第32話 おかえり
フリーシアは静かに目を開く。
眩い光が、ゆっくりと視界に差し込んでくる。
「私・・・。」
そう呟くとフリーシアは体を起こす。
フリーシアは確認するかのように左のお腹を擦る。
「傷が・・・無い。」
確かに貫かれたはずの場所には、何も残っていなかった。
フリーシアはふと、視線を右に移すと、そこにはロイスが横になっていた。
「お姉様・・・。」
ロイスは静かに寝息を立てている。
「フリーシア!起きたのか!」
水を汲みに行っていたゼンが、起きたフリーシアを見て駆け寄ってくる。
「ゼン・・・。」
──すぐ回復させてやる!耐えろ!
薄れる意識の中のゼンの声が蘇る。
「貴方が、治してくれたの?」
ゼンは静かに首を横に振り、横になっているロイスを見る。
フリーシアもロイスに視線を向けた。
「お姉様が・・・。」
フリーシアはもう一度ゼンに視線を向ける。
「でも、貴方がいなかったら私は生きて無かったかもしれないわ。ありがとう・・・ゼン。」
ゼンは少し俯くと、答える。
「ああ・・・。間に合って良かった。」
2人の間に沈黙が訪れる。
ロイスのスースーと眠る静かな寝息が聞こえる。
ゼンとフリーシアはお互い、気まずそうに視線を合わせない。
「お姉様は、どうして眠ってるの?」
フリーシアはゼンに問いかける。
「ロイスは・・・不死鳥の炎環を使った。フリーシアの魂を活性化させ、肉体を蘇生させる為に。その代償が全魔力の枯渇と、この状態になってしまうらしい。」
フリーシアはロイスの手をそっと取り、強く握った。
「無理したのね・・・。」
フリーシアは自分の亜空間バッグから魔力ポーションを取り出し、ロイスをそっと起こすと、ポーションをゆっくりとロイスの口へ注ぐ。
少し飲ませて、そっと寝かせるとロイスの寝顔を見つめる。
しばらく時間が経ち、ロイスの指先がピクンと動く。
「う・・・ん・・・。」
ロイスが目を覚ました。
体を起こし、ロイスは目を擦る。
「お姉様!!」
ぼやける視界の中、フリーシアの元気な声を聞く。
フリーシアはロイスに勢いよく抱きついた。
「フリーシア、良かった・・・。」
ロイスもフリーシアを抱き返した。
「ありがとう、お姉様。」
そう言うとフリーシアの抱き込む力が強くなった。
「いいえ。」
ロイスはそう答え、フリーシアの背中を2回、軽く叩いた。
2人は立ち上がると、
「あ、あれ?」
ロイスがよろめいた。
咄嗟にフリーシアがロイスを支える。
「なんか、おかしいな・・・。」
ロイスは支えられながら頭に手を当てた。
視界が少しぼやけ、左右に揺れる。
フリーシアはゆっくりとロイスを座らせる。
「まだ無理しちゃだめよ、お姉様。」
「ありがとう、フリーシア。」
頭に手を当てたまま、ロイスは俯く。
ゼンがロイスの前に腰掛ける。
「すまん、ロイス。無理させ過ぎた。」
「違うでしょ?ゼン、こういう時はありがとう、だよ?」
ロイスはゼンに笑いかけた。
ゼンは視線を下に外した。
「そう・・・だったな。」
ゼンは気まずそうに頬をかき、続けた。
「あ、ありがとう・・・。」
「うん、よろしい。」
ロイスは頷き、微笑みかける。
「それはそうと・・・。」
ゼンは気まずかったのか立ち上がり話題を変える。
「今回の魔人も、核を残した・・・。」
ゼンは魔晶核がある所まで歩いていく。
ロイスとフリーシアはその姿を視線で追う。
ゼンは魔晶核を取ろうとするが掴む手前で1度手を止めた。
「どうしたの?」
フレーシアがその行動を不思議そうに見ている。
「いや、何でもない・・・。」
ゼンはそう言うと魔晶核を掴む。
その時・・・
──ドクン!
