第十七話 一夜明けて
──ドゥウム寮
「アルフィ様、失礼します」
「リア、どうしたの。その怪我」
血塗れのリアが、部屋の扉を開けて入って来た。リアから滴った血が、カーペットに滲んで広がる。
「ルミナスは来なかったの?」
「いえ、来られましたよ。断ってすぐ戻って参りました」
リアは僕の目の前に座り、両手を出した。
「アルフィ様に治してもらいたくて……よろしいでしょうか」
リアは僕の事を見透かしたように笑う。
10年後のリアの笑顔は破壊力が高いね。うん。
悪い虫が沢山寄って来そうだ。
「アルフィ様の魔力は暖かいです。アルフィ様の魔力のお湯があれば、一生浸かっていたいです」
「う、うん……そう?」
「それよりアルフィ様、お着替えされませんと」
「あぁ、そうだね」
そういえば、ルミナスをリアの場所へ行かせた時、元の身体に戻ったんだった。
「ルーカス兄様の服、シワシワになっちゃった」
「私なんて、ルイス様の服をボロボロにしてしまいました。怒られるなら、一緒に怒られましょう」
グレティスが僕の指輪に戻り、リアは元の身体に戻った。
着替えを済ませ、2人で兄様達の元へ服を返しに行く。
──ドゥウム寮 広間
兄様達はレン兄と夜通し話し合いをしていたらしい。
みんな眠そうだ。
「ルーカス兄様、ルイス兄様」
「アル、どうした?」
「ルイス様、申し訳ございません。借りていたお洋服、ボロボロにしてしまいました」
「おぉ、そうか!!良いぞリアン!!無事で良かったな!!」
「リアン、こんなに服がボロボロなのに、怪我は大丈夫かい??」
「はい、ルーカス様。アルフィ様に治して頂きました」
「そうか、無事に帰って来て良かったよ」
ルーカス兄様は、服を受け取ると大事そうに抱えた。
そんなに大切な服だったのか、シワシワにして申し訳ないな。
「ルーカス兄様、ごめんなさい」
「ん?あ、あぁ。構わないよ、アルフィ!!無事で良かったよ!!あははは!!」
ルーカス兄様は、何故か僕から目を逸らしながら、乾いた笑いを浮かべる。
僕はレン兄の隣に座って、リアが用意した朝食を食べた。
いつもリアが作る料理とは違い、少し焦げて形も歪だったが甘くて美味しかった。砂糖が多めに入っているのかな。
「リア、今日は甘くしたの?」
「あ、いえ……それが」
扉の隙間から、ロゼリアが覗いているのが見えた。
「そういうことか、リア。料理を作った者に、美味かったと伝えておいて」
「承知致しました」
「愛らしいね。きっとアルが疲れていると思って、何か役に立つ事がしたかったのだろうね」
「はい、そうですね」
うん、ルーカス兄様のロゼリアへの好感度は高そうだ。
そんな事を考えていると、エルフのお姫様が部屋に入って来た。
昨日はあまり気にしていなかったけど、キラキラと輝く金髪に緑の瞳が映える。真っ白な服にも負けないほどの白い肌に、血色が戻っている。
「アルフィ様、ごきげんよう」
「お姫様、体調は良いみたいだね」
「はい、おかげさまで。それと、アルフィ様。妾のことは、エルメシア……いいえ、エル……とお呼び下さいませ」
「エルメシア、分かった。今日レン兄が寮を確認したらすぐ建て直すから、エルフ達で何が必要か考えておいて」
「……かしこまりましたわ、アルフィ様」
エルメシアが部屋から出て行ってすぐに、ニアが入って来て、僕の元まで駆け寄って来た。
ニアは僕の頬をツンツンと突っついた。
「なにぃ、ニアぁあ」
「もうっ!ほんとっアルフィ様っ!!ほんとアルフィ様なんですから!!」
「何言ってるの、ニア」
そんな時、部屋の外でロゼリアとエルメシアが火花を散らしていた。
僕は、レン兄と学院長室へ来ていた。
「アズとフィズの部屋はいらないの?」
「私はいりませんよ、アルフィ様」
「でもフィズ、ゆっくり寝れる所いるでしょ?」
「本当に良いのです。アルフィ様」
フィズは獣人の姿から、毛並みの良い狼の姿になった。
「かっこいい〜!!」
「ありがとうございます」
「フィズはいつも、この姿になって私のベッドで寝ているよ」
「一緒に寝てるの!?」
「うん、そうだよ。昔からだからね」
「へぇ、良いなぁ」
僕はソファを降りて、フィズに抱き付いた。
もふもふ、ふわふわ〜。フィズは獣人じゃなかったのかぁ〜!
