第22話 フリーシア・エル・イリシア
ジンとロイスはランズに案内され、王城の応接室に向かっている。
広い廊下には赤いカーペットが敷かれ、等間隔に置かれる花瓶と何枚ものドアを通り過ぎる。
廊下は不気味なほど静まり返っていた。
ジンは歩きが固くなり、ロイスは無意識に背筋を伸ばす。
柔らかな二つまとめられた赤茶色の髪の毛を揺らしながら、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「こちらです。」
ランズは1つのドアの前で立ち止まった。
「中でお座りになってお待ち下さい。」
そう言うと、ランズはドアを開いた。
壁には大きな絵や武器が飾られており、中央には赤いソファーが二つ、テーブルを挟んで向かい合っていた。
ジンとロイスはランズに誘導され、ソファーへ腰掛ける。
ランズは二人に頭を下げ、応接室を出て行った。
「城ってこんなにでかいんだね・・・。」
「私も初めてきた・・・。」
応接室に静かな空気が流れる。
二人はその静けさでさらに緊張し、体が強ばる。
やがて・・・
コンッ、コンッ、コンッとドアがノックされる。
二人はその音に驚き、肩を跳ねさせる。
ドアが開き、入って来たのは、柔らかな温かみのある淡いピンクのドレスに控えめながらも洗練された装飾をまとった女王。
その隣には透き通る薄水色に、ほのかに銀が溶け込む髪をした王女。
透明に輝く宝石が散りばめられたティアラを静かに戴き、白を基調に、淡い水色の透き通るような輝きのドレスを纏っている。
表情が豊かそうで柔らかい雰囲気の女王に比べ、王女のその視線はどこか俯きがちで、瞳には僅かに影を帯びていた。
ジンとロイスは飛び上がるように立ち上がり、深くお辞儀をする。
「二人とも、顔をあげて下さい。」
女王はジンとロイスを見てふふっと柔らかく笑った。
二人は言われるまま、下げた顔をあげる。
女王と王女は二人の向かいのソファーへ腰掛ける。
「さあ、座って。」
女王にそう言われると、二人はソファーに腰掛けた。
「では、改めて。」
女王は胸に手を当て、軽く頭を下げる。
「私はこの国を治めている女王、アスタリア・エル・イリシア。」
アスタリアは頭を上げ、娘へと静かに視線を移した。
「そして、娘の・・・。」
王女は胸に手を当て僅かに頭を下げる。
「・・・フリーシア・エル・イリシアです。」
その声は澄んでいながらも、どこか控えめだった。
ジンは二人の仕草を真似るように胸に手を当て、頭を少し下げる。
「ジン・ウィアトルです。お目にかかれて光栄です。」
ジンはロイスの方を見る。
ロイスは緊張した面持ちで、胸に手をあて、頭をさげる。
「ロイス・サナティです・・・。」
ロイスが顔を上げると、
「ええ、お二人共よろしくね。」
女王がにっこりと言葉を返す。
なんとなく、ジンのことばかりを見つめているようにも見える。
「二人に何か問題があるわけではないから、安心してちょうだい。」
その言葉を聞き、二人の肩の力が抜ける。
「実を言うと、カサリスが魔法のことを教えに来てくれてたの。」
「カサリス校長が・・・?」
アスタリアは頷き、その視線をフリーシアに向ける。
フリーシアのその顔にはどこか不安げな表情を浮かべている。
フリーシアは誰とも目を合わさず、視線を少し伏せている。
「この子は昔・・・。」
「お母様。」
フレーシアはアスタリアの言葉を遮るように言葉を発した。
部屋の空気が一気に冷たくなる。
「ごめんなさい。今は関係なかったわね。」
アスタリアは二人の方に向き直す。
「そんなカサリスから手紙を受け取って、あなた達がくるかもと伝えてくれたの。それに・・・。」
アスタリアは言葉を一度切った。
「あなた達が聖魔人であること・・・。」
アスタリアはジンを見つめる。
「ジンは他の世界からやった来た事。」
アスタリアはジンを見つめ、軽く微笑むみ、目を瞑る。
「実際に会ってみればやはり・・・。」
女王の声が少し低くなり、部屋の空気が重くなる。
アスタリアは目を開き、再びジンを見つめる。
「いえ、今はやめておきましょう。」
女王様、ジンのことばかり見てる・・・。
それにあの顔・・・カサリスの時と似てた。
懐かしさを感じさせるような視線と表情・・・。
ロイスは無意識にジンを見つめていた。
「実は、この子も聖魔人なの。だから、二人にはこの子と仲良くして欲しいのよ。」
そう言うと首を少し傾け、にっこりと笑いかけた。
「あなた達を一目見たかったの。滞在するなら、ここで泊まって行ってもかまわないわ。」
アスタリアは立ち上がり、付け加える。
「私は行くから、同じ先生に習った者同士で、フリーシアをよろしくね。」
そう言うとアスタリアは応接室を出て行った。
フリーシアをよろしくって言われても・・・どうすればいいんだ?
