第23話 第4層(フォースインバース)
先ほどまで凍り付いていた空気は僅かに緩んでいた。
フリーシアの嗚咽は、まだ微かに続いている。
ロイスは何も言わずに、ただ優しくその背中を撫でていた。
良かった・・・。
ジンは、少し離れた所からその様子を見つめている。
胸の奥にたまっていた何かがゆっくりと解けていく感じがした。
「もう・・・。大丈夫。」
ロイスはその言葉を聞き、フリーシアから離れる。
フリーシアは目を腫らし、頬を赤く染めていた。
ロイスはフリーシアに優しく微笑みかける。
「情けないとこ見せてしまった・・・。」
そう言いながらフリーシアはソファーに腰掛ける。
「ううん、そんなことない。誰にでもこんな時はあると思うの。」
ロイスは自分が座っていたソファーに腰掛け、首を横に振る。
フリーシアは涙を拭きながら、ロイスの言葉に疑問を持つ。
「そう言えば、ロイスに君の炎は優しい炎だって、言ってくれた人って・・・。」
フリーシアはジンの方を見つめる。
その視線にジンは言葉を呑んだ。
「あ、あの時は一生懸命だったんだ・・・。」
そう言うと視線を斜め上に逃し、頭を掻く。
その頬は赤く染まりあがった。
フリーシアがロイスに視線を移すと、ロイスは俯き、頬を赤くしている。
フリーシアはそんな二人を見て、
「ふふっ・・・。」
フリーシアは口もとに手を添え、くすりと笑った。
「フリーシア様だって、目、赤くなってるよ?」
と、冗談を混ぜて笑った。
「なっ、これはっ・・・。」
「ジン、それは言っちゃだめよ?女の子なんだから。」
ロイスは頬を膨らませ、眉を潜める。
「和ませようと思って・・・。ごめん・・・。僕が悪かった。」
3人は顔を合わせて笑った。
「それから・・・。様じゃなくて、フリーシアで良いわ。二人共、よろしくね。」
フリーシアはそう言うと手差し出す。
2人はフリーシアと握手する。
「よろしく。」
そんな時だった。
外でバリンっ!と何かが割れる大きな音と共に、窓ガラスがガタガタと揺れる。
3人は同時に窓の方に視線を移す。
フリーシアは窓を開けて外を確認する。
そこには、結界が音を立てて砕け、崩れ落ちていく光景が広がっていた。
ドンッ!という重たい音が鳴り響き、住宅街の方から煙が上がる。
「お姉さま・・・。」
フリーシアは無意識にロイスの顔を見る。
ガチャッ!!
応接室のドアが勢いよく開かれる。
「フリーシア様!!」
入って来たのはランズだった。
「王都の結界が破られました。」
「ええ、見ていたわ。何が原因なの?」
ランズは俯き、言葉を詰まらせ。
「・・・。魔人・・・です。」
「魔人!?」
フリーシアの肩が僅かに震える。
「魔人・・・!?そんな、どうして・・・。」
ロイスは息を呑み、思わずフリーシアの方へ視線を向けた。
「・・・魔人が、なぜ。」
ジンはそう呟くと力強く拳を握る。
「魔人が、王都に・・・。」
フリーシアは目を閉じ、深く息をする。
再び目が開いた時は、強さを取り戻していた。
「状況を説明して。」
「はい。魔人は空から侵入し、魔獣を召喚して解き放ちました。すでに住人は避難を始め、魔法軍が出ていますが、戦況は厳しく・・・。」
「分かったわ。」
フリーシアは2人に視線を移した。
「2人共、私に着いてきて。」
その声に、迷いは無かった。
2人は大きく頷く。
フリーシアは外套を羽織り、表情を引き締めた。
「空へ至る魔法は使えるわね?」
フリーシアは2人に確認する。
「ええ。」
「もちろん。」
それを聞き、フリーシアの口角が少し上がる。
「急ぐわよ。」
ふわり・・・。
3人の足が地面から静かに離れる。
空を滑空し、煙の立つ住宅街へと急ぐ。
──住宅街
数えきれないほどの魔獣が住宅街で破壊の限りを尽くしている。
避難に間に合わなかった人たちの残骸が転がり、壁や道路には人々の鮮血が飛び散っている。
魔法軍は隊列を組み、魔獣の猛攻を何とか凌いでいるが、防戦一方で戦況をなかなか覆せない。