「アル、獣人の中にも獣の姿に戻れる者は居るんだよ」
「そうなの!?」
「すごく珍しいけどね」
「へぇ、僕、獣人は獣の特徴を持った種族で、獣の姿に戻れる者は時を経るにつれて居なくなったって聞いたよ」
「うん、そうだね。フィズは、先祖の血を濃く継いだんだよ」
「私には弟が居るのですが、弟はこの姿になれません。私のせいで弟には苦労を掛けてしまいました。
✦ ✦ ✦
獣人の国では、獣の姿になれる者は疎まれていたそうだ。
獣は理性が利かないと思われていた。その為、フィズは生まれてすぐ、村の人々に殺されかけた。
その時フィズの両親は、村人達に5年待ってくれと頼んだ。
5年で読み書きを出来るようにさせる。きっと村の発展に役立つと。
けれど、フィズのせいで村中から疎まれた両親は、2年後に生まれた弟を溺愛するようになる。
両親も結局は、先祖の血を濃く受け継いだフィズが疎ましかったのだ。
毎日、暗い地下に魔道書と共に閉じ込められた。
ろくに食事も与えられず、ただひたすらに自分の価値を見出す為だけに勉強を続ける日々。
フィズが5歳、弟が3歳になった頃。
人間の国の森深くにあった、獣人達が隠れ住んでいた村は、人間達に焼き尽くされた。
フィズの噂が人の街にまで流れてしまったのだ。
人間の歴史では、獣人族の中に先祖の血を濃く受け継いだ者が現れて、女子供の見境なく惨殺した。
先祖の血を濃く継いだ獣人は、本能で生きる魔獣だと伝えられていた。
獣人の歴史では、先祖の血を濃く継いだ獣人が生まれたら、厄災が起きると伝えられていた。
どちらも事実。
何百年も前、獣の姿になれた獣人が自分の私欲の為、人間の街を襲った。その後、人間は軍隊を編成し獣人の村を滅ぼした。
そんな言い伝えを信じた人間達は、フィズの村を焼き払い、女子供は捕虜にした。
物好きの貴族が高値で買うから奴隷商に売るのだ。男達は皆、殺された。
フィズは地下でただ炎を見上げていた。
熱いと思いながらも、外からしか開けられない地下室への扉が、フィズの逃げ道を無くしていた。
悲しくない。辛くない。もう、痛くない。
そう思っていた時、地下室の扉が小さな獣人に開けられた。
弟だった。久しぶりに見る弟は、大きくなっていた。
2年も見ていないのだから、当たり前なのだけど。
弟はフィズに手を伸ばした。
フィズは、弟の手を取る事に躊躇した。
いや、羨ましかったのか、自分とは違い毛並みが良く銀色に輝く艶やかな髪に、健康的な肌。
髪はボサボサで、水浴びも2年以上出来ていない、こんな汚い自分が、こんなに綺麗で愛されて育った純粋な弟に触れても良いものかと、躊躇して、弟の背後に近づく影に気付くのが遅れた。
フィズが気付いたのは、弟が人間に背を切りつけられた時。
目の前が真っ赤になった。
初めて、何者かを憎いと思った。
今まで感じた事のない程の憎悪と怒り。
次の瞬間、気付くと、弟を切りつけた人間の頭部を……握り潰していた。
フィズはその時初めて、自分が何故嫌悪されていたのかを理解した。
先祖の血は危険だ。
フィズは弟を抱えて、火の海を駆け出した。
女子供が縄に縛られて集められていた。
男達の遺体は無造作に積まれ、そこにはフィズを疎んでいた者も居た。顔見知りだ。
何も感じなかった。
母も涙を流して助けを求めて来た。
こういう時、子供は母を助けるべきなのだろうが、フィズは母の声を振り切って弟を守る事だけを考えた。
フィズを疎んでいた、村の人々が助けを求める。
みんな殺そうとして来たじゃないか、母に至っては、食事もろくに与えてはくれず、弟にも会わせてはくれなかったじゃないか。
日々の不満が募っていく……
腕の中の弟はどんどん血を流して、体温が下がっていく。
「おいおい、此処に良い売りもんが居るじゃねぇか」
