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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第三章:芽吹きのプレリュード

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第二十五話:仕組まれた喝采と、女神降瀾の序曲


あの衝撃的な動画流出騒動の後、キララエンターテイメントの若きエースプロデューサー、東雲翔真しののめ しょうまの日常は、一変した。彼の頭脳は、24時間体制で「Kプロジェクト」という名の、前代未聞の極秘任務の遂行に捧げられていた。

K――月島暦つきしま こよみ、13歳。その天使のような歌声と、悪魔的とも言える変幻自在のパフォーマンス能力。そして何よりも、彼女が持つ「魔法」のような不可思議な力。その全てが、東雲しののめのプロデューサーとしての本能を、かつてないほど刺激していた。

(この才能を、絶対に埋もれさせてはならない。いや、世界がこの才能を知らずにいること自体が損失だ)

しかし、同時に、彼女の年齢と、そのあまりにも特異な秘密は、細心の注意と、常識にとらわれない大胆な戦略を必要とした。


彼の「設計図」の第一段階は、「月島暦」という少女自身の社会的足場を固めること。特に、Kとしての活動で得られるであろう莫大な収益を、彼女にクリーンな形で還元し、かつ彼女のプライバシーを守り抜くためのスキーム構築は、最優先課題だった。

(Kの才能は、音楽だけではない…以前、彼女が『イメージ資料』として見せてくれた、あのアートワークの独創性…あれこそが、この難局を打開する鍵になるはずだ…!)

東雲しののめは、こよみが無意識のうちに描き留めていた、元の世界の記憶の断片とも言える幻想的な風景画に目をつけた。その絵には、中学生の作品とは到底思えないほどの技術と、観る者の魂を揺さぶるような、不思議な力が宿っていた。

彼は、キララチューブが社会貢献活動の一環として、また未来のクリエイター発掘という名目で、不定期に開催している「キララ・アート&クリエイション・アワード」という社内コンクール(一般には非公開に近いが、業界内での影響力は小さくない)に、その風景画を「月島暦」の名前で極秘裏に応募した。連絡先は東雲しののめが管理するダミーのものを使い、審査員には一切の先入観を与えず、作品の力だけで評価されるように細心の注意を払った。

(もちろん、暦さん本人には事後報告になるが…これも、彼女の未来のためだ。必ず理解してくれるはずだ…いや、理解させなければならない)

13歳の少女に対して、このような「仕掛け」をすることへの微かな罪悪感が胸をよぎるが、東雲しののめはそれを振り払った。これは、彼女を守るための最善手なのだと。


その頃、当の月島暦つきしま こよみは、初めての中間テストという、彼女にとっては比較的容易な(しかし、周囲の期待というプレッシャーは感じる)試練の真っ只中にいた。

いつもと変わらない教室の風景。チョークの音。教科書の匂い。

しかし、ここ数日、彼女は時折、説明のつかない奇妙な感覚に襲われていた。

(…なんだか、最近、妙な気配を感じるような…背中に、誰かの視線が突き刺さるような…ううん、もっとたくさんの人に、注目されているような…気のせい、かな…?)

授業中にふと窓の外を見ると、まるで誰かが自分を見ているかのような錯覚に陥ったり、休み時間に友人たちと談笑している時でも、不意に背筋がぞくりとしたり。時には、理由もなく耳鳴りがしたり、頭の中で遠い誰かの囁き声のようなものが聞こえるような気さえした。

それは、Kとしての自分が世界中で話題になり、その注目が良くも悪くも彼女の鋭敏な感受性に影響を与えているのか、あるいは、東雲しののめの「暗躍」が、見えない糸を通じて彼女に何かを伝えているのか…。こよみ自身にも、その理由は皆目見当もつかなかったが、漠然とした落ち着かなさを感じずにはいられなかった。

(…早く、テスト終わらないかな…なんだか、胸騒ぎがする…)

彼女は、ペンを握る手に、無意識のうちに力が入っているのを感じていた。


そして、こよみが中間テストの最終科目の答案用紙と格闘している、まさにその時。

東雲しののめの元には、待ち望んでいた吉報が、極秘回線を通じて届けられた。

「東雲部長! キララ・アート&クリエイション・アワード、中学生以下アート部門、月島暦さんの作品が、審査員全員から最高評価を得て、満場一致で大賞に決定いたしました! 審査員の一人は『この作品には、魂を浄化するような力がある。間違いなく、数十年に一人の天才だ』とまで…!」

部下からの興奮冷めやらぬ報告に、東雲しののめは静かに、しかし深く頷いた。

(よし…全ては計画通りだ。だが、これはまだ序章に過ぎない)

彼は、すぐに次の手を打つ。その受賞者リストと、月島暦の作品の素晴らしさを称える(そして、キララチューブの先見性をさりげなくアピールする)記事を、懇意にしている美術雑誌の編集長や、教育関係のインフルエンサー、さらには一部の信頼できるアート系ニュースサイトに「極秘情報」として、絶妙なタイミングでリークしたのだ。

