第34話 渦巻く炎の暴走
──箪笥の中で息を潜める。
外から聞こえてくるのは母親の悲鳴と、父親の怒号。
その後に続くのは皿の割れる音や何かが壊れる音。
その中に知らない声が混じる。
「貴方はこの女性を庇うのですね。・・・実に素晴らしい。」
声は穏やかなのに背筋が凍るような違和感のある声。
その声の主は何かを楽しんでいる・・・そんな感じの声だった。
その声が誰なのか気になってしまい、ロイスは恐る恐る箪笥の扉を少しだけ開く。
その隙間から見えた光景は、こちらに向いて大丈夫よと、笑いかけながら倒れていく母親の姿だった。
その光景にロイスは息を飲む。
やがて騒音は無くなり、静けさだけが残る。
床の上に広がる血の池に力なく伏した父親と母親の姿・・・。
「お父さん・・・。お母さん・・・。」
ロイスはその光景に体が震え、硬直する。
到底受け入れられない出来事。
呼吸が浅く、早くなり、ロイスの瞳から一筋の涙が零れる。
それと同時に体の奥底から抑え消えない熱が滲みだす。
それはやがて、炎となって揺らぎ始める。
それは記憶の奥底に封印していたはずの光景。
体が熱い。
呼吸が苦しい・・・。
ロイスの表情が歪み、呼吸が急に荒くなったことにフリーシアが気づく。
「お姉様・・・。」
フリーシアはロイスの手を取り、優しく握る。
しかしロイスのもがき苦しむ様子はひどくなる。
それに連れてロイスの魔力が膨張し、乱れ、部屋の温度が急激に上昇を始める。
「お姉様!?」
その異変に驚き、フリーシアは勢いよく立ち上がり、椅子が倒れる。
「まずいわね・・・。」
フリーシアはロイスの魔力暴走を抑えようと冷気を放つ。
そのおかげで部屋の温度は一気に下がった。
しかし・・・。
「・・・っ!」
ロイスの魔力暴走はフリーシアの冷気を跳ねのけるかのように強くなる。
フリーシアは更に強くでその熱を抑え込むように冷気を放つ。
全力で冷気を放てば暴走を抑えられる。
でも・・・。
一瞬、ロイスの体が氷に閉ざされる光景が脳裏を過る。
「これ以上は・・・。お姉様が・・・。」
フリーシアは目を閉じ、唇を嚙み締めた。
その時・・・。
──ガチャッ。
ドアが開く音が、張り詰めた空気の中に響いた。
フリーシアの視線がドアの方に向く。
「ジン・・・!お姉様が!」
ジンはフリーシアの言葉を聞くと、迷いなくロイスの傍に駆け寄り、その手を取って強く握った。
「ロイス!」
ジンが声をかけるがロイスの歪んだ表情は変わらない。
その状況に、ジンは一呼吸置き、ロイスの頬に手を当てる。
「ロイス、大丈夫。僕はここにいるよ。」
朦朧とする意識の中、微かにジンの声が届く。
「ジ・・・ン?」
ロイスの呼吸が僅かに緩む。
乱れてい息はまだ不安定だが、先ほどまでの荒々しさは無い。
乱れていた魔力もその勢いを失っていく。
ジンの手の温もりを確かめるように、ロイスはその手をさらに強く握る。
「ジン・・・。」
掠れた声が、もう一度その名前を呼んだ。
その声には先ほどまでの苦しさではなく、僅かな安堵が滲んでいた。
「うん、僕だよ・・・。」
ロイスの苦しそうに歪めていた表情もどこか安心したように緩んでいく。
それに合わせてフリーシアも魔力を収める。
やがて、ロイスは穏やかになり、静かに寝息を立てて眠りについた。
「・・・もう、大丈夫だ。」
その言葉に、フリーシアは大きく息を吐きく。
「良かったぁ・・・。」
そう、口にするとフリーシアの張り詰めていた力が抜け、足に力が入らずそのまま崩れるように床へとへたりり込む。
ジンはロイスの頭をそっとなでると、倒れた椅子を戻し、フリーシアに手を差し出す。
「ありがとう、フリーシアがいてくれたおかげで暴走が抑えられた。」
「私は抑えることしかできなかったわ・・・。」
フリーシアはジンの腕をしっかりと掴み、思いっきり引っ張って立ち上がろうとするが・・・立てない。
「た・・・。立てないわ・・・。」
立ち上がれないことが恥ずかしくなり、フリーシアは顔を赤くし、ジンから顔を逸らす。
ジンは呆れるように笑い、小さく息を吐くと、フリーシアの腕を取り、肩に回し、脇を支える。
「なっ!何するのよ!」
「こうしないと立てないんでしょ?」
ジンはフリーシアを立ち上がらせ、椅子に座らせる。
「ありがとう・・・。」
その言葉は消えかけるかのように小さかった。
「いいえ。」
そんなフリーシアにジンは笑いかけた。
椅子に座ってもまだ顔を合わせることができないフリーシアは話題を変えようと素材の話をした。
「と、ところで、薬の素材は、どうなのよ?」
「それが・・・。」
ジンは素材の書かれた資料を取り出し、それを見つめる。
フリーシアはジンからちゃんとした返事が無いことに、ちらっと視線をジンに移すと、真剣な顔で資料を見つめる姿が視界に入った。
フリーシアはその真剣な表情に我に返ったのか、腕組みを解いて、少し心配そうな表情を浮かべる。