「退いて下さい。今、私は力を抑えられる自信がない」
「ガキがイキってんじゃねぇよ。おい!お前らコイツの顔は傷付けんじゃねぇぞ。値が下がる!!コイツ捕まえりゃ一生遊んで暮らせるぜ!!」
人間達がフィズを取り囲んだ。
人間達は剣を振り上げ、襲い掛かる。
一瞬……瞬きした瞬間。
人間達は皆、首と胴が泣き別れになり、身体は一瞬、その衝撃に気付かなかった。
血の雨が降り注ぎ、フィズの銀色に輝く髪は赤く染まる。
村の者達は、そんなフィズを見て化け物だと叫んだ。
「つい先程まで、助けを求めていた相手ですよ」
フィズは、呆れていた。
なんて、可哀想な者達なんだと……愚かで哀れだ。
フィズは、同族のよしみで縄を解いてやった。
母の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んで笑った。
「弟をここまで育てて下さり、ありがとうございます。弟は私が育てます。さようなら、母だった人」
フィズは、村に背を向け街へ向かって歩き出した。
背に罵倒を受けながら……
最後まで愚かな者達を、もう、何とも思わないけれど、私も少しは愛されてみたかった。
街へ向かう道中で、体温が下がっていた弟が発熱をしだした。雨宿りをしながら、弟の傷の手当てをする。
知識だけは人一倍あった。昔からずっと書物を読んでいた。同じ書物を何十回も読んだこともある。
そんな時、人間が目の前に現れた。自分と同い年くらいの少年。
何人もの大人を連れて居て、偉い人なのだということはすぐに分かった。
「弟かい?弟は良い。私も弟を探してボロボロになった時期があった。君もその時の私と同じ目をしているね。全て捨てても良いくらいに大切なものを、失いそうな時の目だ」
「弟を……助けて頂けませんか……私ではこれ以上何も……」
その少年は、フィズに上級回復薬と食料、それに金貨を渡して笑顔で去って行った。
その上級回復薬は、弟の傷をあっという間に治した。
人間にもこのように気の良い者が居るのだと、少し考えを見直した。信じても良い者が居るのだと。
そんな事は無かった。
世界は非道だった。
人間の街で獣人が普通に暮らすのは厳しいものがあった。
差別は根付いていて、優しくしてくれた店主を信じて、店を手伝う代わりに住み込ませてもらうことにした。
寝ている間に、フィズと弟は売られた。
フィズは売られて初めて、自分の価値の高さを知った。
容姿の良い獣人は、貴族や一部の王族の中で高く取引されるそうだ。
フィズは、特別容姿が良かった。
身なりを整えれば、男か女かの区別も付かなくなる。
世の中には、モノ好きが沢山居る。
フィズが12歳、弟が10歳になるまで、多くの貴族に買われ転々とした。
弟に手を出す者は、全て消えた。
貴族に買われている間は、良い服を着せてもらえて、まともな食事を与えられた。
自分が我慢すれば良い、我慢さえすれば弟は普通に暮らせる。
フィズが戻るまで、いつも弟は部屋で起きて待っていた。
寝ていて欲しいのに、いつも起きていた。
気付いていたんだ、私が何をしているのかも、全部。多分全て気付いて、知らないふりをしてくれていたんだ。
弟はフィズよりも背が高くなっていた。
ある日の夜。
いつものようにフィズは、貴族に呼ばれて部屋へ向かった。
部屋へ入ると、見たこともない人間が居た。
この家の貴族ではない、もっと位の高い人間。
仕立ての良い服を脱ぎ捨て、薄着で剣を握りしめて座ったまま眠っていた。
その男に近寄ると、男は剣を抜き、フィズを床に叩き付けた。
咄嗟の強い衝撃に、目が眩んで吐き気がした。
フィズに覆い被さった男の大きな手が、フィズの首を絞める。
息が出来ず、必死にもがくが体格差があり過ぎて、力だけではどうにも出来なかった。
