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第35話 幻聖竜

「・・・その話は、軽く聞けるものではありませんな。」


ハマードは両膝に、肘を置き、前のめりになって話を続ける。


「それで・・・竜の何を聞きたいのですか?」


「居場所よ。」


フリーシアは間髪入れずに即答する。


「確かに見たとの報告は受けてます。・・・しかし、調査に向かってくれる冒険者もおらず、噂だけが出回っている状態で、それの情報を鵜呑みにする訳にもいかず・・・。」


「ええ、それでもいいの。情報を頂戴。」


フリーシアはハマードの話を遮り、なおも食い下がる。

ハマードはその言葉を聞き、大きく息を吐いてソファーに軽くもたれ掛かる。

何かを考えている様にも見えた。

少しの沈黙の後、ハマードは静かに答える。


「分かりました。ただし・・・条件があります。」


「ええ、何かしら?」


ハマードはもう一度、前のめりになり、答える。


「目撃された竜の調査に行って欲しいのです。竜と言えば、誰もが恐れる存在。街を一夜にして破壊するほど強力な相手です。冒険者は皆、調査クエストは拒否し、街は噂で恐怖する者もいます。この条件でどうでしょう?」


フリーシアはハマードの条件を聞き、少し考え込む。


「調査・・・。討伐じゃないのね。」


フリーシアは小さく呟く。


「ええ、分かったわ。その依頼、受けましょう。」


フリーシアはハマードに笑顔を向ける。

ハマードは小さく頷く。


「しかし・・・。お二人はギルドに登録してないので実力が分かりません。」


ハマードの視線がジンに向かう。


「ジンの強さは私が保証するわ。それに、グルナーレ学校を2週間ほどで卒業してるんだから。」


フリーシアのその言葉に、ハマードは驚きの表情を隠せなかった。


「なんと、二週間!?」


「は、はい。」


ジンは少し戸惑いながらもグルナーレ学校の卒業証明書を取り出してハマードに見せた。

ハマードはそれを手に取り、まじまじと見つめる。


「確かに、グルナーレ学校の卒業証明書に間違いない・・・。」


フリーシアは自分のことのように嬉しそうにしている。


なるほど・・・。

これならそこいらの冒険者よりも生存して帰ってくる確率は高い・・・か。


「分かりました──」


翌早朝、二人は街の北東にある、山への入り口に立っていた。

二人は空へ至る魔法(フルトーレ)を使い、静かに地面から足が離れ、空へ至る。


「──竜の目撃情報が集中しているのは南東の山のさらに奥で、その山の奥に姿を消すという目撃情報があれば、そこからどこかに飛んでいく姿も目撃されています。居るなら南東の山のさらに向こうでしょう。」


