第十八話 第二皇子
剣を握っているだけなのに、涙が溢れて止まらなくなった。
剣を握っているだけなのに、何度も何度も嫌な記憶が蘇る。
剣を握っているだけなのに、剣で貫かれる痛みを思い出して、吐き気がする。
僕に、根性が無いから。
セディウス皇子殿下は、ただ見極めるように僕の様子を窺っている。
「私は、人の心が見える。お前は興味深い。冷静を装って居るが、色んな感情が渦巻いて黒く濁っている。四歳の子供とは思えない」
「僕は──」
「私は人の心が見えるが故に、人に興味が湧かない。全て分かるからだ。お前は違う、考えていることや、野望が多過ぎて何も見えない。こんな事は初めてだ。興味深い、興味深い興味深い!昨晩君の成長した姿を見て感動した。あの姿になれ。私に見せてくれ、お前の欲を!」
「……こわ」
なんか、僕の周りには変な人しか集まらないのか……
「何をしている、早くしないか。昨晩の美しい姿になれ。あぁ、昨晩の姿はまさに天を舞う女神の様だった……美しく、欲の底が知れない女神。私が探していた婚約者に相応しい!!」
なんか、話が変わって来たぞ。何なんだこの人……
レン兄は、さっきから地面イジイジして役に立たないし!
「あの、僕男……」
「それがどうした。あの姿でドレスを着ればどんな女よりも美しい、それだけで価値がある。私は女神の姿のお前と婚姻し、虫除けが出来る。ウィンウィンでは無いか!」
いや、ウィンなのはあんただけだよ。
「なぁ、頼むよ。何と言ったか名は」
「アルフィです」
「アルフィ、私の為に力を見せてくれ。初めてなんだ、こんなに胸が躍るのは。初めて人を知りたいと思った!」
「分かりました、姿は変えます。その代わりに剣は置いてもよろしいですか、本当に剣が握れないのです」
「そうか、分かった。剣を交える事で分かり合えると思っただけだ、泣くほど嫌なら良い」
「ちょっと服借りてきます」
「私のマントをやる」
「あの、でも服が」
「減るもんでも無いだろう」
「……そうですか」
セディウス皇子殿下は、僕にマントを掛けた。
僕はマントに包まって服を脱ぐと、ルミナスを身体に入れて10年後に成長させた。
この魔法も、ルミナスやグレティスが居なければ、簡単には使えない魔法だ。
ある程度成長した者が、数年後の姿になってもあまり支障は無いのだが、僕やリアの様にまだ子供の身体だと成長幅が大き過ぎて骨が焼けて、身体が三日三晩死ぬ程痛い思いをしながら魔法を使うことになる。
「美しい……まさに天から舞い降りた女神だ」
「男です」
セディウス皇子殿下は、僕の周りをクルクルと回り、隈なく観察する。
気まずい……
そんな時、フィズが駆け付けて僕とセディウス皇子殿下の間に立ちはだかった。
セディウス皇子殿下は、少し冷めた目でフィズを見る。
「お前は、レンヴィスの奴隷か。退け、邪魔だ」
「フィズと申します。セディウス殿下、アルフィ様に何の御用ですか。この様な薄着では、アルフィ様が風邪を引いてしまいます」
「フズ、邪魔だ。私はアルフィと喋っている」
話しては無いがな。
「フィズですよ、セディウス皇子殿下。私の大事なお友達です。そんな冷たい態度はおやめください」
「そうか」
「フィズ、帰ろうか。セディウス殿下は態度を改めようとは思ってないみたいだし」
「アルフィ様……」
「ま、待て。分かった、悪かった。フィズと言ったな、レンヴィスもだ」
この皇子、案外チョロいぞ。
「セディウス殿下は、何か私に頼みがあるのでは無いのですか??護衛も付けず1人で此処まで来られた理由は何ですか??」
「いや、ただアルフィに興味があっただけだ」
「……は」
「まぁ、強いて言うならば、再来月のパーティに私のパートナーとしてエスコートさせて欲しい。それくらいだろうか」
「クソ嫌です」
「アルフィ、お前は顔と口には思った事がすぐ出るのだな」
「申し訳ございません。まだ四歳なもので」
「そうですよ!!兄上!!再来月のパーティにアルフィが出席するなら、私がアルフィのパートナーになりますよ!!」
「何を言っているのか、レン兄。僕は出ないぞ」
「何を言う、レンヴィス。兄である私に譲れ」
「本当に何を言っている、2人共。僕は出るとは言っていないぞ」
「では、アルフィに似合うドレスを用意した方がパートナーになるという事で如何ですか。兄上!」
「ほう?私に勝てると思っているのか、レンヴィス」
絶対仲良いだろ、この2人。何だったんださっきまでの重苦しい空気は。
「フィズがパートナーになってあげなよ。僕より綺麗なんだから」
「無理ですよ、アルフィ様。アルフィ様と並べられたら私なんて地面に転がる砂粒以下です」
「はぁ……僕パーティなんて出ないからね??」
「アル!絶対に私が1番美しいドレス作るからね!!」
「いいや、私だ」
まじで話聞いてないな、こいつら。
「それに僕、再来月なんて忙しいのでひと月もかけて帝国へは来れませんよ」
転移が出来るから、そんなに苦でも無いが。凄く嫌だ!行きたくない!