胸の奥、ゼン自身の魂が微かに脈打つのを感じる。
しかし、痛みや苦しみは無い。
ゼンはその魔晶核を見つめる。
「2人共、もしかしたらアルカムプルビトゥの代償、何とかなるかも知れない。」
「どういうこと?」
ロイスが不思議そうにゼンを見つめる。
ゼンは2人に魔晶核を見せ、答える。
「これを使うんだ。」
「そんなことできるの?」
フリーシアは少し不安そうな表情を浮かべる。
「多分、大丈夫だ。」
確証はない、でもやってみる価値はある。
ゼンはそう感じていた。
アルカムプルビトゥを手に取り、それを見つめる。
不安はある。
失敗すれば3人の内誰かが死んでしまう。
だが・・・。
ゼンはその果実を思い切って1口かじった。
それを見ていた2人は息を飲む。
ゼンの体が7色に輝き、光に包まれていく──。
淡い、紫に揺らめく部屋の前。
ゼンはドアを開けるか悩んでいた。
しかし、ゼンは意を決してドアノブを強く握り、ドアを開ける。
扉が軋む音が静かな空間に響く。
その音に、ジンはビクリと肩を震わせた。
ジンは部屋の中央で膝を抱えて小さく体を丸めている。
「ジン、待たせたな。」
ジンは顔を上げ、ゼンに視線を向ける。
ゼンは辺りを見回す。
「マギア体は・・・。治ってるな。」
ゼンはジンに視線を戻す。
反対に、ジンはゼンの視線を避けるように俯く。
「僕は・・・。僕のせいで皆が危険な目に・・・。」
ゼンは肩を落とし、大きなため息をつく。
「いつまでうじうじ言ってんだ。」
ゼンは吐き捨てるように言う。
「お前が油断したのは事実だ。」
ジンはその言葉を聞き、膝を抱える腕に力がはいる。
「それで終いかよ。」
ゼンは1歩、距離を縮める。
「ロイスやフリーシアが死んだか?」
ゼンはジンの反応を待つ。
「フリーシアが・・・死にそうだった・・・。」
ジンはゼンに視線を合わせず、遠くを見るような目をしている。
ゼンはその言葉に目を細め、斜め下に視線を逃がす。
「ああ、それも事実だ。俺の犯した失敗だ。」
ゼンはジンを見据えてもう1歩距離を詰める。
「次は失敗しねぇ。」
ゼンはジンに近ずき、脇を掴んで力いっぱい引き上げる。
それに驚いたジンは目を丸くしてゼンに視線を合わせた。
「お前も次はねぇ。もう油断すんな。」
ゼンの深い青色の瞳に力が宿る。
その瞳から逃げるように視線を逸らそうとする。
しかし、それが出来ない。
何度か交わしたゼンとの会話・・・。
必要最低限の言葉しか発さないあの無愛想なゼン。
こんな風に言葉をぶつけるゼンを、ジンは知らない。
なのに今、目の前にいるゼンは違う。
ゼンの言葉が怖い・・・。
──お前も次はねぇ。
その言葉が重くのしかかる。
でも、言葉は乱暴なのに不思議と突き放された感じはしなかった。
むしろ・・・背中を押されているような感覚だった。
言葉こそ違うけど、一緒に戦ってやる・・・そう、言ってくれてるように感じた。
ジンは目を閉じ、そして立ち上がる。
「ゼン、ありがとう。僕はもう・・・油断しない!」
ジンの淡い紫色の瞳に光が戻る。
やがて体の発光は収まり、ゼンの姿が現れる。
パキン!乾いた音が空洞内に響き渡る。
魔晶核は崩れ、細かい塵となって消えて行った。
「ゼン・・・?」
ゼンはゆっくりと顔を上げて2人に視線を向けた。
その瞳には深い青色の瞳ではなく、淡い紫色の光が宿っていた。
「2人共、僕は・・・。」
ジンの一人称を聞いた時、無意識にロイスは駆け寄り、抱きしめた。
「お帰り・・・。ジン。もう、心配したんだから。」
ジンは抱きしめ返そうと、僅かに腕が動く。
しかし、その動きは途中で止まった。
代わりにジンはそっとロイスの頭に手を乗せる。
「ごめん、心配かけた。」
優しく撫でるその手は、どこかぎこちなかった。
「無事でよかったわ。」
フリーシアがジンにゆっくりと近づいて来る。
ジンはフリーシアに視線を向ける。
「フリーシア・・・。」
「まぁ・・・ちょっと?ゼンがいなくなったのは寂しいけど・・・。」
そう言いながらジンから視線を外し、石ころを蹴る。
「大丈夫。ゼンならいるよ。今は・・・眠ってるみたいだね。」
ジンの言葉を聞き、フリーシアの顔が明るくなる。
「じゃぁ、アルカムプルビトゥの代償は・・・・?」
ロイスはジンから離れ、問いかける。
「魔人の残した核が、代わりに犠牲になったみたいだね。」
ジンは自分の左手を見つめる。
「魂として認識されたってことだ。」
フリーシアは難しい顔をする。
「あの核・・・。何なのかしらね・・・。」
ロイスとフリーシアは考え込む。
「それはいずれ、王都の研究機関が解明してくれるはずさ。それと・・・。」
ジンは2人に真剣な表情を向ける。
「僕の油断が、二人を危険に晒した。だから・・・もう油断しない。」
「危険なんて折込済みよ。そうと分かってて一緒に旅するって決めたんだから。それに・・・。」
フリーシアはロイスの腕に抱き着き、続ける。
「お姉様がいるもの。」
フリーシアは満面の笑みでジンに笑いかける。
ロイスは困った表情をフリーシアに向ける。
「そ、そんなに期待されても・・・。でも、そうよ。私も決心してついて来たんだからね。」
ロイスも真剣な眼差しをジンに向ける
「2人共・・・。」
ジンは目を閉じ、少し俯きながら、
「ありがとう・・・。」
と2人に伝えた。
「いいえ。」
「いいえ。」
ロイスとフリーシアは同時に答えた。
ジンは自分の手を見つめる。
すぐ近くからはロイスとフリーシアの笑い声が聞こえる。
さっきロイスに触れた手をゆっくりと握り締める。
どこか、かみ合ってないような感覚。
確かに自分の体のはずなのに・・・。
「まぁ、いいか・・・。」
小さくそう呟き、手を下ろした。
「戻ってこれたんだな・・・。」
その声は誰にも届かないほど、小さかった。
第32話、最後まで読んで頂きありがとうございます。
ようやく、主人公のジンが復活しましたね!
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