そのままゆっくり立ち上がると、フリーシアはふらつきながらジンの隣に立つ。
「見せなさいよ。」
そう言いながらも、その声は先ほどまでの強気ではなかった。
ジンは資料を持っている手をそっとフリーシアに見せる。
そこに書いてあった素材は・・・。
「竜種の血液・・・!?」
フリーシアは目を大きく見開き、ジンに視線を移す。
「そうなんだ・・・。マギア体に大きく関わる症状だから素材もそれなりになるらしい。」
ジンは真剣な表情の中に、少し困ったような表情が混ざりながらフリーシアを見る。
「こんなの、死にに行くみたいなもんじゃない・・・。」
竜種、本で読んだことある。
まず、見つけることすら困難な存在。
ここ数十年は目撃情報も0に等しいほど。
遭遇したらその時点で終わり、逃げることすら許されない存在・・・。
フリーシアは俯き、諦めかけた時、静かに目を瞑る。
「フリーシア、僕は・・・。」
ジンが何かを言おうとした時、それを遮るようにフリーシアは言葉を発した。
「いいえ・・・。」
フリーシアは一度首を横に振り、ジンに真剣な眼差しを向ける。
「お姉様の為なら、どんな素材でも集めて見せるわ。」
ジンはその言葉を聞き、静かに、しかし力強く頷く。
「僕も同じ気持ちだよ。それに・・・。」
ジンは一度言葉を切った。
「それに?」
フリーシアはジンの次の言葉を待つように聞き返す。
「この街の近くの山を越えたさらに向こうに、竜が飛んでいくのを目撃したという噂があるらしい。」
フリーシアはその話を聞くと、顎に手を当てて考え込む。
「行ってみる価値はありそうね・・・。」
「うん。でも今から行くとなると少し遅いから、今日は冒険者の集まるギルドで情報を集めようと思う。」
フリーシアは少しの沈黙の後、答えを出す。
「分かったわ。・・・私も行くわ。」
そう言うと、フリーシアはロイスの傍までいき、優しくロイスの頭を撫でる。
「お姉様、ちょっと待っててね。」
ジンとフリーシアは部屋を後にし、冒険者達が集うギルドへと向かった。
──フラトス冒険者ギルド
中に入ると、冒険者たちで賑わっていた。
掲示板の前でクエストを選んでいる者、冒険者専用の食堂で食事している者やお酒を嗜む者・・・。
ジンとフリーシアはそれを横目に、カウンターの受付に向かった。
「すみません、聞きたいことがあって来たんですが。」
ジンは後ろを向いて、何やら作業をしている受付の女性に声をかけた。
「あ、はい!受付ですか?」
慌てて2人の方を振り向き、笑顔で対応した。
しかし、二人を見て不思議そうな顔をし、ジンとフリーシアを交互に見つめると、
「見かけない顔ですね?ギルドに登録でしょうか?」
その問いに、ジンとフリーシアは顔を見合わせたが、すぐにジンが口を開く。
「いいえ、登録はしないのですが、ここ最近で竜を見かけたとの噂を聞き、詳しく話を聞きたくて来てみました。」
「そうでしたか。では念の為、身分を証明できるものはお持ちですか?」
ジンがグルナーレ学校の卒業証明書を出そうとした時、フリーシアがすぐに首飾りを見せた。
受付の女性がその首飾りを良く見ようと顔を近づける。
しばらくそれを見つめる。
「こっ!これは失礼いたしました!」
受付の女性は急に慌てるように頭を下げる。
「今は普通の旅人として扱ってちょうだい。話が聞きたいの。」
「か、かしこまりました。すぐにギルド長をお呼びしてきますので、こちらでお待ち下さい。」
受付の女性は一度頭を下げ、受付の奥にある応接室にジンとフリーシアを案内する。
「おかけになってお待ちください。」
受付の女性は深くお辞儀をすると、ドアを閉めた。
「フリーシア、それの首飾りって・・・。」
「これのこと?」
フリーシアは一度しまった首飾りを取り出し、ジンに見せる。
「これは、王族である証の首飾りよ。こういう時、便利でしょ?」
フリーシアはなんだか楽しそうに教えてくれた。
しばらく経って、応接室のドアが開かれる。
入って来たのは大柄で強面の男の人だった。
男は頭を下げて自己紹介を始める。
「お初にお目にかかります。ギルド長のハマードです。何やらお話が聞きたいとのことで。」
「ええ、とりあえず座って頂戴。」
ハマードはフリーシアに言われる通り、向かい側へと腰掛ける。
「私は、フリーシア・エル・イリシア。こっちが・・・。」
「ジン・ウィアトルです。」
ジンは軽く会釈するように頭を下げる。
「あんまりかしこまらないで頂戴?今は、王族としてではなく、旅をしている者として扱って頂戴。」
ハマードはその言葉を聞き、一度頭を下げる。
「分かりました。それで、聞きたい話とは?」
フリーシアは真剣な眼差しでハマードを見据え、口を開く。
「ええ、見かけたと噂されている、竜についてよ。」
「竜・・・ですと!?」
竜・・・。
その言葉を聞き、ハマードの表情が明らかに険しくなった。