男の表情は、何かに怯えているように見えた。
男は、我に返りフィズを離す。剣は手放さずベッドに座った。
男に言われるがまま、フィズは隣に座って髪を結ぶリボンを解いた。
「本当に女のようだな」
「よく言われます」
「お前は、こんな事辞めたいとは思わないのか」
「はい。これしか、弟に良い生活をさせるツテが無かったので。私がもっと優秀であれば、違う生き方もあったのでしょうが、もう良いのです」
「そうか」
その日も、弟は起きていた。起きて、しまっていた。
フィズの頬の切り傷と、首の締められた跡を見た弟は顔色を変えて部屋を飛び出した。
フィズは急いで弟を追いかけたが、遅かった。
先程まで居た部屋では、男とこの屋敷の貴族が血塗れで倒れていた。
その日屋敷に来ていた男は、国の第二王子だった。
「兄ちゃん、ちゃんと殺してないよ。まだどっちがやったのか分からなかったから、まだ、殺してない」
弟は純粋に育っていると思っていたけれど、何処で間違ったのか……分からない。
「兄ちゃんの事は俺が守ってあげる」
フィズはその時、愛とは何処か歪んだものなのだと実感した。その感情を、フィズも弟に向けている。似た者兄弟だ。
「そう、だね。うん……」
フィズは考えて、考えて、弟を連れて逃げ出した。
一国の王子を害してしまった。多分ただでは済まない。
二つの国を超えて帝国へ行こう。国を渡れば、簡単に追っ手は来ない。
「兄ちゃん……ごめん。俺、また……迷惑かけた?ごめんなさい。ごめんなさいっ」
「大丈夫だよ。守ってくれてありがとう。お兄ちゃんも心配かけてごめんね」
また、まともに食事の出来ない生活が始まった。
やっとのことで帝国に着くと、酷い差別が待っていた。
どの国よりも酷い、種族差別。
商品を傷付けないはずの、奴隷商にすら暴力を受けた。
そんな時、嗅いだ事のある匂いが近付いてきた。
村から出た時、弟を助けてくれた少年の匂い……
顔を上げると、一段と仕立ての良い服を着た皇子が立っていた。
「君は、あの時の……」
「……」
フィズはその日、初めて涙を流した。
唇を噛み締めて、皇子を見上げる。
「助けて下さい……」
「うん、良いよ」
皇子は、2人の獣人に手を伸ばした。
手袋もせず、素手で獣人の手を握った。
奴隷商も罰が悪そうに店へ戻って行く。
皇子は、奴隷紋を付けることを拒み、仕立ての良い服を買い揃えてくれた。
皇子は、何かあったらいけないからと、自分の部屋の隣にフィズ達の部屋を用意した。
フィズは弟が眠ったのを確認して、皇子の部屋へ行った。
皇子は魔導書を読んでいた。
「何を、読んでいらっしゃるのですか?」
「これ?これは召喚魔術。禁忌魔術だけどね」
「禁忌魔術……」
「気になるかい?おいで」
皇子はフィズをベッドに座らせて魔導書を見せた。
フィズにも理解出来ない魔導書を皇子は、表情ひとつ変えずにスラスラ読み進めていく。
フィズが魔導書に夢中になっている間、皇子はフィズをジッと眺めていた。
その視線に気付いたフィズは、ハッ!として、布団をバサっと剥がし、皇子の服に手を掛ける。
「何してるの、フィズ」
「よ、夜伽をっ。ごめんなさい、気が利かなくて!」
「なっ。ななななに言ってるの!!そんな事しないで良いよ!!」
皇子は顔を真っ赤にして、後ずさりした。
「私を買ったのだから、そういうご趣味の方なのかと……」
「君は私をゲス貴族と一緒にしないでよね」
「申し訳ありません。私を見つめていたので、この容姿がお好みなのかと……」
「そうだね。すごく綺麗だと思うよ」
フィズはその言葉に、今まで感じた事のないような高揚を感じた。心臓の音が煩くて、顔が熱くなった。
「君を見ていたのは、弟が銀色の犬を気に入っていたから……ごめんね。あまり見ないように気を付ける」
