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月影の万華鏡 ~魔法のプリズム、輝くシークレットライブ~  作者: 輝夜
第三章:芽吹きのプレリュード

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第十九話:答案の赤面と、アトリエの木炭

 Kとしての秘密を東雲さんと共有し、未来への大きな一歩を踏み出した暦だったが、彼女の日常は、まだ何も知らない友人たちとの、穏やかで賑やかな日々の中にあった。

 あの日、秘密のスタジオでの衝撃的な出来事から数日後、中学校では初めての中間テストが終わり、こよみが通う中学校では、初めての中間テストという大きな嵐が過ぎ去ったばかりだった。教室には、まだテスト期間中の緊張感が抜けきらない生徒たちの、どこか浮足立ったような、それでいて答案返却への不安が入り混じった複雑な空気が漂っていた。


「はぁー、終わったー! 解放された~!」

 昼休み、隣の席の早川美咲はやかわ みさきが、大きな伸びをしながら声を上げた。その表情は、テストという重圧から解き放たれた安堵感でいっぱいだ。

「うん、本当にお疲れ様」

 こよみも、穏やかに微笑んで美咲に頷いた。彼女自身も、テスト期間中はKとしての活動を最小限に抑え、学業に集中していた。彼女は、一度教科書に目を通せば、その内容が驚くほど鮮明に記憶に残り、複数の問題も同時にこなせるという、自分でも説明のつかない不思議な集中力を持っていた。パソコンでもCPUのコアチップが4つとか8つとかあるような、それと同じような感じかもしれない。その結果、特にガリガリと勉強しているように見えなくても、常に上位の成績を維持することができていた。しかし、その力のことは、もちろん誰にも言えない秘密だ。


 やがて、担任の先生が答案用紙の束を抱えて教室に入ってくると、それまでの喧騒が一瞬にして静まり返った。自分の名前が呼ばれるのを、固唾を飲んで待つ生徒たち。

「月島さん」

 名前を呼ばれ、こよみは静かに席を立った。受け取った答案用紙には、各教科、ほとんど満点に近い点数が並んでいる。国語、数学、理科(物理化学)、社会、英語。どの科目もそつなくこなしているが、特に記述問題や応用問題での解答の的確さが際立っていた。

(…まあ、こんなものかな)

 こよみは、特に喜びも落胆もなく、淡々と自分の席に戻った。彼女にとって、テストの点数はあまり重要ではなかった。それよりも、新しい知識を得ることや、難しい問題を解き明かすプロセスそのものに、ささやかな楽しみを見出していたからだ。


「うわぁ、こよみちゃん、またすごい点数! これは学年トップなんじゃない!?」

 美咲が、こよみの机の上に置かれた答案を、許可なくひょいと覗き込み、感嘆の声を上げる。

「ちょっと、美咲ちゃん! 勝手に見ないでよ!」

 こよみは、思わず声を荒らげ、慌てて答案用紙を手で隠した。顔がカッと赤くなるのが自分でも分かる。

「えー、いいじゃん、ちょっとくらい! 昔からそうだよねー、こよみちゃんって、いっつも成績いいんだから。 どうやったらそんなに覚えられるの? 何か特別なことしてるでしょ~?」

 周りの友人たちも、興味津々といった様子でこちらを見ている。その視線に、こよみはますます居心地の悪さを感じ、頬を膨らませた。

「べ、別に…! そんなんじゃないってば! もう...」

 少し涙目になりながら、ぷいっとそっぽを向く。これ以上、自分のことで騒がれるのはごめんだった。その強気な態度と、ほんのり潤んだ瞳のギャップに、友人たちは「あ、怒らせちゃったかな…?」と少し反省しつつも、「やっぱりこよみちゃん、可愛いなぁ」と思っていた。


 そんなテスト明けの、少しだけ緩んだ空気の放課後。

「ねえ、こよみちゃん、今日、部活動見学一緒に行かない?」

 美咲が、先ほどのことを少し気にしつつも、いつもの明るい笑顔で誘ってきた。中学に入学して一ヶ月半、そろそろ本格的に部活動を決める時期だった。

「部活動、か…」

 こよみは、少しだけ考え込んだ。Kとしての活動を考えると、あまり時間に縛られる部活はしたくない。それに、自分の「力」が、思わぬ形で出てしまう事もあり得る。

「私、運動はちょっと苦手だし…文化部がいいかなって思ってるんだけど。こよみちゃんは、何か興味ある部活とかある?」

「うーん…特にこれっていうのは…文系がいいかなぁ...」

「じゃあさ、とりあえず色々見てみようよ! 美術部とか、文芸部とか、あと吹奏楽部も気になるんだよねー!」

 美咲の積極的な誘いに、こよみも断る理由が見つからず、一緒にいくつかの文化部を見学して回ることにした。


 吹奏楽部の華やかな演奏、文芸部の静かで知的な雰囲気。それぞれに魅力はあったが、こよみの心が一番惹かれたのは、美術室の独特の空気だった。

 油絵の具のツンとした匂い、キャンバスに向かう生徒たちの真剣な眼差し、そして、壁に飾られた個性豊かな作品たち。そこには、言葉では表現しきれない、創造のエネルギーが満ちているように感じられた。

