第17話 迷いの先に
優しく、柔らかい朝の日差しが窓から差し込む。
ロイスはゆっくり目を覚ます。
「ん・・・。」
寝起きの目を擦りながら辺りを見る。
「・・・ジンのベッド。」
ジンはロイスをベッドに寝かせ、そっと布団をかけてくれていた。
私、あのまま寝ちゃったんだ・・・。
もう一度鮮明な視界で辺りを見回すが、ジンの姿が無い。
ロイスは目を大きく見開く。
ロイスは慌てて布団を剥がし、走って部屋のドアを勢いよく開ける。
勢いよく空いたドアの音にビクッと肩を揺らすジンが、ダイニングのテーブルに座っていた。
「ロイス!?」
ロイスはジンの姿を確認すると深く息を吐いた。
「部屋に・・・いなかったから。行っちゃったのかと思って・・・。」
ロイスは視線を横に逸らしながら声を小さくしていく。
「大丈夫、ロイスをそのままにして出ていかないよ。ご飯、できてるから食べよう。」
ロイスはジンに促されるまま、向かい側に座る。
「ジンが作ってくれたの?」
「口に合うか分からないけど・・・。」
ジンは苦笑いを浮かべる。
「ううん。ありがとう・・・いただきます。」
ジンはロイスが食べ始めるのを見届け、小さく
「いただきます。」
と、手を合わせて食べ始める。
「うん、美味しい・・・。」
ロイスは少しだけ、顔が緩くなる。
初めて作ってくれたジンのご飯。
もっと喜びたいのに、素直にそう出来ない。
「ありがとう。」
2人に沈黙が訪れる。
カチャカチャと食事をする音だけが鳴り響く。
ロイスはパンをちぎり、少し止まる。
しかし、すぐにそのパンを口へと運ぶ。
ジンはロイスを気にしながら食事をしている。
話しかけようと口を開こうとすると、喉に言葉がつまる。
やがて、二人は食事を終わらせる。
「着替えて来るね・・・。」
ロイスは食器を片付けながらそう言うと、自分の部屋へ向かう。
ジンは黙ったまま、食器を洗い続けていた。
水の音だけが、やけに大きく聞こえた・・・。
食器を洗い終わり、ジンも部屋へ戻って支度する。
荷物を持って部屋を出ると、バッタリとロイスと出くわした。
お互いの顔を見つめ、二人はそのまま動けずにいた。
先に視線を逸らしたのはジンだった。
揺れそうになる気持ちを抑えるかのように・・・。
ロイスはそれを見て視線を下に落とす。
「行こうか・・・。」
ジンが小さくそう言うと、ロイスは頷く。
「うん・・・。」
外に出ると空はいつの間にか曇っていた。
街全体が静かに見える。
石畳の道、行きかう人々。
遠くから聞こえる活気のある声は相変わらずだ。
もう見慣れた景色なのに──
現実味がない。
露店の通りに差し掛かった。
ジンには違和感が無くなっていた。
店の文字の意味がはっきりと分かる。
だがそれが逆に妙だった。
最初に見た時は確かに読めなかったはずなのに・・・。
もうすぐ学校に着いちゃう・・・。
ロイスの学校へ向かう足取りは重たかった。
何気ない会話、一緒に過ごした時間を思い返す。
ジンを森で助けた時からそんなに時間は経って無いはずなのに、ずっと一緒にいたような不思議な感覚。
着いて行きたい・・・。
そう言えば良いだけなのにそれが出来なかった。
寂しさと悔しさが心の奥に入り交じる。
二人はそのまま学校の門に到着してしまった。
そこにはカサリス、ヤナ、ヘディンの三人が待っていた。
その隣には、大きな魔物が静かに地面を踏みしめている。
馬のに似ているが、角が有り、淡い光が宿っている。
首に取り付けられた装具で従えられていた。
「従車か……」
ジンは小さく呟く。
カサリスが静かに二人を見る。
「来たか・・・。」
その一言だけで、空気が締まる。
「おはよう・・・。」
ヤナは二人に小さく手を振る。
ヘディンは、黙々と従車の装具の確認をしている。
カサリスはジンへ視線を向ける。
「ジン、これがお主らの足しになる。」
そう言うとパンパンに詰まった小袋を差し出す。
ジンはそれを受け取るのを躊躇する。
「わしからの餞別じゃ。受け取ってくれ。」
「・・・ありがとうございます。」
ジンはそれを受け取るとジャラッと音を立て、重みが腕に伝わる。
「こんなに・・・。」
「旅に路銀は必要じゃからの。」
ジンは深く頭をさげ、従車に視線を移す。
「これで移動するんですね。」
ジンは従車を見上げた。
「うむ、北へ向かうには必要じゃ。」