「い、いえ!嫌じゃありません!!レンヴィス様は、今まで出逢った者達の中で、1番信頼しています。だから、良いのです」
「そ、そう??」
「はい!」
✦ ✦ ✦
という事がありまして、その頃から私は狼の姿で、レンヴィス様のベッドで共に眠るようになりました。素晴らしいレンヴィス様との出逢い。懐かしい。思い出すだけで心の臓が激しく鼓動します……」
「フィズ……アル寝ちゃった。話長いから」
「な!!アルフィ様っ!!しっかり聞いて下さい!!」
「フィズぅ。お話終わったぁ〜??」
「もう一度、最初からお話しします」
「丁重にお断りします」
「何故ですか!!」
「僕はフィズ大好き。どんな話聞いても何にも変わらないし、長い話しんどい。やだ」
「フィズ……アルはまだ四歳だよ。あまり難しい話はやめなさい。内容も子供に、あまり聞かせるものでもないだろう」
「申し訳ありません……」
僕はフィズに抱きついたまま眠っていたので、フィズにヨダレが垂れていた。
「あ……フィズ、ごめんなさい」
「……はい。アルフィ様、私が子守唄のように長い話をしてしまったのが悪いのです」
狼の姿で、しょんぼりするフィズが凄く可愛かった。
「フィズ!お風呂行こう!洗ってあげる!!」
「お風呂ですか?アルフィ様」
「うん!!」
「良いじゃないか、行ってきなさい」
ドゥウム寮の大きな銭湯へ行き、狼の姿のフィズを綺麗に洗った。
泡を洗い流すと、フィズは人型に変わって、僕の髪や体を洗ってくれた。
もっと狼の姿、わしゃわしゃしたかった……
綺麗に洗い終えると、大きな浴槽に浸かる。
フィズは僕が溺れないように、僕を抱えてお湯に浸かっている。
「フィズは、綺麗でかっこいい!もふもふ!弟さんはどんな人?もふもふ??」
「ふふっ、そうですね。もふもふですよ」
「狼、なれる??」
「弟はなれません。けれど凄くかっこいいですよ」
「かっこいいもふもふ!!」
「それに、凄く強いです」
「ほう、強くてかっこいいもふもふ!!」
「ふふふ、そうですよ。強くてかっこいいもふもふです」
「僕も会いたいな〜、もふもふしても良いかなぁ?」
「弟は、人に触られるのが苦手なので、どうでしょうか。帰って来たら聞いてみましょう」
「うん!!」
入浴中と書かれた札が掛かっていたのに、無遠慮にズカズカと脱衣所に入り、大浴場の扉を勢いよく開く。
「兄貴!!」
「リズ!?帰って来たの!?」
「匂い辿って来た、兄貴!無事か」
僕からフィズを引き離し、フィズの身体を隅々まで確認する。
「な、何もされていませんよ!!リズ!!」
「そうか、大丈夫そうだな」
「フィズぅ〜」
フィズから引き離された拍子に、僕は足を滑らせて一番深い所へ踏み入れ、ゴポゴポと溺れかけていた。
「あ、アルフィ様!!」
フィズはすぐに僕を助けて、リズの頭を引っ叩いた。
「イッテェ!何すんだよ兄貴!!」
「何するんだは、こちらのセリフです。そこに座りなさい」
フィズは、自分より頭ひとつ大きなリズを、濡れた床に正座させて、滔々とお説教を始めた。
僕はお説教をするフィズの尻尾をもふもふしながら、怒られてしょんぼりしているリズを眺めた。
「フィズぅ。もう良いよ、レン兄の所行こ〜?」
「そうですね。お待たせしました、アルフィ様。戻りましょうか」
僕はフィズに身体を拭いてもらって、レン兄と作ったドライヤーで髪を乾かしてもらった。
「アルフィ様はサラサラですね〜」
「フィズは、もふもふ」
僕がフィズの髪や尻尾を乾かそうとドライヤーを持つと、後ろからリズにドライヤーを奪われた。
「僕がフィズ乾かしたい!!」
「ダメだ。これは弟の俺の仕事だ」
僕が不貞腐れている間に、リズが乾かし始めてしまった。
綺麗に乾いて、もふもふが更にもふもふになったフィズに抱き上げられて、レン兄の所へ3人で戻った。
