第16話 絶望的な戦力差でも............
カンコンカンコンカンコンッ!!
それは突然だった。気持ちの良い朝には似つかないけたたましい音が鳴り響く
「……………」
そのけたたましい鐘の音によって起こされた比呂は寝ぼけ眼で辺りを見渡す
「お母さん……おはよぉ〜」
(いつもこんなやかましい音で起こされてんの!?)
明らかに異常事態を知らせるその鐘の音に対して、バカみたいに呑気に目を覚ます比呂に思わず心の中でツッコんでしまう
「ヴォフッ!」
「ッ!?ワ、ワンちゃん!」
影を使って比呂の体を揺らす
(絶対朝のモーニングコールなわけないでしょッ!なんの異常を知らせる鐘だよッ!)
体を揺らすこと数分。ようやく意識が浮上し始めたが、それでも未だ夢現の比呂を背中に乗せる
(まずは情報だ)
この街に着いた時に放った数体の影狼を集め、情報を抜き取る。その情報によると………
「オイっ!早く支度をしろ!この街に魔物の大群が押し寄せてるんだぞ!」
「そ、そんなこと言ってもこれは大事なッ!」
また、別の場所では………
「おかぁ〜さぁ〜んッ!どぉ〜ごぉ〜ッ」
「邪魔だっ!退けッ!!ガキ!」
そして、昨日支部長室に忍ばせた影狼から……
「斥候からの連絡だ。近くのダンジョンが迷宮崩壊を起こしたッ!ダンジョンから溢れかえった魔物どもがこちらへ侵攻してきているッ!支部長権限でこの街にいる冒険者を今すぐありったけかき集めろッ!いいなッ?!今すぐだッ!」
「「「「はいッ!」」」」
(ダンジョンブレイク?……この近くにダンジョンなんてあったのか。いや、それよりもこの町にその魔物どもが押し寄せてきてるだと?…………よし、逃げようと)
逃げれば解決する問題。わざわざ自分から騒動の渦中に乗り込む必要はない。しかし、そうは簡単に問屋は卸してくれない
「あと、そこのお前ッ!イズミに止まっているサキって冒険者を急いで連れてきてくれ」
「はいッ!」
(ゲッ……巻き込まれた)
これは今すぐにでも逃げないと面倒事に巻き込まれる。想像に容易い未来を危惧し、焦る成瀬をよそに異常事態とはわかりつつもそれが何の異常事態なのかさっぱり見当もつかない比呂はとにかく外に避難しようとする
「と、兎に角ギルドの方へ行こッ!」
(あぁ~もうッ!事情を説明したいけどできないッ)
事情を知り、一刻も逃げたい状況ではあるけれどその場合その不自然な行動に疑念を抱かれかねない。かといってギルドに行けばこの事態に巻き込まれる。どちらにしろ詰んでしまっている。
カンコンカンコンカンコンッ!!
頭を抱える成瀬をあざ笑うかのように相変わらず鳴り続けるけたたましい鐘の音になるせのストレスは最高潮に達しようとしていたその時………
コンコンコンッ!
「すいませんッ!私冒険者ギルド職員のアリサと申します。支部長より緊急の招集が掛かっております。ご一緒に来てください」
(………もういいや。最悪騒動に紛れて比呂さんだけでもカーティアの町まで影移動してやる)
事態の修正が不可能だと察した成瀬は思考を停止するのだった
「支部長。サキさんを連れてきました」
「おう、すまないな。ここからはお前も他の職員たち同様非常時のマニュアル通り動いてくれ」
「了解しましたッ」
「え……あ、あのッ!」
比呂を連れてきた職員はそのまますごい速度でどこかへ行ってしまう。そんな後ろ姿を目で追いながら寝起きで何が起きているのか全く理解できていない比呂は呆然と立ち尽くすしかなかったのだった
「さて、どうやらお前は相当田舎から来たらしいな?」
「はい、なのでこの鐘の音が何を意味しているのか………異常事態ってことはわかるんですけど……」
「それであっている。端的に言うなら今は異常事態だ。あと1時間もしないうちにこちらに1万を優に超える魔物の軍勢がこちらにやってくる」
「ッ!?そんな……」
「残念なことに事実だ。そこで冒険者に成って間もない君には酷かもしれないが我々は冒険者としての責務を求める」
「責務……」
「あぁ、冒険者は人のために人に害為す魔物に立ち向かう存在だ。そして、今回のような有事の際にも前線に立ち魔物という脅威から人々を守ってもらう」
「………そちらから用意出来る戦力はどの程度ですか?」
「8級冒険者が40名。それ以下の冒険者が30名だ」
それは死の宣告に等しい。1万VSたった70名。しかもその半数は戦力になるかどうかも怪しい奴らばかり。
(絶望的だな……やっぱり逃げるか)
成瀬はその瞬間町を見捨てる。誰とも知れない奴らの為に比呂さんを危険な目に合わせる訳にはいかない。しかし、そんな成瀬の意思など知ったことかと……
「わかりました。それしかこの町の人たちを助ける方法がないのであれば」
(ッ!?)