「うぅん……それもそうだね。アル。残念だけど」
「私が迎えに行ってやる」
空気読め!第二皇子!!
レン兄は、転移出来るの知っているけど、わざわざ話合わせてくれたのに!!
「セディウス殿下は、おモテにならないのですか。ご令嬢に頼めば良いではありませんか」
「何を言うか!!私はモテる!!も、モテるが……」
「アル、兄上は女性が苦手なんだ」
「べ、別に苦手ではない!!」
「へぇ、女性が怖いんですか。そうですね、セディウス殿下はあまり気が利きそうにありませんし、女性は怒らせてはいけませんよ……本当に、えぇ本当に恐ろしいので……はぁ」
「アルも大変だね〜」
「女は言っている事と思っている事が違い過ぎて、心が見えてしまう私には難易度の高い敵なだけだ」
「敵って、怖いんじゃないですか。別に素直な女性も居ますよ。セディウス殿下がまだ出逢っていないだけですよ」
「そんな者が居るのか。欲を言うなら、心が見えない者が良い。アルフィ、お前のように」
「僕だって心の中では、この皇子早くどっか行ってくれないかな、なんて失礼な事思っているかも知れませんよ」
「いや、そう思われているのは知っている。お前はすぐに顔に出る」
僕は肩を落として、どうするか悩んでいると……
『何か来るわよ、アルフィ』
「うん」
凄い大きな魔力が近付いて、僕の真後ろに現れた。
振り返ると、グレンが立っていた。
グレンディス、建国祭の途中まで僕の別棟で居候していた魔族だ。
「グレン」
「よお!アルフィ!!お前の魔力を追ってきた!!」
言いたい事は沢山あるけど、ナイスだグレン〜!!どうにかこの場から逃げるぞ!!
「アルフィ、デカくなったな!ちょっと色っぽくなったか?」
グレンが僕の顔を掴んで、ジロジロと見てくる。
「魔法でデカくなっているだけか、アルフィに何か入っているな」
「魔眼ってそんな事まで分かるの?」
「いや、俺の勘だ。今は魔眼を使っていない」
「へぇ」
「それよりアルフィ、ダインの飯を食わせろ!!」
「帝国へは連れてきてないよ」
「な、何故だぁ!!アルフィの屋敷の飯を食って魔国へ帰ったもんだから、飯が不味くて仕方無かったのだ!!」
「へぇ」
「へぇって、アルフィ。お前のせいなのだぞ!?」
「僕のせいではないでしょ、それより急に居なくなったと思ったら、魔国へ帰ってたの??一言くらい声掛けてよ」
「あぁ、それが夜中に執事が連れ戻しに来てなぁ。流石に弟の婚姻の儀くらいには出なければ、腑が悪いからな」
「そ、それなら仕方ない?かな、だとしても置き手紙くらいして行ってよ!!ダインさんも、グレンが来るかもってご飯多めに作ってくれてたんだよ??」
「そ、そうか。悪かった。そんなにアルフィが、俺を気にしていたとは……」
「ぼ、僕は気にしてない!!」
「あ?そうなのか??」
僕がふと、レン兄に目をやると、レン兄は驚いて腰を抜かして座り込んでいた。そんなレン兄を支えるフィズと、険しい顔をして剣を構えているセディウス皇子殿下。
「何してるの?みんな」
「そ、それは魔族か。それも高位の……」
「そうなの?グレン」
「あぁ、まぁそうだな」
「へぇ、だそうです。セディウス殿下」
「アルフィ、そいつから離れろ」
「どうしてですか??」
「そいつは魔族だ。危険だ」
「大丈夫ですよ!グレンは食い意地は張ってますけど、強い人にしか興味無いので!!」
グレンは誇らしげに腕を組む。
褒めては無いけどね、グレン。
どうにかみんなの誤解を解き、学院長室に移動してお茶をする事になった。
僕はフィズに服を借りて、着せてもらってからグレンの隣に座る。正面にはレン兄とセディウス殿下が並んで座っている。
「これ、ダインの作った菓子じゃないぞ。アルフィ」
「ここ帝国だよ?ダインの作ったお菓子なんて持って来てないよ」
「なっ、いつ帰るんだ!!アルフィ!!明日か!?明後日か!?」
「そうだね、寮をあと2つ建てたら帰るよ」
「よし、今すぐに終わらせて帰ろう」
「僕、1人で来てるわけじゃないから、そんなすぐに帰れないよ?」
グレンはあからさまにテンションが下がった。
そんなグレンを見て、セディウス殿下やレン兄は顔を見合わせていた。




