集中した。
辺りの温度が急下降し、冷気に包まれる。
時間が止まったかのようにも感じる程、静かになる。
10秒程度なら耐えられる。
心配ない。
お姉様の為、私を庇ってくれたジンの為・・・。
フリーシアは勢いよく、目を開く。
「滅魔の咆哮」
「氷姫の凍絶」
パキンッ──
乾いた音が周囲に響き渡る。
その瞬間、フリーシアだけの時間が凍結される。
イルジーオの光線はフリーシアを呑み込み、地面を大きく抉る。
木々は焼失し、焼けた跡が残る。
「くっ!」
あまりの衝撃に、ジンは後ろへと飛ばされてしまう。
あっという間の出来事。
イルジーオの攻撃が収まり、土埃が舞う。
こんなの直撃したら塵すら残らないよ・・・。
「フリーシア!!」
ジンは必死にフリーシアの名前を呼ぶ。
やがて土埃は収まり、フリーシアの姿が現れる。
「ほう、わしの攻撃を耐えたか・・・。」
フリーシアの服はぼろぼろになり、体のあちこちに火傷を負っていた
フリーシアは片腕を持ち、地面に膝をつける。
「時間の凍結魔法か・・・。それはいささか、反則ではないか?」
「文句言う前に加減しなさいよね!」
フリーシアは足元まで抉れていたが、最初の位置に浮かんでいた。
「む・・・。確かに、久しく使っておらなんだ。加減を誤ったか・・・。」
フリーシアは足場のある地面に着地すると、少し怒り気味でイルジーオに言葉を放つ。
「間違えたって、貴方。後0.5秒遅かったら私、消えてたんだからね!?」
「フリーシア、良かった。」
フリーシアはジンを見て、小さく頷く。
ジンは無事なフリーシアを見てホッと、胸を撫で下ろした。
「さ、貴方の攻撃を耐えたんだから、約束は約束よ。」
「・・・分かっておる。」
イルジーオはフリーシアの目線まで頭を下げて続ける。
「約束だ。わしの血をやろう。」
フリーシアは瓶を取り出し、イルジーオに渡す。
イルジーオは自分の腕に爪を当て、薄っすらと裂く。
その腕の傷口からゆっくりと血が瓶に滴っていく。
その血液は白く、淡く光を帯びていてただの血液とは思えない程の気配を放っていた。




