第27話 王女の決意
──その日の夜
ロイスは寝る支度をしていた。
そこに、コンッ・・・コンッ・・・コンッと静かに3回、ドアをノックする音が響いた。
「お姉様、起きてる?」
フリーシアの声を聞き、ロイスはドアを開けると、ドアの前にはどこか落ち着かない様子のフリーシアが立っていた。
ロイスは少し驚いた表情を浮かべてフリーシアを見る。
「あの・・・その・・・。」
フリーシアは少し俯きながら視線を左右に泳がせる。
そんなフリーシアを見たロイスはふふっと笑い、フリーシアを部屋の中へと受け入れた。
フリーシアはゆっくりと中へ入り、部屋のソファーに腰掛け、ロイスはその隣に腰掛けた。
「昼は一緒に下街に行ってくれてありがとう。楽しかったわ。」
フリーシアは何処か気まずそうに、手をもじもじさせている。
昼の無邪気な笑顔が嘘みたいに、今のフリーシアは小さく見えた。
「うん、私も楽しかった。」
ロイスは笑顔で答える。
「私、初めてああやって外に出たから、はしゃぎすぎちゃって・・・。お姉様にはしたないところを見せちゃった。」
ロイスは首を横に振る。
「ううん、私だって楽しくてはしゃいじゃった。」
フリーシアの視線がロイスへと移る。
「いっぱい食べて、いっぱいはしゃいじゃった。」
ロイスがそう言うと、二人はふふふっと笑った。
「あの露店の串、美味しかったね。」
「ええ、また一緒に行きたいわ。」
2人は静かに昼のことを思い出す。
「うん、必ずまた行こうね。」
ロイスはフレーシアに優しく笑顔を向けた。
「さ、そろそろ寝よう?」
そう言い、立ち上がるとフリーシアに服を引っ張られる。
「ま・・・まだ一緒に居たいから・・・一緒に寝てもいい・・かな?」
ロイスはその言葉に一瞬驚きはしたが、すぐに
「ええ。一緒に寝よう。」
そう言い、微笑み返した。
2人はベッドに入り、しばらくの沈黙が流れる。
フリーシアはゴソゴソとロイスに近づき、ロイスの腕に抱き着く。
「私・・・ね。こうやって誰かと触れ合う事、ずっと怖かったの・・・。」
ロイスはフリーシアの方に体を向け、頷く。
「子供の頃、訳も分からずに触った人を氷像に変えてしまって・・・。そこから凍絶の魔女って怖がられて、私は人からも、お母様からも遠ざかったの・・・。」
フリーシアはロイスの腕を少し強く抱き込む。
「触れたらまた、誰かを壊してしまうんじゃないかって・・・ずっと怖かった。」
フリーシアはロイスに目線を移す。
「でも、お姉様がそれを変えてくれた。とても嬉しかったの・・・。」
フリーシアは涙を堪えながら笑顔を作った。
「だから・・・。もう少しだけ、こうしてていい?」
ロイスは一度フリーシアの腕を解き、頭の下へと滑らせる。
何も言わず、ロイスはフリーシアを優しく抱き寄せるとその手で優しくフリーシアを撫でた。
「私でよければ、いつでも一緒にいるよ。」
フリーシアの表情が不安から安堵に変わっていく。
「お姉様・・・。温かい。」
お姉様・・・ずっと、一緒に・・・。
フリーシアはロイスの胸に深く顔を埋めると、ずっと感じたかった温もりの中で静かに眠りについた。
その夜、フリーシアは久しぶりに深く眠りにつくことができた。
──翌日
窓から差し込む優しい光の中、フリーシアが目を覚ます。
「う・・・ん。」
目を覚ますと、フリーシアの視界はロイスの胸の中にあった。
お姉様・・・ずっと私のこと抱いてくれてたんだ・・・。
フリーシアは思わずロイスを強く抱きしめた。
まだ離れたくない・・・。
そう思ったのは初めてだった。
「ん・・・。」
ロイスは寝がえりを打つが、起きない。
フリーシアは体を起こし、ロイスを見つめる。
「お姉様の寝顔・・・かわいい・・・。」
スースーと静かに寝息を立てるロイスの頬を軽く突いた。
ほっぺも柔らかい・・・。
フリーシアはふふっと小さく微笑む。
「ん・・・フリーシア・・・?」
「わぁっ!」
ロイスが突然起きたことにフリーシアの肩がビクッと揺れる。
目を擦りながら体を起こしたロイスは、ボヤーッとフリーシアを見つめる。
だんだんと視界が鮮明になっていく中、ロイスの頬も赤くなっていく。
ロイスはサッと布団で体を隠す。
「フリーシア、何かした?」
「え、えっと・・・その・・・。」
フリーシアは視線を泳がせる。
「寝顔・・・見てました。」
フリーシアは恥ずかしそうに俯く。
「やっぱり・・・。」
「あと・・・。」
フリーシアは手を出し、指先をちょこんと摘まむようにして
「少しだけ・・・ほっぺ、触りました・・・。」
フリーシアはそう言うとロイスから少し視線を逸らす。
慌てるフリーシアを見て、ロイスはふふっと微笑む。
「もう、しょうがないんだから。」
2人は思わず顔を見合わせて笑い合った。
そこに、ドアがノックされる音が響く。
「ロイス?起きてる?」
ジンがロイスの部屋を訪ねてきた。
「ジンだ!」
ロイスはベッドから飛び起き、ドアの方へ向かう。
「お姉様!」
フリーシアが呼び止めた時には遅く、既にロイスはドアを開けていた。
ドアを開けたロイスの姿は・・・。
スカート丈の薄衣を1枚纏っただけの姿で、下穿きこそ見えないが、ジンを赤面させるにはそれだけで十分過ぎる程だった。