1つの建物から逃げ遅れた人形を抱きかかえた女の子が姿を現す。
それに気づいた魔獣がその口を大きく開け、牙をむきだしにして襲い掛かる。
その女の子は今起きている現状に、理解がついて行かず、人形を落とす。
迫りくる魔獣の影が、女の子を覆う。
「やだ・・・。」
その瞬間、閃光が走る。
ドン!と地面に着地すると同時に音もなく魔獣は両断された。
その魔獣は体が半分に別れ、霧散していく・・・。
「遅くなった・・・。」
低く呟くジンのてには、まだ魔力の残滓が揺らめいていた。
ジンはゆっくりと女の子に向かって近づく。
「もう、大丈夫だ。」
ジンはそう言うと、しゃがみ、人形を女の子に返した。
「お兄ちゃん・・・。」
女の子は震える声でその人形を受け取り、女の子の震える手が、ジンの服を掴む。
その瞳には、涙が溜まっていた。
「こっちの魔獣は私に任せて。」
ジンはロイスに視線を向け、頷く。
それを背中越しに確認するロイスは魔獣へと向かった。
ロイスの周囲に淡い炎の球がいくつも浮かぶ。
「これ以上は行かせない!!」
炎の球が魔獣達を焼き尽くす。
「さ、一緒に逃げよう。」
ジンは女の子を抱え、空へ至る。
魔導部隊がいる方には、フリーシアが到着していた。
「私が来たからにはこれ以上やらせないわ!」
「フリーシア様だ!!」
と魔導部隊から歓声が上がった。
「ここまでよくやってくれたわ。あなたたちは下がって!」
その一言で、魔導部隊は少しずつ交代する。
フリーシアの周囲の空気が凍り付く。
フリーシアが右手を左から右へ滑らせる・・・。
「氷霊の断界」
冷気が戦場を駆け抜ける。
パキン・・・!
魔獣達は抵抗する間もなく、氷像と化した。
2人のてにより、魔獣達はどんどん蹂躙されていく。
その様子を、建物の屋根から密かに見つめる影があった。
「ふむ・・・。いい記録ができた。」
その頃、ロイスとフリーシアは魔獣を掃討していた。
しかし、ある違和感を覚える。
「魔人は・・・どこ?」
ロイスもフリーシアも魔獣と戦う中、それらしい姿を見ていない。
「分からない・・・。」
2人が辺りを見回していたその時だった。
残った魔獣はぴたりと動きを止める。
魔獣が動きを止めたことをチャンスと思い、魔法を発動しようとした瞬間、上空から見えない圧が降りてきた。
初めて感じる強大なプレッシャー。
「息が・・・できない。」
2人の呼吸は止まり、体が僅かに沈む。
「何・・・これ・・・。」
ロイスの声が震える。
辺りの瓦礫がカタカタと震える。
フリーシアはゆっくりと空を見上げた。
そこには上空からゆっくり降りてくる影があった。
「来たわね・・・。」
その影は、ゆっくりと地上へ降りてくる。
その姿を視界に捉えた瞬間、ロイスの背筋にぞわりとした悪寒が走った。
「なに・・・あれ。」
細い・・・。
あまりにも細い体躯。
人の形をしているはずなのに、均整がどこか歪んでいる。
腕と足は長く、人の物ではなかった。
まるで、昆虫のように。
かくり、と不自然な角度で折れ曲がる。
全身は光を吸い込むような黒色一色で、輪郭さえ曖昧に揺らぐ。
その額には核があった。
宝石のようにも見える。
透けているはずなのに中身がはっきりと認識できない。
その内側は赤黒く不気味に光を滲ませている。
「あれは・・・。」
ロイスが息を呑む。
その核を見た瞬間、視界が僅かに歪んだ。
「初めまして・・・。人間。」
魔人は礼儀正しくお辞儀をすると続けた。
「私は、アルヴォル・クリフォティカ、第4層のリコルディア。」
リコルディアは顔だけを上げる。
「以後、お見知りおきを・・・。」
リコルディアの口角が上がる。
体から炎が揺らめき、周囲に淡い炎の球体が浮かび上がった。
それを見たロイスの目が見開かれる。
それは・・・。
つい、先ほどまで自分が使っていた魔法と、まったく同じものだった・・・。