何度もリズに自分で歩かされそうになったが、フィズが「こら」と一言言うとリズはすぐ大人しくなった。
「私はね、アルフィ様。嬉しいのです。レンヴィス様が凄く楽しそうで、嬉しいのですよ」
「なんでこんなちびっ子が良いんだよ」
リズが僕の頬をツンツンと突く。
「さっきも話したでしょう、聞いてなかったのですか?」
「き、聞いてた!」
「アルフィ様は、レンヴィス様が前世からずっと探しておられた弟君ですよ。姿が変わっても、再びお会いできて、本当に幸せそうです」
「僕も嬉しい!」
「ふふっ、そうですね。私はレンヴィス様の大切なものを守るのが仕事です。もし、弟君が少々ヤンチャな方でも、何があってもお守りしようと決めておりました。けれど、お会いしてみたら、こんなに愛らしい方だった」
僕はえっへんと、リズに向けてドヤ顔をした。
「アルフィ様、無茶はなさらないで下さいね。私は昨日の件で肝を冷やしました。本当にレンヴィス様とアルフィ様は似ていらっしゃる。人の為に、自分の事を顧みない……
フィズは頼って欲しかったです……アルフィ様」
「フィズ……」
「アルフィ様が、再び居なくなってしまえば、レンヴィス様はどんな事でもするでしょう。悪魔にだって、命を売るかも知れない……」
「大丈夫!!僕結構強い!!多分!!剣ね、持てないけど銃作れた!!だから大丈夫!!」
「お約束ですよ、アルフィ様。急に居なくならないでください。貴方には悲しむ人が沢山いる。私もその1人です」
フィズは悲しそうな笑顔を僕に向けた。
知ってる。レン兄が禁忌魔術に手を付けていたこと。
僕は知っている。その禁忌魔術が、命を削るものだということも。
しんみりした空気のまま、レン兄の元へ戻った。
学院長室へ入ると、レン兄はソファに座ったまま眠っていた。
フィズは静かにブランケットを掛ける。
「昨晩から眠っておられなかったので、少し休ませて差し上げましょう」
「うん!じゃぁそのうちに、隠し部屋作っちゃおう!!」
「はい、アルフィ様。よろしくお願いします」
僕達は、レン兄が寝室として使っている物置きに入って、隠し部屋を作る場所を選ぶ。
「リズは、自分の部屋どんなの欲しいの?」
「部屋??そんなのいらねぇよ」
「アズはいるよね」
「そうですね、アズさんはいつも別の場所に転移して、睡眠を取っているようですけれど、お部屋があると嬉しいと思いますよ」
「うん!!」
僕は物置き部屋に積み重ねられた木箱をフィズとリズに移動させてもらい、窓際の壁に隠し扉を作る。
物置き部屋の隣には、使われていない小部屋があったから、そこを改装した。
小部屋のほんの少しの範囲を更に仕切って、外からも中からも違和感が無いように作り替える。
「それには何の意味があるんだ」
「レン兄は、皇族から疎まれているんでしょう??守る為だよ。隠し部屋をバレないようにする」
「そうか」
リズは頭を掻きながら、物置きから出て行った。
「リズは昔から愛想が無くて……申し訳ございません」
「ううん、大丈夫!!ねぇ、フィズ」
「はい、なんでしょう。アルフィ様」
「隠し部屋に、ドゥウムと繋がる転移陣作っても良い?」
「転移陣……ですか。そんなもの作れるのですか??」
「うん。荷馬車にもドゥウムの寮にも付いてるよ」
「さ、左様ですか。構いません。いざという時、レンヴィス様を保護して下さる当てを探していましたので。有り難いです」
「わかった」
僕は、小部屋に作った人が1人立っていられる程の幅しかない空間を、広げて広げて……
屋敷くらいの空間になりました!!
この空間は、隠蔽を使っているので侵入者にバレることもない。隠し扉も僕が登録した者しか入れないので、招き入れない限りこの中は安全と言えよう!!えっへん!!