「…なんだか、落ち着くね、ここ」

 こよみがそう呟くと、美術部の顧問である田中先生が、にこやかに声をかけてきた。

「興味があるなら、少し描いてみるかい? 仮入部みたいな感じで、道具は貸してあげるよ。木炭デッサンなんかどうかな? 基本だけど、奥が深いよ」

 その言葉に、こよみは少しだけ躊躇したが、美咲に背中を押される形で、イーゼルの前に座り、一本の木炭を手に取った。目の前には、白い石膏の胸像。

(…木炭で描くのは、初めてだな…)

 小学生の頃、養母の佐和子さわこに勧められて、市の児童絵画コンクールに出品したことがある。その時は水彩画だったが、佐和子さわこが「こよみちゃんは、本当に絵が上手ね。見たものをそのまま描ける才能があるわ」と褒めてくれ、そして、その作品が思いがけず特選に選ばれたのを、ふと思い出した。あの時の、少し誇らしいような、でもどこか照れ臭いような気持ちが蘇ってくる。


 無心で木炭を動かす。対象をじっくりと観察し、光と影のコントラスト、質感、そしてその奥にある「存在感」のようなものを、木炭の濃淡だけで表現していく。それは、Kとして音楽や映像のイメージを頭の中で構築する作業と、どこか似ているような気がした。

 どれくらい時間が経っただろうか。

 ふと顔を上げると、自分の周りに、数人の美術部員と田中先生が、感嘆の表情でこよみのデッサンを覗き込んでいるのに気づいた。

「……!」

 こよみは、驚いて手を止めた。

「月島さん…君、木炭を使ったのは初めてかい…? これは…素晴らしい…」

 田中先生が、興奮を隠せない様子で声を上げる。その声には、確かな称賛が込められていた。

「え…あ、はい…初めてです…」

 こよみは、少し戸惑いながら答える。

「いや、驚いたな…。君、確か…先日キララチューブさんが主催していた『未来のクリエイター発掘プロジェクト』の、中学生以下の部で、大賞を受賞したっていう、あの月島暦さん…じゃないか?」

 田中先生の言葉に、こよみはさらに目を丸くした。

(え…? キララチューブの…? 大賞…? 私が…?)

 全く身に覚えがない。しかし、田中先生は確信に満ちた表情で続けている。

「昨日、美術部のメーリングリストに、その受賞者一覧が回ってきてね。珍しい名前だったから、もしかしたらと思ったんだが…君だったか! あのプロジェクト、全国からすごい数の応募があったと聞いている。その中での大賞とは、本当に快挙だよ! おめでとう!」

 周囲の美術部員たちからも、「え、すごーい!」「あのKのキララチューブの!?」といった驚きと称賛の声が上がる。

 こよみは、ただただ混乱していた。自分は、そんなプロジェクトに応募した覚えもなければ、受賞した記憶もない。

(もしかして…これも、東雲さんの…!? でも、どうやって…?)

 頭の中が疑問符でいっぱいになる。


 その時、こよみのスマートフォンが、控えめに震えた。

 こっそりと画面を確認すると、東雲しののめからのメッセージだった。

『K様、月島暦様としての「公的な実績作り」の第一歩、無事完了いたしました。キララチューブ主催「未来のクリエイター発掘プロジェクト」中学生以下アート部門大賞、誠におめでとうございます。作品は、以前K様のイメージ資料として拝見した、あの素晴らしい風景画(もちろん匿名での応募です)を使用させていただきました。詳細は、また改めて。これにより、今後の様々な「支援」が、より自然な形で行えるかと存じます』

 そのメッセージを読んだこよみは、もはや呆れるのを通り越して、感嘆のため息しか出なかった。

(…東雲さん…仕事が早すぎるし、手が込みすぎてる…!)

 この敏腕プロデューサーは、自分が知らない間に、着々と「月島暦」のパブリックイメージと実績を作り上げ、そしてそれをKとしての活動と巧妙にリンクさせようとしているのだ。

 しかし、その強引とも言える手腕の中に、こよみは、自分を守り、そして自分の才能を最大限に活かそうとする、東雲しののめの確かな意志と誠意は感じ取っていた。

 テスト明けの、少しだけ憂鬱だったはずの放課後が、思いもよらない色彩と、そして少しだけ複雑な感情を帯びて、輝き始めたような気がした。

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