その選択を嘘だと言ってくれ……そう言わんばかりの視線をこれでもかという程比呂へ送る。しかし、その想いは虚しく
「私もこの町の皆さんを助けられるようにはします。しかし、これだけの戦力差です。避難は引き続き行ってください。出来たとしても足止め程度が関の山ですから」
怖いはずなのに。不安なはずなのに………手だって震えている。なのにその言葉は、視線は揺らぐことが無かった。
(はぁ~……なんでだよ。自分の命を優先してくれよ……町の人間なんてどうでもいいのに比呂さんがそいつらの前に立つっていうなら比呂さんを守りたい俺はその前に立たなくちゃならねーじゃん)
「大丈夫です。私のワンちゃんはなら絶対に皆を守ってくれる」
この世に絶対なんてない。結果が努力を裏切ることがあるように世の中絶対なんてない。なのに何故だろう……
(比呂さんにそこまで言われたら絶対を信じさせてあげたくなるんだよな)
遠目から見てもはっきり分かるほどの巨体。大斧を抱えた頭が牛の怪物。レッドキャップ、ゴブリン、シャドーウルフ、怪鳥………その他にも見たことがない魔物の数々。すでに30分を切り肉眼で見え始めた。門の前に集まった冒険者たちは近づく死期にピりつく
「冒険者としての責務を果たそうとここに集まってくれた英雄たちよッ!まずは感謝する……何名かここにいない者もいるがそれもまた仕方がない。己の命が大切なのは皆同じだ。だがッ!今町から避難しようとしている弱き民を守ろうとその身を震わせる貴君らは間違いなくッ!これから先幾年経とうが語られ続ける英雄であるッ」
フルプレートメイルの鎧を着込み、身体程もある大きな大剣を握りしめたその手を天高くに突き上げたギルド支部長であるへラクールからの最大の激励。その言葉に感化され、己もと各々の武器を空へ突き付ける
「時間がないから手短に配置を伝える。俺を含む前衛職の奴らは門の前で魔物どもを迎え撃つ。魔法職と弓使いの奴らは門の上から足止めしている魔物を撃てッ。回復職は二手に分かれろ。片方は魔法職と同様に門の上で待機。もう片方は門の奥で前衛職がケガを負えばその都度回復魔法をかけてやれッ!」
「迷宮核はどうするつもりですかっ!?」
迷宮核……それは迷宮の最奥にあり、ダンジョンの心臓部ともいえる代物。そしてそれを守るように迷宮主と呼ばれる魔物がいる。その魔物は他の魔物とは一線を画す強さを持ち、特殊なスキルを持つとされている。そして、そいつらは迷宮崩壊が起きて尚迷宮の核を守る為、最奥の部屋に鎮座する。
「迷宮主にはこいつらを当てる」
皆が注目する中へラクールの隣に立つのは一人のか弱くも優しく心の強い一人の少女とその従魔。そう誰あろう比呂と成瀬だ
「なッ!こんな少女をッ!?」
「正気かよッ」
口々に避難の声が殺到する。それもそうだろう。この場にいるほとんどの連中が比呂の事をよく知らない。しかし、その口々を黙らせるかのようにへラクールは口を開く
「黙れッ!!外見だけで実力を図る連中は誰よりも早く死ぬ。俺は常々そう言っていると思うんだが……忘れたか?」
ドスの利いた声とその風貌が全員を黙らせる
「まぁ、お前らの気持もわからなくもない。実際のこの子には大した力なんてないからな」
コイツは何を言っているんだ?全員がそう思ったに違いない。もしくはこの緊急時に頭がおかしくなったんじゃないか?と思っただろう。しかし、当の本人は大まじめだ
「だが、この子が使役するこの犬っころ。コイツは昨日この町のエースであるサムを気絶し、決闘でマルクの片腕を食いちぎった。それだけじゃない。6級のブラッドグリズも討伐しているッ!この中で今最も強いのは間違いなくコイツだッ!」
その実績に耳を疑う者もいる。しかし、それでもギルド長であるヘラクールの言葉を信じる他道はない。全員の眼に迷いが無くなる
「行くぞッ!!!!!」
「「「「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」
士気は最高潮となった。
「大丈夫……私にはワンちゃんがいる。大丈夫………皆守る。大丈夫大丈夫」
成瀬の背に乗る比呂は自分に言い聞かせる。震える手をもう片方で抑える
(怖い癖に……無理しよってからに)
「ワオォォォォォォ~~~ッ!」
(出てこいッ!影狼)
万の魔物共には及ばないまでも成瀬が今用意できる数の影狼を呼び出す
「ヴォンッ!」
呆気にとられる支部長の方を向いて吠える
“これで少しは露払いできるだろ”
その意味をちゃんと受け取ったのか…………
「おいッ!野郎どもッ!いつまでもビビってるからあの犬っころがサポートしてくれるんだとよッ!」
「なんだとッ!後でボコボコにしてやるッ!」
「そうだッ!これでボスに負けたりしたら祟ってやるッ!」
(なんで煽るかなぁ……)
そんな意図はなかったが図らずも冒険者たちの士気が上がった
「行きますッ!皆さんもご無事でッ!」
「おうッ!そっちは任せたぜッ!」
「なるべく早く頼んだぜぇッ!」
「はいッ!」