「キララチューブ、若き才能を発掘!」

「謎の中学生アーティスト、衝撃のデビューか!?」

情報は、東雲しののめの計算通り、瞬く間に美術界や教育界の一部で熱を帯びた噂となり、それが巡り巡って、こよみの通う中学校の美術部顧問である田中先生の耳にも、ごく自然な形で届くように仕向けられていた。


全ては、月島暦つきしま こよみという少女が、Kとは全く別のルートで、「美術の天才少女」として公的な評価を得るため。そして、それがKとしての活動で得られる報酬を、彼女に「美術奨学金」や「活動支援金」という形で、クリーンに還元するための、周到に仕組まれた布石だった。この計画の成功のためなら、東雲しののめはどんな手段も厭わない覚悟だった。たとえそれが、多少強引で、彼女の知らないところで行われる「仕掛け」であったとしても。


中間テストが終わり、こよみが美術部の仮入部で、あの木炭デッサンを描き上げ、田中先生から「キララチューブのコンクールで大賞を受賞した月島暦さん」として認識されることになる、あの日の出来事。

それは、東雲しののめにとっては、まさに彼の描いた設計図通りの、しかし彼自身が直接手を下したわけではない、理想的な形での「実績の露見」だった。

(これで、「月島暦」への公的な支援の道筋が、より自然な形で開かれた…あとは、ご両親への説明の段取りと、Kの心のケア、そして何よりも、彼女のあの規格外の『力』を最大限に活かしたコンテンツ制作だ…だが、今回の件、彼女は素直に受け入れてくれるだろうか…少し、強引すぎたかもしれないな…)

東雲しののめは、美術室での出来事を、彼が独自に構築した情報網を通じてリアルタイムで把握し、内心では安堵しつつも、こよみの反応を気にしていた。そして、万感の思いを込めて、しかしあくまで事務的な連絡を装い、こよみへ例のメッセージを送る。

『K、いや月島暦さんとしての「公的な実績作り」の第一歩、無事完了いたしました。キララチューブ主催「未来のクリエイター発掘プロジェクト」中学生以下アート部門大賞、誠におめでとうございます。作品は、以前Kのイメージ資料として拝見した、あの素晴らしい風景画を使用させていただきました…』と。


その時までは、彼の計画は完璧に進んでいるはずだった。

そう、あの13歳の少女からの、どこか挑戦的な、そして有無を言わせぬ雰囲気を纏った、鋭い呼び出しメールが、彼のスマートフォンの受信トレイに静かに滑り込み、そして、あの秘密のスタジオの控え室で、彼女が放つであろう、筆舌に尽くしがたいほどの神々しいオーラと、その手に握られた黄金の天秤を目の当たりにする、あの運命の瞬間までは…。


そして、時は流れ、こよみからの呼び出しを受け、東雲しののめが例のプライベートスタジオの控え室で待っている、あの「事情聴取」の直前。

彼は、これから始まるであろう、K――いや、月島暦との真剣勝負に、改めて気を引き締めていた。彼女がどんな要求をしてくるのか、そして自分はそれにどう応えるべきか。背中には、うっすらと冷たい汗が流れるのを感じていたが、その表情はあくまで冷静を装っていた。

(彼女は、まだ13歳だ。だが、その魂は、間違いなく成熟している。大人として、プロデューサーとして、そして一人の人間として、誠実に向き合わなければ…もし、この才能の扱いを誤れば、それは取り返しのつかないことになる。その責任は、全て私が負う)

部屋の時計の秒針の音が、まるで運命の女神が刻む足音のように、やけに大きく彼の耳に響いていた。それは、これから始まるであろう、壮絶な(そして、もしかしたら少しだけユーモラスな?)尋問の開始を、静かに告げているかのようだった。

東雲しののめが、ふと息を整えようと目を閉じた、その刹那。


すっ……。


まるで陽炎が立ち上るかのように、部屋の中央、何もないはずの空間が微かに揺らめいた。音も気配もなく、しかし確かな存在感を持って、そこに一人の少女が姿を現す。

月島暦つきしま こよみ。しかし、その纏う空気は、いつもの彼女とは明らかに異なっていた。まるで、古の神殿から抜け出してきたかのような、静謐で、どこか人間離れしたオーラ。

彼女は、ゆっくりと東雲しののめに向き直ると、その大きな瞳で、彼を射抜くように見据えた。

「…東雲さん。お待たせして、申し訳ありません」

その声は、鈴が鳴るように澄んでいながら、有無を言わせぬ響きを帯びていた。

東雲しののめは、息を呑んだ。テレポート。Kの能力の一つであることは理解していたが、こうして目の前で、しかもこれほどの威厳を持って現れられると、やはり彼の心臓は嫌な音を立てる。

(…来たか…いよいよ、始まる…!)

彼は、ゴクリと唾を飲み込み、目の前の小さな「女神」と対峙する覚悟を、改めて固めるのだった。

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