ジンは気まずそうに頬をかく。
長い沈黙が訪れる。
凍り付くような時間、二人はますます緊張してくる。
フリーシアから話始めるつもりは無さそうだ。
そう感じたのか、ロイスが話かける。
「フリーシア様はいつ頃からカサリス校長の授業受けてたのですか?」
「・・・ないで。」
フリーシアは小さく、聞き取りずらい声で一言、言葉に出した。
「え・・・?今なんて・・・。」
聞き取りずらい言葉に思わず聞き返してしまうロイス。
「近づかないで!・・・私には、関わらないで。」
フリーシアは視線を合わせることなく言葉を発する。
「私に触れると・・・。」
フリーシアは言葉を詰まらせる。
両手を強く握り、眉間にシワを寄せる。
「みんな、凍って砕けるの・・・。」
部屋の空気がさらに冷たくなる。
「もう、これ以上壊したくないの・・・。」
フリーシアの声は少しずつ小さくなる。
ロイスはその言葉に目を見開いた。
しかし、ロイスは、すぐには否定しなかった。
少しだけ視線を落とし、静かに息を吐く。
「あなたも・・・。」
そして首を横に振る。
「カサリス校長に魔力操作とか習ってるならもう大丈夫だと思う・・・。」
フリーシアは静かに首を横に振る。
「いいえ、私がそうしたく無いの。もう、何も失いたくない・・・。」
「でも、それがあなたが危険だって証明にはならないと思うの。」
フリーシアの指が僅かに動く。
「あなたに、何がわかると言うの!?」
鋭い声なのに、どこか震えていた。
ロイスは目を瞑り、胸にそっと手を添える。
「私も、燃やしちゃったの・・・全部、全部。燃やしちゃったの。止めたかったのに、止められなかった・・・。」
フリーシアは何か言いたげだったが、言葉を詰まらせる。
「嘘・・・。」
「嘘じゃない。」
ロイスは立ち上がり、フリーシアに一歩近づく。
「ずっと怖かった。私自身が危ないものなんだって思ってた。」
フリーシアの肩が震える。
「やめて、来ないで・・・お願い。」
声は拒絶なのに体は逃げていない。
「でもね、私を庇って魔獣に重症の傷を負わされながら、そんな私の炎を、優しい炎だって言ってくれた人がいるの・・・。」
「ロイス・・・。」
ジンは思わずロイスの名前を口に出す。
フリーシアの体が強ばる。
一瞬だけ逃げようとしたが、でも・・・逃げない。
ロイスはそっとフリーシアを抱きしめた。
強くじゃない、優しく包み込むように。
フリーシアの体がさらに強ばる。
反射的に突き放そうとするが、力が入らない。
「ほら、大丈夫・・・。」
ロイスはフリーシアを少し強く抱き締め、フリーシアの肩に顔を埋める。
「もし、あなたが大切なものを凍らせてしまったら、私が溶かしてあげる・・・。」
フリーシアは目を閉じた
ロイスの奥から伝わる優しい温もり。
「温かい・・・。」
人と触れ合う時の温かさ。
その感覚は、ずっと忘れていたものだった・・・。
──9年前
当時5歳だったフリーシアは活発な女の子だった。
しかし、ある事件をきっかけに彼女は自分自信を凍結してしまった。
城の庭でアリシア達はお茶会をしながら遊び回る子供たちを見守っている。
手を振り、笑い、話し、時間を過ごす。
鬼ごっこにはフリーシアの侍女も混ざっていた。
パキッ──
「つっ・・・。」
指先に痛みが走り、フリーシアは指を見ると、指先に氷が張っていた。
「フリーシア様!鬼なんだから真面目にやってくださいよ。」
子供は叫ぶ。
フリーシアは指のことは気にせず、鬼ごっこの鬼を継続した。
「まてぇ〜!」
1人の男の子を追い・・・。
「タッチ!」
と、フリーシアがその男の子に触れた時だった。
その男の子は一瞬の内に氷像へと変貌してしまう。
「・・・え?」
フリーシアが目の前の光景を理解できないまま、その氷像に触れようとすると、崩れ落ちてしまった。
さっきまで聞こえていた笑い声は急にどこへ消え、時間が凍りついたように止まってしまう。
それを目にした女王達は立ち上がるもの、奇声を上げる者もいた。
「フリーシア様!!」
侍女は駆け寄り、フリーシアを抱き抱えようと触れた時、彼女も瞬く間に氷像へと変わり果て、崩れ去った・・・。
「魔女よ・・・あの子は魔女だわ!!」
お茶会をしていた貴族の1人がそう叫ぶ。
女王の耳に、その言葉は届かない。
訳が分からなくなって泣き出したフリーシアへ一歩、また一歩と、ゆっくり近づいていく。
「フリーシア・・・。」
「近づかないで!!」
フリーシアは鋭く、強く叫ぶ。
その叫びは悲痛なものだった。
「近づいちゃ・・・だめ。」
この事件の後、フリーシアは貴族達の間で凍絶の魔女と忌み嫌われるようになった。
その噂はたちまち、王都を包んだ。
それ以来、止まってしまっていたをフリーシアの時間を・・・今、ロイスが優しく溶かしていく・・・。
震える指が、ロイスの服をそっと掴む。
「何で・・・。」
言葉が続かず、唇が震える。
目を強く閉じても抑えきれないものが溢れてくる。
「何で、私に・・・こんな・・・。」
その時、ぽろっと涙が零れ落ちた。
一滴、また一滴と。
やがて・・・。
堰を切ったように涙が溢れ出す。
「うっ・・・あぁ・・・。」
耐えきれなかった感情が、ついに溢れ出す。
「やだぁ・・・っ・・・。」
フリーシアは、子供のように声を上げて泣いた。
ロイスはフリーシアを受け入れるかのように、頭をなでた。
「つらかったね・・・。」
その優しい声に包まれながら、フリーシアの涙はまるで凍りついていたものが溶けだすように、止まることなく溢れ続けていた。
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