「す、凄いです!アルフィ様!!私がやっと立っていられる程に小さな空間が、こんなに広くなってしまうなんて!!」
「なんもねぇじゃねーか。ただだだっ広いだけの空間だろ」
「こら、リズ!!」
「いいよ、フィズ。事実だし!これからだよ」
長い廊下が続いて、左右に扉が出来上がっていき、1番奥の扉は書斎兼転移陣を設置するから広めに。
レン兄の部屋も広い方が良いのかな……
あとは、水回りに食事をする場所……
「アルフィ様!!アルフィ様!!広すぎですっ!!」
僕はフィズに止められて、まだ作りたいものがあったけど最低限必要な部屋だけ作り終えると、床から手を離した。
「よし、レン兄起こしてくる〜!!」
「あ、アルフィ様!?」
急いでレン兄の元へ行って、寝ているレン兄にダイブした。
レン兄にぶつかる寸前で、リズに止められて、身体は宙に浮いた。
「リズ、離して」
「ダメだ。レンヴィス様に怪我をさせる気か」
「四歳児のタックルで怪我する程ヤワじゃないでしょぉ〜」
「それもそうだ」
リズはソッと僕を、レン兄の膝の上に座らせた。
僕はレン兄の頬をペシペシと叩いて起こした。
リズには睨まれたけど、フィズはニコニコしてた。
「アル……悪い寝ていたか……」
レン兄は、目を擦りながら僕の頬を軽くつねる。何故?
「レン兄、部屋出来た」
「は??」
「隠し部屋!出来た!!」
「……フィズ」
「完成致しました」
僕は、レン兄に抱えられて物置き部屋に入る。
「何処に作ったんだ??」
「そこ」
「ただの壁じゃないか」
「良いから、近付いて」
壁に近づいて、装飾に混ぜて設置した魔石に触れると、扉が開いた。
扉の奥には、屋敷のような空間が広がって、レン兄は言葉を失っていた。
「入ってすぐは、少し休めるようにソファと小さい机置いたよ!」
「あ、あぁ。ありがとう」
扉を開けた正面はくつろぎスペースで、中は見えないようになっている。くつろぎスペースを抜けると、一本の長い廊下がある。
「1番手前の開けた部屋はキッチンで、向かいの部屋はご飯食べる所!次奥に進むと、お風呂とトイレに物置き!」
「あ、あぁ」
「あとは左右に五部屋ずつ個室があって、右の1番奥の部屋はレン兄の部屋!ちょっと広めにしたよ!!で突き当たりの両開き扉の部屋は書斎兼転移陣の部屋!!転移陣は今から作るね!!」
「そうか。ありがとう」
うーん。床に作るタイプの転移陣は場所取るし、壁に作っちゃおうかなぁ。
「グレティス、壁に転移陣作って、触れて魔力を込めれば転移出来るようにしたいんだけど、出来るかな?」
『あぁ、出来る。出来るがおそらく作る際に、大きい陣よりも倍の魔力が必要になる』
「そっか、出来るなら良い」
僕は壁に転移陣を二つ描いた。
ドゥウム寮への転移陣と、ドゥウム王国王城にある第三王子別棟への転移陣だ。
まぁもうすぐ、あと一つ転移陣が増えるだろうが、ひとまず二つあれば会いたい時に会える。
「出来た!!みんなの部屋見に行こう!!家具もついでに作っといたから!!」
僕はレン兄の手を引いて、レン兄の部屋に入った。
「ひろーい!それに、部屋は沢山あるからみんなちゃんとベッドで広々寝れるよ!フィズも足伸ばして寝られるよ!!」
フィズは僕の言葉を聞いてプルプルと震え出した。
「え、ど、どうしたの?フィズ??」
「アルフィ様……なんてことをして下さったんですか……」
「え?ごめんね。何か失敗した!?」
「いいえ、大成功も大成功です。けれど……」
フィズは僕に、小さな声でコソッと耳打ちをした。
「これでは、お部屋が狭いことを理由にレンヴィス様と添い寝が出来ていたのに、出来なくなるではありませんか!」
「フィズ、レン兄大好き」
フィズは顔を真っ赤にして、立ち上がった。