ロイスは、何も言えずに少しの間従車を見上げていた。
カサリスは続ける。
「準備は出来ておるな。」
ジンは深く頷く。
「はい。」
その言葉に迷いはない。
ロイスは小さく拳を握るが・・・声が出ない。
ジンはヘディンと一緒に従車の確認をしている。
カサリスはふと、ロイスに目がいく。
ロイスはまだ決心がついてないようだ。
カサリスは歩み寄り、ロイスを見据える。
行くにしても、行かんにしても、この子の選択じゃ。
しかし・・・ここに残ってもこの子の未来は明るくはならんじゃろ・・・。
迷っているロイスにカサリスは一言。
「お主は着いていかんのか?」
その問いに、一瞬空気が止まる。
ロイスは顔を上げる。
「私は・・・。」
そこで言葉が切れる。
「カサリス校長、従車の準備が整いました。」
ジンとヘディンが従車の準備を終わらし、戻ってきた。
「おお、そうか。では・・・。」
「はい、行ってきます。」
カサリスはじっくりジンの顔を見て言った。
「もし、何かで行き詰まった時は、また帰って来るとええ。力になれるやも知れんからな。」
「わかりました。」
ジンはそう言うとヘディンとヤナの方を向く。
「短い間だったけど、一緒に居れて楽しかった。ありがとう。」
ジンは二人と握手した。
最後にロイスの前に立ち、しばらく沈黙する。
しかし・・・。
「ロイス、別れるのは寂しい。でも・・・戻てくるから。必ず!」
ジンは左手を前に出す。
ロイスはジンの差し出した手を見つめ・・・その手を取って握ることは出来なかった。
ジンは少し寂しさを感じたが、手を引いた。
「じゃぁ、行ってくる」
ロイスに聞こえるぐらいの大きさで呟いた。
ジンはみんなに手を振り、彼は振り返って従車へ向かう。
ジンが振り返った時、ロイスは手を出そうとして、やめてしまった。
ジンの後ろ姿を見るロイスは、ジンの背中が小さく見え、もう戻ってこない様に感じた。
ロイスが俯いた時、肩に重みを感じた。
「!?」
ヤナがロイスの肩に手を置いた。
「本当は行きたいんでしょ?」
ヤナは複雑そうな顔をしている。
「ヤナ、私・・・。」
ヤナはロイスに笑顔を向けて言った。
「行かなくて後悔するより、行った方が断然マシだと思うよ?」
ロイスはジンと従車を交互にみて、無意識に足が一歩前に出る。
「ほらね?」
ヤナはそれを見てニコッと笑う。
「ほら、行っておいで。」
ヤナはロイスの背中を押す。
ロイスは押された勢いで一、二歩と歩き、立ち止まる。
ヤナの方を向くと、笑顔で手を振ってくれている。
ヤナの後押しが、ロイスの胸の奥にあった気持ちを形にしてくれた。
ロイスは気づいたら走り出していた。
前を向き、すぐにジンを追いかける。
「待って!」
従車に乗りかけていたジンの足は止まり、声のする方を見る。
「ロイス!?」
必死に追いかけてくるロイスを見て、驚きを隠せなかった。
ジンは言葉を失う・・・。
しかし、すぐに従車から降り、ロイスの前に立つ。
ロイスは立ち止まり、恥ずかしげにモジモジしながらジンに告げた。
もう、後悔はしたくなかった。
「あのね、ジン。わ、たしも・・・一緒に行きたい。」
その言葉を聞いて、ジンは嬉しさを隠しきれなかった。
「・・・ありがとう。」
ロイスの顔に、いつもの笑顔が戻った。
二人は従車に乗り込んだ。
「ジン!?」
外からヤナの声が聞こえた。
ジンは従車から顔をだす。
ヤナは少し寂しそうな表情を浮かべている。
「ヤナ?」
「約束、ちゃんと守ってよね?」
そう言うとヤナは拳を握り、顔の前に振り上げる。
保健室を出た廊下でヤナと交わした約束・・・。
「分かってる。必ず守るよ。」
「うん!」
ヤナは笑顔を見せるが、どこかぎこちなかった。
二人が言葉を交わすと、従魔の角が呼吸をするかのように明滅を繰り返し、鳴き声と共に従車が低く、唸るように動き出した。
車輪が重く、地面を揺らす。
三人は従車を見送る。
その背中は、やがて雲に溶けるように滲んで行った・・・。
ロイスは三人が見えなくなるまで窓の外から顔を出していた。
遂に学校編が終わってしまいましたね。
ここから先・・・ジンとロイスはどんな世界を見ていくのでしょう。
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