ジンはロイスの姿を見て顔が赤くなり、視線は宙を仰ぐ。
「ろ、ロイス・・・お、おはよう・・・。」
そんなジンの様子に首を傾げるロイスだったが、自分の姿を見て一気に耳まで赤くなり、恥ずかしさのあまり力強くドアを閉める。
「ジ、ジン!違うの・・・!ちょっと待ってて・・・。」
「お姉様、無防備すぎる・・・。」
フリーシアは小さく溜息をつくが、その表情は何処か柔らかかった。
ロイスとフリーシアは着替え、着替え終えるまでのロイスは終始無言だった。
ロイスは着替え終わると、ドアを開ける。
「お、お待たせ・・・。」
「う、うん・・・。」
ジンはロイスの部屋に入るとフリーシアに気付く。
「フリーシアもいたんだね。」
そう言いながら部屋のソファーに腰掛ける。
ロイスとフリーシアは向かいのソファーに腰掛ける。
フルーシアはロイスの腕にしがみ付き、寄りかかる。
ジンはロイスのことを直視することができず、視線を泳がせている。
ロイスはまだ耳まで赤く染め、俯いている。
そんな二人をフリーシアはジトーッと交互に見ている。
その空気に耐えられなくなったフリーシアが口を開いた。
「それで?何か話があって来たんじゃないの?」
フリーシアの言葉に二人は我に返る。
「そうだった。」
ジンは真剣な表情に変わる。
「ロイス、明日辺りにここを発とうと思うんだ。」
「明日・・・。」
ロイスはそう呟き、ほんの少し俯いた。
フリーシアと仲良くなれたばかりなのに・・・。
この時ロイスはこう考えてしまった。
しがみ付くフリーシアに視線を移すと、フリーシアは少し寂しそうな顔をしている。
「あんな魔人が、他にも村や町を襲っているかも知れない。」
ジンは言葉を切り、少しだけ俯きながら言葉を続ける。
「あれより強い魔人もいるかも知れない。・・・正直怖い。でも、それが僕に課せられた使命だから・・・。」
ジンの真剣な表情を見て、ロイスは決断する。
「うん、分かった。私も、そのために着いて来たもの。」
フリーシアのしがみ付く腕に力が入る。
「フリーシア、全部終わったら、帰って来るから。」
そう言うとロイスはフリーシアの頭を優しくなでる。
フリーシアは目を閉じて考え込む。
「フリーシア?」
フリーシアは閉じた瞳を開き、立ち上がってこう言った。
「私も行くわ。お姉様と一緒に!」
フリーシアの言葉に部屋の空気が止まる。
「フリーシア・・・。」
ロイスは戸惑いながらその名を呼ぶ。
「本気よ。」
フリーシアは真っ直ぐロイスを見つめる。
「でも・・・。」
ジンが口を開きかける。
「分かってるわ。あんな魔人と戦うのは2人じゃ厳しいわ。それに、勝手には行かない。」
フリーシアは一度目を伏せてから、静かに続ける。
「お母様の許可は、ちゃんと取るから。」
その言葉に、ジンとロイスは顔を見合わせる。
「2人は応接室で待ってて。」
2人はフリーシアの言う通り、応接室で待つことにした。
しばらくして、アスタリア女王とフリーシアが入ってくる。
アスタリアは向かいのソファーへと腰掛ける。
フリーシアは・・・ロイスの隣に腰掛けた。
「明日・・・旅立つそうね。」
アスタリアが静かに口を開く。
「はい。」
アスタリアは少し間を置いて、フリーシアに視線を向ける。
「そして、あなたも行く・・・と?」
「ええ、お母様。」
フリーシアの言葉に迷いは無い。
「外が・・・どういう場所か、分かっているの?」
アスタリアの表情が僅かに歪む。
「分かってます。でも・・・。それでも行きたいの。」
フリーシアは力強く、そして真っ直ぐアスタリアを見据える。
アスタリアはその瞳をみて、目を閉じる
「貴方はこの国の姫よ。」
アスタリアは目を開き、現実を突きつけるように言葉を続ける。
「軽い気持ちで外に出ることは許されないわ。」
アスタリアのその言葉に空気が重くのしかかる。
「違います!」
ロイスは立ち上がった。
「フリーシアは軽い気持ちじゃありません。」
ロイスの言葉に、アスタリアは静かに目を細める。
「そう・・・。」
そして、フリーシアに視線を戻す。
「なら、証明して見せなさい。貴方が守られるだけの存在ではないと言うことを。それができるのなら、行きなさい。」
フリーシアは両手を強く握り応える。
「はい。」
部屋に静かな空気が流れる。
「フリーシア・・・。」
ロイスは安堵したようにそっとフリーシアの手を握った。
フリーシアはその手を強く握り返す。
その様子を見てアスタリアはほんの僅かに目を細める
「フリーシア・・・。」
アスタリアはほんの少し微笑み、静かに呟いた。
「いつの間にか、そんな表情もするようになったのね・・・。」
フリーシアを見つめる視線は、王のものではなく、ただの母親のものだった。
厳しさの奥に、微かに揺れる不安と、それ以上の信頼が混ざっている。
「無事に帰って来なさい。」
その言葉は命令ではなく、母としての願いに近かった。
「はい、お母様。」
フリーシアは真っ直ぐに頷いた。
アスタリアは小さく息を吐き、視線を窓へ移す。
その横顔には王ではなく、母親の表情に変わっていた。。
「必ず、帰ってきます。」
フリーシアは静かにそう告げると、微かに微笑んだ。」
「ええ・・・。」
アスタリアはそれだけを返し、ゆっくりと目を閉じた。