二人は慎重に山を越え、幾重にも連なる山々のさらに奥、深い山域へと踏み込んでいく。

途中、大きな渓谷を見つける。


「フリーシア、ここで一度休憩にしよう。」


「分かったわ。」


二人は深い渓谷の底、切り立った岩壁に囲まれた影の中へと降り立つ。

上空からは死角になっており、休むのには都合の良い場所だった。

風通しも良く、水場もすぐ近くにある。

ジンは水を汲み、それをフリーシアに渡す。

フリーシアはその水を、ゆっくりと飲み干した。


「こんなに飛んだの、初めてだわ。」


フリーシアは足を延ばして座り、くつろいでいる。


「ずっとお城の中だったもんね。」


ジンも自分の水をごくごくと飲む。


「ええ、お姉様のお陰よ。私、お姉様に感謝してるの。」


フリーシアは手を組んでそれを見つめる。


「そっか、それでロイスと仲良くなれたんだね。」


「ええ・・・。それで・・・?」


フリーシアはジンに視線を移し、続ける。


「ジンはお姉様のこと、好きなの?」


ジンはフリーシアの突然の質問に、思わず飲んでいた水を噴き出してしまう。


「なっ、フリーシア、突然何を言ってるんだよ・・・。」


ジンは焦って口の周りを拭きながら、顔を赤く染めている。

フリーシアはそんな反応をするジンを、ジト目で見つめる。


「ほ、ほんとだって。」


ジンは慌てて否定する。


「見てれば分かるわ・・・。」


「そ、そんなんじゃないよ!僕はロイスの身に何かあったらと心配で・・・。」


フリーシアはそれを聞き、視線を自分の手に戻し、目を細める。

脳裏に過ったのはロイスが魔力暴走を起こし、ジンの声に反応を示したこと・・・。


「少なくともお姉様は・・・。いえ、これは私から言うのはおかしな話ね。」


フリーシアは目を閉じ、小さく笑った。

その笑みは何処か安心したようで、ほんの僅かに寂しさも滲んでいた。


「フリーシアは言わなくても分かるよ。ロイスのこと、大好きなんだって。きっと、僕よりずっと好きって気持ちが伝わって来るよ。」


ジンは空を仰ぎながらそう呟いた。


「僕は、好きとかそうかじゃない。僕は大切なんだ。ロイスも・・・フリーシアも。」


フリーシアはその言葉を聞き、無意識にジンに視線を向ける。

その目は大きく開かれていた。

ジンは空を仰いでいたその眼差しは真剣そのものだった。


「・・・ねぇ、ジン。」


フリーシアは少しだけ視線を落とす。


「お姉様が魔力暴走を起こした時・・・。私じゃ、足りなかったのかなって、ずっとそう思ってたの。」


フリーシアはぽつりと呟く。


「そうだったんだ・・・。全然気づけなかった・・・。」


ジンはフリーシアを見つめたまま言葉を続ける。


「でも、フリーシアがいてくれなきゃ、もっと酷いことになってたかもしれない。ロイスを止めてくれてありがとう。」


ジンはフリーシアに笑いかける。

その笑顔を見てフリーシアは、


ああ、そっか・・・。

お姉様、ゼンにジン・・・。

私は・・・。もう、独りじゃなかった。


フリーシアの胸の奥に張り詰めていた何かが、ふっと解ける。

フリーシアの表情が、自然と笑顔になっていた。

渓谷を抜ける風が、静かに2人の間を駆け抜ける。

水の流れる音だけが、静かに響いていた。

フリーシアは何も言わず、ただ空を見上げる。

その隣で、ジンも空を仰いでいた。

ちょうどその時・・・。

とてつもなく大きな影が二人の頭上を掠める。

その後に続いたのは立っていると吹き飛ばされそうになる程の暴風が吹き荒れる。

フリーシアは思わず目を細めてしまう。

ジンの視界には竜の影をとらえていた。


「竜だ!」


二人は急いで空を飛び、竜を追いかけた。

既に竜は渓谷に沿って飛び去っていた。

その背は、あまりにも遠い。

全力で追いかけているはずなのに、その距離は一向に縮まらない。

やがて、竜は山の奥へと降下し、姿を消した。

ジンとフリーシアは竜が降りた場所を目印にし、そこに到着するまでしばらく時間がかかった。

二人は、竜が降り立ったとみられる場所に、静かに降下し、着地する。


「この辺りだったよね・・・。」


「ええ。」


二人は辺りを見回すが、竜の姿は無い。

しかし、足跡や尻尾を引きずったような痕跡を見つけ、その後を辿っていく。

辺りを見回しながら歩くが、魔物の気配など感じられないほど静かな山だ。

痕跡に沿ってしばらく歩くと、木々が開け、大きな岩壁へと突き当たった。

そこにぽっかりと大きく空いた洞窟を発見する。


「ここ・・・かな?」


ジンとフリーシアは顔を見合わせると、お互いに緊張していることが分かる程、顔が強ばっている。

洞窟の前の草むらに息を潜め、決心するまでに長い時間を有した。

ジンもフリーシアも手が震えている。

しかし、行かなければ何も始まらない。

二人が草むらから立ち上がった時、洞窟の奥から鼓膜を破らんとするかのような咆哮が空気を裂いた。

大気を震わせ、体にビリビリと伝わってくる程の風圧が混ざる咆哮。

二人構えて立っているのが精いっぱいだった。

咆哮が鳴りやむと、風も音も、全てが押しつぶされたかのように静まり返る。

洞窟の奥から2つの光がジンとフリーシアを見定めている。

二人はその光から目を離せず、かた唾を呑み込む。

一歩、また一歩と白い巨体が光の中へと姿を現す度に、大地は揺れ、地面が低く唸る。

やがて、完全に姿を表した竜は顎を引き、二人を見下ろした。


「よもや人間とはな・・・。」


その声は低く、重く、まるで大地そのものが語りかけて来るようだった。

竜は再び咆哮を発し、それと同時に己の魔力を解き放つ。

白いはずの鱗は魔力により、幾重もの色が滲んで見えた。

竜の放つ圧力が全身に重さとなって二人に降りかかる。

呼吸が・・・重い。

肺が押しつぶされる様な圧迫感に、ジンは無意識に歯を食いしばり、フリーシアは耐えられずに地面へと膝をつける。

それは、戦いの始まりですら無かった・・・。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

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