僕がレン兄のズボンを引っ張って、レン兄がしゃがんで僕に顔を近づけた。
「アル、どうしたんだい」
「フィズが、お部屋広くなったけどレン兄と一緒に寝たいって」
「あ、あああアルフィ様ぁあ!!何をおっしゃっているのですか!!」
「フィズ、一緒に寝ても良いよ。リズもあまり居ないしな。一人で寂しいんだろう」
フィズは顔を真っ赤にして、走って何処かへ行ってしまった。
「僕、なんかダメだった??」
「いや、トイレでも我慢していたんじゃないかな?」
「二人揃って鈍感無神経だな」
僕とレン兄は、首を傾げた。
一緒に寝たいならそう言えば良いのにと思っただけなのに、ねぇレン兄。
ねぇアル。
「会話せずに、意思疎通するな!」
「そうだリズ、君には頼みたい事がある」
「何ですか、レンヴィス様」
「アルに付いて行ってくれないか?アルには優秀な護衛も居るけれど、無茶をするから不安で」
「レン兄、大丈夫だよ!!僕!!」
「え、嫌ですよ。レンヴィス様の頼みでも」
「僕もやだよ、レン兄!リズ優しくないもん!!」
「優しいだろうが、俺は!!」
「優しくない!!」
「そんなに、フィズと離れるのが嫌かい??」
「あぁ、そうだ。っそうです!」
「リズ、ブラコンさん」
「あ?何だそれは」
「リズはお兄ちゃん大好きで、お兄ちゃん居ないと何も出来ないんだね」
「あぁ!?お前も同じようなもんだろうが!」
「僕は……うん。そうだね」
「何だ、その間は。言いたい事あるなら言え」
僕はレン兄によじ登って、エルフ達が暮らしていたエルヴィシア寮の敷地へ転移した。
「アル!?」
僕は、顔をぱんぱんに膨らませて、八つ当たりのように地面をドシンドシンと踏み付けながら歩いた。
僕は家族が居ないと、何も出来なかった。国ひとつ守れなかった。
目が熱くなって、じわっと涙が流れた。
唇を噛み締め、短パンの裾を握りしめて俯いた。
レン兄が後ろから何も言わず、僕を抱きしめた。
その時ルミナスが帰って来て、指輪へ戻った。
『アルフィ、こんな時に悪いけど、早く始めた方が良いわ。第二皇子がこっちに向かってる』
「……分かった」
僕はまず、森を元に戻した。
枯れた森に緑が蘇って、花が咲いた。
「凄い……」
「レン兄、寮もう建て直しても良い?報告書は書けそう?」
「あぁ、大丈夫」
僕は一気に作り終えた。
自然に溶け込むような、森を壊さない寮。
完成してしばらくすると、第二皇子が僕の背後に立っていた。
「初めまして、セディウス第二皇子殿下。私はドゥウム王国第三王子、アルフィ・ドゥウムと申します」
僕はルーカス兄様がレン兄にしていたように、挨拶をした。
「あ、兄上。待っていて下されば、お迎えに上がりましたのに」
「黙っていろ、レンヴィス」
「申し訳ございません……」
「お前に用はない。私が興味をそそられるのはそれだ」
セディウス皇子殿下は僕に近付くと、まじまじと僕を観察した。
「お前、剣を持て」
「申し訳ございません。私は剣がまだ扱えません」
「良いから持て」
セディウス皇子殿下は、僕の目の前に剣を突き刺した。
この剣を持って構えろという事だろう。
「アル、無理をしなくて良い」
僕は震える手で、剣を握り立ち上がった。
地面から剣を抜き、セディウス皇子殿下へ向ける。
「どうしてそこまで震える。私はお前を殺そうとは思っていない」
「はい……」
視界がぼやけて、身体が重たくなっていく。
ただ、剣を握っているだけなのに。
『アルフィ、私に身体を貸しなさい。私がやってあげる』
「いい、大丈夫」
『意地張ってないで、貸しなさい。また、倒れるわよ』
「意地なんて張ってない。ただ悔しいだけだよ」
悔しい。そう僕はずっと悔しい。
大切な家族を殺されたのに、何も出来なかった自分が許せない。そんな自分が、大嫌いだ。




